刮目せよ!延原武春/テレマン室内管弦楽団 クラシカル楽器によるベートーヴェン
日本テレマン協会のベートーベン・チクルス初日を聴きに往った。クラシカル楽器(古楽器)による交響曲全曲連続演奏会は日本初の試みである。
今回の曲目は交響曲第一番、そして第三番「英雄」。これは奇しくも昨年、鈴木秀美/オーケストラ・リベラ・クラシカ(OLC)で聴いたのと全く一緒。場所も同じいずみホールであった。
演奏されたピッチ(音の高さ)はA=430Hz。バロック・ピッチは415Hzで、現在の弦楽器はA線を440~444Hzに調弦するので、ちょうどその中間。ベートーヴェンの生きた時代(1770-1827)がバロックからモダンへの過渡期だったことがよく分かる。
今回のプログラムの表紙にはアントン・シントラー(ベートーヴェンの弟子で伝記の著者)による、次のようの言葉が掲載されていた。
「ベートーヴェンは自分の曲が演奏されたとき、最初の質問はいつも"テンポはどうだったか?"であった。彼にとっては他の何事も二次的な事項に思われた」
そして各楽章ごとに、1817年にベートーヴェン自ら記入したメトロノーム速度が記載されていた。これは交響曲第八番と九番が作曲される間の時期に当たる。メルツェルがメトロノームを発明し特許を取ったのが1816年、その翌年のことである。20世紀にはこの指定が速すぎて演奏不可能であると見なされ、ベートーヴェン自身の間違いであると曲解された。だからフルトヴェングラー、ベーム、カラヤン、バーンスタイン、朝比奈ら嘗ての巨匠たちは、ことごとくこれを無視した演奏をしていた。
今回はこの作曲家の指示に忠実な演奏がなされ、それは些かも速過ぎることはなく、ましてや不自然な音楽でもなかった。むしろ勢いと生気に満ちたベートーヴェン像がそこにはあった。
鈴木秀美/OLCはアタック、アクセントを強調したその弾力性が特に魅力的だったが、延原武春/テレマン室内管弦楽団はそこに主眼は置かず、切れ味抜群で颯爽とした、小気味好い解釈だった。いずみホールは8割がた客席が埋まり、新鮮な魅力が一杯詰まった熱演に盛大な拍手が送られていた。
コンサートマスターはバロック・ヴァイオリンの巨匠サイモン・スタンデイジ(トレヴァー・ピノック率いるイングリッシュ・コンソート創立時のメンバー)が務めた。そしてヴィオラのトップが大阪フィルハーモニー交響楽団の上野博孝さん(嘗てはテレマン・アンサンブルのコンサートマスターでスタンデイジに師事)、チェロに上塚憲一さん(以前テレマン協会首席チェロ奏者で現在は大阪音楽大学講師。バロック・チェロをアンナー・ビルスマに師事)が参加されるなど優秀な音楽家が結集し、弦楽パートは文句なしに素晴らしかった。
ただ弦に比べると日本の奏者ばかりの管楽器が反応が鈍くミスも目立ち、延原さんの意図が十分に音として表現し切れていないもどかしさがあったのも確かである。
「弦の国」と呼ばれる日本はたくさんの優秀な弦楽奏者たちを輩出してきた。しかし管楽器・特に金管については従来より日本人は得意じゃない。まして古楽器は音を出すのがモダン楽器より難しく、熟達した奏者は極めて少ない。
例えばオーケストラ・リベラ・クラシカのメンバー一覧を見れば明らかであろう。こちらをクリック。弦楽奏者28名中、外国人は1名だけ。一方、管楽器は15名中、外国人奏者が8名と過半数を占めるのである。
極東の国・日本、さらにその地方都市である大阪で、西洋の古楽器だけ演奏して生活していける筈もなく、テレマン室内管弦楽団のメンバー大半はモダン楽器との兼用である。そんな経験も少ない音楽家たちがベートーヴェンの交響曲をオリジナル楽器で演奏をしようというのは大きな賭け、リスクの高い冒険だったと言わざるを得まい。今後の課題は色々残ったが、それでも厳しい条件の中よくぞここまで頑張ったと大いに讃えたい。今回の体験は間違いなく未来へと繋がっていくだろう。僕はそこに明るい希望の光を見た。
次回チクルスの日程は4月28日(月)、場所はいずみホール。演奏されるのは交響曲第二番と第五番「運命」である。詳細はこちら。ベートーヴェンが好きな人は絶対聴き逃すな!
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虫籠日記
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コメント
はじめまして。
「虫籠日記」のみなみ虫と申します。
このたびは、わたしの、感想にもなってない日記にトラックバックとリンクをありがとうございました。大変恐縮しております。
クラシックはのだめデビューの超初心者なので、こちらのブログは勉強になる記事が多くて嬉しいです。オーケストラ・リベラ・クラシカとの比較、なるほど~と納得しました。過去記事もまたゆっくり読ませていただきます。
次回も楽しみですね。待ち遠しいです。ベートーヴェン中毒なんです(笑)。
投稿: みなみ虫 | 2008年4月 2日 (水) 11時24分
みなみ虫さん、コメントありがとうございます。
「のだめカンタービレ」で、クラシックに関心を持つ方が増えるのは大歓迎です!
今回の記事を執筆し終えてから、後半の演奏が始まる前に延原さんが古楽器のホルンについて解説されたことを書き忘れていたのに気がつきました。
しかしその顛末については「虫籠日記」に詳しく書かれていたので、そちらにお任せすることにしました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
投稿: 雅哉 | 2008年4月 2日 (水) 13時23分