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2008年4月 2日 (水)

大阪俗謡をめぐる冒険(大栗 裕、大フィル、そして淀工)

”浪速のバルトーク”こと、大阪生まれの作曲家・大栗 裕(1918-1982)を知っていますか?

大栗 裕大阪フィルハーモニー交響楽団の関係、そして吹奏楽の世界では有名な「大阪俗謡による幻想曲」が生まれた経緯については関西シティーフィルハーモニー交響楽団のこちらのページが詳しいのでご覧あれ。

朝比奈 隆ベルリン・フィルの指揮台に立ち、「大阪俗謡による幻想曲(原題:大阪の祭囃子による幻想曲)」を演奏したのが1956年。その1年前に当時関西交響楽団大阪フィルハーモニー交響楽団の前身)のホルン奏者だった大栗 裕はこの曲を作曲し、朝比奈/関西交響楽団が神戸で初演している。1955年5月28日のことであった。

しかし、朝比奈が持参した手書きのスコアはベルリン・フィルの資料室に保管され大栗の手元に残らなかったので、1970年に大栗は自らの記憶を頼りに70年改訂管弦楽版を創った。

1974年にはプロの吹奏楽団である大阪市音楽団(市音)からの依頼で大栗は「大阪俗謡」の吹奏楽版を書き上げ、同年市音の定期演奏会で初演された。この吹奏楽全曲版は演奏時間が約12分である。1992年に朝比奈 隆市音を指揮してこの吹奏楽版をレコーディングしているが、このCDは残念なことに現在廃盤である(2011年7月追記:その後CDは再発された)。

大栗と親交のあった淀川工業(現在は工科高等学校吹奏楽部の丸谷明夫 先生(丸ちゃん)大栗と相談しながらこれをカットし、約8分に仕上げた。これがいわゆる淀工バージョンである。何故8分か?吹奏楽コンクールで各校に与えられた制限時間は12分。その時間内で課題曲と自由曲を演奏しなければ失格となる。課題曲は3分くらいの曲が多いので曲の間にパーカッションなど生徒が移動する時間も考慮すると8分がぎりぎりの線なのである。

そして1980年に淀工は全日本吹奏楽コンクールで「大阪俗謡」を初めて演奏し、見事金賞を受賞。現在まで淀工は5回この曲を全国大会で演奏し、さらに同じ大栗の「吹奏楽のための神話(天岩屋戸の物語による)」も2回取り上げているが、その全てで金賞に輝いている(2011年2月追記:その後、淀工は2008年に「大阪俗謡」で6度目となる金賞を受賞した)。

また一般の部では、尼崎市吹奏楽団が1984年に全日本吹奏楽コンクールで「大阪俗謡」を取り上げ、金賞を受賞した。この時演奏されたのは指揮した辻井清幸 氏(現在、大阪音楽大学名誉教授)による校訂版で、このコンクール用カット・バージョンの楽譜が1989年にアメリカから出版された。だから辻井バージョン淀工バージョンはカットが異なり、コンクールで淀工以外のバンドが「大阪俗謡」を取り上げるときに使用される楽譜は辻井バージョンである(現在までに淀工以外、13団体が全国大会で演奏している)。また、丸ちゃんが指揮したなにわオーケストラルウインズ2003年の公演では淀工バージョンが演奏され、それはCDで聴くことが出来る。

70年改訂管弦楽版吹奏楽全曲版は未出版であるが、大阪音楽大学附属図書館大栗文庫で閲覧することが可能である(要電話予約)。

「大阪俗謡」には曲中、大阪夏の風物詩である天神祭の地車囃子(だんじりばやし)や、ピッコロで吹かれる生国魂(いくたま)神社の獅子舞に使われる旋律が登場する。昨年、僕が天神祭を体験した時のレポート「大阪名物夏祭り!!」はこちらからどうぞ。

大栗は吹奏楽コンクールの課題曲も二度作曲している。「吹奏楽のための小狂詩曲」(1966)と「吹奏楽のためのバーレスク」(1977)である。また1962年に「2000人の吹奏楽の歌」を作曲、それは規模が大きくなりながら現在も京セラドーム大阪で開催されている「3000人の吹奏楽」で、毎年演奏されている。

また大栗は生前、関西大学マンドリンクラブの技術顧問および京都女子大学マンドリンオーケストラで音楽指導に当たり、マンドリンのための作品も多数作曲している。そして、な、なんと!「大阪俗謡による幻想曲」のマンドリンオーケストラ版もあるそうなのだが、これはどうやら大栗自身の編曲ではないらしい。

大阪フィルハーモニー交響楽団は4月15日(火)にいずみホールで「大栗 裕の世界」というコンサートを開催する。詳細はこちら。僕も勿論、聴きに往く予定。特に37年ぶりに上演されるという歌劇「赤い陣羽織」が非常に愉しみである。ただ残念なのは、「大阪俗謡」がプログラムに入っていないこと。僕が大阪に棲むようになって3年。その間に市音による「大阪俗謡」吹奏楽全曲版は生で2度聴く機会があったが、大フィルは一度も演奏していない。今度は是非、大植英次さん(現・大フィル音楽監督)が指揮する「大阪俗謡」も聴いてみたいと夢想する今日この頃である。

「大阪俗謡」究極の名盤はこれだ!! ……という記事も書きたいのだが、長くなったので今回はここまでにしよう。近いうちに続きをアップする予定なので乞ご期待。ただこれだけは今、強調しておきたい。「大阪俗謡」を初演した朝比奈 隆が指揮するCDは、大阪フィルハーモニー交響楽団による管弦楽版市音による吹奏楽全曲版もいずれも長い間、絶盤状態が続いている。この名曲は大阪という土壌が生んだ、世界に誇れる遺産である。朝比奈の演奏が聴けないということは、多大なる文化的損失と言わざるを得ないだろう。関係者は是非、現状の改善に努めていただきたい(2011年2月追記:その後、朝比奈/市音のCDは再発売された)。

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コメント

はじめまして、いつも楽しみに読ませていただいています。
自分も関西、大阪在住でありまして、こちらのコンサート情報や感想などとても参考になります。

さて、私も大栗裕に非常に興味があり、もっと評価されてしかるべきだ、と常日頃考えております。
再評価のためにも、今回のようなコンサートは非常にうれしいですね。

録音に関しても下野竜也さんが大フィルと共に大栗作品集をNAXOSに残してはいらっしゃいますが、
吹奏楽版といえども、朝比奈隆指揮の大阪俗謡を含んだ東芝EMIの大栗作品集が長く廃盤が続いているのは大変残念に思います。

私も「大栗裕の世界」のコンサートへ足を運ぶ予定です。
”「大阪俗謡」究極の名盤”の記事とともに、「大栗裕の世界」の感想を楽しみにしております。

突然のコメント失礼いたしました。

投稿: | 2008年4月 5日 (土) 00時10分

コメントありがとうございます。

下野/大フィル によるNAXOS廉価版は僕も持っております。現在入手できる「大阪俗謡」唯一の管弦楽版ですね。

ただこのCD、曲が本来持っている「祭りの熱気」に乏しく、凡庸な演奏であることが残念です。

大フィルは朝比奈が指揮した「大阪俗謡」の音源を多数所持している筈なので、ベートーヴェンやブルックナーの余白でもいいから世に出して欲しいですね。

投稿: 雅哉 | 2008年4月 5日 (土) 09時27分

はじめまして。「なにわ《オーケストラル》ウィンズ」以来、雅哉さんの ブログは毎回楽しく拝見しています。
今年5月に家族全員で初めてザ・シンフォニーホールに「なにわ」を聴きに行きましたが、同じ会場にいらしたんですね。ちなみに私達家族のすぐ前の席は、「夢のような庭」を作曲した清水大輔さんや生駒中学校吹奏楽部顧問の牧野耕也先生達の席でしたので、家族全員が吹奏楽ファンの私達は、開演前からテンション上がりっぱなしでした!
ところで雅哉さんが廃盤になっていると書かれていた朝比奈隆指揮、大阪市音楽団「大阪俗謡による幻想曲(全曲版)」のCDですが、「ベスト吹奏楽100(東芝EMI)」に収録されています。まだ入手可能ですので、とりあえずお知らせまで。全国大会の記事、楽しみにしています!

投稿: TERA | 2008年10月22日 (水) 22時13分

TERAさん、貴重な情報をありがとうございました。朝比奈版が「ベスト吹奏楽100」に収録されているということは知りませんでした。

生駒中、今年も金賞受賞しましたね!しかも自由曲がショスタコーヴィッチ/ジャズ組曲第2番。編曲が、あのヨハン・デ=メイ!

牧野先生のセンスの良さには脱帽です。今からDVDで観るのがとても愉しみです。

投稿: 雅哉 | 2008年10月23日 (木) 14時19分

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