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2008年3月 3日 (月)

大植英次のエニグマ”謎”

以前の記事で、僕が好きなエルガーの曲は弦楽四重奏+弦楽合奏のための「序奏とアレグロ」そして、憂愁のチェロ協奏曲であることを書いた。

管弦楽のための「エニグマ(謎の)変奏曲」は各変奏が、エルガーが親しい友人たちに宛てた、心のこもった肖像画となっている。そしてこの中で最も美しいのが第9変奏「ニムロッド」。これは楽譜出版社に勤めるドイツ生まれのアウグスト・イェーガー(August Jaeger)にエルガーが付けた愛称である。ニムロッドは旧約聖書に登場する狩の名手「ニムロデ」のこと。ドイツ語のJägerが「狩人」を意味することに由来する。作曲家曰く、

「夏の夜長、彼(イェーガー)はベートーヴェンの偉大さと、緩やかな楽章がいかに深遠かを私に熱っぽく語った」

この高貴で心に沁みる名旋律は多くの人々から愛され、たとえばケイト・ブランシェットがアカデミー主演女優賞にノミネートされた映画「エリザベス」(1999)のある重要な場面にも登場する。

Elizabeth

エルガー/威風堂々第1番、中間部の旋律は「栄光と希望の国」という歌詞が付き、イギリス第2の国歌と呼ばれるくらい親しまれている。有名なBBCプロムスのラストナイトでも、これを会場全員が歌うのがクライマックスとなっている。だからエルガーの旋律はイギリス王室によく似合う。

しかし、エリザベス一世は16世紀のバージン・クィーン。「エニグマ変奏曲」が初演されたのは1899年。だから本当は「エリザベス」でニムロッドが流れるのはおかしいのである。僕はこの時代考証を無視した「エリザベス」のはったりけれん味たっぷりな演出が大好きだ。

現在公開中の続編「エリザベス:ゴールデン・エイジ」は先日発表されたアカデミー賞で見事、衣装デザイン賞を受賞した。しかし実はこの衣装についてイギリス国内では議論の的になっている。シェカール・カプール監督はデザインを担当したアレクサンドラ・バーンに対し、エリザベスの衣装でを使って欲しいと要請した。は恋焦がれる感情を表現するからである。しかし実はエリザベス朝もイギリス王朝もを使わない。この確信犯的大胆な発想が映画「エリザベス」シリーズの肝であり、その精神がニムロッドの使用にも活きているのだ。

ここで話が横道に逸れるが、ニムロッド同様に変奏曲の一部が突出して有名になった例をお話したい。それはラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲である。この中の甘美な第18変奏:アンダンテ・カンタービレはカルト的人気を誇る幻想映画「ある日どこかで」(主演は"スーパーマン"こと、故・クリストファー・リーブ)のテーマ曲として使用され、圧倒的感銘を観客に与えた。

Somewhere_in_time_1980

この映画には国際的ファン組織があり、その日本語公式サイトはこちらである。ジョン・バリーが作曲したオリジナル曲も素晴らしいのだが、もしこの映画にラフマニノフが使われなかったら、これ程までに世界中の人々から愛されなかったのではなかろうか?と僕は想像する。ちなみにこの映画は僕も想い出しただけで涙が出そうになるくらい大好きで、原作も読んだが小説ではラフマニノフではなくマーラーだった。この第18変奏:アンダンテ・カンタービレは後に日本ビクター製S-VHSのCMにも使用されている。

さて、本筋に戻ろう。大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団は2月の東京定期、倉吉公演、呉公演、岩国公演などのアンコールでエルガーのニムロッドを演奏した。

関連blog:
NOW OR NEVER(東京公演)
takの音楽(倉吉公演)
rairakku6の日記(呉公演)
五十歳にして発つ(岩国公演)

実はこのコンビ、2005年2月24日にザ・シンフォニーホールで開催された「スマトラ沖大地震チャリティーコンサート」(なんとヒラリー・ハーンがプロコフィエフのコンチェルトを弾いた!)のアンコールでもニムロッドを演奏している。また、大植さんはハノーファーNDRフィルを率いて来日公演された折り(2004年6月)も、ニムロッドをアンコールで指揮されている。よほどこの曲に対する思い入れがあるのだろう。

大植さんの師であるレナード・バーンスタインは1982年にBBC交響楽団と「エニグマ変奏曲」をレコーディングしている。大植さんがレニーと出会ったのが1978年。だから、このレコーディングに立ち合っていらっしゃる可能性も十分ある。エルガーが友とベートーヴェンについて語らった夜を想い出しながらこの曲を作曲したように、大植さんはレニーのことを脳裏に蘇らせながらタクトを振られているのかも知れない。

今年、大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団は6月12、13日に行われる定期演奏会でエルガー/エニグマ変奏曲(全曲)を取り上げる予定である。

関連記事:「大植英次、佐渡裕~バーンスタインの弟子たち

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コメント

こんばんは。おひさしぶりです。
ごいんきょです。

「エリザベス:ゴールデン・エイジ」見たいです。
私も女性なので(笑)、あの豪華衣装はとても気になります。

ところでぜんぜん関係ないのですが、
今年の「なにわ《オーケストラル》ウィンズ」のプログラムが発表になりました。
http://www.geocities.jp/naniwa_orchestral_winds/
雅哉さんは行かれますか?
私はちょっと悩み中です。

投稿: ごいんきょ | 2008年3月 3日 (月) 20時41分

ごいんきょさま、コメントありがとうございます。

「なにわ」勿論、往きますよ。今回のゲスト・畠田先生の、少々荒っぽいけれど豪放磊落な指揮を僕は好きです。畠田先生と淀工の丸谷先生は、実は昨年の全日本吹奏楽コンクールで「ダフニスとクロエ」対決をした間柄。このふたりがどんなトークを展開するのか、これは見物です。

投稿: 雅哉 | 2008年3月 3日 (月) 22時33分

雅哉さん
トラバありがとうございます
エニグマの謎・・大変勉強になりました。
そして、まさにこの1982年のバーンスタインのBBC版のCDを持っています
このニムロッドに比べるとこの前の大植監督のアンコールはテンポが少~し速かったのですが、それでもゆったりと包容力のあるものでした。
バーンスタインのエニグマは全演奏時間36′41″で最長演奏記録らしいのですね。
どちらにせよ、これが聴けただけでも東京に来た甲斐があったと思いました。
あ、それから『エリザベス』はケイトの最高のはまり役だと思いました~~新作も見に行くつもりです。
(実は私の大好きな女優さんなんです)

投稿: jupiter | 2008年3月 3日 (月) 23時04分

jupiterさん、コメントありがとうございます。

そうか、指摘されて初めて気がつきました。レニーのニムロッドを改めて聴いてみると異様な遅さですね。ニムロッドのみの演奏時間が7分12秒。これをサー・ジョン・バルビローリは3分35秒で振っています。正に2倍!これは驚きました。

ケイトがお好きなんですね。それは是非「インディー・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」もご覧下さい。彼女が悪役で、所狭しと暴れまくる筈ですから!音楽もまたまたジョン・ウィリアムズが担当するので期待大です。

投稿: 雅哉 | 2008年3月 4日 (火) 01時19分

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