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聴かずに死ねるか! 児玉 宏/大阪シンフォニカーのベートーヴェン

児玉 宏/大阪シンフォニカー交響楽団によるラブリーホール開館15周年記念「祝祭コンサート」を聴きに、河内長野市へ足を向けた。ここは大阪シンフォニカーが日頃からリハーサル等で使用しているホールだそうである。

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児玉さんは2008年4月より大阪シンフォニカーの音楽監督・首席指揮者に就任される。昨年、児玉さんが振ったブルックナー/交響曲第五番の演奏は2007年音楽クリティック・クラブ賞を受賞している。その定期演奏会を聴いた時の僕の感想はこちら

来る6月20日に開催される音楽監督・首席指揮者就任記念演奏会で指揮するウォルトン/戴冠式行進曲「王冠」に寄せて、児玉さんは以下のようなメッセージを書かれている。

「ダイアナ妃」の登場によって、ヨーロッパの中でも最も保守的であるとされてきたイギリス王室の中にもたらされた改革は、「前例に従い、形を継承する」という安易な解釈では無く、新しいものを取り入れる寛容さと柔軟さを持った「生命力に満ちた価値」として歴史と伝統を継承するためには、それを守り司る立場の人間が持つべき「時代認識」が如何に大切であるかを示した意味で、人々の記憶に新しいと思います。

非常に興味深い内容である。「前例に従い、形を継承する」という安易な解釈を例えば指揮者ロジャー・ノリントンが推し進めている、モダン楽器によるノン・ビブラート奏法と置き換えてみよう。この場合前例に従うとは「1920年より以前はcontinuous vibrato(のべつ幕無しビブラート)の習慣はなかったのだから今こそオーケストラからビブラートを取り除くときだ」というノリントンの主張を指すことになる。そして新しいものを取り入れる寛容さと柔軟さとは第二次世界大戦以降、弦楽器がガット弦からスチール弦に置き換わる過程の中でcontinuous vibrato奏法が世界中のオケに広がったこととも解釈出来る。つまりそれを守り司る立場の人間とはクラシック音楽の伝統を継承する指揮者とオーケストラの楽員のことであろう。

では、指揮者・児玉 宏の有する「時代認識」とはどのようなものなのか?そこを注目してベートーヴェン/交響曲第七番を聴いた。ご存知「のだめカンタービレ」の影響で、一躍脚光を浴びた曲だ。

結論から言おう。もう圧倒的名演で腰を抜かした。これはカルロス・クライバー/ウィーン・フィルによる同曲のCDを初めて聴いた時のあの衝撃に匹敵すると言っても決して過言ではない。ブルックナーも凄いけれど、ベートーヴェンに於も児玉さんは桁外れの才能を持ったマエストロであることを改めて証明した。

第1楽章の冒頭では、「もしかして、これってピリオド奏法?」というくらい純度の高い響き(pure tone)がした。しかし、曲が進むにつれビブラート奏法が現れてくる。だからといって児玉さんは決して弦楽奏者にcontinuous vibrato(ビブラートの垂れ流し)はさせない。例えば3楽章のトリオ、管楽器が中心となる場面では弦は完全なノン・ビブラートになる。つまり、適材適所ビブラートとノン・ビブラートを使い分け、ビブラートはルーティーンワークではなく、ここぞという時に用いる武器であるという攻めの姿勢を明確に打ち出されたのである。このようにして児玉さんはノン・ビブラート原理主義者のノリントンにも、20世紀後半から弦楽奏者の慣例となったcontinuous vibratoのどちらにも与せず、独自の「時代認識」を示された訳だ。これには唸った。

児玉さんは形にも囚われない。弦は対向配置ではなく、左手から第1,第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが順番に指揮者を囲み、コントラバスは右手奥。人数は8-8-6-5-4。そして第1楽章の提示部反復は敢えてせず、第3楽章と4楽章の反復は行うという変則方式で演奏された。う〜ん、なかなか一筋縄ではいかぬ男よ。

ベートーヴェンの交響曲第七番は「リズムの権化」「舞踏の神化」等と呼ばれている。しかし昨年これを大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団で聴いた時は空中に舞い踊ったダンサーも途中で失速し、墜落するのではなかろうかというような体たらくだったのだが、児玉 宏/大阪シンフォニカーはリズムが生き生きと息づき、祝祭的で生命力に満ち溢れた演奏だった。

第1楽章はゴム鞠のようにしなやかな弾力性、柔軟さがあり、第2楽章は寄せては返す波を連想させる心地よいリズムが感じられた。そして第3,4楽章はまるでバスケットボールをドリブルしながらゴールに突進ているかの様な疾走感と躍動感!満席の観客も酔い痴れ、最後は割れんばかりの拍手、そして熱狂的ブラボーの嵐だった。

児玉さんの解釈は常に明晰で、曖昧なことろが皆無である。決してタメた演奏はせず、音楽にメリハリがある。それはウェーバー/「魔弾の射手」序曲でも同様だった。メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲は児玉さんにしてはテンポが遅めだなと感じたのだが、これは恐らくソリストである森下幸路さんの好みなのだろう。僕はふと、グールドとバーンスタインがブラームスのコンチェルトで共演した時のあの伝説的事件を想い出した。

アンコールはヨハン・シュトラウス2世/ピッチカート・ポルカ。大植/大フィルがこれをアンコールでする時は、コンサートマスターの長原幸太さんがヴァイオリン最後列に座って、曲半ばに登場するトライアングルを鳴らして笑いを誘うのだが、なんと今回は等身大のスタンドに設置されたトライアングルを児玉 宏さん自ら鳴らさた。しかも鳴らすのを間違えて観客にすみませんとお辞儀をされ、場内大爆笑となった。また、途中で指揮を止め客席に向かい、後ろの楽員を指さし「彼らを褒めてやって」というようなジェスチャーをされたり、最後はトライアングルを抱えて舞台下手に逃げ去ったりとなかなかユーモアのセンスにも長けた人だなぁと感心した。これからの大阪シンフォニカー、ますます面白いことになりそうだ。

関連記事:
ビブラートの悪魔
ウィーン・フィル、驚愕の真実
21世紀に蘇るハイドン(あるいは、「ピリオド奏法とはなんぞや?」)

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コメント

お久しぶりです。
児玉さんのベートーベン、どうしようか迷ったのですが、
所要もあり、今回は諦めました。でも、このレビューを読んで
行くべきだったなぁ~と後悔しております。
本当に来期からのシンフォニカーは楽しみですね。

投稿: ぐーたら | 2008年3月19日 (水) 22時47分

ぐーたら さん、コメントありがとうございます。

まずは6月の定期ですね。選曲も凝りに凝っていて、一度も実演で聴いたことがないものばかり。特にウォルトン/戴冠式行進曲「王冠」は僕が高校生くらいの頃から大好きな曲なのでとても愉しみです。

投稿: 雅哉 | 2008年3月20日 (木) 00時49分

こんにちは。お久しぶりです。
こちらの記事を拝見して、自分が日程を1週間勘違いしていたことに気づき鬱状態になってます(泣)。
児玉さんのベートーヴェン、絶対行くぞと思っていたのに、当日券で済まそうとするから罰が当たったんでしょうか?雅哉さんの感想を読んで後悔の度合いが増してます。

ブルックナーの7&5の出来からもベートーヴェンは期待できるだろうとは想像していましたが、予想以上の名演だったようで、それだけが救いです。弦の配置に関しては大山さんが京響に客演された時がシンフォニカーで見たのと同じでしたので、児玉さんも今はそれに倣っているだけかもしれません。個人的にはドイツのオケでの流れ=対抗配置をいずれシンフォニカーでもやってほしいとは思いますが。

大植さんとの比較ですが、これはもう仕方ないと思います。片やスウィトナーの下で(短期間のようでしたが)学び、ドイツのオペラハウスでコレペティトゥーアからGMDまでコツコツキャリアを重ねた方、片やバーンスタインのお弟子さん。ドイツものに関しては比較するのが気の毒にも思えます。身についたドイツ古典派・ロマン派の様式感・形式感が違いすぎますし。ショスタコーヴィチの5番を聴いた時の「変に細かくテンポを弄りすぎ」といった違和感といい、バーンスタインから受け継いだものと大植さん自身の適正は別の所にあるように私も思います。大フィル側がその点を理解しようとしていないのが不幸ではありますが。

>ユーモアのセンスにも長けた人
見た目は真面目なサラリーマン、といった印象なんですけど(笑)。今年のウィーンフィルのニューイヤーでもそうですが、優れた音楽家もやる時はやるもんなんですね。
児玉&シンフォニカーの新時代に期待を抱かせる演奏会だったようでなによりです。財政面で大変だとは思うのですが、事務局側もしっかりオケをサポートしてほしいと願わずにはいられません。

ああ、それから、もし京都の北山まで足を運べる可能性があるのでしたら、個性は違えど此方も楽しみな広上&京響もよろしくお願いいたします m(_ _)m

投稿: J.D. | 2008年3月20日 (木) 18時39分

J.D.さん、コメントありがとうございます。

仰るとおり、大植さんの不幸はブルックナーやベートーヴェンが明らかに不得意なのにもかかわらず、大フィルの事務局も、そしてファンにも「あの朝比奈 隆のオケなんだから新監督もB&Bを演奏してもらわなければ困る」という強い思い込み、固定観念があって、それが大植さんに無言のプレッシャーを与えていることだと想うのです。

京響の定期も是非行きたいのですが、平日の7時に大阪から馳せ参じるのはなかなか難しくて残念です。兵庫県立芸術文化センターなら西宮なので近いのですが……。広上さんは今月大フィルに客演される演奏会を聴きに往く予定です。勿論、このブログでその報告はさせて頂きます。

投稿: 雅哉 | 2008年3月20日 (木) 22時02分

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