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21世紀に蘇るハイドン(あるいは、「ピリオド奏法とは何ぞや?」)

小学校の時にハイドンは「交響曲の父」であると音楽の授業で習った。しかし、クラシック音楽を聴くようになってからモーツァルトやベートーヴェンは沢山聴いたが、ハイドンの交響曲を好んで聴くことはなかった。四角四面で実に退屈だからである。コンサートでハイドンが取り上げられる機会も極めて少ない。演奏されても「告別」「軍隊」「時計」「ロンドン」「太鼓連打」など標題のあるものばかり(日本人は標題が大好き。ベートーヴェン/交響曲第5番を「運命」と呼んでいるのは日本だけである)。

ハイドンの面白さに気付いたのはブリュッヘン/18世紀オーケストラ鈴木秀美/オーケストラ・リベラ・クラシカらの演奏するCDを聴いてからである。つまり古楽器(オリジナル楽器)で演奏されて初めて、その真価が明らかになったと言えるだろう。延原武春/テレマン室内管弦楽団・合唱団によるオラトリオ「四季」「天地創造」の演奏会もオリジナル楽器によるもので、これもとても愉しかった。

こうして僕は「モダン・オーケストラでハイドンを演奏する意義はない」という結論に達した。しかし、古楽器オーケストラというのは地球上に絶対的に数が少ない。オーケストラ・リベラ・クラシカ(OLC)だって、そのメンバーの多くはバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)と重複しており常設オケではない。関西にはテレマン室内管弦楽団があるくらいで、ここはモダン楽器と兼用だし定期演奏会を開いているわけでもない。

桐朋学園大学音楽部に古楽器科が創設されたのが1978年。たった30年前である(バロック・ヴァイオリン専攻が新設されたのが2007年)。そして東京藝術大学音楽部に古楽科が設置されたのがなんと2000年!古楽器演奏の歴史は浅く、自在に弾きこなせる音楽家は日本にまだまだ少ない。ちなみにこちらをご覧頂きたい。東京芸大・古楽科の講師11名の写真がある。このうち、僕が知っているだけでも少なくとも8名がBCJの関係者である。

そういったお家の事情(人材不足)から登場したいわば折衷案がモダン・オーケストラで「古楽器風に」演奏するピリオド・アプローチというわけだ。

ピリオド・アプローチの世界的な先駆者は恐らくニコラウス・アーノンクールであろう。1953年に古楽器オーケストラ「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」を結成し(旗揚げ公演は1957年)そのノウハウを1980年代以降、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ウィーン・フィル、ベルリン・フィルなどのモダン・オケに持ち込んだ。

イギリス生まれの指揮者サー・サイモン・ラトルはバーミンガム市交響楽団の音楽監督を務める傍ら、古楽オーケストラであるエイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団にもしばしば客演し、アーノンクールに教えを請うてモダン・オーケストラにおけるピリオド・アプローチの方法論を伝授された(その時、アーノンクールは代わりにガーシュウィンを演奏する時の指揮法を教えてくれとラトルに言って、「マエストロ、ご冗談でしょう」と一笑に付されたという微笑ましいエピソードがある)。ラトルは後にベルリン・フィルの首席指揮者兼芸術監督に就任し、このふたりの努力で今やウィーンとベルリンではハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンを演奏するときはピリオド奏法が当たり前という時代に突入した。

そしてここに登場するのがイギリス生まれの若き俊英、ダニエル・ハーディングである。現在32歳、イケメンである。15歳でサイモン・ラトルのアシスタントとなり、18歳でバーミンガム市交響楽団を指揮してデビュー。21歳でベルリン・フィルを指揮し、29歳でマーラー/交響曲第10番(クック補筆版)を指揮しウィーン・フィル・デビューも果たした。

Brahms

僕の手元に1枚のCDがある。曲目はブラームス/交響曲第3、4番。これはハーディングが25歳、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの芸術監督時代にレコーディングしたもので、驚くべきことにブラームスをノン・ビブラートピリオド奏法で演奏したもの。オーケストラは対向(古典)配置の小編成。この驚天動地のCDは、その手法だけが突出したものではなく、音楽的に新鮮かつ極めて充実したもので、この天才指揮者の面目躍如といったところであろう。彼が21世紀の新たな地平を切り開いていくことは間違いない。

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さて、ハイドンの話に戻ろう。ハイドンは古楽器演奏でなければ意味がないと考え始めていた僕の認識を改めさせる画期的なCDが2007年に登場した。ラトル/ベルリン・フィルによる交響曲集(2枚組)である。モダン・オーケストラでどのように演奏すれば、生き生きとしたハイドン像が描けるか、示唆に富んだ21世紀のマイルストーンと言い切っても過言ではない。では何処がそれほどまでに魅力的なのか?その秘訣を僕なりに分析してみた。

  • 小編成であること。大植英次/大フィルのベートーヴェン・チクルスのように80人くらいの大編成ですると、機動力を欠いた重たい演奏になってしまう。
  • テンポは速めで、アタックやアクセントを強調した弾むような演奏。音はタメず、すっと減衰させる。これによりハイドンの特性である疾風怒濤(Sturm und Drang)の雰囲気が醸し出せる。
  • 弦は当然ノン・ビブラートハイドンやベートーベンの時代にはビブラートを掛ける習慣はなかったオプションとしてドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンはスチール弦ではなく、昔ながらのガット弦(羊の腸から作る)を張っているらしい。しかしガット弦は湿度に弱いので、高温多湿の日本では難しいのかも知れない(鈴木秀美さんのエッセイによると1950年代前半までは日本のオケも概ねガット弦だったそうである)。スチール弦が登場した当初は「他の弦と異質な音で裏返りやすい」と評価され、それを緩和するためにビブラートを多用することが推奨されるようになったらしい。
  • 手締めのクラシカル・ティンパニを用いる。これは必須。クラシカル(バロック)・ティンパニ用の堅い木のマレット(バチ)を用いなければ、ハイドンの爽快さは表現出来ない。モダン・ティンパニでは鈍重すぎる。ハーディングのブラームス、そして彼の後任としてドイツ・カンマーフィルの芸術監督になったパーヴォ・ヤルヴィのベートーヴェンもクラシカル・ティンパニを採用している。これは日本でピリオド奏法に積極的に取り組んでいらっしゃる飯森範親さんや金 聖響さんも実践されている(聖響さんは1993年にサイモン・ラトルの指導を4日間受けたそうである)。
  • さらにオプションとしてドイツ・カンマーフィルのようにトランペットはオリジナル楽器のナチュラル管を用いるとか、ホルンはゲシュトップ奏法をする等の選択肢もある。

今年、「のだめカンタービレ 新春スペシャルinヨーロッパ」が放送された。この中で千秋(玉木 宏)がコンクールでハイドン/交響曲第104番「ロンドン」を指揮する場面が登場する。これで呆れたのが、なんとも野暮ったい演奏だったからである。まずテンポが遅くて歯切れが悪い。そしてcontinuous vibrato(のべつまくなしビブラート)による古色蒼然たるスタイルだった。

以前の記事「のだめカンタービレと飯森範親さん」でも書いたのだが、このドラマで指揮・オーケストラ指導をされているのが飯森さんである。しかし、この凡庸な「ロンドン」の演奏は飯森さんが指揮をされている筈はない。飯森さんなら必ずピリオド奏法を選択されるからである。そこで調べてみると案の定、演奏していたのはウラディーミル・ヴァーレク/プラハ放送交響楽団だった。

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コメント

(昨晩書き込み途中で中座して、送信したかどうか曖昧に・・・
2度投稿していたらすみません)

というのも私のBLOGに書き込みして頂いて、そこからこの記事に飛来しました、それがタイムリーな記事で勉強させて頂きました。

実は昨日丁度鈴木秀美とOLCの演奏会に行って、ロビーでは彼らのハイドンのCDを買って帰ったところだったのです。
(Pro.はオールモーツァルトでした)
鈴木さんは地元に帰られてリラックス、最初から随分饒舌になられ古楽器の話やガット弦の話(しきりにチューニングされて言い訳)など大変興味深いものでした。

それに私も最近ラトルのハイドンを聞いてちょっと目から鱗だったんですよ。
ハイドンは余りに有名でおもちゃのシンフォニーやらびっくりシンフォニーのイメージが強くて、ちょっと避けてたのですが
聴いてみると実に歯切れ良く、軽快で気負い無く聞けて、それでいて眠気は催さない!特に高速道路などで聞いてると本当にいい感じです。(私はモーツァルトではちょっと眠くなる)
その理由が雅哉さんの分析を読むと納得出来ます。
それと90番でラトルのお茶目ぶりが垣間見れて楽しい気分にもなれました。

投稿: jupiter | 2008年9月29日 (月) 20時44分

jupiterさん、丁寧なコメントありがとうございます。とても嬉しく拝読致しました。

僕も鈴木秀美/OLCのモーツァルト、兵庫芸文センターに聴きに往ったんですよ。秀美さんのサインも頂きました。また詳しくはblogの記事に書く予定です。

来年はハイドン没後200年という記念の年です。是非、鈴木秀美/OLKのハイドンが関西でも聴けると良いですね!

投稿: 雅哉 | 2008年9月29日 (月) 23時00分

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