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テラビシアにかける橋

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評価:B+

いやはや感動した。ファンタジー映画はかくありたい。不覚にもボロボロ泣いた。鬼の目にも涙。

ギレルモ・デル・トロ監督の「パンズ・ラビリンス」は傑作だが、なにしろ結末が辛すぎる。その点「テラビシアにかける橋」は「パンズ・ラビリンス」ほどの芸術性、格調の高さには欠けるが、後味が抜群に良いので評価が高くなった。

まずなんと言ってもヒロイン、レスリーを演じた美少女アナソフィア・ロブが表情豊かで素晴らしい!つい2年位前までは名子役といえば西はダコタ・ファニング(アイ・アム・サム、マイ・ボディーガード、宇宙戦争)、東は神木隆之介くん(千と千尋の神隠し、ハウルの動く城、恋愛小説)と相場が決まっていたが、既にふたりとも子役と呼ぶには大きくなりすぎた。「チャーリーとチョコレート工場」では常時ガムを噛んでいるわがまま娘、ヴァイオレットを演じ強烈な印象を残したアナソフィアだが、遂に彼女の時代が来たのである。

ここで話が少々横道に逸れるが、往年のハリウッド映画の中で美少女といえば僕が直ぐさま想い出すのは「若草の頃」('44)「若草物語」('49)のマーガレット・オブライエンや「アンネの日記」('59)のミリー・パーキンスらである。また美少女というわけではないが、「ペーパームーン」('73)におけるテータム・オニールの演技には瞠目した。彼女はこれでアカデミー助演女優賞を受賞、弱冠10歳だった。これはいまだに最年少記録である(アンナ・パキンが「ピアノ・レッスン」で受賞したのは11歳)。

話を元に戻そう。孤独な少年と少女が身を寄せ合い、彼らだけの王国を築くという「テラビシアにかける橋」の基本プロットはある意味、ルネ・クレマン監督の名作「禁じられた遊び」('52、フランス)に通じるものを感じた。結局時代は移れど、子供たちもそして児童文学の本質も変わりはしないということなのだろう。

「ロード・オブ・ザ・リング」同様に、本作はその大半がニュージーランドでロケされた。特撮には「ロード・オブ・ザ・リング」のWETAデジタルも参加している。やっぱりファンタジーにはニュージーランドの深閑とした森がよく似合う。

脚本の完成度も高い。脇役に至るまで人間が生き生きと描けている。例えば主人公の少年は自分は妹に比べて、父親から愛されていないとずっと思い込んでいるのだが、決してそうではないことが映画の終盤にさりげなく描かれる。このあたりの展開が実に巧い。

余り詳しいことは書けないが、結末の落としどころもお見事!少しほろ苦くて、でもどこか清々しい気持ちで映画館を後に出来ること請け合い。必見。

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