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2008年2月15日 (金)

大植英次/ラプソディ・イン・パリ

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会(一日目)を聴いた。会場はザ・シンフォニーホールである。

プログラム内容はラヴェルガーシュウィンベルリオーズである。どうして、ラヴェルベルリオーズというフランスの作曲家にガーシュウィンというアメリカの作曲家が挟まれているのか疑問に想われる方がいらっしゃるかも知れない。しかし、これにはちゃんとした理由があるのである。

ガーシュウィンは当初、自分のオーケストレーション技術に自信がなく、「ラプソディ・イン・ブルー」(1924年初演)は「グランドキャニオン」の作曲家グローフェに編曲を依頼した。そこでガーシュウィンは1927年にフランスに渡り、”管弦楽の魔術師”ラヴェルの教えを請おうとする。しかしそんな彼にラヴェルはこう言ったのである。

「君は既に一流のガーシュウィンではないか。何も二流のラヴェルになる必要などないよ」

こうしてフランスから帰国後、完成したのが「パリのアメリカ人」(1928)である。この曲はガーシュウィン自らオーケストレーションを施した。

ラヴェルも逆にガーシュウィンから影響を受け、「ピアノ協奏曲ト短調」(1932)にジャズの語法を取り入れている。

余談であるが、ガーシュウィンは当時ナチスから逃れてハリウッドに住んでいたシェーンベルクに12音技法を学ぼうとするのだが、シェーンベルクからもこう言われたそうである。

「『ス・ワンダフル』のような曲が作れるのだから君は天才だ。12音技法のことなど忘れなさい」

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さて、今回のコンサートでまず演奏されたのはラヴェル/道化師の朝の歌

ラヴェルはスペインにほど近いバスク地方で生まれた。母マリーはバスク人であった。だから「スペイン狂詩曲」でも分かる通り、ラヴェルにはスペインの血が流れている。大植さんの指揮は「道化師の朝の歌」冒頭の強烈なピチカートからスペインの情緒溢れ、情熱的な演奏であった。

続いてガーシュウィン/ラプソディ・イン・ブルー。今やラプソディ・イン・ブルーと言えば「のだめカンタービレ」なのだろうが、僕にとってこの曲と直結するのはウディ・アレン監督の映画「マンハッタン」である。白黒の画面に浮かび上がる摩天楼にガーシュウィンの音楽は良く似合う。また、ディズニーの「ファンタジア2000」での使い方も印象深い。

今回大フィルと競演したのは神戸生まれのジャズ・ピアニスト、小曽根 真さん。ガーシュウィンが書いた楽譜からしばしば逸脱して、即興演奏を交えた演奏だった。アドリブこそジャズの魂。これぞクラシックとジャズの真のコラボレーションだ!2003年6月にベルリンのヴァルトビューネ野外音楽堂で行われたマーカス・ロバーツ・トリオ小澤征爾/ベルリン・フィルによるラプソディ・イン・ブルーを想い出した(この模様は市販のDVDで観ることが出来る)。

オーケストラの健闘も褒め称えたい。曲の冒頭、ブルックス・トーン君のソロはジャズ・クラリネット独特の発音・イントネーションがあって魅了された。秋月孝之さんのミュートをつけたトランペットはまるでマイルス・デイビスみたいにクールだった。

アンコールでは大植さんが小曽根さんをピアノに坐らせ、自分は指揮台に陣取ってそこから小曽根さんのソロを愉しそうに聴かれた。「今日はバレンタインですからラブ・ソングを演ります」と、おもむろに弾き始めたのは映画「ノッティングヒルの恋人」(ジュリア・ロバーツ、ヒュー・グラント主演)の中でエルビス・コステロが歌い大ヒットした"She"。作曲はシャンソンの大御所シャルル・アズナブール、作詞はハーバート・クレッツマー。この人はミュージカル「レ・ミゼラブル」の作詞にも携わっている人である。ロマンティックな雰囲気溢れる演奏にウットリと耳を傾けた。

休憩後はベルリオーズ/幻想交響曲。ここでオーケストラは通常の配置から、指揮台をはさんで第1、第2ヴァイオリンが向かい合う対向配置に切り替わった。

ロマン派の作曲家として知られるベルリオーズだが、幻想交響曲が初演されたのが1830年。ベートーベン/第九交響曲が初演されてからわずか6年後のことである。だから古典配置も納得がいく。大植さんはベートーヴェンの時はコントラバスを後方正面一列に並べたが、幻想交響曲では客席から向かって右方に配置された。

ベートーヴェン・チクルスで、楽譜に書かれた全ての繰り返しを敢行した大植さんらしく、1楽章の提示部と4楽章の主部をちゃんと反復していた。実は1960年代における幻想交響曲の名盤、クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団ミュンシュ/パリ管弦楽団カラヤン/パリ管弦楽団の演奏ではこれらの繰り返しは慣例により省略されている。僕がこれらの反復を初めて聴いて仰天したCDはアバド/シカゴ交響楽団の演奏で、これは1983年の録音であった。

帰宅して昔録画したDVDで確認したのだが、デュトワ/NHK交響楽団の演奏(2003)は1楽章の反復は行っていたが4楽章は省略し、小澤征爾/サイトウ・キネン・オーケストラ(2007)は両楽章とも反復なしで演奏していた。

大植さんの指揮は12月の定期とは打って変わって生気に溢れ、音楽に勢いがあった。第1楽章「夢、情熱」の序奏ではヴァイオリンの透明感ある音にハッとさせられた。ビブラートを極力抑えた奏法だったのである。ゆったりと、息の長い旋律が静謐に響く。主部に入り作曲家の激情が高まるとビブラートが増し、終結部で穏やかな曲想に戻るとビブラートも抑えられるという構成になっていた。このビブラート抑制による表現法は第3楽章「野の風景」の孤独と静寂の世界でも再現された。またその第3楽章では、イングリッシュホルンとそれに呼応する舞台裏のオーボエの寂寞とした響きが胸に沁みた。

第4楽章は重々しく、引きずるような足取り。まるで主人公が巨大な足枷をはめられているような印象を受けた。成る程、これは「断頭台への行進」なのだからこの解釈こそ相応しい。また打楽器群の一撃がズシリと腹に響いた。

そして第5楽章「ワルプルギルスの夜の夢」。これも引き続き、遅めのテンポ。魑魅魍魎が跋扈し、聴衆は熱病にうなされる様な悪夢を体験する。グレゴリオ聖歌「怒りの日」(Dies Irae)をチューバが咆哮する箇所は、まるで最後の審判が下されたかのような強烈な印象を受けた。そして最後の最後、一転して畳み掛けるような加速が圧巻だった。ザ・シンフォニーホールが熱狂的歓声に包まれたことは言うまでもない。大植さん、完全復活の瞬間だった。

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終演後、初めてサインを貰いに楽屋口へ。大植さんは元気一杯で、ファンから沢山チョコレートのプレゼントを受け取っていた。僕が幻想 第4,5楽章のテンポが良かったと話したら、「そうでしょう!あそこを軽く演奏すると『動物の謝肉祭』になっちゃうから!それにしても大フィルの底力は凄い」と舌の方も絶好調だった。

追記:「大植英次、佐渡裕~バーンスタインの弟子たち」も是非、併せてお読み下さい。

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コメント

コメント、トラックバックありがとうございました。

今日の大植さんは、すっかり元に戻ったように思いましたね。それがなにより、一番の事だったと思います。

あのアングレ、PACオケの人だったんですねえ。いい音だなと思って聴いてました。PACオケ、京響のシャレールさんもそうでしたけど、オーボエに恵まれていますね。

投稿: ぐすたふ | 2008年2月17日 (日) 13時44分

ぐすたふさん、コメントありがとうございます。

仰るとおりコール・アングレと舞台裏のオーボエの対話、実にしみじみとして良かったですね。ちなみにその舞台裏で吹かれたのがドミトリー・マルキンさん。この方もPACオケのコアメンバーです。イスラエルご出身とか。

逆に大フィルのクラリネット奏者、ブルックス・トーン君も時々PACオケに客演していますね。

投稿: 雅哉 | 2008年2月17日 (日) 14時34分

雅哉さん、こんばんは
初めてこちらへは書き込みさせて頂きます。
トラバありがとうございます

ラヴェル、ガーシュインのそのようなエピソードは全然知りませんでした。
それにしてもラヴェルの小曲と幻想だけでも1つのコンサートが成り立ちそうなもので、ここに別世界のような素晴らしい小曽根ワールドが組み込まれるなんて本当に贅沢な定期公演ですよね。
会場がすっかり小曽根ワールドに包まれたのに、
2部ではしっかり・キッチリ大植ワールドに引き戻す!流石です。

投稿: jupiter512 | 2008年2月19日 (火) 18時22分

jupiter512さん、コメントありがとうございます。

東京公演まで往かれたのですね!その情熱に敬服致します。小曽根さんはアンコールが毎回異なったということで、ジャズ・ピアニストの面目躍如といったところでしょうか。

それではこれからもよろしく御願い致します。

投稿: 雅哉 | 2008年2月19日 (火) 19時14分

はじめまして、トラックバックしていただきありがとうございました。
大阪での定期公演の様子、楽しく読ませていただきました。うらやましいなあと大きなため息が出たのは、小曽根さんのアンコール曲に“She"を弾かれた事です。
映画も好きなのでまた寄らせてください。

投稿: rairakku6 | 2008年2月27日 (水) 14時16分

rairakku6さん、ご訪問頂きありがとうございます。

大阪の定期演奏会は2日間あるのですが、1日目と2日目でも小曽根さんのアンコールは異なったようです。"She"、恋人たちが夢を語り合っているような、とっても素敵な演奏でした。

それではこれからも、どうぞ宜しくお願い致します。

投稿: 雅哉 | 2008年2月27日 (水) 16時36分

トラックバックありがとうございます。丁寧に考察・分析された記事に敬服いたします。ベルリオーズでの大フィルのへビィ・サウンドは圧巻でしたね。朝比奈さんの時からの伝統なんでしょうか。コーダでのスピードアップも効果的。岩国公演も素晴らしかったですよ。

投稿: tsukasankk | 2008年2月28日 (木) 17時58分

tsukasankkさん、コメントありがとうございます。

僕は大阪に棲むようになって、この3月で漸く3年になります。だから朝比奈時代の大フィルを生で聴いたことはありません。ただ、CDとかを聴く限り朝比奈さんの十八番であるベートーヴェンやブルックナーは大植さんは得意ではなく、むしろ朝比奈さんが余り取り上げなかったマーラーやショスタコーヴィチなどでは目の覚める演奏を展開されます。

だから大フィルのサウンドは大いに変化したのではないかという気が致します。

投稿: 雅哉 | 2008年2月28日 (木) 19時09分

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