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2008年1月22日 (火)

スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師

評価:A+

映画公式サイトはこちら

けだし傑作である。はじめに断っておくが、これは血しぶきが飛ぶ怪奇映画(splatter movie)である。だから、お上品なミュージカルを期待する人には向かない。

ティム・バートンは白黒のユニバーサル怪奇映画が大好きな監督だ。処女作「ヴィンセント」は怪奇映画の名優ヴィンセント・プライス(「蝿男の恐怖」「アッシャー家の惨劇」「恐怖の振子」)への熱烈なラヴ・レターであった。続く「フランケン・ウィニー」はフランケンシュタインの怪物になった犬の話である。「エド・ウッド」ではドラキュラ役者ベラ・ルゴシを描き、「スリーピー・ホロウ」以降はクリストファー・リー(「吸血鬼ドラキュラ」)を何度も起用している。実は「スウィーニー・トッド」にもリーは出演したのだが、上映時間の関係でやむなくカットされたそうである。

ティム・バートンとミュージカルの組み合わせに一見違和感を覚える人があるかもしれない。しかし、カルト的名作「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」や「コープス・ブライド」は完全にミュージカルだったし、「チャーリーとチョコレート工場」だって5曲も歌がある。元々そういうのが大好きな人なのだ。

今回バートンは王道をゆくミュージカル映画を創ろうとしたのではない。むしろ彼が目指したのはグラン・ギニョール的世界である。グラン・ギニョール(Grand Guignol)とは、パリに19世紀末から20世紀半ばまで存在したグラン・ギニョール劇場のこと。また、同劇場で演じられた「荒唐無稽な」、「血なまぐさい」芝居のことをいう。そしてそれは舞台版「スウィーニー・トッド」の作詞・作曲でトニー賞を受賞したスティーブン・ソンドハイム自身の意思でもあった。

ソンドハイムは映画化にあたり、監督と主演ふたりのキャスティングの決定権を自分が持つことを契約条項として求めた。映画化が企画された初期段階からティム・バートンが監督を希望していたが、ミュージカル映画「シカゴ」でアカデミー作品賞を受賞したロブ・マーシャルが次回作として「スウィーニー・トッド」をやりたいと発言し、映画化権を取得していたドリームワークスSKGは「アメリカン・ビューティ」でオスカーを受賞したサム・メンデスを監督として考えていた(マーシャルとメンデスはミュージカル「キャバレー」ブロードウェイ再演版で共同演出をし、トニー賞最優秀リバイバル作品賞に輝いた)。しかし最終的にメンデスは降板し、バートンの元へ企画が舞い戻ってきたのである。そのあたりの事情はこちらに詳しい。

バートンは美術監督のダンテ・フェレッティ(祝!アカデミー賞ノミネート)に対して「フランケンシュタインの復活」のDVDを参考資料として送ったという。だから如何にも恐怖映画に相応しい、ゴシック調の舞台装置が出来上がった。コリーン・アトウッドの衣装デザイン(祝!アカデミー賞ノミネート)も素晴らしい。ダリウス・ウォルスキーによる撮影は色彩を落とし、あたかも白黒映画のような雰囲気を醸しだす。その抑制された画面に鮮血が飛び散ることにより、観客により際立った衝撃を与えることに成功している。また、ミセス・ラベットが将来の夢を歌う"By the Sea"の場面だけ人工的なまでに色彩豊かな映像となり、そのコントラストが鮮やか。

上映時間2時間以内に収めた手腕も特筆に値する。映画版の音楽監修に携わり、レコーディングにも立ち会ったソンドハイムは舞台と映画の違いを十分理解しており、大胆な曲のカットや歌詞の手直しなどの要請に快く協力したという。しかしオープニングとフィナーレを飾る、合唱が入る名曲"スウィーニー・トッドのバラード"が丸々カットされたのはショックだった。このミュージカルの芯であり、僕が一番好きなナンバーだったから。確かに歌なしでその旋律はタイトルロールに流れるのだが……。それから悪役・ターピン判事がキリストに懺悔しながら自分の体に鞭打つ場面がカットされたのも残念。あれは彼の狂気を示す面白いエピソードだったのに。

人前で一度も披露したことがなかったジョニー・デップ(祝!アカデミー賞ノミネート)の歌唱は蓋を開けてみれば想像以上に見事だった。歌うというよりも、主人公の感情をメロディに乗せることに彼は成功している。ミセス・ラベットを演じたヘレナ・ボナム=カーターはティム・バートンの私生活上のパートナーだが(結婚はしていないが2子をもうけている)、今回のキャスティングに当たってバートンは一切口出しをしなかったという。全てのオーディションテープに目を通し、彼女を選んだのはソンドハイムだった。そしてその目は正しかった。これ以上ないというくらいのはまり役であり、これは彼女の女優歴の中でも最高の演技であった。

ターピン判事を演じるアラン・リックマン(スネイプ先生)とティモシー・スポール(ピーター・ペティグリュー)の「ハリー・ポッター」コンビも文句ないし、「ボラット」で一躍人気者になったサシャ・バロン・コーエンもいい味出していていた。絶妙なキャスティングである。サシャはオーディションの時、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」を全曲歌ってみせたそうである。

今回映画を観て、改めて感心したのはこの作品に登場する人物たち全員が何処かに狂気を宿しているということだ。それはタービン判事に囚われたスウィーニーの娘や、ミートパイ店を手伝うことになる孤児の少年も決して例外ではない。舞台では大人が演じたそのトビー役(昨年の宮本亜門版では武田真治だった)を本物の少年が演じることで一層作品の怖さが増した。ソンドハイムの曲は一見美しいメロディが流れるときも、実は注意深く聴くと何処か調子が外れている。天才のみが創造できる、計算し尽くされた音楽なのだ。

このソンドハイムの最高傑作についてはまだまだ語り足りないのだが、そろそろ長くなってきたので今回はここまで。「スウィーニー・トッド/狂気のビブラート」という記事を近日中に披露出来るよう、現在鋭意執筆中である。乞うご期待!

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受信: 2008年3月 2日 (日) 11時13分

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