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2007年12月 8日 (土)

死の淵から~夏木マリ&大阪シンフォニカー

大阪シンフォニカー交響楽団のいずみホール定期「近代音楽へのアプローチ」第3夜へ往った。前回の感想はこちら

今回の副題は<死の淵から>で、ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏第8番(弦楽合奏版)とナイクルーグ/楽劇「スルー・ロージーズ(バラの茂みの間から)」が演奏された。

弦楽四重奏第8番は1960年に作曲された。表向きは「ファシズムと戦争の犠牲者の想い出に」捧げられているが、実は主題にドミートリィ・ショスタコーヴィチのイニシャル(D,S=Es,C,H)が密かに仕込まれており、ソビエト共産党に対する作曲者の拒絶感の表明で全体が貫かれている。第4楽章で登場する3つの激しい音は、解説によると「KGB(秘密警察)が来た!」というノックだそうで、つまりこれは恐怖の音楽である。

弦楽合奏で聴くと音に厚みがあって聴き応えがした。大阪フィルハーモニー交響楽団は弦パートが優秀なことで知られているが、どうしてどうして大阪シンフォニカーも負けてはいない。大山平一郎さんの指揮も時には荒波のように激しく、時には絶望感で打ちのめされた沈鬱な表情を、余すところなく引き出していた。

この曲を聴きながら僕が想いだしていたのは天才作曲家バーナード・ハーマンがアルフレッド・ヒッチコック監督の映画「サイコ」のために書いた音楽である。これは後に弦楽のための組曲に編纂されているのだが、恐怖の音楽という意味においても共通点は多い。そして「サイコ」が公開されたのが1960年であり、奇しくも両者は同じ年に作曲されているのである!折りしも米ソ冷戦の時代。2人の作曲家が互いに影響を受けてる筈も無く、単なる偶然の一致なのだろう。多分それは不安な時代の気分を反映しているのだ。

ハーマンの「サイコ」は作曲者自身がロンドン・フィルを振ったアルバムもあるのだが、現在は輸入盤でしか入手出来ないので、代わりにサロネン/ロスアンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団によるCD「バーナード・ハーマン映画音楽作品集」をお勧めする。

「スルー・ロージーズ」はアウシュヴィッツ強制収容所から生還した一人のユダヤ人ヴァイオリニストの独白として進行する。作曲者の指定では語り手は男性になっているのだが、指揮の大山さんが掛け合って女性が演じても良いとの許可が下りたとのことである。

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舞台上には大きな椅子が置かれ、夏木マリさんは軍服姿で登場。その横でヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノ、フルート、オーボエ、クラリネット、パーカッションの8名の奏者で演奏された。興味深い作品ではあった。しかし、語られる内容は映画「愛と悲しみのボレロ」でも描かれたよく知られた事実であり、陳腐な話で途中眠くなった。作曲をしたナイクルーグはユダヤ人ではあるが1946年ニューヨーク生まれ。だから直接恐怖の体験をしたわけでもなく、真に迫るものがそこには感じられなかった。

音楽というのは抽象的芸術である。だから直截的メッセージ表明は似合わないように僕には想われる。ナチス・ドイツの残した傷跡から生まれた音楽なら、むしろ「世の終わりの四重奏」や「悲歌のシンフォニー」の方が好きだ。

メシアン/「世の終わりのための四重奏曲」は1940年にドイツ軍に捕らえられたメシアンが捕虜収容所で作曲し、41年に収容所内で初演された曲。ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノという変則的編成で、これは収容所内で楽器が弾ける人を念頭に作曲されたからである(メシアンはピアノを担当)。

お勧めCD:タッシ~ピーター・ゼルキン(P)、リチャード・ストルツマン(Cl)、他

グレツキ/交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」の第2楽章には第二次世界大戦末期に、ナチスに捕らわれた少女がゲシュタポ収容所の壁に書いた祈りの言葉「お母さま、どうか泣かないで下さい…」がソプラノ独唱で歌われる。

お勧めCD:アップショウ(S)、ジンマン/ロンドン・シンフォニエッタ

夏木マリさんは現在では例えば映画「ピンポン」のオババ役や、「千と千尋の神隠し」の湯婆婆など女優として有名だが、元々は歌手である。NHK名曲アルバムでもクルト・ワイルの「アラバマ・ソング」を歌っており、その迫力あるパフォーマンスには圧倒された。今回のコンサートでは夏木さんは語りだけで歌が無く、とても残念だった。是非また大阪で、今度は「三文オペラ」などクルト・ワイルを聴かせて下さいね。

こういった20世紀に生まれた名曲たちがもっと大阪で演奏されればいいな。そう願わずにはいられない。

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