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2007年12月

2007年12月31日 (月)

久石 譲 ジルベスターコンサート2007

久石 譲&関西フィルハーモニー管弦楽団によるジルベスター(ドイツ語で大晦日の意味)コンサートを聴きにザ・シンフォニーホールへ往った。

久石

このコンサートは2006年から始まった。「久石さんと過ごす大晦日も素敵だな。でも、関西フィルは4つの在阪オーケストラの中で一番下手くそだし、それでS席8,000円というのはちょっと高いなぁ……」と迷っていると、瞬く間にチケットは完売してしまった。それが無性に悔しくて、今年は間髪を入れず購入し会場に臨んだ。勿論満席、補助席が出て立ち見もある大盛況だった。

プログラム前半は久石さんが指揮をされ、後半は金 洪才さんがタクトを振り久石さんはピアノを弾かれた。

1曲目はOrbis。ラテン語で”輪””環”といった意味だそうだ。今年25回目を迎えた「サントリ−1万人の第九」のために指揮者の佐渡 裕さんからの依頼で作曲された。2007年12月2日に大阪城ホールで初演されたばかりの出来立てホヤホヤの曲。初演時は1万人の合唱が参加したが、今回はパイプオルガンとフルオーケストラのために書き改められたバージョンでの演奏だった。まるでR.シュトラウスの交響詩を連想させるような華やかな祝祭音楽。久石さんの卓越したオーケストレーションに圧倒された。

2曲目は組曲「マリと子犬の物語」。現在公開中の映画公式サイトはこちら。作曲中に久石さんが飼っていた犬のJOYが弱ってきて、完成後に他界してしまったそうだ。その愛犬への想いが込められたとても美しい曲だった。ピチカートによるテーマがとても可愛らしかった。

3曲目は組曲「太王四神記」。現在NHK BS-hiで放送中のペ・ヨンジュン主演の大作ドラマのために作曲された劇的で壮大な音楽。メインテーマが北野武監督の映画「キッズ・リターン」を彷彿とさせるのはご愛嬌。

休憩を挟んで4曲目はLinks。久石さんは元々、短い音形を執拗に反復するミニマル・ミュージックを書いていた作曲家である(他にスティーブ・ライヒ、フィリップ・グラス、マイケル・ナイマンらが有名)。そのスタイルで書かれ、8分の15という変拍子が面白い颯爽とした快作だった。

5曲目はオーケストラストーリーズ「となりのトトロ2007」。子供たちのためにオーケストラ入門編としてアニメーションから再構成された音楽で、久石さんはピアノ兼ナレーションも担当された。まずお馴染みの「さんぽ」変奏曲で各々の楽器紹介から始まる。ブリテンの「青少年のための管弦楽入門(ヘンリー・パーセルの主題による変奏曲)」と同様の趣向。その後は「となりのトトロ」の物語に併せた愉しい音楽劇が続く。いわば現代版「ピーターと狼」(プロコフィエフ)である。いやはや素晴らしい!これぞ今宵のハイライトであった。日本人の作品でこれだけ充実し、高いレベルに到達した音楽を僕は他に知らない。ブリテンやプロコフィエフに些かも劣らぬ、世界に誇れる名曲であった。ブラボー!

北野映画「HANA-BI」の音楽に続いてプログラム最後はTango X.T.C.(タンゴ・エクスタシー)。そう、我が生涯で最も愛する映画「はるか、ノスタルジイ」(大林宣彦 監督)の音楽である。僕のHPのタイトル「はるか、キネマ」もこの映画に由来する。この曲を聴くと、たちまち北海道・小樽の坂道に佇むヒロイン・はるか(石田ひかり)の姿が浮かび上がる。そして僕自身、何度も訪れた小樽の風景が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。こうして久石さんの音楽も、今や僕の血となって全身を循環しているのだということを今回改めて実感した。また、オーケストラ版のアレンジは、後半ビッグバンド・ジャズ風になったりして実に洗練されていた。最高!

アンコールは以下の3曲。

アンコール

「あの夏へ」は宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」の主題曲。この映画が公開された年、僕は仕事の関係で四国の愛媛県新居浜市に棲んでいた。当時、新居浜には映画館がたった1館しかなかった。そこで僕はこれを観た。丁度真夏の花火大会の日であった。映画館の外から盛大な花火の音が聴こえてきた事が今でも鮮明に想い出される。その1年後に新居浜にもシネコン(複合映画館)が出来て、たちまち「千と千尋」を観た映画館は潰れてしまった。そんなことを想い出しながらこの曲を聴いた。

Oriental Windはサントリー「伊右衛門」のCM曲。こちらで試聴出来る。僕にとってこの曲は京都・嵯峨野の竹林を駆け抜ける風のイメージである。そしてそれはサントリー山崎蒸溜所を訪ねた時の記憶とも繋がっている。山崎蒸溜所も直ぐ裏に竹林のある、美しい自然に囲まれた環境にあった。

関西のオケは(実力NO.1の大フィルを含め)総じて金管が弱い。しかし今宵の関西フィルは、作曲家自身が立ち会っている所為かとても気合いが入っており、普段の実力以上の力を発揮していた。その前向きな姿勢は大いに評価したい。

熱狂した観客は歓声を上げ、スタンディングオベーションで久石さんを讃えた。銀のリボンが会場に向けて放出されたりホールの天井から風船が降り注ぐというサプライズもあった。ここでオーケストラの団員は退場したのだが、それでも帰る聴衆は殆どなく拍手は一向に鳴り止まない。そこで久石さんがひとりステージに再び現れピアノ・ソロで弾いて下さったのが「夢の星空」である。やんややんやの大喝采だったことは言うまでもない。正に夢のひと時であった。

風船

今回「ハウルの動く城」〜人生のメリーゴーランドが聴けなかったのが些か残念だったが、それは次回のジルベスターのお楽しみとしよう。そして来年は久石さん、きっと宮崎アニメの新作「崖の上のポニョ」もしてくれますよね!

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2007年12月30日 (日)

朝比奈隆展と大植英次/大フィルの第九

先日、「永遠のマエストロ 朝比奈隆展」を見にリーガロイヤルホテル大阪を訪ねた。

朝比奈展

様々な展示物の中に朝比奈が所有していたベートーヴェン/交響曲第九番のスコアもあった。最初のページに作曲家の速度指示は♩=88と印刷されている。そこに朝比奈の直筆で♩=66と書き込まれている。さらに横にフルトヴェングラー♩=60〜、クレンペラー♩=72とある。つまり過去の巨匠たちのテンポを研究した上で、朝比奈は♩=66でいくと決めたことが読み取れる。

これは20世紀のベートーヴェン解釈の問題点を端的に示した一例と言えるだろう。つまり、作曲家の意図を無視した恣意的なテンポはどこまで許されるのか?という問いである。そしてそれは音楽家の果たすべき使命とは何か?という核心部分とも絡んでくる。例えばオッフェンバックの「天国と地獄」をゆっくり演奏したら「動物の謝肉祭」(サン=サーンス)の"亀"になる。別の曲になってしまうのだ。

ビブラートについても同じことが言える。ベートーヴェンの時代に弦楽奏者たちはビブラートをかける習慣はなかった。つまり作曲家の頭に響いていたシンフォニーの音はノンビブラートだったのである。それを、現代の慣習に従ってビブラートで演奏して、それで果たしてベートーヴェンの音楽だと胸を張って言えるのだろうか?この問題について僕は「ビブラートの悪魔」という記事で総括している。

さて本日、大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団によるベートーヴェンの第九を聴いた。会場はフェスティバルホールである(僕が聴いたのは2日目だが、1日目に聴かれた方の感想がブログ「不惑ワクワク日記」に書かれている)。

大阪で十分休養をとられたのだろう。大植さんの指揮は前回の定期とは打って変わって、身振りが大きくとてもお元気そうだった。アクセントを強調し、力強く滔々と流れる第九だった。第4楽章はオーケストラを抑えめにすることで、歌が際立っていた。全員外国から招聘したソリストたちは実力派揃いで、大変聴き応えがあった。

この遅めのテンポで第七・八をやられると堪らないが、第九には似合っているように想われた。ただこの曲には前にも書いたように作曲者自身によるメトロノーム速度指示が楽譜に明記されているので、20世紀ならともかく21世紀の現在、これが正当な解釈と言えるかどうかは些か疑問である。年末の第九対決に関して僕は、飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪の演奏の方に軍配を上げたい。

おお友らよ、こういった音ではだめだ。
もっと心地よい調べを歌い出そう、
もっと喜びにあふれた調べを。
(詞:L.v.ベートーヴェン/訳:磯山 雅)

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2007年12月29日 (土)

2007年映画個人賞はこの人に!

いよいよ「エンターテイメント日誌」の選ぶ映画個人賞の発表である。

監督賞:

ブラッド・バード「レミーのおいしいレストラン」

主演女優賞:

マリオン・コティヤール「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」
キム・アジュン「カンナさん大成功です!」

助演女優賞:

蒼井 優「クワイエットルームにようこそ」

主演男優賞:

レオナルド・ディカプリオ「ブラッド・ダイアモンド」

助演男優賞:

クリストファー・ウォーケン「ヘアスプレー」

歌唱賞:

ジェニファー・ハドソン「ドリームガールズ」

特別(美少女)賞:

綾波レイ「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」

CGキャラクター賞:

シト(使徒)ラミエル「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」

オリジナル脚本賞:

フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク「善き人のためのソナタ」 
アナス・トーマス・イェンセン「アフター・ウェディング」

脚色賞(原作あり):

松尾スズキ「クワイエットルームにようこそ」

衣装デザイン賞:

ミレーナ・カノネロ 「マリー・アントワネット」

美術賞:

エウヘニオ・カバイェーロ、 ピラール・レヴェルタ「パンズ・ラビリンス」

作曲賞:

ハビエル・ナバレテ「パンズ・ラビリンス」 

歌曲賞:

マーク・シェイマン、スコット・ウィットマン
「ヘアスプレー」~Come So Far

撮影賞:

ギレルモ・ナヴァロ「パンズ・ラビリンス」

編集賞:

マイケル・トロニック「ヘアスプレー」
クリストファー・ラウズ「ボーン・アルティメイタム」

メイクアップ賞:

モンセ・リベ、ダビ・マルティ「パンズ・ラビリンス」

視覚効果賞:

「ダイハード4.0」のVFXチーム

音響賞:

「ボーン・アルティメイタム」の音響スタッフ

最低監督賞:

山崎 貴「ALWAYS 続・三丁目の夕日」

最低脚色賞:

山崎 貴、古沢良太「ALWAYS 続・三丁目の夕日」

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2007年12月28日 (金)

2007年映画ベスト30選

恒例の「エンターテイメント日記」が選ぶ映画ベスト30を発表する。対象は今年映画館で公開された新作である。

敢えて順位は書かないが、気に入っている順に並んでいると考えて頂いて差し支えない。それぞれのレビューは全て「エンターテイメント日誌」に掲載しているので、興味のある方は探して下さい。なお、映画タイトルの横にをつけたものは旧版「エンターテイメント日誌」に書いている。このブログの左サイドバーにリンクを張っているのでそちらから飛んで下さい。

「クワイエットルームにようこそ」 (日)
「ヘアスプレー」(米)
「善き人のためのソナタ」(独) 

「22才の別れ Lycoris  葉見ず花見ず物語」(日)
「ブラッド・ダイアモンド」(米)
「レミーのおいしいレストラン」(米)
「華麗なる恋の舞台で」(米=英=ハンガリー)
「ダイ・ハード4.0」(米)
「ドリームガールズ」(米) 

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」(日)
「カンナさん大成功です!」(韓)
「パンズ・ラビリンス」(メキシコ=スペイン=米)
「ブラックブック」(蘭=独=英=ベルギー)
「世界最速のインディアン」(ニュージーランド=米)
 
天然コケッコー」(日)
アフター・ウェディング」(デンマーク)
「ツォツィ」(南アフリカ=英)
「ホリデイ」(米)

 「エディット・ピアフ ~愛の讃歌~」(仏=英=チェコ)
「ボーン・アルティメイタム」(米)
「ラスト・キング・オブ・スコットランド」(英) 

「アヒルと鴨のコインロッカー」(日)
「不都合な真実」(米) 

「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」(米)
「しゃべれどもしゃべれども」(日)
「ボルベール<帰郷>」(スペイン)
「パフューム ~ある人殺しの物語~」(独) 

「今宵、フィッツジェラルド劇場で」(米) 

「ある愛の風景」(デンマーク)
「シッコ SiCKO」(米)

そして勿論、今年の最低映画賞はダントツで

「ALWAYS 続・三丁目の夕日」

に進呈したいと想う。

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2007年12月27日 (木)

カンナさん大成功です!

評価:B+

映画公式サイトはこちら

「シュリ」(1999)を契機に日本でも徐々に公開されるようになった韓国映画はテレビ「冬のソナタ」におけるペ・ヨンジュンの爆発的人気で、一気に大量輸入されることになる。いわゆる韓流(はんりゅう)ブームである。しかしその大半は他愛もないメロドラマで、飽き易い日本人の出足は次第に遠のき、韓流ブームも昨年あたりから息切れし始めた。韓国では大ヒットした「グエムル」や「王の男」も日本では興行的に惨憺たる結果に終わった。恐らく今年、日本のシネコンで韓国映画はほとんど上映されなかったんじゃないかな。驚くべきことに「カンナさん大成功です!」は僕が今年観る初めての韓国映画となってしまった。もう師走なのに……。「殺人の追憶」や、カンヌでグランプリを受賞した「オールドボーイ」などの傑作群が破竹の勢いで日本に押し寄せ、その質の高さに圧倒された2004年はもう遠い過去になってしまった。

さて「カンナさん大成功です!」は久々の快作で、スカッとした!もともと韓国映画はラブコメが得意である。そして本作は「猟奇的な彼女」や「マイ・リトル・ブライド」の系譜に連なる韓流ラブコメの代表作となった。個人的には「猟奇的…」よりもこちらの方が好きである。僕はムン・グニョンちゃんのファンなので「マイ・リトル・ブライド」を超えたとは(たとえ心ではそう想っていても)口が裂けても言えないのだが。

ヒロインを演じたキム・アジュンが素晴らしい。その美貌・演技力・そして桁外れの歌唱力。どれをとっても文句のつけようがない。「絶対に整形をしていないこと」という条件で主役の座を勝ち取った彼女も、今まで様々なオーディションに100回以上落ちるなど苦労の連続だったそうである。そんなことはとても信じられないくらい今回の彼女は輝いていた。

韓国は美容整形先進国と言われるほど整形の盛んな国である。この映画はそれを笑いのネタにしているのだが、決して整形という行為を否定しているわけでも全面的に肯定しているわけでもないニュートラルな姿勢が素晴らしい。女性にとって「美しくなりたい」というのは万国共通の憧れである。整形は変身願望のひとつの手段に過ぎないと僕は想う。それが否定されるのであれば、パーマや髪を染める行為も、化粧も、歯の矯正も否定されなければならない。

最近裸足でステージに登場し、ナチュラル派を気取る歌手が横行しているがあれは愚の骨頂である。足だけ生まれたままの姿でどうする??そういう輩はすっぴんで、そして素っ裸で歌うべきであろう。

「カンナさん大成功です!」の原作は鈴木由美子の漫画。「オールドボーイ」も原作は日本の漫画であった。現在韓国映画はちょっとした日本ブームで、「世界の中心で、愛をさけぶ」もあちらでリメイクされたし、貴志祐介のホラー小説「黒い家」もリメイクされ、今年韓国で公開され興行成績第1位となった。森田芳光監督による日本版の出来が酷かったので韓国版の方に僕は期待しているのだが、さて仕上がりの方はどうだろう?

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2007年12月26日 (水)

教会音楽シリーズ「クリスマス・オラトリオ」

12月25日、日本テレマン協会の教会音楽シリーズ「クリスマス・オラトリオ」(J.S.バッハ)に往った。場所は兵庫県西宮市にあるカトリック夙川教会聖堂である。ここで「クリスマス・オラトリオ」が演奏されるのは8年ぶりとのこと。

クリスマス

前回ここで聴いた「メサイア」(ヘンデル)はバロック楽器による演奏だったが、「クリスマス・オラトリオ」はモダン楽器を使用したピリオド奏法による演奏だった。弦楽器だけではなく、フルートもビブラートなしで吹かれていた。フルートのトップは先日いずみシンフォニエッタ大阪の「第九」にも参加されていた森本英希さん。大変美しいチェロの音色を聴かせて下さったのは「メサイア」に引き続き客演された、元・日本テレマン協会首席チェリストの上塚憲一さんである。また、ティンパニはバロック・ティンパニが用いられていた。

独唱のソプラノ/中村朋子さん、テノール/畑 儀文さん、バス/篠部信宏さんらはいずみシンフォニエッタ大阪の「第九」特別編成合唱団に選抜されており、テレマン室内合唱団も非常に質の高いアンサンブルを聴かせてくれた。

クリスマス

今回演奏されたのは第一部から三部まで。「クリスマス・オラトリオ」についての詳しいことはブログ「お茶の時間」にしませんか?に書かれているので、ここにご紹介しておく。歌詞の日本語訳は舞台正面にスライドで映写された。

悲劇的で峻厳とした「ヨハネ受難曲」や、哀切と諦念の「マタイ受難曲」とは異なり、キリスト誕生を祝う「クリスマス・オラトリオ」は明るく、華やいだ気分に溢れている。僕は映画のタイトルにもなった歓びを歌にのせてという言葉を想い出しながら、心地よく聴いた。

バッハの後は以下のクリスマス・キャロルも演奏された。

・もろびとこぞりて
・牧人ひつじを
・あら野のはてに
・神の御子はこよいしも
・しずけき(きよしこの夜)

「きよしこの夜」では指揮の延原武春さんが客席を振り向き、集った聴衆皆で歌った。クリスマスを教会で過ごす…初めての、とても素敵な体験だった。

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2007年12月25日 (火)

佐渡 裕プロデュース「ヘンゼルとグレーテル」

昨日はクリスマス・イヴ。佐渡 裕 指揮によるフンパーディングのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」を観に、兵庫県立芸術文化センターに往ってきた。

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「ヘンゼルとグレーテル」には魔女の棲むお菓子の館が登場するので、それにちなんで会場には沢山のお菓子が陳列されており、子供たちが熱心に眺めていた。

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このオペラが初演されたのが1893年12月23日。ドイツでは現在でもしばしばクリスマス・シーズンに上演されている。兵庫県立芸術文化センターでの初演は2005年12月23日。2年ぶりの再演で、佐渡さんは今後も2年おきに再演しクリスマスの定番にしたいと考えておられるようだ。

クリスマスらしい愉しい舞台だった。魔女の箒が飛んだり、釜戸から本物の炎が吹き出たりする。少年少女の澄んだ合唱もあれば、子供たちによる可愛らしいバレエもある。物語の終盤ではメルヘンチックなお菓子の家から煙が噴出して、派手に崩壊する見せ場がありこれも面白かった。60人以上の編成による兵庫芸術文化センター管弦楽団の伴奏もお見事。佐渡さんの指揮は起伏に富み、時には激しく恐怖心を煽り、時には美しく官能的で観客を法悦へと誘った。日本語による上演でさらに字幕付きという至れり尽くせりのおもてなし。これだけ充実した公演をA席6,500円という破格な低料金で観られるのだから兵庫県は偉い!

カーテンコールでは佐渡さんがサンタ・クロースの扮装で登場。グレーテルが客席に「みんなで一緒に踊りましょう」と呼びかけて観客が一斉に立ち上がり、一幕のナンバー「踊りましょうよ、お手てつないで」を歌って踊った。会場の子供たちは大はしゃぎ。最後はオケのメンバー全員も舞台に上がった。本当に素敵なクリスマスをありがとう、佐渡さん、そして兵庫芸術文化センターの仲間たち!

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今回「ヘンゼルとグレーテル」を全曲通して聴いて如実に感じられたのはワーグナーからの強い影響である。和声やライトモティーフの用い方が「トリスタンとイゾルデ」(1865年初演)や「ニーベルングの指輪」(1876年初演)などを彷彿とさせる。調べてみると、ドイツ生まれのフンパーディング(1854-1921)は実際にワーグナー(1813-1883)と交流があり、「ジークフリートのラインへの旅」演奏会用校訂譜の編者でもあるそうだ。ワーグナーが「パルシファル」の総譜作成に取り組んでいた時にフンパーディングはバイロイトに引っ越してきて、その作業を手伝ったとか。

ちなみにライトモティーフ(示導動機)とは、現在の映画音楽で言うところの「スター・ウォーズのテーマ」「王女レイアのテーマ」「ヨーダのテーマ」「ダース・ベイダーのマーチ」のようなテーマ(主題)のことである。様々なライトモティーフが複雑に絡み合いながら登場人物たちの感情を紡ぎ、ひとつの大きな楽曲を形成してゆくのである。

ワーグナーが発明したライトモティーフはフンパーディングやR .シュトラウス(楽劇「サロメ」「ばらの騎士」)に受け継がれる。そしてその最後の継承者がウィーンで活躍したエーリッヒ・ウォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)である。彼は23歳の時に作曲したオペラ「死の都」(1920年初演)や「ヘリアーネの奇蹟」で時代の寵児となった。しかし、ユダヤ人であった彼はナチス・ドイツによるオーストリア併合で、アメリカへの亡命を余儀なくされる。

ハリウッドに渡ったコルンゴルトは映画音楽作曲家となり、そこにライトモティーフの手法を持ち込んだ。彼は「風雲児アドヴァース」(1936)「ロビン・フッドの冒険」(1938)で2度アカデミー作曲賞を受賞する。そしてコルンゴルトの正統的後継者がジョン・ウイリアムズというわけ。コルンゴルトの大傑作、映画「シー・ホーク」(1940)の音楽を是非聴いて欲しい。「スター・ウォーズ」は「シー・ホーク」の影響下に生まれた作品であることがお分かり頂けるだろう。

お勧めCD

「シー・ホーク~コルンゴルト映画音楽集」 ゲルハルト/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団

「コルンゴルト作品集」 プレビン/ロンドン交響楽団

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2007年12月23日 (日)

僕がお気に入りのイタリアン

本当に美味しいお店は教えたくないというのが本音である。だって予約が取りにくくなるから。でももうすぐクリスマス。そこで今回は特別に、大阪で一番お気に入りのイタリアンをご紹介しよう。

食べ歩きをこよなく愛する僕はイタリア料理店にもいろいろ往った。東京ではエノテーカピンキオーリで4万円という大枚を叩いてフルコースを食べたこともある。まさに清水の舞台から飛び降りる心境だった。14mに及ぶワインカーブ回廊は実に豪華だったし、至れり尽くせりのサービスも洗練されており素晴らしかった。…がしかし、食事については「こんなものか」という落胆の方が大きかったのも正直な気持ちである。

大阪に棲むようになってからも評判のイタリアンを物色した。ザガット・サーベイで常に上位にランキングされる「ポンテ・ベッキオ」や「ラ・ムレーナ」にも足を運んだ。肥後橋の「ピアノ・ピアーノ」は魚料理がいけた。こうして彷徨ったあげく、遂に最高の味にめぐり逢えたのである。

それは堺筋本町にある「ラ・ルーナ」である。ホームページはこちら。ここを最初に教えてくれたのは阿波座にある和食「伊万邑」(いまむら)のご主人だった。「ラ・ムレーナ」のシェフだった方が独立して開いたレストランで、特に羊のお肉の焼き加減が絶妙だと賞賛されていた。

味については「伊万邑」のご主人のコメントに付け加えることはない。ただここは、ア・ラ・カルトで注文するよりは6,800円のコースをお勧めする。

また、サービス税も取られるがサービスには余り期待しない方がよい。サービスに重きを置く方はがっかりするかも知れないので、念のため。

もしこれを読んで往かれる方がいらっしゃるなら、是非また感想をコメント欄で教えて下さい。それから他のお勧めレストラン情報もお待ちしています!

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2007年12月22日 (土)

大野雄二&ルパンティック・ファイブ

兵庫県立芸術文化センター 小ホールで開催されているHYOGO クリスマス・ジャズ・フェスティバル2007に往った。この日は大野雄二&ルパンティック・ファイブの出演である。

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上の写真は会場ロビーに陳列されていたクリスマスのお菓子。

今年で「ルパン三世」のテーマ作曲30周年を迎える大野雄二(1941- )さんはアレンジャー・作曲家・ジャズピアニスト。映画「犬神家の一族」の音楽も手掛けている。なお、「太陽にほえろ!」「名探偵コナン」の音楽で有名な大野克夫(1939- )さんとしばしば混同されるので要注意。僕もごっちゃになっていた。

ルパンティック・ファイブはトランペット、サックス、エレキギター、ベース、ドラムスという編成で、キーボード&ピアノ担当の大野さん以外は若手の実力派が揃っていて、大層聴き応えがあった。

曲目は「ルパン三世」のテーマなど大野さんのオリジナル曲を中心に、カバー曲あり、クリスマス・ソングありの盛り沢山の内容で愉しめた。

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「ラブ・スコール」は峰不二子のテーマで、「トルネードTORNADO」は次元大介のテーマである。

小ホールはステージを取り囲むように客席が配置されているので、大野さんは「どっちを向いて喋ったらいいのかこまっちゃうな」と仰っていた。音がよく響くので、PA(音響機器)はほとんど使わず、ドラムスも普段より抑え目に叩いているとのことであった。

会場に集ったのは白髪の老夫婦から小学生くらいの女の子まで幅広い客層で、大迫力で響く生の音を皆愉しんでいた。

前日に須川展也さん率いるトルヴェール・クヮルテットを聴いたばかりだったので、両者の違いがよく分かり興味深かった。クラシック系のサクソフォン奏者は細かいビブラートをかけて繊細に吹くが、ジャズ系のサックス奏者はノンビブラートで豪快に鳴らす。なんとジャズはピリオド奏法だったのである!

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2007年12月21日 (金)

トルヴェールのクリスマス(サクソフォン四重奏)

トルヴェール・クヮルテットのコンサートを聴きにいずみホールに往った。

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トルヴェールは日本を代表するサクソフォン・プレイヤーによる四重奏団で、今年結成20周年を迎える。東京佼成ウインドオーケストラのコンサートマスター、須川展也さん(ソプラノ・サックス)やシエナ・ウインドオーケストラのコンサートマスター、新井靖志さん(テナー・サックス)らがメンバーなのだから凄い。世界最強のクヮルテットである。

吹奏楽をしている中高生たちにとっては憧れの奏者達だから、演奏会場には制服姿の学生も沢山見かけた。終演後はサイン会もあり、長蛇の列が出来ていた。

ちなみにNHK「響け!みんなの吹奏楽」でもお馴染みの須川さんは、今年ヤマハ吹奏楽団の常任指揮者に就任され、全日本吹奏楽コンクール<職場の部>で見事金賞を受賞された。

1曲目が終わると須川さんの挨拶があり、曲の合間ごとに各々のメンバーがお話されて、和やかな雰囲気でコンサートは進行した。

トルヴェールの魅力は圧倒的テクニックや畳み掛けるような勢いのある演奏で、切れ味が鋭いにも関わらず逆説的にその響きは柔らかく、円やかに溶け合うことにある。

曲の大半は長生 淳さんの手によるもので、変幻自在の編曲がスリリング。例えばチャイコフスキー/ナッチ=ナッカーは「くるみ割り人形」からのセレクションなのだが、いきなり冒頭はR.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」で始まる。さらに途中にクリスマス・ノエルやチャイコフスキー/弦楽セレナードの旋律が挿入されたりするのだから目が離せない。

ホルスト/「惑星」より木星は、"ジュピター"つながりで途中にモーツァルトの交響曲第41番が飛び出したりするのである。

ドビュッシー/弦楽四重奏曲(新井靖志 編)は、本来ピチカートで演奏する箇所をサクソフォンのキーを叩く音で代用したりして面白かった。また澄んだ弱音の美しさが際立っていた。

アンコールの「日本の歌」(長井桃子)ではピアノの小柳美奈子さんを含む5人が日本の都道府県をリズミカルに叫ぶボイス・パーカッションの曲で、場内爆笑だった。勿論最後は「大阪」の連呼!そして〆はバッハ/G線上のアリア。いやはや愉しいクリスマス・コンサートでした。

余談だがサクソフォンは1840年ごろにアドルフ・サックスさんが発明したのだが、彼はユーフォニウムの原型「サクソルン」も作った人だそうである。

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2007年12月18日 (火)

once ダブリンの街角で

評価:C+

日本の映画公式サイトはこちらだが、アメリカのサイトの方が主題歌を全曲(しかもステレオ!)で聴けるので、是非そちらも覗いてみて下さい。

さて最近のアカデミー賞の傾向から考えると、今年の歌曲賞は本作の"Falling Slowly"でほぼ決まりだろう、悔しいけれど。個人的には「ヘアスプレー」に受賞して貰いたいのだが、現実的にはちょっと厳しいことも分かっているつもりだ。

Onceの音楽は確かに素晴らしいし、音楽映画として出来は悪くない。冒頭はストリート・ミュージシャンをやっている主人公の歌から始まるのだが、これがポータブルレコーダーで録音したような音の悪いモノラル。ところが彼がプロを目指してスタジオ入りし、デモCDをレコーディングする場面で音声がステレオとなり、完成してスタジオを出るとドルビー・サラウンドになる仕掛けが施されているのである。

また照明も、最初は素人が当てたみたいに薄暗く、まるでぴあフィルムフェスティバルの自主映画か「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」みたいに汚い映像なのだが、それが最後には計算された熟練の照明に早変わりすると行った具合に、映画の文体そのものでアマチュア→プロフェッショナルへの変容を示す鮮やかな演出には感心した。

しかし、話そのものは陳腐である。この映画から音楽を差し引いたら、安っぽいボーイ・ミーツ・ガールのメロドラマしか残らない。いわば音楽のプロモーション・ビデオに毛が生えた程度の作品である。だからグレン・ハンサードの歌に琴線が触れた人は観ればいいし、そうでない人にとっては無縁の映画であろう。

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2007年12月17日 (月)

これぞ新世紀の第九! 飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪

この記事は「ビブラートの悪魔」と併せてお読み頂きたい。

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いずみシンフォニエッタ大阪によるベートーヴェン/第九交響曲の演奏会に往った。指揮は飯森範親さんである。

2006年11月にいずみホールで「ウィーン音楽祭 in OSAKA」という催しがあり、いずみシンフォニエッタ大阪(ISO)とウィーン・フィルの首席奏者たち(コンサートマスターのライナー・キュッヘル、クラリネットのペーター・シュミードルら)が合同でベートーヴェンの「田園」を演り、飯森さんが指揮をされた。その場に僕も居合わせたのだが、驚天動地の高水準で腰を抜かした。兎に角、天下のウィーン・フィルの団員がピリオド奏法(ノンビブラート)でベートーヴェンを演奏していること自体が凄かったし、その攻めの姿勢と豊穣な響きにノック・ダウンした。ISOのメンバーも鬼の形相でそれに食らい付き、熱気に満ちた演奏を繰り広げた。

今回の演奏会ではまず飯森さんとISOの音楽監督で作曲家の西村 朗さんのプレトークがあったのだが、その中で飯森さんがビブラート奏法は20世紀初頭から行われるようになった手法でベートーヴェンの時代にはなかったこと、ベートーヴェンは古典派の音楽からロマン派の音楽へと橋渡しをした作曲家であることなどを解説され、ベーレンライター版の楽譜を用い随所にピリオド奏法を取り入れ、古典派とロマン派の過渡期に位置する第九という交響曲をその新旧の葛藤の中から表現してみたいという旨のことを仰った。

前半は西村さんの新曲「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」。12分くらいの小品で4楽章からなり、各々の楽章はベートーヴェンの「第一」から「第八」までの交響曲全ての対応楽章からフレーズやリズムが引用されているという面白い曲だった。引用と言ってもパッチワークみたいに単に継ぎ接ぎしただけではなく、大きく変形されたり不協和音が取り入れられたりして、ちゃんと現代音楽になっているところが流石であった。パロディ的要素もあり結構笑えた。

休憩を挟んでいよいよ第九である。飯森さんは暗譜で指揮をされ、オーケストラは40数名という小編成。チェロは3人、コントラバスは2人しかいない。合唱を併せても総勢80人程度。飯森さんの解説によるとベートーベンの時代もこれくらいの人数で演奏されたらしい。

第1と第2ヴァイオリンが左右で向かい合う対抗配置。コントラバスは舞台に向かって左方に陣取っていた。またバロック・ティンパニが用いられ固めのマレット(ばち)で強打される音が腹にズシリと響く。

小編成で聴くベートーヴェンは余分な贅肉がそぎ落とされ、引き締まった響きが耳に心地よい。細部が明快に聴こえるし、実に新鮮だ。合唱団は普段ソリストとして活躍する声楽家たちが集結した特別編成で、少人数ながら聴き応えがあった。

飯森さんの指揮は速めのテンポで小気味好い。1、2楽章はほぼ完全なノンビブラート(ピリオド・アプローチ)で、3楽章のアダージョ〜アンダンテから次第にビブラート奏法が出現し、たっぷりと歌う。4楽章、冒頭のプレストはそのままビブラートで突進するのだが、あの有名な「歓喜の旋律」になると突如ノンビブラートに戻る。そしてその後はノンビブラートとビブラート奏法のせめぎ合い。

成る程、これこそが21世の新しいベートーヴェン像なのだ!という興奮で身震いするような素晴らしい演奏会であった。

大阪シンフォニカー交響楽団の特別首席チェロ奏者でベテル室内アンサンブルではバロック・チェロも弾かれる金子鈴太郎さんが今回ISOのメンバーとして参加されており、またフルートにはテレマン室内管弦楽団の団員で、フラウト・トラヴェルソ(古楽器)を兼任される森本英希さんの姿があった。

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2007年12月15日 (土)

続・クリスマスの思い出

前記事「クリスマスの思い出」でうっかり失念していた映画を、ふと思い出したので追記しておく。

それは「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002)である。日本語に訳せば「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」ということになるだろうか。

天才詐欺師と呼ばれたフランク・W・アバグネイルの自伝小説をスティーブン・スピルバーグ監督が映画化したもの。短期間で撮られた低予算の作品だがスピルバーグは大作よりもむしろ、こういう肩の力が抜けた小粋な作品が良い。

レオナルド・ディカプリオ演じる主人公フランクの父親を演じたクリストファー・ウォーケンが味があって素晴らしい。アカデミー助演男優賞にノミネートされるのも納得がゆく。

フランクは高校生の時、両親が離婚すると聞きショックで家を飛び出す。やがて生活のために偽造小切手の詐欺に手を染める。彼はクリスマスごとにトム・ハンクス演じるFBI捜査官に電話を掛けるのだが、このふたりが疑似親子みたいな関係なのが面白い。

実際に両親が離婚し母子家庭に育ったスピルバーグは「未知との遭遇」や「E.T.」など、父親不在の映画を撮り続けて来た。その彼が初めて真摯に父性と向き合った作品とも言える。これは彼自身が父親となったことと決して無関係ではないだろう。

犯罪映画ではあるが明るく軽やかでクリスマスに相応しいし、この作品を通して家族の絆について想いを馳せるのもまた一興だろう。

また、壮大でシンフォニックな音楽を得意とするジョン・ウイリアムズが、小編成でJAZZYな曲を提供しているのも珍しい。

ちなみに「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」は現在、ブロードウェイ・ミュージカル版が製作進行中で、「ヘアスプレー」のスコット・ウィットマン(作詞)とマーク・シェイマン(作曲)のコンビが手掛けるそうだ。そちらも非常に愉しみである。

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2007年12月13日 (木)

クリスマスの思い出 

今回はトルーマン・カポーティ(村上春樹 訳)に敬意を表したタイトルを付けてみた。カポーティの「あるクリスマス」も珠玉の短編小説である。

もうすぐクリスマス。そこで、この季節にぴったりのお勧め映画をご紹介しよう。

まずは定番ロマンティック・コメディから。今年日本で公開されたばかりの出来立てホヤホヤの映画、「ホリデイ」。

Holiday

詳しい紹介はこちら。エンターテイメント日誌に書いた感想はこちら

ロマンティック・コメディの女王と言えばメグ・ライアン。そして彼女が最も輝いていたのが「恋人たちの予感」(1989) と「めぐり逢えたら」(1993) である。「恋人たちの予感 When Harry Met Sally」ではメグ・ライアンとビリー・クリスタルがクリスマス・ツリー用の木を買って、ふたりでせっせと家まで運ぶ場面が登場する。マーク・シェイマンがアレンジしたJAZZYな音楽がとっても素敵(シェイマンは後にブロードウェイ・ミュージカル「ヘアスプレー」の作曲によりトニー賞を受賞する)。ハリー・コニック・Jrの歌声も良い。余談だけれど、メグとビリーがそれぞれの自宅で同じ映画を観ながら電話で語り合うエピソードは、倉本聡が書いた「北の国から'92巣立ち」でそっくりそのまま引用されていた。

Harrysally

めぐり逢えたら Sleepless in Seattle」はクリスマス・イヴからバレンタイン・デーまでの物語。今回のメグのお相手はトム・ハンクス。彼女がエンパイア・ステート・ビルディングのイルミネーションを見て"It's a sign."と呟く場面が僕は最高に好きだ。ナット・キング・コール、ルイ・アームストロング、セリーヌ・ディオンなどの歌がロマンティックなムードを盛り上げる。

「恋人たちの予感」「めぐり逢えたら」に続くシリーズ第3弾が「ユー・ガット・メール You've Got Mail」(1998)なのだけれど、これは実はリメイクで僕はオリジナル版「街角 桃色の店 The Shop Around the Corner」(1940)の方をお勧めしたい。舞台はチェコのプラハ。クリスマスを控え歳末商戦真っ只中の雑貨店で展開される心温まるコメディだ。ジェームズ・スチュワートがいい味出している。これを元にしたミュージカルが「シー・ラブズ・ミー」で、日本でも市村正親さんと涼風真世さん主演で上演された。これも良かった。是非再演を!

さて、ミュージカルでクリスマスといえば、なんと言っても「アニー」でしょう。しかしジョン・ヒューストン監督の映画版(1982)の出来は芳しくない。そこで断然お勧めしたいのが1999年にテレビ映画として製作され、アメリカのABCで放送されたバージョンである。なんと監督・振付はロブ・マーシャル!そう、後に「シカゴ」(2002)で劇場映画に進出し、デビュー作にしてアカデミー作品賞を受賞した天才だ(ちなみにマーシャルは現在ミュージカル映画「ナイン」を準備中)。このテレビ版、アニーを演じるアリシア・モートンが可愛いし、トニー賞を受賞しているアラン・カミング(キャバレー)、オードラ・マクドナルド(ラグタイム、回転木馬)、クリスティン・チェノウェス(君はいい人チャーリー・ブラウン、ウィキッド)らが出演しているのも豪華。キャシー・ベイツ(ミザリー)が歌うのにはびっくりしたが、さすがの貫禄である。さらに劇中、アニーと大富豪ウォーバックス氏がNYにクリスマスのお買い物に往く場面があるのだが、彼らがブロードウェイで観るミュージカルに登場するのがアンドレア・マッカードル。なんと1977年の初演時にアニーを演じていたのが彼女なのだ。ただ残念なことにこの作品、日本ではテレビ放送されたことはあるがDVDやビデオは未発売である。北米版DVDでよければこちらからどうぞ。ただし、日本製DVDプレイヤーでは再生出来ません。パソコンなら可能。

ミュージカル映画からもう一本。ジュディー・ガーランド主演の「若草の頃 Meet Me in St.Louis」(1944)である。古い映画だが、極彩色のテクニカラーが美しい。僕はこの映画を観ていると、ジュディーのカツラが気になって仕方ないのだが、彼女の代表作のひとつであることは間違いない。ジュディは名曲"The Trolley Song"や、今やクリスマスの定番となった"Have Yourself A Merry Little Christmas"を歌う。これが絶品。子役のマーガレット・オブライエンも可愛い。

恋愛やミュージカルなんかかったるい!やっぱ冬でもアクション映画だろう、という男性諸氏には「ダイ・ハード」(1988)。キネマ旬報ベストテンで第1位に輝いた名作である。案外忘れられている事実なんだけれど、これもクリスマスのお話。第1作には若き日のスネイプ先生こと、アラン・リックマンが悪役として大活躍している(彼は来年公開されるジョニー・デップ主演のミュージカル映画「スウィーニー・トッド」で歌声を披露する)。音楽は全編でベートーヴェンの第九が流れるので、年末気分も盛り上がる。そしてエンディングで流れるのはクリスマス・ソング「レット・イット・スノウ」。

クリスマスの飛行場を舞台とした「ダイ・ハード2」(1990)も傑作。監督のレニー・ハーリンはフィンランド出身で、映画のクライマックスでシベリウスの交響詩「フィンランディア」が鳴り響き、大いに盛り上げている。ちなみに、「ダイ・ハード3」は駄作でクリスマスとは関係がない。

さて、クリスマスで忘れてはいけないのが「素晴らしき哉、人生! It's a wounderful Life」(1946)である。未だベトナム戦争の泥沼も体験していないアメリカが、自分たちの正義と善意を信じることが出来た幸福な時代に生まれた珠玉の作品。アメリカ映画協会(AFI)が選出した「アメリカ映画ベスト100」でも堂々第11位に入った。僕はこの映画を観るたびにボロボロ泣いてしまう。ジェームズ・スチュワートとドナ・リードの演じる夫婦愛が麗しく、心が洗われる。監督のフランク・キャプラは「我が家の楽園」(1938)「スミス都へ行く」(1939)など、アメリカン・デモクラシーの理想を高らかに謳い上げる名作を沢山撮った人である。アメリカでは今でも毎年クリスマスに、この映画がTVで放送されるそうである。

最後に映画自体ではなく映画音楽のご紹介を。「ホーム・アローン」(1990)のためにレスリー・ブリッカス(作詞)とジョン・ウイリアムズ(作曲)はとびきり美しいクリスマス・ソングを書いた。それが"Somewhere In My Memory"(サムウェア・イン・マイ・メモリー)と "Star of Bethlehem"(スター・オブ・ベツレヘム) である。20世紀が生んだ最高のクリスマス・ソングと呼んでも、決して過言ではない。是非一度、聴いてみて下さい。

それでは、Happy Merry Christmas !

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2007年12月12日 (水)

ボーン・アルティメイタム

評価:B

公式サイトはこちら

「ボーン・アイデンティティー」「ボーン・スプレマシー」に続く、シリーズ3作目にして紛れもない最高傑作である。アルティメイタム(ultimatum)とは最後通牒のこと。

ポール・グリーングラス監督は昨年、「ユナイテッド93」でアカデミー監督賞にノミネートされた。その手持ちカメラによる画面の揺らぎや短いカットを積み重ねる技法は今回も健在で物語に緊迫感をもたらし、目まぐるしい展開で一気呵成に大団円へとなだれ込む。

アクション・シーンの迫力は凄まじい。ただし編集が微に入り細に入っているのでどういう状況か分かり辛いのが難なのと、遂に明かされる「レッドストーン計画」の全容が余りにもしょ〜もない真相だったので些かがっかりしたのも事実である。そんなことを隠すためにCIAはこの3年間、必死になってジェイソン・ボーンを抹殺しようとしていたのか……。

僕がマット・デイモンを初めて観たのが「戦火の勇気」(1996)。そして彼がベン・アフレックと共にアカデミー脚本賞を受賞した「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(1997)と続くのだが、地味な役者だなァというのが最初の印象だった。そしてそのパッとしない感はボーン・シリーズでも変わらなかったのだが、なんと!!この度、米ピープル誌が選ぶ2007年の“最もセクシーな男”に輝いたのには仰天した。

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2007年12月11日 (火)

ALWAYS 続・三丁目の夕日

評価:F

前作、「ALWAYS 三丁目の夕日」について2年前に僕が書いたレビューはこちら。評価はB+としている。それは今でも変わらない。

文句なしに傑作である。

とも書いた。確かにその通り。

しかし、今回の続編はもう救いようがない。今年の最低映画作品賞はこれに決まり。続編でこれだけの落差を感じたのはリーズ・ウィザースプーン主演の「キューティ・ブロンド ハッピーMAX」以来だ。「ゴッドファーザー Part III」も酷かったが、あれは3作目だからな……。

続編を製作すると聞いて、出演している堤真一は「前作で完結していた気がしていた。やると聞いた時は、どうなんだろう? と思った」と発言している。また、吉岡秀隆は、「最初に出演の話をいただいた時は、反対だったんです。物語が完結したら、その後の展開は観客の想像に任せた方がいい」と固辞するつもりだったことを吐露している。

映画を観終わった感想は「彼らの予感は正しかった」ということである。この続編はこの世に存在すべきではなかった。徹頭徹尾、物語は前作の蛇足でしかない。そして自己模倣が目立つ。具体例を挙げよう(以下ネタバレあり)。

・堀北真希が石原裕次郎の映画を観に行って、スクリーンに向かって声援を送るのは、前作で鈴木オートに初めてテレビが届いた日のエピソードの焼き直しである。

・鈴木(堤真一)が戦死した戦友の幽霊と酒を酌み交わす場面は、前作で宅間先生(三浦友和)が死んだ妻子と邂逅するのと同じパターン。ミエミエでアホらしい。

・大阪に行くはずだったヒロミ(小雪)が茶川(吉岡秀隆)のもとに帰ってくるクライマックスも、前作で父親に連れ去られた淳之介が車から飛び出して戻ってくるラストと全く同じ。もうウンザリ。

大体、このクライマックスは不自然極まりない。茶川は自宅に近所の人々が沢山集まっている中、淳之介に「父親と一緒にへ帰れ!」と言って口論となる。そして「ちょっと表に出ろ!」と言う。ここがどう考えても変だ。どうして二人は表に出る必然性があるのか?表に出ても、近所の人々は窓や玄関から彼らの動向を固唾を呑んで見守っているので状況は変わらない。

つまり、表に出なければヒロミが茶川の元に戻ってきたことが分からない。口論しているとふと、茶川の目の端にそこにいる筈のないヒロミの姿が映る。そして感動のクライマックスへ!そのあざとい作劇術の為だけに二人は表に出なければならなかったのである。ゴミみたいなシナリオだ。

薬師丸ひろ子が日本橋で昔の恋人と再会する場面(<「君の名は」かよ!?)は本編と無関係で全く不要である。また詐欺師が登場して、茶川が芥川賞を受賞出来るよう審査員を買収しようと言って三丁目の人々を騙すのだが、そこで皆で協力してお金を出し合うのは果たして美談だろうか?仮にそれが詐欺でなく茶川が受賞できたとして、それを彼らは素直に祝福できるのだろうか?僕はそんな三丁目の人々に幻滅したし、彼らをそこまで貶めた監督の山崎貴を軽蔑する。結局、偽善的な登場人物ばかりの中で理性的な発言をするのは小日向文世さん演じる淳之介の父親だけである。

前作は沢山の人物が登場し様々なエピソードが展開されたが、物語が東京タワーの完成に向かってそれを軸に見事に収束していく醍醐味があった。しかし今回は既にタワーが完成しており、それぞれの人間模様がバラバラのまま放散していった。この映画の唯一の見せ場は、冒頭のゴジラ登場シーンくらいかな。

映画は商品である。「ALWAYS 三丁目の夕日」は大ヒットし、関係者たちは潤った。続編を作ろうという話が出るのは当然である。そして続編公開前日に日本テレビが一作目を放送するなど宣伝戦略も功を奏し、二作目は前作を上回る興行成績を上げている。大成功だ。

しかし山崎監督よ、貴方は映画で生計を立てているプロフェッショナルであると共に、映画作家でもあるのではないか?作品は後世にまで残る。こんな代物を撮って恥ずかしくは無いのか?まともな続編が作れないと想ったら、そこで降板し他者に委ねる勇気を持つことも作家としての誠意だと想うのだが。

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2007年12月10日 (月)

転々ーてんてんー

評価:C-

映画公式サイトはこちら

僕は三木聡 監督の「亀は意外と速く泳ぐ」が気に入っている。脱力系映画で小ネタを積み重ねながら、ゆる〜く物語が進んで行く。のほほんと、ほんわかした雰囲気が心地よい。上野樹里や蒼井 優もいい味出していた。この映画で松重 豊が演じるラーメン屋のオヤジが作る「そこそこラーメン」という呼び方もなんだか好きだ。

で、三木監督の新作「転々」だが、一言で言えばそこそこ映画である。

三浦友和演じる、妻を殺した男が自首をする前に、オダギリジョーと東京散歩をする。そういう話だ。三木監督らしい小ネタでクスクス笑わせる手法は健在で、松重 豊、岩松 了、ふせえり 等「亀は意外と速く泳ぐ」に出ていた面々も登場する。

ただ今回は結構シリアスな物語なので、そういった小ネタが上手く本筋と絡み合っていないという印象を受けた。心温まるいい話なので惜しい。

水曜日に観たのだが、映画館は満席だった。さすがオダジョーの人気は凄い。ただ今回の彼はいささか精彩を欠いており、むしろ彼の魅力が全開なのは「メゾン・ド・ヒミコ」や「ゆれる」の方だと僕は想う。

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2007年12月 8日 (土)

死の淵から~夏木マリ&大阪シンフォニカー

大阪シンフォニカー交響楽団のいずみホール定期「近代音楽へのアプローチ」第3夜へ往った。前回の感想はこちら

今回の副題は<死の淵から>で、ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏第8番(弦楽合奏版)とナイクルーグ/楽劇「スルー・ロージーズ(バラの茂みの間から)」が演奏された。

弦楽四重奏第8番は1960年に作曲された。表向きは「ファシズムと戦争の犠牲者の想い出に」捧げられているが、実は主題にドミートリィ・ショスタコーヴィチのイニシャル(D,S=Es,C,H)が密かに仕込まれており、ソビエト共産党に対する作曲者の拒絶感の表明で全体が貫かれている。第4楽章で登場する3つの激しい音は、解説によると「KGB(秘密警察)が来た!」というノックだそうで、つまりこれは恐怖の音楽である。

弦楽合奏で聴くと音に厚みがあって聴き応えがした。大阪フィルハーモニー交響楽団は弦パートが優秀なことで知られているが、どうしてどうして大阪シンフォニカーも負けてはいない。大山平一郎さんの指揮も時には荒波のように激しく、時には絶望感で打ちのめされた沈鬱な表情を、余すところなく引き出していた。

この曲を聴きながら僕が想いだしていたのは天才作曲家バーナード・ハーマンがアルフレッド・ヒッチコック監督の映画「サイコ」のために書いた音楽である。これは後に弦楽のための組曲に編纂されているのだが、恐怖の音楽という意味においても共通点は多い。そして「サイコ」が公開されたのが1960年であり、奇しくも両者は同じ年に作曲されているのである!折りしも米ソ冷戦の時代。2人の作曲家が互いに影響を受けてる筈も無く、単なる偶然の一致なのだろう。多分それは不安な時代の気分を反映しているのだ。

ハーマンの「サイコ」は作曲者自身がロンドン・フィルを振ったアルバムもあるのだが、現在は輸入盤でしか入手出来ないので、代わりにサロネン/ロスアンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団によるCD「バーナード・ハーマン映画音楽作品集」をお勧めする。

「スルー・ロージーズ」はアウシュヴィッツ強制収容所から生還した一人のユダヤ人ヴァイオリニストの独白として進行する。作曲者の指定では語り手は男性になっているのだが、指揮の大山さんが掛け合って女性が演じても良いとの許可が下りたとのことである。

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舞台上には大きな椅子が置かれ、夏木マリさんは軍服姿で登場。その横でヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノ、フルート、オーボエ、クラリネット、パーカッションの8名の奏者で演奏された。興味深い作品ではあった。しかし、語られる内容は映画「愛と悲しみのボレロ」でも描かれたよく知られた事実であり、陳腐な話で途中眠くなった。作曲をしたナイクルーグはユダヤ人ではあるが1946年ニューヨーク生まれ。だから直接恐怖の体験をしたわけでもなく、真に迫るものがそこには感じられなかった。

音楽というのは抽象的芸術である。だから直截的メッセージ表明は似合わないように僕には想われる。ナチス・ドイツの残した傷跡から生まれた音楽なら、むしろ「世の終わりの四重奏」や「悲歌のシンフォニー」の方が好きだ。

メシアン/「世の終わりのための四重奏曲」は1940年にドイツ軍に捕らえられたメシアンが捕虜収容所で作曲し、41年に収容所内で初演された曲。ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノという変則的編成で、これは収容所内で楽器が弾ける人を念頭に作曲されたからである(メシアンはピアノを担当)。

お勧めCD:タッシ~ピーター・ゼルキン(P)、リチャード・ストルツマン(Cl)、他

グレツキ/交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」の第2楽章には第二次世界大戦末期に、ナチスに捕らわれた少女がゲシュタポ収容所の壁に書いた祈りの言葉「お母さま、どうか泣かないで下さい…」がソプラノ独唱で歌われる。

お勧めCD:アップショウ(S)、ジンマン/ロンドン・シンフォニエッタ

夏木マリさんは現在では例えば映画「ピンポン」のオババ役や、「千と千尋の神隠し」の湯婆婆など女優として有名だが、元々は歌手である。NHK名曲アルバムでもクルト・ワイルの「アラバマ・ソング」を歌っており、その迫力あるパフォーマンスには圧倒された。今回のコンサートでは夏木さんは語りだけで歌が無く、とても残念だった。是非また大阪で、今度は「三文オペラ」などクルト・ワイルを聴かせて下さいね。

こういった20世紀に生まれた名曲たちがもっと大阪で演奏されればいいな。そう願わずにはいられない。

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2007年12月 7日 (金)

満身創痍のラフマニノフ〜大植英次/大フィル 定期

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団による第413回定期演奏会に往った。

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曲目はブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番(独奏:ルノー・カプソン)とラフマニノフ/交響曲第2番である。

ブルッフについては特に語るべきところがない。ゆったり流れる大河のような音楽。古典派はこの速さでは困るが、ロマン派ならこれもありだろう。

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さて、問題はラフマニノフである。大植さんはミネソタ管弦楽団の音楽監督時代に「交響的舞曲」をレコーディングするなど、得意とする作曲家である。

しかし、今回の演奏は今年の9月に大阪クラシックで聴いたチャイコフスキー/「悲愴」の火の玉の如く燃え上がる演奏や、ドヴォルザーク/「新世界より」の気宇壮大なそれとはまるで別人の、生気のない弛緩した音楽で愕然とした。

特に3楽章のアダージョ、今にも演奏が止まってしまうのではないかと心配になるくらい息も絶え絶えの演奏。あまりに遅くてアンサンブルも崩壊寸前。本来これはハリウッドの映画音楽を彷彿とさせ、官能的にうねる法悦の音楽の筈なのだが……。

4楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェ(=快速に、生き生きと!)もテンポが上がらない。せいぜいアレグレット(やや速く)かモデラート(中くらいの速さで)程度。その音楽に覇気は感じられない。

もしかしたら僕の認識が間違っているのかもしれないと想い、帰宅して直ちに所有しているアシュケナージ/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とデュトワ/フィラデルフィア管弦楽団のCDを聴き返したのだが、ザ・シンフォニーホールで今回聴いた演奏の方が明らかに遅かった。

これは大変なことになった、と想った。6月の定期、大植さんが緊急降板された時のブラームスの演奏については「誰もいない指揮台」という記事で書いたが、むしろあの時の方が引き締まって熱のこもった音楽だったように記憶している。

心なしか演奏が終わった後の第1ヴァイオリンの長原さん、梅沢さん、第2ヴァイオリンの佐久間さん、田中さん、チェロの近藤さん、秋津さんらの顔が暗く沈んでいるように見えた。これが僕の単なる杞憂であることを切に願う。

現に同じ演奏会を聴かれたぐすたふさんはブログ「不惑ワクワク日記」でこの演奏を絶賛されている。これほどまでに受けた印象が異なるのというのも、音楽とは不思議な芸術である。

在阪4オーケストラのうち、大阪シンフォニカー交響楽団、大阪センチュリー交響楽団、そして関西フィルハーモニー管弦楽団は既に来年度の定期演奏会の予定を発表している。しかし大フィルは今回の定期でも発表はなかった。年末の第九演奏会の時には詳細が明らかになるらしいのだが、さて、一体どうなることやら……。

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2007年12月 5日 (水)

ビブラートの悪魔

小説や映画で悪魔が登場するとき、彼はしばしばヴァイオリンを弾いている。「悪魔のトリル」というヴァイオリン独奏曲があるし、ストラヴィンスキーが作曲した「兵士の物語」でも悪魔はヴァイオリンと共に現れる。

何故悪魔はヴァイオリンを弾くのか?その理由のひとつはあのギーギー擦る音が耳障りであるということと、もう一つはそのビブラートが気色悪いということが関係しているのではないかと僕は推察する(「悪魔のトリル」では音を上下に揺らすダブルストップのトリルが多用されている)。

世の中には絶対音感を持っている人が少数ながらいる。彼らは「バイオリンの音を聴いていると気分が悪くなる」と言う。ビブラートは音の波である。単音をビブラートで延ばすとその周波数には一定の振幅が出来る。そのゆらぎが絶対音感を持つ人にとっては我慢ならないのだろう。チェンバロ/オルガン奏者でバッハ・コレギウム・ジャパンの指揮者、鈴木雅明さんは「終始ビブラートを掛けっぱなしの弦楽四重奏の演奏は頭が痛くなって聴くに堪えない」という趣旨の発言をされている。恐らく雅明さんも絶対音感を持っていらっしゃるのではないだろうか?

こうして考えてみるとビブラートというのは一種の誤魔化しの行為ともいえるだろう。合奏前のチューニングで多少ピッチがズレていても、ビブラートを掛け続ければあたかも合っているように聴こえるのだ。

音楽の先生はビブラートのことを「音色を豊かにする手段」だと生徒に教える。でも、果たしてそれは本当だろうか?

バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの時代、弦楽奏者はビブラートを掛けずに演奏した。現代フルートはビブラートを掛けるが、バロック・フルートであるフラウト・トラヴェルソはノンビブラートで吹く。ではいつ頃からオーケストラはビブラート演奏を始めたのだろう?指揮者のロジャー・ノリントンはそれは20世紀初頭だと言う。ロマ(流浪の民。最近では「ジプシー」という呼称は差別用語とされている)のヴァイオリン奏法を取り入れ、それが急速に広まったのだと主張している。彼の説が正しいかどうか僕には分からない。しかし、リストの「ハンガリー狂詩曲」が出版されたのが1853年、ブラームスの「ハンガリー舞曲集」が出版されたのが1869年。彼のピアノ協奏曲第2番、第4楽章にもロマの旋律が登場する。さらにドヴォルザークには「ロマの歌」という歌曲集がある。このように19世紀半ばよりロマの音楽に対する関心が高まり、そのヴァイオリン奏法も次第に取り入れられるようになってきたのではないかと想像する。

今、僕の手元にラフマニノフが自作自演したピアノ協奏曲のCDがある。録音されたのは1929-41年。驚くのはそのテンポの速さである。現代では、この疾走するテンポでラフマニノフが演奏されることはない。考えるに、そのロマンティックな文脈を強調するために、時代と共に次第にテンポが落ちて溜めて弾くスタイルへと変化してきたのではないだろうか?テンポが遅くなると、ひとつの音を延ばす時間も長くなる。ノンビブラートだと間が持たない。これこそがビブラートで弾くのが好まれるようになった真の理由なのではなかろうか?「テンポの遅延とビブラートの多用(乱用)は相関する」というのが僕の提唱する仮説である。

ベートーヴェンの交響曲のスコアには詳細なメトロノームの指示が明記されている。しかし、フルトヴェングラー、ベーム、カラヤン、バーンスタイン、朝比奈ら20世紀の巨匠達はこれを無視し、はるかに遅いテンポで振ってきた。その理由は、驚くべきことに20世紀にはベートーヴェンが指示したメトロノーム速度は間違っていると信じられて来たからである。

その考えに異を唱えたのが20世紀後半に台頭して来た古楽器オーケストラの指揮者アーノンクール、ブリュッヘン、ガーディナー、ノリントン、そして延原武春たちである。彼らはベートーヴェンの指示通り演奏可能であり、それこそが作曲家の頭の中に響いた音楽なのだということを示した。そしてその速いテンポで演奏するとき、ビブラートの存在意義は消滅したのである。その潮流は現在、モダン・オーケストラにも押し寄せて来ている。これこそがピリオド・アプローチであり、21世紀の古典派音楽ルネッサンスなのだ(参考までにベートーベンのメトロノーム指示に対するノリントンの考察をご紹介しておく。こちらからどうぞ)。

20世紀の音楽教育のあり方は正しかったのか?ということが今、問われようとしている。

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2007年12月 4日 (火)

タロットカード殺人事件 SCOOP

評価:C-

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ウディ・アレンが脚本・監督した前作「マッチ・ポイント」は掛け値なしの傑作であった。スカーレット・ヨハンソンの官能的美しさをこれほどまでに引き出した映画は他に無いし、これは「真珠の耳飾の少女」と並ぶ彼女の代表作となった。「タロットカード殺人事件」でもスカーレットがヒロインを演じている。

喜劇王チャーリー・チャップリンは生涯に3度結婚をした。最初の妻の年齢は結婚当時16歳(チャップリンは28歳)。2度目の妻が16歳、そして3人目が17歳(この時チャップリンは53歳)。このように彼は若い女性しか愛せないという性癖があった。

ウディ・アレンもチャップリンと似たところがある。アレンはミア・ファーローと結婚していた当時、養女のスーン・イと不倫関係となり(ミアが「いつからの関係なの?」と問い詰めると、スーン・イは「高校3年から」と答えたという)、泥沼の騒動の果てに離婚、その後スーン・イと再婚するという大スキャンダルを巻き起こした。

で、現在アレンがぞっこんなのがスカーレット・ヨハンソンというわけだ。最新作"Vicky Cristina Barcelona"でも3度目の起用をしている。

「マッチ・ポイント」では裏方に徹したアレンだが、「タロットカード殺人事件」では役者としても出演している。要するにお気に入りのスカーレットと、スクリーン上で共演して仲が良いところを観客に見せつけたいという願望を満たすためだけに作られた映画であり、それ以上でも以下でもない。

死神が登場したり、コメディタッチでなかなか愉しめた。ただ役者としてのアレンは金太郎飴みたいな人で、いつも同じー小心者で神経質なユダヤ人。もうこのキャラクターには飽き飽きした。

しかしこちらも端から「どうせそういう映画だろう」と高を括って観に往っているので、腹も立たない。スカーレットが水着姿になる魅惑的なセクシー・ショットもあり、アレンもちゃんと押さえるべきところは押さえていた。さすが映画職人である。

そうそうヒュー・ジャックマンも出ていたが、今回の彼は単なる添え物みたいな扱いだった。

ちなみに、僕の好きなアレン映画ベスト5は「マンハッタン」「ハンナとその姉妹」「カイロの紫のバラ」「世界中がアイ・ラヴ・ユー」そして「マッチ・ポイント」である。

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2007年12月 3日 (月)

グリコンへ行こう!

今年も全日本吹奏楽コンクールおよびマーチングコンテスト金賞を受賞し、アマチュア・バンドの頂点に輝き続ける大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部(淀工)の「グリーンコンサート」(通称:グリコン)は毎年1月にフェスティバルホールで計4回行われる。2700席あるこのホールを毎回満席にするのだから淀工の人気、恐るべしである。このグリコンで3年生は引退する。今年度は2008年1月19日(土)20日(日)に開催される。

淀工のグリコンやサマーコンサートのチケットはチケットぴあなどのプレイガイドでは全く取り扱われない。吹奏楽部の公式サイトも存在しない。だからグリコンに往きたいけれど、どこで入手出来るのか分からず困っている淀工ファンは案外多いようだ。現に当ブログのアクセス解析を見てみると、この11月だけで「淀工」のキーワード検索で訪問して下さった方が76名、「グリーンコンサート」で検索して来られた方が17名もいらっしゃる。そこで今回はグリコンのチケット入手法について書こう。

チケットを一手に引き受けているのは、アルト楽器社( 06-6951-7018 )である。まず京阪本線普通に乗り(梅田方面からだと淀屋橋から乗車)、森小路駅で降りる。

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西口を出てスーパーナショナルを左手に見ながら商店街を進んでいくと、

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やがて進行方向右手にアルト楽器社が現れる。

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ただ、アルト楽器社は13時開店なので、ご注意あれ。

それから今年は土日に限り、淀工の合奏場前でも販売しているそうである。チケット料金は一律1500円。席は当日指定である。

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「吹奏楽のための第1組曲」は、「惑星」と並ぶホルストの代表的名曲。ショスタコーヴィチ/祝典序曲では2階席からバンダが参加する(前回はゲストで埼玉県立伊奈学園吹奏楽部が登場。伊奈学園は今年の全日本吹奏楽コンクール金賞を受賞した)。マーチングは1年生だけの演奏となる。

吹奏楽コンクールで演奏した自由曲もグリコンで披露されるのが慣例である。今年は「ダフニスとクロエ」だった。ここで僕の希望を一寸だけ述べさせていただくと、もしダフニスをやるのなら、是非指揮はコンクールと同じ丸ちゃん(丸谷明夫 先生)でお願いしたい。出向井 先生のダフニスはサマコンで聴いたので。それから今年の夏に淀工が北京で披露したオリンピック・ファンファーレもまた聴きたいな。

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ところで、12月15日(土)に丸ちゃん率いる淀工は山口県でコンサートを開くのだが、料金はS席が3000円。グリコンの2倍である。ところがこのコンサート、立見(1000円)を含めて既に完売しているようだ。う~ん、凄すぎる。

先日フェスティバルホールの建て替え計画が発表された。2008年秋に一旦閉鎖となり2013年に再オープン予定だそうである。さて、2009年のグリコンはどこでするのだろう?

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