中野振一郎/チェンバロリサイタル
日本一のチェンバリストにしてチェンバロ界の貴公子、中野振一郎 先生のソロ・コンサートに往った。~ヴェルサイユ・クラヴサン楽派の音楽~と題され、中野先生はプログラムの解説でそれを「傲慢な装飾」と表現している。「太陽王」ルイ14世に仕えたリュリ、クープラン、「悪魔」とあだ名されたフォルクレなどの曲が演奏された。
ちなみにチェンバロ(Cembalo)はドイツ語で、英語ではハープシコード(Harpsichord)、フランス語ではクラヴサン(Clavecin)と呼ぶ。
古楽器は一般的に、現代楽器よりもピッチ(音高)が低い。ピアノの基本周波数はラ音(A)を440Hzに調律する。吹奏楽の場合も440Hzか442Hzでチューニングすることが多い。これがバロック音楽になると、モダン・ピッチより約半音低い415Hzあたりが使われる。今回の演奏会では17世紀後半に用いられたフランス独特のピッチでa'=392hzで調律された。現代よりほぼ全一音も低いことになる。
チェンバロは非常に繊細な楽器で、演奏が始まる直前まで専門家が調律をされている。合間の休憩時間でも調律師が再び登場し、黙々と仕事を続けられる。
弦楽器の場合も同様で、モダン楽器は強いスチール弦だが、バロック楽器は羊の腸を用いたガット弦で湿度に弱く、絶えず微調整が必要である。バッハ・コレギウム・ジャパンによる「ヨハネ受難曲」を神戸松蔭チャペルで聴いた日は雨模様で、「ガット弦に影響が出るので、教会内に濡れた傘を持ち込まないで下さい!」というアナウンスが流された程である。
さて、演奏会の話に戻ろう。会場はイシハラホール。初めて訪れたのだが壁画などもあり、あたかも「貴族の館」のような趣きであった。ヴェルサイユ宮殿に花開いた華やかな音楽を聴くには相応しい場所である。
中野先生は日本テレマン協会のミュージック・ディレクターでもあるので、指揮者の延原武春さんやテレマン室内管弦楽団の面々、そして中野先生の門下生である吉田朋代さんや澤田知佳さん(彼女のブログ「チェンバロ弾きのおしゃべりroom」は以前ご紹介した)らも聴きに来られていた。吉田さんは日本テレマン協会のマンスリーコンサートでしばしば中野先生の譜めくりをされているのだが、今回その役割はなく中野先生おひとりがステージの上でチェンバロと対峙され、この演奏会に賭ける気迫が感じられた。
中野先生が弾くチェンバロの特徴は、その切れ味の鋭さにある。一音一音が極めて短く、畳み込むような勢いで音が迸る。これだけ攻めの姿勢の演奏はなかなか聴けるものではない。敢えてピアニストに喩えるならば、マルタ・アルゲリッチのようなタイプである。だからむしろ中野先生の資質は感情のない音楽、例えば幾何学的なバッハの作品が最も似合っているように僕には想われる。
中野先生はバッハの「ゴルトベルク変奏曲」を毎年12月に大阪で公演されてきた(昨年のゴルトベルクは僕も拝聴させて頂いた)。先生のライフワークである。しかし今年はその年末恒例行事と引き換えに、先生が最も愛すヴェルサイユ・クラヴサン楽派の音楽に想いのたけをぶつけてこられた。
手に汗握る鮮烈な演奏で圧巻だった。ただ一方で、先生の指先から紡ぎ出される才気走った音楽の方向性と、曲が要求するのびやかで優雅な響きとに些か齟齬を感じたのも事実である。中野先生、是非来年はまた世界一の「ゴルトベルク変奏曲」を聴かせて下さいね。
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コメント
こんばんは。演奏会、とても優雅なひとときでした☆私もチェンバロの写真をとればよかったーー と後悔です><とてもきれいに撮られているので、ぜひ紹介させてくださいm(__)m
投稿: ちぃ | 2007年11月19日 (月) 00時42分
ちぃさん、コメントおよび貴ブログで「エンターテイメント日誌」をご紹介頂き、ありがとうございました。
是非また、ちぃさんのチェンバロ演奏も聴かせて頂きたいと想っております。
投稿: 雅哉 | 2007年11月19日 (月) 23時59分
おはようございます。
オススメの中野振一郎さんのCD聴いてみました。
「イタリア協奏曲」に度肝を抜かれてしまいました!
またオススメがあれば教えて下さい。
投稿: やーぼー | 2008年2月26日 (火) 04時41分
やーぼーさん、中野先生の演奏を気に入っていただけたようで嬉しいです。
生演奏はもっと凄いんです。大阪倶楽部で開催されている日本テレマン協会(06-6345-1046)のマンスリーコンサートでは、ほぼ毎回、中野先生の演奏が聴けます。
4月4日のマンスリーはイギリスからバロック・ヴァイオリンの名手、サイモン・スタンデイジがやって来て中野先生と共演します。入場料は3,000円と破格の安さです。まずはこれでしょう!
投稿: 雅哉 | 2008年2月26日 (火) 08時55分