ダンス・ダンス・ダンス! ~ 大植/大フィル
大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団によるベートーヴェン・チクルス第3夜に往った。今回演奏されたのは交響曲第七、八番。チクルス第1夜の感想はこちら、第2夜はこちらに書いた。
僕は大植英次という男に惚れ込んで、大フィルの年間会員となった。数えてみると大阪城星空コンサート、大阪クラシックなどを含め大植さんが指揮する演奏会をこれまで20回聴いたことになる。例えば今年に限って言っても、ショスタコーヴィチの交響曲第五番、チャイコフスキーの「悲愴」、ドヴォルザークの「新世界から」は掛け値なしの名演で、特に「悲愴」はヴァレリー・ゲルギエフ/マリンスキー歌劇場管弦楽団を超えたのではないかという位、凄い演奏だった。
当然ベートーヴェン・チクルスも期待を持って臨んだのだが、回を重ねるごとにそれは落胆へと換わっていった。そして昨夜は今までで最も退屈な演奏会だった。逡巡した挙句たどり着いた結論を述べよう。僕は大植さんがベートーヴェンやブルックナーを指揮する演奏会にはもう往かない。
基本的に大植さんのベートーヴェンへのアプローチ法は、今回も変化なかった。
・楽譜はベーレンライター原典版を使用。そして例えば第七番の1,3,4楽章に指示された繰り返しは全て敢行する(ベームやカラヤンの時代までは省略するのが慣例だった)。
・オーケストラは対向配置。コントラバスは最後方で横一列にずらりと並ぶ。
・指揮棒は持たない。
・特にアタックを強調し、弾みのある音楽作りをする。
・現在、特にヨーロッパでは主流になりつつあるピリオド・アプローチはせず、ビブラートを効かせた20世紀的奏法で演奏する。
・総勢80人にも及ぶ大編成。
・交響曲第一,二番あたりは速めだったが、「英雄」以降はベートーヴェンが指示したメトロノーム速度には従わずベーム、カラヤン、バーンスタイン、朝比奈が生きていた時代同様に比較的ゆったりとしたテンポで進める。
ピリオド・アプローチで絶賛を博している指揮者のパーヴォ・ヤルヴィは交響曲第七番をダンス・ミュージックであると断言している。リストはこの曲をリズムの神化と呼び、ワーグナーは舞踏の聖化と賞賛した。実際、映画「愛と悲しみのボレロ」の中で天才ダンサー、ジョルジュ・ドンがこの曲で踊る場面があった。振付はつい先日亡くなったモーリス・ベジャールである。
大植さんの指揮を見ながら想ったのは「この演奏で踊ったらダンサーは空中で失速し、墜落してしまうだろうな」ということである。1楽章から嫌な予感はあった。そして2楽章でそれが的中した。「英雄」2楽章のあの悪夢の再現である。引きずるような足取り。こんなベートーヴェンは時代遅れだ。
七番も八番も、全体的に鈍重な演奏であった。七番の4楽章には推進力があったが、如何せんテンポが重いので戦車か蒸気機関車の加速を連想させた。小交響曲とも呼ばれる八番にはメトロノームか時計の秒針のようなリズムが登場する。それが大植さんの解釈ではまるでハンマー投げの選手が腕をぶんぶん振り回しているかの様だった。これらは本来、飛魚のように軽やかに跳ねるべき曲だと想うのだが……。
現在ではウィーン・フィルやベルリン・フィルでさえ、モーツァルトやベートーヴェンを演奏するときはピリオド・アプローチに果敢に挑戦する時代である。日本ではNHK交響楽団もロジャー・ノリントンが指揮した際にノンビブラート奏法で弾いて多大な成果を挙げた。
大植/大フィルのベートーヴェンを聴きながら感じるのは、そこで試みられている新しい手法が全て中途半端だということだ。どうも大フィルは時代の趨勢に取り残されつつあるように想われて仕方がない。
考えるに大フィルの事務局、そしてファンも未だに故・朝比奈隆の音楽的記憶に囚われ続けているという側面はないだろうか?大フィルの音楽監督たる者はベートーヴェンとブルックナーが得意でなくてはならないという固定観念が。しかし、指揮者の資質というのは多様であり、誰にも得て不得手はある。朝比奈だって苦手とする作曲家は沢山いたわけだし、例えばNHK交響楽団の音楽監督だったシャルル・デュトワにブルックナーやブラームスの名演を求める人は誰もいないだろう。
ひとりの指揮者にオールマイティを求めるべきではない。だからもう大植さんに枷をはめ、ベートーヴェン・チクルスを無理強いするのは止めよう。明らかに向いていないのだから。もっと大植さんには得意な分野で、のびのびと羽ばたいてもらいたい。どうしてもベートーヴェンが外せないのなら客演指揮者を招聘すれば良い。ブルックナーだってそう。特に今後はブルックナー指揮者の児玉 宏さんが大阪シンフォニカー交響楽団の音楽監督に就任されることが決まったのだから、あちらに任せておけば良い。適材適所、役割分担も肝要である。それが大植さんにこれからも末永く大フィルの音楽監督をしていただくコツであるように僕には想われる。
参考までに、同じ演奏会を聴かれたぐすたふさんの感想が書かれた「不惑ワクワク日記」をご紹介しておく。
帰り際に通りがかったスカイビルの巨大クリスマスツリーである。
| 固定リンク | 0
| コメント (5)
| トラックバック (1)
最近のコメント