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2007年11月

2007年11月30日 (金)

ダンス・ダンス・ダンス! ~ 大植/大フィル

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団によるベートーヴェン・チクルス第3夜に往った。今回演奏されたのは交響曲第七、八番。チクルス第1夜の感想はこちら、第2夜はこちらに書いた。

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僕は大植英次という男に惚れ込んで、大フィルの年間会員となった。数えてみると大阪城星空コンサート、大阪クラシックなどを含め大植さんが指揮する演奏会をこれまで20回聴いたことになる。例えば今年に限って言っても、ショスタコーヴィチの交響曲第五番、チャイコフスキーの「悲愴」、ドヴォルザークの「新世界から」は掛け値なしの名演で、特に「悲愴」はヴァレリー・ゲルギエフ/マリンスキー歌劇場管弦楽団を超えたのではないかという位、凄い演奏だった。

当然ベートーヴェン・チクルスも期待を持って臨んだのだが、回を重ねるごとにそれは落胆へと換わっていった。そして昨夜は今までで最も退屈な演奏会だった。逡巡した挙句たどり着いた結論を述べよう。僕は大植さんがベートーヴェンやブルックナーを指揮する演奏会にはもう往かない。

基本的に大植さんのベートーヴェンへのアプローチ法は、今回も変化なかった。

・楽譜はベーレンライター原典版を使用。そして例えば第七番の1,3,4楽章に指示された繰り返しは全て敢行する(ベームやカラヤンの時代までは省略するのが慣例だった)。

・オーケストラは対向配置。コントラバスは最後方で横一列にずらりと並ぶ。 

・指揮棒は持たない。

・特にアタックを強調し、弾みのある音楽作りをする。

・現在、特にヨーロッパでは主流になりつつあるピリオド・アプローチはせず、ビブラートを効かせた20世紀的奏法で演奏する。

・総勢80人にも及ぶ大編成。

・交響曲第一,二番あたりは速めだったが、「英雄」以降はベートーヴェンが指示したメトロノーム速度には従わずベーム、カラヤン、バーンスタイン、朝比奈が生きていた時代同様に比較的ゆったりとしたテンポで進める。

ピリオド・アプローチで絶賛を博している指揮者のパーヴォ・ヤルヴィは交響曲第七番をダンス・ミュージックであると断言している。リストはこの曲をリズムの神化と呼び、ワーグナーは舞踏の聖化と賞賛した。実際、映画「愛と悲しみのボレロ」の中で天才ダンサー、ジョルジュ・ドンがこの曲で踊る場面があった。振付はつい先日亡くなったモーリス・ベジャールである。

大植さんの指揮を見ながら想ったのは「この演奏で踊ったらダンサーは空中で失速し、墜落してしまうだろうな」ということである。1楽章から嫌な予感はあった。そして2楽章でそれが的中した。「英雄」2楽章のあの悪夢の再現である。引きずるような足取り。こんなベートーヴェンは時代遅れだ。

七番も八番も、全体的に鈍重な演奏であった。七番の4楽章には推進力があったが、如何せんテンポが重いので戦車か蒸気機関車の加速を連想させた。小交響曲とも呼ばれる八番にはメトロノームか時計の秒針のようなリズムが登場する。それが大植さんの解釈ではまるでハンマー投げの選手が腕をぶんぶん振り回しているかの様だった。これらは本来、飛魚のように軽やかに跳ねるべき曲だと想うのだが……。

現在ではウィーン・フィルやベルリン・フィルでさえ、モーツァルトやベートーヴェンを演奏するときはピリオド・アプローチに果敢に挑戦する時代である。日本ではNHK交響楽団もロジャー・ノリントンが指揮した際にノンビブラート奏法で弾いて多大な成果を挙げた。

大植/大フィルのベートーヴェンを聴きながら感じるのは、そこで試みられている新しい手法が全て中途半端だということだ。どうも大フィルは時代の趨勢に取り残されつつあるように想われて仕方がない。

考えるに大フィルの事務局、そしてファンも未だに故・朝比奈隆の音楽的記憶に囚われ続けているという側面はないだろうか?大フィルの音楽監督たる者はベートーヴェンとブルックナーが得意でなくてはならないという固定観念が。しかし、指揮者の資質というのは多様であり、誰にも得て不得手はある。朝比奈だって苦手とする作曲家は沢山いたわけだし、例えばNHK交響楽団の音楽監督だったシャルル・デュトワにブルックナーやブラームスの名演を求める人は誰もいないだろう。

ひとりの指揮者にオールマイティを求めるべきではない。だからもう大植さんに枷をはめ、ベートーヴェン・チクルスを無理強いするのは止めよう。明らかに向いていないのだから。もっと大植さんには得意な分野で、のびのびと羽ばたいてもらいたい。どうしてもベートーヴェンが外せないのなら客演指揮者を招聘すれば良い。ブルックナーだってそう。特に今後はブルックナー指揮者の児玉 宏さんが大阪シンフォニカー交響楽団の音楽監督に就任されることが決まったのだから、あちらに任せておけば良い。適材適所、役割分担も肝要である。それが大植さんにこれからも末永く大フィルの音楽監督をしていただくコツであるように僕には想われる。

参考までに、同じ演奏会を聴かれたぐすたふさんの感想が書かれた「不惑ワクワク日記」をご紹介しておく。

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帰り際に通りがかったスカイビルの巨大クリスマスツリーである。

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2007年11月29日 (木)

燃える秋、京都

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京都を訪ねるのは「玉砕!関西吹奏楽コンクール~京都頂上作戦」の事件以来である。人で溢れかえり騒然としている有名観光地は避け、あまり旅行者が来ないお寺で静かに秋を満喫することにした。

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金福寺(こんぷくじ)である。庭園から芭蕉庵をのぞむ。

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上の写真2枚は芭蕉庵から見た風景だ。

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僕にとって京都といえば円谷プロダクション製作、TBS放送のテレビドラマ「怪奇大作戦~京都買います」(第25話、1969年)である。現在は「怪奇大作戦」DVD第6巻に収録されている。これは当時TBSのディレクターだった実相寺昭雄 監督(故人)の紛れもない最高傑作であり、テレビ映画史に燦然と輝く不滅の金字塔である。そしてSRI(科学捜査研究所)の牧 史郎を演じた怪優・岸田 森(故人)の代表作でもある。ちなみに「ドラキュラを演じさせたら、クリストファー・リーか岸田 森の右に出るものはいない」と巷では認識されている。

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常寂光寺の山門である。「京都買います」で、失踪してしまった”仏像を愛した女”こと美弥子の幻影を追い求め、牧はひとり京都を彷徨する。その一場面でこの山門が登場する。背景に流れるギター独奏曲、ソル/「魔笛」の主題による変奏曲が印象深い。

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そして物語の最後は、かつて尼寺だった祗王寺(ぎおうじ)が舞台となる。

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その悲痛なラストシーンは衝撃的で、余韻が僕の心の中で未だ消えることなく残っている。30分にも満たない小品ながら「京都買います」ほど京都の美しさ、そして同時に醜さを残酷なまでに描き切った映画を僕は知らない。

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他に京都を舞台とした映画でお勧めなのは、京マチコ主演・吉村公三郎監督の「偽れる盛装」(1951)と、若尾文子主演・川島雄三監督の「雁の寺」(1962)である。また小説では今年、山本周五郎賞を受賞した森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」を強く推したい。

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2007年11月28日 (水)

バッハ・コレギウム・ジャパン「エジプトのイスラエル人」

大阪いずみホールで開催されたバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の演奏会に往った。演目はヘンデルのオラトリオ「エジプトのイスラエル人」である。

BCJは指揮者の鈴木雅明さんを中心に1990年に結成された古楽器(オリジナル楽器)によるオーケストラと合唱団。雅明さんは神戸市出身で、弟でバロック・チェリストの秀美さんもBCJのメンバーである。'92年から神戸松蔭女子学院チャペルでJ.S.バッハの教会カンタータ全曲演奏会シリーズを開始し、現在も続いている。これは同時期にスウェーデンBIS社で録音され、CDが次々と発売されている。海外での評価も極めて高く、世界でも指折りの古楽オーケストラに成長した。今年はイギリスのBBCプロムスにデビューし、あの有名なラストナイトの舞台となるロイヤル・アルバート・ホールで演奏した(ただ、このホールは収容人数がなんと8,000人!普門館よりはるかにキャパが大きい。バッハを演奏するには空間が広すぎると想うのだが……)

なおメンバーのひとり、チェンバロ奏者・鈴木優人(まさと)さんは雅明さんのご子息であるが、今回の演奏会には参加されていなかった。

BCJがいずみホールに来るのはバッハ/ミサ曲ロ短調 以来、2年ぶりである。ただ、その間に鈴木秀美さんが、バッハ/無伴奏チェロ組曲の全曲演奏会を行い、さらに指揮者としてオーケストラ・リベラ・クラシカの演奏会もあった。BCJのミサ曲ロ短調はつい先日CDが発売され、「レコード芸術」誌で特選盤になっている。

さてこの演奏会まで、そもそもヘンデルに「エジプトのイスラエル人」という曲があることさえ知らなかった。しかし実際に聴いてみると、劇的で起伏に富み、非常に面白かった。むしろ先日聴いた「メサイア」より、はるかに傑作ではなかろうかと想われた。

このオラトリオは3部に分かれるが、第1部はヘンデルの旧作からの丸ごとの借用で独自性に乏しく、省略されることが慣習化されているそうである。今回の演奏会でも第2部から開始された。第2部は「出エジプト記」、第3部が「モーセの歌」。つまり映画「十戒」やアニメーション「プリンス・オブ・エジプト」で描かれた物語が展開していく。

エジプト軍に追われたイスラエルの民を導くモーセ。彼は紅海をふたつに開き、その間を歩いて渡ってゆく。ここで金管やティンパニが大活躍。壮大なスケールで聴き応えがあった。

さらに付点のリズムで飛び跳ねる蛙を表現し、弦の32分音符で蝿、しらみ、イナゴが飛び回る情景を描いたり、ヒョウがはじめポツポツと、やがて激しく降ってくるなど音楽描写に躍動感がありワクワクした。

アンコールも華やかで愉しかった。

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10月8日の記事「民族と楽器」でも書いたことだが、日本は弦の国と呼ばれるくらい、優秀な弦楽奏者を多数輩出してきた。だからオランダの18世紀オーケストラでも活躍しているヴァイオリンの若松夏美さんを筆頭に、BCJの弦パートは全員日本人である。しかし、金管楽器はどうも苦手な民族らしく、BCJのトロンボーン奏者3名は全員外国人奏者であった。この傾向は鈴木秀美さん率いるオーケストラ・リベラ・クラシカも同様である。

今回ティンパニを担当された方に見覚えがあるなぁと想っていたら、菅原 淳さんであった。菅原さんは38年間の長きに渡り読売日本交響楽団の首席ティンパニ奏者をなさり、今年の6月に定年退職を迎えられた。読響の常任指揮者に迎えられた巨匠スタニスラフ・スクロヴァチェフスキが振った定期演奏会が先日NHKで放送されたのだが、その時に菅原さんがマエストロを訪ね、「今日で最後になります」と挨拶されている様子が収録されていた。菅原さんとBCJ。意外な組み合わせだが迫力満点で最高だった。

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2007年11月27日 (火)

教会音楽シリーズ「メサイア」~10種の異版による~

日本テレマン協会による教会音楽シリーズ「メサイア」に往った。~10種の異版による~という副題がつけられている。場所は兵庫県西宮市にある夙川カトリック教会である。

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テレマン協会は発足当初はモダン楽器で演奏していたそうだが、今回はバロック楽器が使用され、a=415Hzに調律されていた(モダンでは440Hzが一般的)。もとテレマン協会の首席チェロ奏者で、バロックおよびモダンチェロを弾き分ける上塚憲一さんが客演された。指揮はもちろん延原武春さん。スライド上映による歌詞日本語訳付きだった。

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ヘンデルの「メサイア」は3部に別れており、第2部の最後にあの有名な「ハレルヤ」が歌われる。「ハレルヤ」は単独で演奏されることが多いが、全曲を通して聴くと格別の感銘がある。「ハレルヤ」はアンコールでも演奏され、この時は聴衆も合唱に参加した。原語の英語歌詞を暗譜で歌える人が客席のあちらこちらにいて驚いた。これもテレマン協会がこの地で毎年のように「メサイア」を演奏し続けてきた努力の賜物だろう。会場は補助席もあり満席。外は木枯らしが吹いていても、教会内は熱気で溢れていた。

途中トランペットが後方2階席から吹く場面もあったりして、サラウンド効果が面白かった。

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今年のクリスマスにはこの教会でJ.S.バッハの「クリスマス・オラトリオ」が演奏される予定である。

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2007年11月25日 (日)

大阪市音楽団第95回定期演奏会

僕が大阪に棲み始めたのは今から二年前の春のことである。その2006年6月に初めて大阪市音楽団の演奏を生で聴き、プロの吹奏楽団の演奏の上手さに感嘆した。これが第90回定期演奏会である。その日はスパークの大傑作「宇宙の音楽」吹奏楽版が初演され、スパーク本人もザ・シンフォニーホールにやってきた。この曲は今年、精華女子高等学校が全日本吹奏楽コンクールの自由曲に選び、見事に金賞に輝いた。

それからは欠かすことなく市音の定期を聴いている。特に面白かったのは「アルセナール」「スパルタクス」で有名な作曲家ヤン・ヴァンデルローストが自作を指揮した第92回と、「指輪物語」でお馴染みのヨハン・デ=メイが来日し交響曲第三番「プラネット・アース」を本邦初演した第94回である。この時の模様はブログに書いたが、一緒に演奏された「エクストリーム・メイク・オーヴァー」は今年、アンサンブルリベルテ吹奏楽団がコンクール自由曲として取り上げ金賞を掻っ攫った。

市音の定期は世界初演・日本初演の曲が取り上げられるので、吹奏楽関係者の注目度も高い。制服姿の高校生が多数詰め掛けるし、指導される先生方もいらっしゃる。

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指揮をされた小松一彦さんは今年の夏、たそがれコンサート「市音の日」にも登場され、そのときの様子も8月18日のブログに書いた。

さて今回演奏されたのは、前半に「フェスティヴァル・ヴァリエーションズ」「孤独な踊り子」そしてO. ヴェースピ作曲のシンフォニエッタ第2番(本邦初演)という吹奏楽オリジナル曲が並び、後半はエルガーの「セヴァーン組曲」そしてバルトークの組曲「中国の不思議な役人」というクラシック編曲ものだった。「中国の不思議な役人」は1997年に埼玉県立伊奈学園総合高等学校のためにコンクール用に編曲した森田一浩さんが、今回改めて組曲全体をアレンジされたもの。森田さんも会場にいらっしゃっていて、最後にステージに上がられた。

「中国の不思議な役人」で全国大会金賞を受賞した伊奈学園が今年、自由曲で取り上げたR. シュトラウスの組曲「ばらの騎士」(金賞)も森田さん編曲である。中でも僕が一番好きなのは「ラピュタ」~キャッスル・イン・ザ・スカイ~。やはり森田さんが伊奈学園のためにアレンジした曲である。このバージョンは聴いていて涙が出るくらい素晴らしい。

C.T.スミス作曲「フェスティバル・ヴァリエーションズ」は冒頭のファンファーレからホルンが大活躍し、アクロバット的技巧を要求される曲として有名。当時の空軍バンドの首席ホルン奏者が大学時代のスミスのライバルであったことから、いじわるで難しく書いたという伝説があるくらいである。市音ホルン・セクションの咆哮が凄まじく、その技術の高さに改めて感銘を受けた。恐らく在阪オーケストラのどこよりも市音の方が上手い。

「孤独な踊り子」(W.ベンソン)とシンフォニエッタ第2番は、曲に余り魅力を感じられなかった。正直言って今回は「ハズレ」。

エルガーの曲は高潔で、そして少し寂しい。人生の黄昏を感じさせる。その特徴が「セヴァーン組曲」にもよく現れていて、アルフレッド・リードによる編曲も良かった。今年はエルガー生誕150周年だそうだが、大阪ではエルガーの曲が演奏会で取り上げられることは稀で非常に残念だ。

「中国の不思議な役人」はクラリネットのトップ、青山知世さんの卓越したソロをたっぷり堪能した。

今回の演奏にはフルート/ピッコロのトラ(客演)として京都市交響楽団の市川智子さんが参加されていた。市川さんは、なにわ<<オーケストラル>>ウィンズのメンバーでもあり今年の全日本吹奏楽コンクール<高校の部>で審査員もなさっていた。ちなみに森田一浩さんも<大学・職場・一般の部>の審査員をされたようである。ご苦労様である。

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2007年11月22日 (木)

第20回全日本マーチングコンテスト(高校) 後編

さて、マーチングのメッカ=関西 以外で金賞を受賞した高校の感想を述べていこう。

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今年の全日本吹奏楽コンクールは三出休みのために出場できなかった千葉の柏市立柏高等学校(市柏 いちかし)と習志野市立習志野高等学校の演奏を大阪で聴くことが出来てとても嬉しかった。この2校がお休みだったため、今年の吹奏楽コンクールで東関東は金賞が受賞出来なかったのである。

柏市立柏高等学校 市柏の公式サイトはこちら。僕は指揮をされている石田修一 先生の選曲センスが大好きだ。「アフリカの儀式と歌、宗教的典礼」とか「バンドとコーラスのためのソーラン・ファンク/北海道民謡」とか、なんじゃ、そりゃ!?という風変わりな曲してくれるからである。マーチングで「朝鮮民謡(アリラン)の主題による変奏曲」を使うあたりも意外性に富む。市柏は吹奏楽に三味線や韓国打楽器、二胡など中国楽器を取り入れたりして、日本一ユニークなバンドである。

しかし2005年の全日本吹奏楽コンクールで市柏に悲劇が襲う。自由曲で選んだ、ウインドオーケストラのためのムーブメントII 「サバンナ」が余りにも前衛的な曲だったために、保守的な審査員に全く理解してもらえず、まさかの銀賞に甘んじたのである。僕はこの演奏をDVDで鑑賞したが、これは明らかなミス・ジャッジであった。時代の先端を進みすぎたと恐らく反省されたのだろう、石田先生は戦略を変更された。2006年に自由曲に選ばれたのは喜歌劇「こうもり」セレクション(鈴木英史 編曲)。誰もが知っている平明な曲で、市柏は当たり前のようにをさらった。

今回のマーチングコンテストで選ばれた曲は「アルセナール」とヒル作曲「聖アンソニー変奏曲」(聖アンソニーのコラールはブラームス作曲「ハイドンの主題による変奏曲」のテーマでもある)。手堅い選曲で破綻のない見事なパフォーマンスだった。ただ市柏にはこれからも、もっと冒険をしてもらいたい。石田先生、来年のコンクールの選曲は期待してますよ。またみんなをあっ!と言わせて下さい。

習志野市立習志野高等学校 吹奏楽部の公式サイトはこちら。全日本吹奏楽コンクールで8回連続金賞に輝いた習志野に悲劇が襲ったのは2006年。チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を自由曲に選んだ習志野は銀賞に泣いた。これは順番が悪かった。習志野は早朝1番目の出場順だったのである。審査員の心理として、まだ匙加減の分からない状況で1番目に聴く団体にA評価はつけ辛い。実際、出場が1番の高校で過去10年間で金賞を受賞したのは1校のみ。20年間に遡っても2校。確立はたった1割である。天下の淀工でさえ1番目に演奏した年は銀賞だったのだ。DVD「淀工吹奏楽日誌~丸ちゃんと愉快な仲間たち」にその時の様子がドキュメントされており、落ち込んでいる生徒達を丸ちゃん(丸谷明夫 先生)が「今年は1番目だったから仕方がない。お前らはようやった」と慰めていた。

習志野が今回選んだ曲は「ドレミの歌」と「ウエストサイド物語」、ミュージカル尽くしである。兎に角、かっちりと引き締まったアンサンブルが素晴らしかった!みんな輝いていた。顧問・石津谷先生の日記によると、なんと113人もの生徒が出場していたそうである。その大所帯であれだけ揃っていたなんて正に驚異である。文句なしの。やっぱり、昨年吹奏楽コンクールの評価は何かの間違いだったね。習志野には個人的にグッド・サウンド賞を進呈したい。

東京農業大学第二高等学校 農大二高は私立高校。大学とは異なり農業科は設置されておらず、普通科のみの進学校だそうだ。調べてみると、なんと東京農大の設立者は榎本武揚だそうだ!三谷幸喜さんがNHKのために書き下ろした傑作ドラマ「新選組!!~土方歳三 最後の一日」の主要登場人物である。徳川幕府の家臣としてオランダ留学から帰国後、新選組と共に五稜郭に立てこもり、最後まで戦った彼は敗戦後に投獄される。しかし明治維新となり、その才能が買われた武揚は新政府に登用された。その後は北海道開拓に尽力し、大臣にも6度入閣した。その数奇な生涯を辿った佐々木 譲の歴史小説「武揚伝」は実に読み応えがある。

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農大二高のマーチング・ユニホームは緑である。正にAgriculture ! という感じがする。そのユニホームの先に武揚の見た夢と理想が垣間みられる想いがした。

明誠学院高等学校 岡山市にある私立高校である。開校してから今年で10年。2001年から特別芸術コース(吹奏楽系)が開設されたそうである。ここが演奏したのはレハール作曲/喜歌劇「ロシアの皇太子」セレクション。オペレッタ編曲シリーズで大人気の鈴木英史さんによるアレンジで、とにかく曲が愉しくて良かった。鈴木さんのシリーズ最高傑作ではなかろうか?ちなみに今年の全日本吹奏楽コンクールで初披露された鈴木版「トゥーランドット」は明らかな失敗作だと想う。鈴木さんの資質は明るいオペレッタに適しており、シリアスな作品は向いてないのではないだろうか。

精華女子校等学校 吹奏楽部の公式サイトはこちら。精華のマーチングは華やかで最高!特に僕は第24回マーチングバンド・バトントワリング全国大会で精華が披露した「ムソルグスキーの風」には感動の余り絶句した(DVD「華」Vol. 1に収録)。今回の演技もパーフェクト。途中、ハート形の隊形を作るのも女子校らしくて可愛らしいし、最後は"SEIKA"と人文字で作るのもお約束ではあるが良い(滝二も人文字で"TAKI II"を作る)。特に圧巻だったのは隊列の先頭で式をするドラムメイジャーの生徒。そのバトンさばきが尋常ではない。回転が速いし、バトンをどこよりも空高く投げ上げて位置がぶれることなくそれを着実にキャッチする。彼女の演技に会場が地鳴りのようにどよめき、揺れた。彼女には是非ベスト・ドラムメイジャー賞を進呈したい。ちなみに精華の卒業生 本庄千穂さんは第25回世界バトントワリング選手権大会(個人)で優勝し、世界一になったそうである。精華、恐るべし。

以上で金賞校の感想は全て述べたが、後どうしても語っておきたい団体がある。熊本県の玉名女子高等学校沖縄県立西原高等学校である。この2校は十分金賞に値するパフォーマンスであり、本当に素晴らしかった。(沖縄を含む)九州代表は精華の金賞1つという結果だったが、僕は実質的に3つだったと想っている。九州地区は関西と並ぶマーチング王国であることを、この胸でしっかりと受け止めた。

沖縄県立西原高等学校 西原が第27回および28回マーチングバンド・バトントワリング全国大会でグランプリを受賞した演技は凄かった。スペインのフラメンコやアルゼンチン・タンゴをテーマにマーチングをやらせたら、ここに敵うところはない。熱情迸るバンドである。ドキュメンタリーで見たのだが西原は沖縄の強い日差しの下、運動場でマーチングの練習をしているようだ。だから彼らの肌は真っ黒に日焼けしている。

西原の特徴はシンバルにある。ピカピカに磨かれたシンバルが、見事な手さばきで照明を反射し、キラキラッと煌めく。この美しさは他の追随を許さない。この西原にしか出来ない匠の技は今回も健在で、想わず身を乗り出し魅了された。宇宙飛行士が主人公の映画「ライトスタッフ」の音楽とホルストの「木星」という選曲も良かった。西原が銀賞というのは全く納得出来ないが、このコンテストは見た目の美しさよりもアンサンブルの質を重視しているからなのかも知れない。

今年のマーチングコンテストで「アルセナール」を演奏したのが4校あったというのは既に書いたが、映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズの曲を取り上げた学校も4校あった。特にジョンがオリンピックのために書いた曲が人気があった(今年の夏、淀工も北京で演奏している)。演奏効果が高く、格好いいからだろう。吹奏楽コンクールでは滅多にジョンの曲は自由曲に選ばれないので、これはなかなか面白い現象だなぁと想った。今回は特におかやま山陽高校が演奏したジョン・ウエイン主演の映画「11人のカウボーイ」(1971)の音楽が良かった。

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吹奏楽というのは考えてみれば歪な編成である。一般的に吹奏楽は観賞向きと見なされておらず、プロの楽団もごく僅かしか存在しない。ではどうしてこのような編成が生まれたかというと、軍楽隊にその起源を発するからである。弦楽器は音が小さいし、湿度や雨に弱いので屋外での演奏に向いていない。だから行進するのに適している木管・金管・打楽器が最終的に残った。つまり、マーチングは吹奏楽の原点なのである。

マーチングは面白い。普門館に吹奏楽コンクールを聴きには往くけれど、マーチングは全く見ないという人達は世の中に多い。しかし僕は、マーチングを知らないなんて人生の半分を損しているような気がするのだが、皆さんはどう想われるだろうか?

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2007年11月19日 (月)

第20回全日本マーチングコンテスト(高校) 前編

大阪城ホールで開催された第20回全日本マーチングコンテスト(高校以上の部)を観に往った。

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金賞を受賞したのは以下の団体である。

東関東代表 柏市立柏高等学校(千葉) 習志野市立習志野高等学校(千葉)

西関東代表 東京農業大学第二高等学校(群馬)

関西代表 大阪府立淀川工科高等学校 向陽台高等学校(大阪) 滝川第二高等学校(兵庫)

中国代表 明誠学院高等学校(岡山)

九州代表 精華女子高等学校(福岡)

こうして並べると地域格差は一目瞭然だろう。関西強し。そして関東より北の地域がない。ちなみに中学の部で金賞を受賞したのは東京1、関西2、東海1、四国1、九州2の団体であり、高校同様の傾向が見られる。北国は寒くて冬季の練習がままならないのだろうか?

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個々について感想を述べてゆこう。まずは関西勢から。

大阪府立淀川工科高等学校 最初「リンカンシャーの花束」で弱音の美しいハーモニーを聴かせ、元気一杯の「ハイデックスベルク万歳!」で行進を開始。隊列を崩して大きく広がり、愉しい「カーペンターズ フォーエバー」で盛り上げる。そして最後は「六甲おろし」でしめる。さすが淀工、鉄板の演奏であった。

ただ、淀工がマーチングコンテストで披露する曲は毎年同じなので、たまには別のパターンも観てみたいというのも正直な気持ちである。しかしそれは観客の勝手な想いであって、「部活動は学校教育の一環である」という強い信念で指導されている丸谷 先生や葦苅 先生にとっては関係の無いことなのだろう。ここは競技の場であって、エキシビションではないのだから。

そうそう、淀工が「ハイデックスベルク万歳!」で行進している時、客席から自然と手拍子が沸き起こった。それまでの他校では見られなかった光景だ。僕の席の後方に、北海道から見に来ていたお母さん方がいて、「どうしてここだけ手拍子が起こるの!?」と憤っておられた。そりゃあ地元大阪ですから。淀工の人気は凄いんです。

滝川第二高等学校 公式サイトはこちら。滝二といえばJ. ヴァン=デル=ローストが作曲した格好いいマーチ「アルセナール」である。「アルセナール」は滝二の代名詞であり、自家薬籠(じかやくろう)のものとする曲。このマーチは近年大変人気が高く、今回のコンテストでも4校が取り上げた。しかしこれをさせたら滝二は他の追随を許さない。堂々たる王者の行進であった。どうせ滝二には敵いっこないんだから、そろそろ他校は「アルセナール」を諦めた方がいい。僕の前に滝二OBの女の子たちが坐っていて、他校がこれを演奏する度にズル~ッという感じで、席からずっこけていたのが可笑しかった。

「アルセナール」の後に滝二が演奏したのは「Mr. インクレディブル」。ピクサー・アニメーションの最高傑作である。マイケル・ジアッチーノが書いたスコアは007のテーマを彷彿とさせるJAZZYな名曲で、金管セクションが咆哮し生徒たちもスイングしてノッていた。

向陽台高等学校 公式サイトはこちら。何だか女の子ばかりだなぁと想って観ていたのだが、どうやら吹奏楽コースの生徒募集は女子のみのようである。

前から何度も書いてきたことだが、向陽台ウィンドバンドの特徴は軍隊式規律の正しさで、そのきびきびと無駄のない動きは見ていて爽快である。今回の向陽台は大会中最もユニークな演技であった。まずマーチングなのに全員の合唱があって度肝を抜き、さらに見た事もない面白いステップで観客を魅了した。またベートーベンの第九が使用されたのだが、それが途中からサンバ調になるのも意表を突いた。文句なしの金。彼女たちにはベスト・パフォーマンス賞を進呈したい。

京都橘高等学校  3つのを獲得した関西勢の中で、京都橘は唯一の賞であった。しかし内容的には充実しており、賞の中でも上位に入るのではないかと僕には想われた。

橘はミニスカートのユニフォームが可愛く、とても華があるバンドなので僕は大好きだ。今回も終盤の若さ弾ける「シング・シング・シング」が特に良かった。ただ見終わって、が獲れるかどうかはビミョ~だなぁと感じたのも事実である。

まず違和感を覚えたのが今回の出場高の中で唯一、旗を持つカラーガード隊がいたことである。本大会は色彩感を競うマーチング・ショウではなく、あくまで行進主体なのでカラーガード隊は余分に想われた。今まで頑張ってきた生徒たちを、ひとりでも多く出してあげたいという学校側の気遣いは理解できる。しかしここは真剣勝負の場である。温情がかえって徒となることもあるのではないだろうか?もっと出場する生徒を厳選すべきであった。結果がどうでもいいのであればコンテストに端から出場しなければいいのである。出るからにはをしゃにむに目指すべきだし、それが可能なバンドだけに非常に惜しい気がした。コンテストではミニスカートも少々浮いていた。例えば淀工や精華女子は非常に立派なマーチングのユニフォームを持っている。しかしマーチングコンテストでは両校とも敢えてジャージを着て出場している。何故か?それは大会規定に「過度な演出や華美な服装は求めてはいません」と明記されているからである。京都橘を指導する先生たちも、もっと場の空気を読むべきではなかろうか?

結構きつい事を書いた。これも京都橘というバンドを愛し、その飛躍を心から願う故である。どうかご理解頂きたい。

さて、長くなってしまったので続きは後日!乞ご期待。

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2007年11月18日 (日)

中野振一郎/チェンバロリサイタル

日本一のチェンバリストにしてチェンバロ界の貴公子、中野振一郎 先生のソロ・コンサートに往った。~ヴェルサイユ・クラヴサン楽派の音楽~と題され、中野先生はプログラムの解説でそれを「傲慢な装飾」と表現している。太陽王」ルイ14世に仕えたリュリ、クープラン、「悪魔」とあだ名されたフォルクレなどの曲が演奏された。

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ちなみにチェンバロCembalo)はドイツ語で、英語ではハープシコードHarpsichord)、フランス語ではクラヴサンClavecin)と呼ぶ。

古楽器は一般的に、現代楽器よりもピッチ(音高)が低い。ピアノの基本周波数はラ音(A)を440Hzに調律する。吹奏楽の場合も440Hzか442Hzでチューニングすることが多い。これがバロック音楽になると、モダン・ピッチより約半音低い415Hzあたりが使われる。今回の演奏会では17世紀後半に用いられたフランス独特のピッチでa'=392hzで調律された。現代よりほぼ全一音も低いことになる。

チェンバロは非常に繊細な楽器で、演奏が始まる直前まで専門家が調律をされている。合間の休憩時間でも調律師が再び登場し、黙々と仕事を続けられる。

弦楽器の場合も同様で、モダン楽器は強いスチール弦だが、バロック楽器は羊の腸を用いたガット弦で湿度に弱く、絶えず微調整が必要である。バッハ・コレギウム・ジャパンによる「ヨハネ受難曲」を神戸松蔭チャペルで聴いた日は雨模様で、「ガット弦に影響が出るので、教会内に濡れた傘を持ち込まないで下さい!」というアナウンスが流された程である。

さて、演奏会の話に戻ろう。会場はイシハラホール。初めて訪れたのだが壁画などもあり、あたかも「貴族の館」のような趣きであった。ヴェルサイユ宮殿に花開いた華やかな音楽を聴くには相応しい場所である。

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中野先生は日本テレマン協会のミュージック・ディレクターでもあるので、指揮者の延原武春さんやテレマン室内管弦楽団の面々、そして中野先生の門下生である吉田朋代さんや澤田知佳さん(彼女のブログ「チェンバロ弾きのおしゃべりroom」は以前ご紹介した)らも聴きに来られていた。吉田さんは日本テレマン協会のマンスリーコンサートでしばしば中野先生の譜めくりをされているのだが、今回その役割はなく中野先生おひとりがステージの上でチェンバロと対峙され、この演奏会に賭ける気迫が感じられた。

中野先生が弾くチェンバロの特徴は、その切れ味の鋭さにある。一音一音が極めて短く、畳み込むような勢いで音が迸る。これだけ攻めの姿勢の演奏はなかなか聴けるものではない。敢えてピアニストに喩えるならば、マルタ・アルゲリッチのようなタイプである。だからむしろ中野先生の資質は感情のない音楽、例えば幾何学的なバッハの作品が最も似合っているように僕には想われる。

中野先生はバッハの「ゴルトベルク変奏曲」を毎年12月に大阪で公演されてきた(昨年のゴルトベルクは僕も拝聴させて頂いた)。先生のライフワークである。しかし今年はその年末恒例行事と引き換えに、先生が最も愛すヴェルサイユ・クラヴサン楽派の音楽に想いのたけをぶつけてこられた。

手に汗握る鮮烈な演奏で圧巻だった。ただ一方で、先生の指先から紡ぎ出される才気走った音楽の方向性と、曲が要求するのびやかで優雅な響きとに些か齟齬を感じたのも事実である。中野先生、是非来年はまた世界一の「ゴルトベルク変奏曲」を聴かせて下さいね。

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2007年11月17日 (土)

ミュージカル映画「ヘアスプレー」

評価:A+

僕は通常、ブログ記事のタイトルに映画の題名だけ表記しているのだが、今回に限り何故ミュージカル映画と銘打ったのかというと、8月10日に舞台版「ヘアスプレー」のレビューも書いているからである。また、映画「ヘアスプレー」にしてしまうとジョン・ウォーターズ監督が1987年に撮ったオリジナル版と混同されるかも知れないので、このようにした。映画の公式サイトはこちら

いやはや、大傑作ミュージカル映画の登場だ。ロブ・マーシャル監督の「シカゴ」は舞台版を越えたと想ったが、あれ以来の感動である。「シカゴ」以降、「オペラ座の怪人」「プロデューサーズ」「RENT」などトニー賞を受賞したブロードウェイ・ミュージカルが相次いで映画化されたが、いずれも舞台版には太刀打ち出来なかった(唯一の例外は「ドリームガールズ」である。ただ僕はこの舞台を観ていないので比較は出来ない)。「ヘアスプレー」のアダム・シャンクマン監督は元々はダンサー・振付師で、その経歴がロブ・マーシャルに似ていることも興味深い。

ミュージカル映画「ヘアスプレー」は港町ボルチモアの空撮から始まる。カメラが次第に地上に近付いてきて、汽笛や新聞配達の音、靴磨きの音など朝に満ち溢れる雑音が聴こえてくる。ちょっと「ウエストサイド物語」 + STOMP風だ。その音にリズム・セクションが重なり、一気に女子高生のヒロイン・トレーシーが元気一杯に歌うナンバー「グッドモーニング・ボルチモア」へとなだれ込む。なんて鮮やかなオープニングだろう!トレーシーがヒッチハイクしてトラックの屋根に乗り登校する場面も素敵だ。僕はたちまちこの映画に恋をした。

映画の編集とはリズムである。このことをアダム・シャンクマンはよく理解している。まるで音楽のように心地よく映画は流れてゆく。舞台版で些か冗長だった、トレーシーが投獄される場面をばっさりカットした判断も的確であった。上映時間116分にまとめ上げた手腕はお見事!

いつものパワフルな歌唱ではなく、しっとりと抑えて歌うクリーン・ラティファが素晴らしいし、久々に見たミシェル・ファイファーが実に愉しそうに悪役を演じているのも良い。ファイファーがアカデミー賞にノミネートされた「恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」(1989)は彼女が全盛期の作品であるが、その時の「マイ・ファニー・バレンタイン」の名唱は忘れがたい。「ヘアスプレー」で見事にカムバックした彼女の元には現在、映画「グリース」リメイク版への出演オファーが来ているという。

しかし、この映画でなんと言っても特筆すべきはクリストファー・ウォーケンだろう。現在65歳。トレイシーの父親を演じるには少々老け過ぎている。むしろ、おじいちゃんの年齢だ。歌や踊りも決して上手くはない。でもね、何だかすごく味があるんだ。少年のように無邪気で、そして家族に対する優しい愛情がじんわりとスクリーンを通して伝わってくる。正に至芸である。アカデミー助演男優賞に輝いた「ディア・ハンター」(1978)や「デッドゾーン」(1983)、英国アカデミー賞を受賞した「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002)の彼も大好きなんだけれど、「ヘアスプレー」のウォーケンは最高!不謹慎な話だが、将来ウォーケンの訃報が届いた日には、恐らく僕は真っ先に「ヘアスプレー」のことを想い出すだろう。

ただ、残念ながらトレーシーの母エドナ役のジョン・トラヴォルタだけは明らかなミス・キャストである。トラヴォルタは映画「シカゴ」の悪徳弁護士役のオファーを3度断り、結局その役はリチャード・ギアが演じた。そしてギアはゴールデン・グローブ賞で主演男優賞を受賞した。トラヴォルタは後々、そのことを非常に後悔していたという。どんな役でもいいからミュージカル映画に出たい。その彼の熱意は痛いほど伝わってきた。しかし、その捨て身の決意が空回りしている印象を映画から受けた。

エドナ役はジョン・ウォーターズ監督版、ブロードウェイ版そして今回のミュージカル映画版と全て男優が女装して演じている。僕はどうしてなんだろう?とず~っと疑問に想ってきた。そして最終的に導き出した結論は恐らくこの作品のテーマと結びついているのだろうということである。1960年代を舞台とした「ヘアスプレー」は黒人や肥満者に対する差別を描いている。そしてそこに男同士の夫婦という設定を持ち込むことで、1970年代以降の価値観である、ゲイ解放運動をも包括しようとしているのではないだろうか?

舞台版「ヘアスプレー」に主演し、トニー賞を受賞したハーヴェイ・ファイアスタインはゲイだし、ミュージカル楽曲賞を受賞した作詞・作曲のスコット・ウィットマンとマーク・シャイマンもゲイ・カップルである。ふたりは授賞式の壇上で 抱き合ってキスをした。このキス・シーンをNHKがカットして放送し、たちまちミュージカル・ファンから痛烈な批判を浴び、慌てて完全版を再放送した事件は記憶に新しい。

しかしトラヴォルタが演じたエドナは全くゲイっぽくなかった。それがないのであればエドナを男が演じる意味がない。僕はそう想う。

もしこの役を舞台同様ハーヴェイ・ファイアスタインが演じていたなら映画の評価はAAAだっただろう。トラヴォルタによる減点でA+に格下げとしたのである。

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2007年11月16日 (金)

和歌山の秋

  誰が言い始めたのかは知らないが、「日本三美人の湯」と呼ばれている温泉がある。群馬県川中温泉和歌山県龍神温泉、そして島根県湯の川温泉のことである。また、僕が大好きな映画「秋津温泉」の舞台となった岡山県奥津温泉愛媛県鈍川温泉なども「美人の湯」として知られている。今回は「日本三美人の湯」のひとつ、龍神温泉を訪ねた。

日本の温泉の多くは酸性泉だが、「日本三美人の湯」はアルカリ泉で入ると肌がツルツルになる。ただ、泉質のトロトロ・ヌルヌル度では龍神温泉よりも曽爾高原温泉 お亀の湯や、犬鳴山温泉 山乃湯の方が上回ると僕は想う。龍神温泉はもっとサラサラしていて、お上品な印象である。

以前往った時は公衆浴場である龍神温泉 元湯に入った。しかし、ここの露天風呂は循環湯で塩素臭く不快だったので今回はお隣の旅館、下御殿に伺った。外来入浴も可能だが入浴付き昼食プランを選んだ。

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泉質もよく、洗い場や湯船が畳敷きという「お座敷風呂」というのが珍しくて面白かった。なかなか気持ちいい。


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露天風呂からの眺めは最高!しかし、混浴なので女性には少々敷居が高いかも知れない。

食事も美味しく、鹿肉の刺身といった珍しい食材もあったし、特に子持ち鮎が食べられたのが嬉しかった。


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高野龍神スカイラインの紅葉である。秋を満喫した一日だった。

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2007年11月15日 (木)

クワイエットルームにようこそ

評価:A+

映画公式サイトはこちら

芥川賞候補になった松尾スズキの小説を原作者自身が脚色・監督した映画。

精神病院の閉鎖病棟を舞台にした作品といえば、真っ先に想い出されるのは「カッコーの巣の上で」だろう。元々は舞台劇で1975年に映画化され作品賞・監督賞などアカデミー賞5部門を受賞した。看護婦長を演じたルイーズ・フレッチャーも主演女優賞を受賞したが、「クワイエットルームにようこそ」で冷酷ナース江口を演じたりょうは、「カッコー…」の婦長を彷彿とさせる役作りだった。

「カッコーの巣の上で」は米ソ冷戦時代に産声を上げた作品であり、そこで描かれる精神病院は明らかに共産主義政権による恐怖政治のメタファーである。映画を監督したミロシュ・フォアマン(「アマデウス」)はチェコスロヴァキア出身で、1968年の「プラハの春」事件を契機にアメリカに亡命した。だから精神病院=チェコに軍事介入したソヴィエト連邦と見なして演出している。そして、そこから脱出しようとするマクマーフィー(ジャック・ニコルソン)はフォアマン自身が投影されている。

一方「クワイエットルームにようこそ」で描かれる世界は、現代日本社会の縮図となっている。映画を観ている観客は、登場する患者たちは本当に「異常」なのか?それとも実は自分たちが「異常」なのではないか?とその境界線が次第に曖昧になってくる。僕は夢野久作の奇書「ドグラ・マグラ」に通じるものをこの作品に感じた。

登場人物たちに向けられる松尾スズキの眼差しは、あくまでも温かい。映画の最後、退院した主人公の明日香はタクシーの中で笑う。哀しみに満ちた人生を歩んできた彼女の笑顔で映画は救われ、その先には希望が見えるのだ。鮮やかな幕切れだった。

その明日香を演じた内田有紀が抜群にいい。彼女は「北の国から」で結ばれた純くん(吉岡隆秀)と別れて本当に良かった!それに尽きる。吹っ切れた彼女の表情は雲ひとつない青空のように爽やかだ。

内田が初めて松尾スズキに会った時、「何故(明日香役が)私だったんですか?」と訊ねたそうである。松尾の答えは「内田さんの人生そのものが面白そうだったから」。そのエピソードをさらりと言ってのけ、笑い飛ばせる今の内田は最高に素敵だ。本当にいい女になった。

拒食症の女を演じる蒼井優は相変わらず美しく輝いている。そして映画「黒い家」で演じた役柄を想い出させる大竹しのぶも強烈で恐い。さすが大女優の貫禄。

それにしても松尾スズキが主宰する「大人計画」というのは恐るべき才能が集まった劇団だ。演出をし台本を書けるのが松尾だけではなく、映画やテレビで大活躍の宮藤官九郎(クドカン)もいるというのが凄いし、クドカンは今回の映画で役者としても存在感があることを証明した。またナース山岸を演じた平岩紙は、ほんわかしたキャラクターで独特の雰囲気を醸し出す女優だなぁと注目して観ていたのだが、帰宅して調べてみると彼女も「大人計画」の劇団員だった。

劇中で入院患者たちがザ・ピーナッツの「恋のフーガ」を踊る場面があるのだが、それがまるでミュージカルの一場面を観ているような高揚感があった。なんとその振り付けは松尾スズキ自身がやっているという。素晴らしい。伊達に「キャバレー」や「キレイ〜神様と待ち合わせた女」など、舞台ミュージカルを手掛けて来たわけではないなと感心した次第である。

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2007年11月12日 (月)

大阪のカレーとハヤシ

大阪にたどり着くまでに、僕は中国・四国地方の様々な都市に住んできた。その都度地元の評判を聞いて色々なレストランを訪れたが、カレーが最高に美味しいと想ったのは広島市内にある「百番目のサル」である。

大阪に来てからもカレー探訪の日々を過ごした。しかし「百番目のサル」を上回る店は未だに見つかっていない。現時点で僕の一番のお気に入りはインデアンカレーである。最近東京にも進出し、丸の内店が出来たようだ。

インデアンカレーは究極のファストフードである。注文すれば鍋で温もったカレーが間髪を容れず出てくる。店内に入ってカレーを食べ、出てくるまでの所要時間は大体5分程度。旨い・安い・早い~これぞ浪速B級グルメの王道である。

インデアンカレーは辛いので、がぶがぶ水を飲む。グラスが空になるとすかさず店員さんが注ぎ足してくれる目配りも、実に気持ち良い。

インデアンカレーに関しては、熱烈なファンである”やまけん”こと山本謙治さんのブログがあるので、ご紹介しておく。こちらからどうぞ。”やまけん”さんは「dancyu」にも執筆されており、その道のプロである。

知る人ぞ知る放浪のカレー店(次々と移転するのでこう呼ばれている。現在は北浜にある)「カシミール」でも一度だけ食べたことがある。確かに美味しかったが、ここの店主は気まぐれなので、何時営業しているのかさっぱり分からないところが難点である。その後も何度かお昼時に足を運んだが、その都度待ちぼうけを食らわされた。

一方、大阪でハヤシといえば、なんといっても有名なのは心斎橋にあるグリル ばらの木の”ハッシュドビーフ”であろう。初めてこれを食べた時は、「世の中にはこんなに美味しいハヤシがあるのか!」と驚いたものだ。

しかし、「ばらの木」の”ハッシュドビーフ”は濃厚な味で、腹にもたれるという側面があるのも確かだ。僕が現在好んで食べるのは元船場 精養軒のハヤシライスである。このお店、外観はお世辞にも小奇麗とは言い難いが、味は確か。ここのハヤシは「ばらの木」よりもあっさりしていて絶品である。日本最強。ザ・シンフォニーホールに程近いので、しばしばコンサートのある日に立ち寄り夕食をいただいている。

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2007年11月10日 (土)

淀工の「ブルースカイ」はDVDに収録されない?

ブレーンミュージックには呆れ果てた。

全日本吹奏楽コンクール金賞団体の演奏を収録したDVD「Japan’s Best for 2007 《初回限定BOXセット》」の概要が発表された。詳細はこちら

問題は課題曲を収録したディスクである。たった6曲!?DVDに収録可能な時間から考えたら、いくらなんでも少なすぎる。他のディスクでも8~11曲入っているのに。

埼玉栄の「ピッコロマーチ」は頷けるセレクトだ。しかし、な、な、なんと淀川工科高等学校の「ブルースカイ」が入っていないではないか!マーチと言えば丸ちゃん(丸谷明夫 先生)の独壇場である。「ブルースカイ」も圧倒的名演だったのに、どうして??全く納得がいかない。

僕は直ちにお問い合わせページから、再考を促すメールを送った。さて、どんな返事がくることやら……。

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2007年11月 9日 (金)

バッハ・オルガン作品連続演奏会「待降節からクリスマスへ」

いずみホールで開催されたバッハ・オルガン作品連続演奏会 Vol.2に往った。「待降節からクリスマスへ」と題されている。いずみホール自体もクリスマス仕様になっていた。

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カトリック教会では、クリスマス(降誕祭)の4つ前の日曜日から、クリスマスを準備する期間に入る。幼子イエスの誕生を心をこめて待ち望むこという意味から、これを「待降節」と呼んでいる。今回はドイツ・ライプツィヒにある聖トーマス教会のカントル(音楽監督)の職に就いていたJ.S.バッハが作曲した待降節から降誕祭にちなんだオルガン曲が演奏された。

ちなみにバッハ自身はルター派のプロテスタント信者で、ドイツではエヴァンゲリスト(福音派)といわれていた。

いずみホールの連続演奏会は、日本におけるバッハ研究の第一人者で、国立音楽大学教授の磯山 雅さんと、バッハ・アルヒーフ・ライプツィヒ所長のクリストフ・ヴォルフさんのおふたりが芸術監督を務めておられる。このシリーズの公式サイトはこちら

2007年5月の第1回目演奏会前にはヴォルフさんが来日されて、バッハ最新研究の成果を講演された。今回の演奏会でも磯山さんからのお話があった。磯山さんは演奏会当日の朝、ロンドンから成田へ帰国されたばかりで、その足で大阪に駆けつけてこられたそうだ。ロンドンでは世界中のバッハ研究者たちが集結して学会が開催され、「ロ短調ミサ曲」に限定して3日間、討議されたとか。そのことを喜々として報告される磯山さんの瞳は少年のように輝いていて、実に微笑ましかった。世の中には多様な人々がいる。

第1回「降り注ぐ聖霊」を弾いたのはウルリヒ・ベーメさん。聖トーマス教会のオルガン奏者である。2回目の今回はミヒャエル・シェーンハイトさん。ライプツィヒ・ゲヴァントハウスのオルガン奏者である。いずれも本場ドイツにおけるバッハの真髄を聴衆に示し、大変聴き応えがあった。

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そして特筆すべきは、いずみホールに設置されているパイプオルガンの素晴らしさだろう。見た目もスケールが大きくて格調高く、そして音自体も荘厳で美しい。特に腹に響く重低音は圧巻。ぺらぺらで安っぽい音しかしないザ・シンフォニーホールのそれとは桁違いだ。

是非これをお読みの貴方も、この貴重な機会を逃さずご自分の肌で体感して下さい。パイプオルガンの音色が如何に色彩豊かであるか驚かれること請負である。ただこのシリーズは後2回あるらしいのだが、残念ながら次回の日程は未だ決まっていない様である。

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2007年11月 8日 (木)

松尾スズキ版ミュージカル「キャバレー」

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トニー賞で作品賞・演出賞・楽曲賞などを受賞したミュージカル「キャバレー」がブロードウェイで初演されたのは1966年である。演出はハロルド・プリンス。 

時はナチスが台頭しつつある1930年代のベルリン。そこに米国人で作家志望のクリフがやって来る。彼は場末のキャバレー「キット・カット・クラブ」で歌姫サリー(イギリス人)と出会い、一緒に暮らし始める。しかし、刹那的生き方しか出来ない彼女とは必然的に破局が訪れ、クリフはベルリンを去ってゆく。

72年に「キャバレー」はボブ・フォッシー監督で映画化され監督賞・主演女優賞(ライザ・ミネリ)などアカデミー賞を8部門受賞した。舞台と映画の両方でキャバレーの司会進行役MCを演じたジョエル・グレイは、トニー賞とアカデミー賞の助演男優賞をダブル受賞している。

映画版は舞台を大胆にアレンジし、曲を大幅にカットしている。特にクリフが暮らす下宿屋の家主シュナイダー夫人とユダヤ人の果物屋シュルツの歌が全てなくなり、シュルツは人物そのものが別のキャラクターに置き換えられた。

93年にはロンドンで若手のサム・メンデスが演出してリバイバル上演され大評判となる(メンデスは後に映画「アメリカン・ビューティ」を撮ってアカデミー監督賞を受賞する)。メンデス版「キャバレー」は98年にブロードウェイ進出を果たすのだが、この時にメンデスと共同演出および振付を担当したのがロブ・マーシャルである(マーシャルも後に映画界に進出し、「シカゴ」でアカデミー作品賞を受賞)。

メンデス=マーシャル版「キャバレー」はトニー賞でリバイバル作品賞を受賞し、MCを演じたアラン・カミングは主演男優賞を受賞した。オリジナルが助演でリバイバルが主演という風に、MCの役割が変わってきているのがお分かり頂けるだろう。セクシーで悪魔的なアラン・カミングのMCはトニー賞授賞式で観たが、それはもう圧倒的パフォーマンスでノック・アウトされた。是非再映画化されるときは彼のMCでお願いしたい。

メンデス=マーシャル版はアメリカのツアー・カンパニーで2度の来日公演が実現した。僕はこのミュージカルが大好きで、両者を東京で観劇したが、サリーを演じたのはどちらもアンドレア・マッカードルだった。彼女はミュージカル「アニー」のブロードウェイ・オリジナル・キャストである。

また2001年8月末に僕はブロードウェイでもこのメンデス=マーシャル版を観ている。9・11同時多発テロ2週間前のことであった。この時サリーを演じていたのはブルック・シールズだった。実は「キャバレー」をマチネーで観劇した日の夜に世界貿易センタービル最上階にあったフレンチレストラン、"Top of the World"にディナーの予約をしていたのだが、「キャバレー」を上演していた劇場の空調が寒すぎて体調を崩し、やむなく電話でキャンセルしてしまった。そして9月11日ビルは崩壊し、そのレストランを訪れる機会は永遠に失われた。世界の終わり( The End of the World )……これもMCが仕組んだ罠だったのかも知れない。

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さて、今回観劇した「キャバレー」は劇団・大人計画を主宰する松尾スズキの演出である。台本も目黒条が翻訳したものに松尾が手を入れたものを使用している。

メンデス=マーシャル版の特徴は猥雑でデカダンスの(退廃的)雰囲気が色濃いことで、MCは人々を滅亡へと導く水先案内人として存在した。いわゆる「ファウスト」のメフィストフェレス的役割である。一方の松尾版は卑猥で笑いに満ちた世界を築き上げていた。メンデス=マーシャル版よりも下品で、アジア的混沌と言っても良いかも知れない。押井守が監督した大傑作アニメーション「イノセンス」に描かれた世界観に共通するものがそこにはあった。アジアの演出家が手掛けるのだから欧米人の真似をしても仕方がないし、僕はこの方向性を断固支持する。大体、日本人にデカダンスは似合わないし。この陰鬱な作品からこれだけの笑いを引き出せるのかと感心し、その貪欲なパワーに圧倒された。

阿部サダヲが演じたMCもブロードウェイ版とは全く異なった。まるで道化師のような扮装で素っ頓狂な演技。弾けたように元気一杯、どちらかと言えば陽性のMCだった。これはこれで面白い解釈だと想ったが、僕は病んでどこまでも闇の底へと引きずり込んでいくようなメンデス=マーシャル版MCの方が好みである。

そして今回何より感心したのはヒロインを演じた松雪泰子である。セクシーで自堕落。今まで観た中で最高のサリー・ボウルズがそこにいた。編みタイツの足は細くて綺麗だし、歌やダンスも頑張っていた。

松雪は映画「フラガール」でも大変な熱演だったのだが、共演した蒼井優に全てを持っていかれてしまった。蒼井優はこの年、映画賞を総なめで、特に酷かったのがブルーリボン賞。なんと蒼井は主演女優賞を受賞してしまったのである!いゃ~誰がどう見ても「フラガール」の主演は松雪でしょう。この件で彼女は傷付いたに違いない、いくらなんでも可哀想だった。

しかしこの「キャバレー」で松雪は文句なしの主演である。スポットライトを浴び、すっくと立つ彼女は燦然と輝いていた。ブラボー!

クリフを演じた森山未来くんの歌も上手かったし、脇を固めるシュナイダー役の秋山菜津子やシュルツの小松和重も好演。

カーテンコールで突如客席から帽子を被った男が現れ舞台に上がり、「妖怪人間ベム」を熱唱し始めた。その男こそ他ならぬ松尾スズキであった!これには心底驚かされた。客席がどよめき、やがてそれは熱狂となったことは言うまでもない。サービス精神旺盛な人だ。そのときの彼の衣装はこちら

松尾版はメンデス=マーシャル版とは全く異なる魅力でその存在を強力に主張し、実に見応えがあった。再演されることがあれば是非また観たい。しかし、今回の大阪公演も発売開始20分で完売するくらいの大人気だったので、チケット争奪戦でまた苦労しそうである。

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2007年11月 5日 (月)

バロックダンスと古楽器の競演

ベテル室内アンサンブル第十回演奏会に往った。今回は 〜華麗なバロックダンスとオリジナル楽器による音楽の愉しみ〜 と題されている。

会場は神戸市東灘区(阪急線御影駅近く)にある「母の家ベテル」である。キリストの福音を宣教するプロテスタントのシスターたちの共同体だそうだ。

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バッハ以前の音楽は教会と深く結びついていたので、日本で古楽が演奏されるときも教会で行われることは多い。例えば世界的にも有名なバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の神戸定期演奏会は神戸松蔭女子学院大学チャペルで行われているし、日本テレマン協会も「教会音楽シリーズ」をカトリック夙川教会聖堂で行っている。

鈴木雅明/BCJによる「ヨハネ受難曲」を神戸松蔭チャペルで聴いた時は、まさに音が天から降り注いでくるという特別な体験をした。成る程、バッハの曲はこのような音響効果を予め想定して書かれたのだということが初めて理解出来て、深い感動を覚えた。ちなみにスウェーデンのBISレーベルから発売されているBCJのCDはこのチャペルでレコーディングされている。

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今回の演奏会はバロックダンスという珍しさも手伝ってか、会場は大盛況。目算でざっと200人以上の聴衆がいたと想われる。

バロックダンスとは元々フランスで生まれた宮廷舞踏である。つまり当時は貴族たちによって優雅に踊られていた。オリヴィア・ハッセーが15歳の時に主演した映画「ロミオとジュリエット」(1968)とか、アカデミー作品賞を受賞した「恋に落ちたシェイクスピア」(1998)などの舞踏会シーンを想い出して頂ければ、なんとなく雰囲気がお分かりになるだろう。

さて、ベテル室内アンサンブルはバロック音楽を専門とする団体で、当初はモダン楽器を使用していたようだが第三回演奏会よりオリジナル楽器(古楽器)で演奏している。

フラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)の榎田雅祥さんは大阪フィルハーモニー交響楽団の首席フルート奏者である。榎田さんがモダン楽器で吹くC.P.E.バッハ(大バッハの次男)/フルート協奏曲は大阪クラシックで聴いたのだが、トラヴェルソによる演奏は初めて聴いた。良かった!榎田さん、是非来年は大阪クラシックでもトラヴェルソの美しい音色を聴かせて下さい。ちなみに榎田さんは淀工の丸ちゃん(丸谷明夫 先生)が指揮する吹奏楽団、なにわ<<オーケストラル>>ウインズのメンバーでもある。

また、今回急遽出演出来なくなったヴィオラ・ダ・ガンバの内藤謙一さんは大阪センチュリー交響楽団のコントラバス奏者で、鈴木秀美さんが率いる古楽器によるオーケストラ・リベラ・クラシカのメンバーでもある。さらに内藤さんも、なにわ<<オーケストラル>>ウィンズに参加されている。オリジナル楽器によるバロック音楽から吹奏楽コンクール課題曲まで。非常に柔軟性のある音楽家たちである。

金子鈴太郎さんは大阪シンフォニカー交響楽団の特別首席チェロ奏者である。今回はエンドピンのない(つまり床に固定せず、両足で挟み宙に浮いた状態で弾く)バロック・チェロを演奏され、バロック弓のお話なども途中して下さった。特に素晴らしかったのがバロックダンスと共に演奏されたバッハ/無伴奏チェロ組曲第1番。鈴木秀美さんのエッセイに、この曲は舞曲であると書かれていたが、まさか本当にこれを伴奏に踊られる情景を観る機会が訪れようとは想ってもみなかった。貴重な体験だった。余談だが、ブログ「お茶の時間」にしませんか?によると金子さんは大阪フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターである長原幸太さんと大の仲良しらしい。

チェンバロの澤田知佳さんは、日本一のチェンバリストにしてチェンバロ界の貴公子=中野振一郎 先生のお弟子さんである。以前彼女のソロを中野先生が主催する「くらぶさん倶楽部」で聴いたことがある。澤田さんは大変可愛らしいブログ「チェンバロ弾きのおしゃべりroom」をされているので、ご紹介しておく。

バロック・ヴァイオリンの原田潤一さんは、立命館大学法学部卒業後、オーストラリアの音楽院に留学されたという面白い経歴の方である。

このコンサートでは大バッハ・ヘンデル・テレマン・コレルリなどの音楽が演奏された。アンサンブルの質も高く、大変充実した2時間だった。また、バロック音楽が舞踏と密接な関係があることもよく理解出来た。次回の第十一回演奏会は、どんな企画になるのだろう?今から愉しみだ。

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2007年11月 3日 (土)

ジーザス・クライスト=スーパースター

これはオペラ座の怪人京都でエビータ ほかの記事と併せてお読み頂けるとありがたい。

劇団四季の「ジーザス・クライスト=スーパースター」にはジャポネスク・バージョンとエルサレム・バージョンがあり、今回は江戸版とも称されるジャポネスク・バージョンを観てきた。場所は京都劇場である。ジャポネスク版は関西では実に16年ぶりの上演となる。

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このミュージカルはブロードウェイ初演が1971年。劇団四季が歌舞伎仕立てで「ジーザス」を取り上げたのが73年(当初はロック・オペラ「イエス・キリスト=スーパースター」というタイトル)。イエス:鹿賀丈史、ユダ:飯野おさみ、マリア:島田祐子、ヘロデ王:市村正親というキャストだった。さらにその3年後にエルサレム版が生まれた。80年に鹿賀が四季を退団し、81年よりジーザスは山口祐一郎が起用される。さらに1991年、ジャポネスク版はロンドンの「ジャパンフェスティバル」でも上演された。

隈取メイクで純白の八百屋(傾斜)舞台。そして五台の大八車(だいはちぐるま)が舞台狭しと駆け巡る。音楽は三味線・和太鼓・尺八など和楽器が取り入れられている。イエス・キリストの物語を歌舞伎の世界に持ち込んでも全く違和感はない。浅利慶太氏の独創的な演出が光る。特に花魁を引き連れ、人力車に乗って現れるヘロデ王が最高!大見得を切ってヘロデを演じる下村尊則さんの独壇場である。僕がジャポネスク版を見るのはこれで3回目(過去2回は東京)なのだが、見る度にヘロデの衣装が変化しているのも面白い。

また金森馨の美術、岩谷時子の訳詩が素晴らしい。エディット・ピアフが歌った「愛の讃歌」の日本語訳でも有名な岩谷さんは後に、「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」でもその豊かな才能を発揮することになる。ちなみに「オペラ座の怪人」は岩谷さんが担当されていないので、訳詩が今ひとつである。

大八車を操作する白子も含めて49名。四季の中でも最も多いカンパニーである。一方、エルサレム版は荒野が広がるだけのシンプルな舞台で、大八車も白子も要らない。だからツアー公演に向いている。恐らくそれが、全国公演を含む地方公演で近年エルサレム版ばかりが上演されてきた理由ではないかと想われる。

僕はエルサレム版は余り評価しない。舞台装置は変化に乏しいし、衣装も地味。演出も凡庸で見るべきものがない。だから断然ユニークなジャポネスク版をお勧めする。

さて、劇団四季は「オペラ座の怪人」「ライオンキング」「ウィキッド」など、80年代後半以降初演された作品は東京では生オーケストラ、大阪など地方の専用劇場ではカラオケという方式で上演を続けている。しかし、「ジーザス」や「キャッツ」などは東京でもカラオケ上演である。実は劇団がミュージカルを始めた当初は全てカラオケ上演だった。しかし、「ミュージカルを音楽テープで上演するなどけしからん!」とマスコミや演劇評論家から散々叩かれて、仕方なしに東京限定で生オーケストラに切り替えたという経緯がある。だが既にカラオケで始めてしまった作品を途中から方針変更することも出来ない。そういう訳で初期の演目だけ東京でもカラオケという不自然な形態になってしまった。だから、大阪四季劇場でいまだに劇団が「オペラ座の怪人」等をカラオケ上演を続けていることについては、その姿勢を批判しない在阪マスコミも責任の一端を担っていると僕は考える。

ただ、この「ジーザス」ジャポネスク版に関する限りは、カラオケも致し方ないだろう。前にも書いたように、特殊な和楽器を使用している為に生演奏するには恒常的なミュージシャン確保が困難だと想われるからだ。よって僕はジャポネスク版の現在の上演形態に納得しているし、十分満足している。四季の演目の中でも一、二を争う完成度だと想うので、これからも、どのように舞台が進化していくか見守っていきたい。

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2007年11月 1日 (木)

道頓堀でアコーディオン!?

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ラクレットって知っていますか?「アルプスの少女ハイジ」にも登場したスイス料理。専用のオーブンでチーズを塊のまま火にかざして溶かし、流れてきたチーズを茹でたジャガイモにかけて食べる。シンプルながらこれがまた実に美味い!

僕は「天国に一番近い島」こと、ニューカレドニア(旧フランス領)でこれを初めて食べて虜になった。大阪の東心斎橋に本格的ラクレットを食べさせてくれるお店があるとの情報を得て昨日、Petit Caisse(プティカッセ)に食べに往った。大満足したことは言うまでもない。

さて、満腹の腹をかかえて難波方向に歩くとKIRIN PLAZA OSAKA (KPO)の前を通りがかった。

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KIRINの自社ビルで、ここでしか飲めないビールがあると聞き、ふらりと立ち寄った。するとたまたま、アコーディオンの生ライブに遭遇した。

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まずパリの香りいっぱいのミュゼットが演奏され、もう気分はモンマルトル。オリジナル曲「トラベラー」もなかなか雰囲気のある素敵な曲だった。アコーディオンでは珍しいボサノヴァ(ブラジル)も良い。アンコールは再びパリに戻って「オー・シャンゼリゼ」。愉しいひと時を過ごすことが出来た。

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このユニットPOPOGI はどうやらブログもされているようなのでご紹介しておく。こちらからどうぞ。

そして驚いたことに20年間ここ道頓堀で営業してきたKPOはその日、10月31日限りで閉館だという。ビルそのものも売却される。閉館を惜しみ、最後のビールを求める人々の列は絶えることがなかった。このようにして、素敵だけれどちょっと寂しい夜は更けていった。

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帰り道、街ではもうクリスマスの準備が始まっていた。

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