第20回全日本マーチングコンテスト(高校) 後編
さて、マーチングのメッカ=関西 以外で金賞を受賞した高校の感想を述べていこう。
今年の全日本吹奏楽コンクールは三出休みのために出場できなかった千葉の柏市立柏高等学校(市柏 いちかし)と習志野市立習志野高等学校の演奏を大阪で聴くことが出来てとても嬉しかった。この2校がお休みだったため、今年の吹奏楽コンクールで東関東は金賞が受賞出来なかったのである。
柏市立柏高等学校 市柏の公式サイトはこちら。僕は指揮をされている石田修一 先生の選曲センスが大好きだ。「アフリカの儀式と歌、宗教的典礼」とか「バンドとコーラスのためのソーラン・ファンク/北海道民謡」とか、なんじゃ、そりゃ!?という風変わりな曲してくれるからである。マーチングで「朝鮮民謡(アリラン)の主題による変奏曲」を使うあたりも意外性に富む。市柏は吹奏楽に三味線や韓国打楽器、二胡など中国楽器を取り入れたりして、日本一ユニークなバンドである。
しかし2005年の全日本吹奏楽コンクールで市柏に悲劇が襲う。自由曲で選んだ、ウインドオーケストラのためのムーブメントII 「サバンナ」が余りにも前衛的な曲だったために、保守的な審査員に全く理解してもらえず、まさかの銀賞に甘んじたのである。僕はこの演奏をDVDで鑑賞したが、これは明らかなミス・ジャッジであった。時代の先端を進みすぎたと恐らく反省されたのだろう、石田先生は戦略を変更された。2006年に自由曲に選ばれたのは喜歌劇「こうもり」セレクション(鈴木英史 編曲)。誰もが知っている平明な曲で、市柏は当たり前のように金をさらった。
今回のマーチングコンテストで選ばれた曲は「アルセナール」とヒル作曲「聖アンソニー変奏曲」(聖アンソニーのコラールはブラームス作曲「ハイドンの主題による変奏曲」のテーマでもある)。手堅い選曲で破綻のない見事なパフォーマンスだった。ただ市柏にはこれからも、もっと冒険をしてもらいたい。石田先生、来年のコンクールの選曲は期待してますよ。またみんなをあっ!と言わせて下さい。
習志野市立習志野高等学校 吹奏楽部の公式サイトはこちら。全日本吹奏楽コンクールで8回連続金賞に輝いた習志野に悲劇が襲ったのは2006年。チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を自由曲に選んだ習志野は銀賞に泣いた。これは順番が悪かった。習志野は早朝1番目の出場順だったのである。審査員の心理として、まだ匙加減の分からない状況で1番目に聴く団体にA評価はつけ辛い。実際、出場が1番の高校で過去10年間で金賞を受賞したのは1校のみ。20年間に遡っても2校。確立はたった1割である。天下の淀工でさえ1番目に演奏した年は銀賞だったのだ。DVD「淀工吹奏楽日誌~丸ちゃんと愉快な仲間たち」にその時の様子がドキュメントされており、落ち込んでいる生徒達を丸ちゃん(丸谷明夫 先生)が「今年は1番目だったから仕方がない。お前らはようやった」と慰めていた。
習志野が今回選んだ曲は「ドレミの歌」と「ウエストサイド物語」、ミュージカル尽くしである。兎に角、かっちりと引き締まったアンサンブルが素晴らしかった!みんな輝いていた。顧問・石津谷先生の日記によると、なんと113人もの生徒が出場していたそうである。その大所帯であれだけ揃っていたなんて正に驚異である。文句なしの金。やっぱり、昨年吹奏楽コンクールの評価は何かの間違いだったね。習志野には個人的にグッド・サウンド賞を進呈したい。
東京農業大学第二高等学校 農大二高は私立高校。大学とは異なり農業科は設置されておらず、普通科のみの進学校だそうだ。調べてみると、なんと東京農大の設立者は榎本武揚だそうだ!三谷幸喜さんがNHKのために書き下ろした傑作ドラマ「新選組!!~土方歳三 最後の一日」の主要登場人物である。徳川幕府の家臣としてオランダ留学から帰国後、新選組と共に五稜郭に立てこもり、最後まで戦った彼は敗戦後に投獄される。しかし明治維新となり、その才能が買われた武揚は新政府に登用された。その後は北海道開拓に尽力し、大臣にも6度入閣した。その数奇な生涯を辿った佐々木 譲の歴史小説「武揚伝」は実に読み応えがある。
農大二高のマーチング・ユニホームは緑である。正にAgriculture ! という感じがする。そのユニホームの先に武揚の見た夢と理想が垣間みられる想いがした。
明誠学院高等学校 岡山市にある私立高校である。開校してから今年で10年。2001年から特別芸術コース(吹奏楽系)が開設されたそうである。ここが演奏したのはレハール作曲/喜歌劇「ロシアの皇太子」セレクション。オペレッタ編曲シリーズで大人気の鈴木英史さんによるアレンジで、とにかく曲が愉しくて良かった。鈴木さんのシリーズ最高傑作ではなかろうか?ちなみに今年の全日本吹奏楽コンクールで初披露された鈴木版「トゥーランドット」は明らかな失敗作だと想う。鈴木さんの資質は明るいオペレッタに適しており、シリアスな作品は向いてないのではないだろうか。
精華女子校等学校 吹奏楽部の公式サイトはこちら。精華のマーチングは華やかで最高!特に僕は第24回マーチングバンド・バトントワリング全国大会で精華が披露した「ムソルグスキーの風」には感動の余り絶句した(DVD「華」Vol. 1に収録)。今回の演技もパーフェクト。途中、ハート形の隊形を作るのも女子校らしくて可愛らしいし、最後は"SEIKA"と人文字で作るのもお約束ではあるが良い(滝二も人文字で"TAKI II"を作る)。特に圧巻だったのは隊列の先頭で式をするドラムメイジャーの生徒。そのバトンさばきが尋常ではない。回転が速いし、バトンをどこよりも空高く投げ上げて位置がぶれることなくそれを着実にキャッチする。彼女の演技に会場が地鳴りのようにどよめき、揺れた。彼女には是非ベスト・ドラムメイジャー賞を進呈したい。ちなみに精華の卒業生 本庄千穂さんは第25回世界バトントワリング選手権大会(個人)で優勝し、世界一になったそうである。精華、恐るべし。
以上で金賞校の感想は全て述べたが、後どうしても語っておきたい団体がある。熊本県の玉名女子高等学校と沖縄県立西原高等学校である。この2校は十分金賞に値するパフォーマンスであり、本当に素晴らしかった。(沖縄を含む)九州代表は精華の金賞1つという結果だったが、僕は実質的に金3つだったと想っている。九州地区は関西と並ぶマーチング王国であることを、この胸でしっかりと受け止めた。
沖縄県立西原高等学校 西原が第27回および28回マーチングバンド・バトントワリング全国大会でグランプリを受賞した演技は凄かった。スペインのフラメンコやアルゼンチン・タンゴをテーマにマーチングをやらせたら、ここに敵うところはない。熱情迸るバンドである。ドキュメンタリーで見たのだが西原は沖縄の強い日差しの下、運動場でマーチングの練習をしているようだ。だから彼らの肌は真っ黒に日焼けしている。
西原の特徴はシンバルにある。ピカピカに磨かれたシンバルが、見事な手さばきで照明を反射し、キラキラッと煌めく。この美しさは他の追随を許さない。この西原にしか出来ない匠の技は今回も健在で、想わず身を乗り出し魅了された。宇宙飛行士が主人公の映画「ライトスタッフ」の音楽とホルストの「木星」という選曲も良かった。西原が銀賞というのは全く納得出来ないが、このコンテストは見た目の美しさよりもアンサンブルの質を重視しているからなのかも知れない。
今年のマーチングコンテストで「アルセナール」を演奏したのが4校あったというのは既に書いたが、映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズの曲を取り上げた学校も4校あった。特にジョンがオリンピックのために書いた曲が人気があった(今年の夏、淀工も北京で演奏している)。演奏効果が高く、格好いいからだろう。吹奏楽コンクールでは滅多にジョンの曲は自由曲に選ばれないので、これはなかなか面白い現象だなぁと想った。今回は特におかやま山陽高校が演奏したジョン・ウエイン主演の映画「11人のカウボーイ」(1971)の音楽が良かった。
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吹奏楽というのは考えてみれば歪な編成である。一般的に吹奏楽は観賞向きと見なされておらず、プロの楽団もごく僅かしか存在しない。ではどうしてこのような編成が生まれたかというと、軍楽隊にその起源を発するからである。弦楽器は音が小さいし、湿度や雨に弱いので屋外での演奏に向いていない。だから行進するのに適している木管・金管・打楽器が最終的に残った。つまり、マーチングは吹奏楽の原点なのである。
マーチングは面白い。普門館に吹奏楽コンクールを聴きには往くけれど、マーチングは全く見ないという人達は世の中に多い。しかし僕は、マーチングを知らないなんて人生の半分を損しているような気がするのだが、皆さんはどう想われるだろうか?
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