パンズ・ラビリンス
評価:B+
映画の詳しい情報はこちら。米アカデミー賞では撮影賞、美術賞、メイクアップ賞を受賞している。またメキシコ代表としてアカデミー外国語映画賞にもノミネートされた。
残酷で、全編が絶望感に彩られたファンタジー。映像美に満ち溢れ掛け値なしの傑作であるが、評価がAに至らなかったのは好みの問題だ。
舞台はフランコ独裁政権時代、内戦状態のスペイン。ファシズムが席巻する世界で、空想の中でしか自由に羽ばたけない孤独な少女の物語である。
少女の母親(妊娠中)の再婚相手、ヴィダル大尉は残忍なファシストなのだが、その人物描写が余りにも類型的で深みに欠ける。彼の人間的側面が描かれていれば、もっと恐怖感が出たと想うのだが。
少女が迷宮で最初に獲得するアイテム、鍵はレジスタンスが襲撃する食料庫の鍵であり、2番目のアイテム、剣はヴィダル大尉を刺す剣。そして最後に流される血は自由を勝ち得るために必要な犠牲という具合に、ファンタジーと現実世界が絶妙にシンクロしている。つまり少女の見た夢はレジスタンスの夢と重なり合うのだ。
ギレルモ・デル・トロ監督はアメリカン・コミックと宮崎駿・大友克洋・手塚治虫など日本の漫画やアニメが大好きで、多大な影響を受けたそうだ。そう彼が告白しているという記事をこちらのサイトで見つけた。また、ヒロインを演じたイバナ・バケロのインタビューによると、彼女は撮影前に監督から「風の谷のナウシカ」のコミック本を貰ったそうである。
例えば、映画の冒頭、自動車から降りたヒロインが、石像を見つける場面は「千と千尋の神隠し」そっくりだし、彼女が巨大蛙の口に手を突っ込んで鍵を取り出す場面は「千と千尋」で千尋が川の神様の口の中から自転車を取り出す場面を彷彿とさせる。
僕がこの映画を観ている間中、これは何かに世界観がそっくりだなぁと感じていた。観終わった直後に思い当たった。そうだ!手塚治虫の短編アニメ「人魚」(「手塚治虫実験アニメーション作品集」DVDに収録、上映時間8分)だ。
「人魚」は空想を禁じられている架空の国が舞台である。ひとりの少年が助けた魚が、少年の目の前で人魚に変身する。しかし周りの大人達にはそれは単なる魚にしか見えない。やがて少年の背後にファシストの影が忍び寄り、彼は逮捕され拷問に掛けられ、強制的に想像力を奪われていく。物語の最後で絶望した少年は自ら、海の中へと歩み去ってゆく。そこでは嬉しそうな人魚が飛び跳ねながら彼を迎え入れるのであった。
「パンズ・ラビリンス」は、この「人魚」に触発された作品なのではなかろうかと考えている内に、両者を結びつける決定的事柄に気が付いた。「人魚」全編に流れる音楽はドビュッシー作曲「牧神の午後への前奏曲」である。あっ!牧神とは何を隠そう、ずばりパンのことではないか! フルートの美しくも、物悲しい旋律はパンの笛を表現している。だからこそ、「パンズ・ラビリンス」で少女を迷宮に導く役割をパンが務めているのではなかろうか?
最後にハビエル・ナバレテの音楽が素晴らしいことを特記しておく。今年のアカデミー作曲賞は「バベル」が受賞したが、こっちでも良かったんじゃないかな。
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