サウスバウンド
評価:C+
2006年本屋大賞で1位に輝いたのはリリー・フランキーの「東京タワー」だが、この時、投票で2位だったのが奥田英朗の「サウスバウンド」である。
奥田英朗の文章は軽妙で読みやすい。僕は直木賞を受賞した「空中ブランコ」を含む伊良部先生シリーズが大好きだし、「ガール」も愉しんで読んだ。破天荒なオヤジが主人公の小説「サウスバウンド」も傑作である。
さてその映画版だが、原作を上手く調理して2時間にまとめた手腕は見事である。ただし、どうしてもダイジェストになっている感は否めないので原作の方が断然面白いのも確かだ。
映画は特に前半の東京篇が退屈だった。森田芳光はデビューして間もない「の・ようなもの」「家族ゲーム」(キネ旬ベストテン第1位)「それから」(同じく1位)の頃は非常に斬新な映像表現で天才的だなぁと感心したが、どうも最近は凡庸な監督に成り下がったと失望させられることが多い。
しかし後半の、西表島篇になると俄然調子が上がり、画面も生き生きしてきた。東京篇では極力空を映さず閉塞感を観客に抱かせ、後半で広がる青い空を見せて開放感を感じさせるというのは恐らく今回の演出プランだったのだろうと想われる。
元過激派でアナーキスト(無政府主義者)の父親を演じた豊川悦司と、かつて「お茶の水のジャンヌダルク」と呼ばれた母親役の天海祐希が好演。子役たちも良かった。
ところで劇中に父親の友人から無農薬野菜が送られてきて、それを母が「お父さんにはこういう友達が多いのよねぇ」と言うエピソードがあるのだが、それを観ながら、かつて学生運動に参加していた加藤登紀子が激しい恋に落ちた「反帝全学連」委員長・藤本敏夫のことを想い出した(加藤のドキュメンタリー番組で僕はこのエピソードを知った)。
藤本は防衛庁襲撃事件などで逮捕され拘留中に加藤と獄中結婚した。「ひとり寝の子守歌」は、塀の中にいる夫を思って作られた、加藤登紀子の代表曲である。また、宮崎 駿監督の「紅の豚」のエンディングで歌われる加藤の「時には昔の話を」は、歌詞を注意深く聞けば学生運動で共に戦った仲間たちを懐かしんだ歌だということが分かるだろう(だからムッソリーニ率いるファシスト党から追われている"豚"はアカいのだ)。前述した番組では刑務所から出所した藤本が農業を始めたことも紹介されていた。
今回、興味を持ったので調べてみると、藤本は農業の理想を追求し、有機農業を普及させるために1976年に「大地を守る会」の会長に就任したということを知った。藤本自身は2002年に肝臓癌で亡くなったが、驚いたことにこの「大地を守る会」は今でも続いていることも判明した。
成る程、「サウスバウンド」はこういう歴史的背景を踏まえた上での作品なのだなぁと、その奥深さに感心した次第である。
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