民族と楽器
名ヴァイオリニストと呼ばれる音楽家は圧倒的にユダヤ人が多い。
フリッツ・クライスラー、ヤッシャ・ハイフェッツ、ダヴィッド・オイストラフ、ヘンリク・シェリング、ユーディ・メニューイン、アイザック・スターン、イツァーク・パールマン、ピンカス・ズーカーマン、ギドン・クレーメル、ギル・シャハム、マキシム・ヴェンゲーロフ、etc.
枚挙にいとまがない。そしてこれらヴァイオリニストの出身地は様々である。オーストリア生まれ、ロシア生まれ、イスラエル生まれ、アメリカ合衆国、……。これはもう、民族の血としか言う他ないだろう。
ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」はロシアに住むユダヤ人一家の物語であり、物悲しいヴァイオリンの旋律が全編を通じて象徴的に流れる。
画家マルク・シャガールは帝政ロシア生まれのユダヤ人である。シャガールの絵にしばしばヴァイオリン弾きが登場することは皆さんもよくご存知のことであろう。ユダヤ民族とヴァイオリンには切っても切り離せない結びつきがある。
ところが、面白いことに有名なチェリストとなるとユダヤ人の占有率は極端に低下する。直に名前が思い浮かぶのはミッシャ・マイスキーくらいか。パブロ・カザルスはスペイン人(カタルーニャ地方)だし、先日亡くなったロストロボーヴィチも違う(アゼルヴァイジャン、旧ソヴィエト連邦)。ジャクリーヌ・デュ・プレはイギリス人でヨーヨー・マは台湾系アメリカ人(パリ生まれ)だ。
実は何故か日本人もヴァイオリンが得意で、日本はクラシック界で「弦の国」と呼ばれている。
14歳の時レナード・バーンスタインと共演し、その記事がニューヨーク・タイムズ1面トップをかざった五嶋みどりを筆頭に、チャイコフスキー国際コンクールで1位に輝いた諏訪内晶子と神尾真由子、そしてパガニーニ国際ヴァイオリンコンクール1位の庄司紗矢香など錚々たる音楽家を世に送り出している。
世界的オーケストラにも日本人奏者は多い。ベルリン・フィルには第1コンサートマスターの安永 徹を筆頭に3人の日本人が在籍しているし、古楽オーケストラを見ても、18世紀オーケストラのヴァイオリニスト若松夏美、ラ・プティット・バンドのコンサートマスターである寺神戸 亮、そして両楽団のチェリストとして活躍した鈴木秀美がいる。
ところがこれが弦楽器に限られているというところが面白い。どうも日本人は管楽器や打楽器は苦手なのだ。世界的に著名な管楽器奏者と言えばケルン放送交響楽団のオーボエ奏者として活躍した宮本文昭くらいしか思い浮かばない(オケ以外ならサクソフォンの須川展也がいる)。
視点をアジア全体に向けても有名なのはピアニスト(Pf)か弦楽奏者だけなんだよね。
韓国ならチョン・キョンファ(Vn)、弟のチョン・ミョンフン(Pfと指揮)、サラ・チャン(Vn)、中国はラン・ラン(Pf)、ユンディ・リ(Pf)、台湾がヨーヨー・マ、そしてベトナムがダン・タイ・ソン(Pf)。
逆にルイ・アームストロング、マイルス・デイヴィス、ウィントン・マルサリスなどの名トランペッター、そしてチャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンなどの名サクソフォン・プレイヤーを輩出している黒人(アフリカ系アメリカ人)はからきし弦楽器が駄目である。
木管楽器のフルートに目を向けるとこれはフランス人と(フランス語圏の)スイス人の独壇場だ。
マルセル・モイーズ、ジャン・ピエール=ランパル、マテュー・デュフォー(シカゴ交響楽団首席奏者)はフランス人、オーレル・ニコレやエマニエル・パユ(ベルリン・フィル首席奏者)はスイス人である。
これは現代フルートのキーシステム=ベーム式が開発されたのがフランスであることと無関係ではあるまい。だからフルートの前身である古楽器フラウト・トラヴェルソの名手になると突如としてフランス人は消えるのである。大御所のバルトルド・クイケンはベルギー生まれだし、有田正広さんはもちろん日本人。日本人がトラヴェルソを得意とするのは古来より横笛を吹いてきた歴史と関係があるのかも知れない。
民族と楽器の関係……なかなか、奥深いものがあると想いませんか?
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