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2007年9月

それでもボクはやってない

評価:C

周防正行監督の映画「それでもボクはやってない」が米アカデミー外国語映画賞にエントリーされる日本代表に選ばれたことが報道された。この映画は公開当時の1月に観ているのだが、日誌に感想を書いていないことに気がついた。意図的ではない、ただ単に失念していたのである。まあ、その程度の映画だったということなのだが。

オスカーの最終候補に残れるのは5作品である。去年の日本代表「フラガール」は如何なものかと想ったが、ぶっちゃけ、この映画も無理だろう。ただ、昨年は「ゆれる」という傑出した対立候補があったが、今年はこの代わりに何が良いかと問われると、頭を抱えてしまうのも事実である。

僕が周防正行監督の名前を初めて耳にしたのは彼のデビュー作「変態家族 兄貴の嫁さん」(1983)である。ポルノ映画で小津安二郎のパロディをやり、凄い才能の新人が現れたと大変話題になった。しかしその頃、僕は花も恥らう高校生であったので成人映画を観るわけにはいかなかった。

周防監督がピンク映画出身ということに驚かれる方も多いかもしれない。しかし当時、東宝・東映・大映・松竹といった映画撮影所のシステムが崩壊し、映画製作を志す若者たちの受け皿がピンク映画しかなかったのである。まもなく新作「サウスバウンド」が公開される森田芳光や「パッチギ!」の井筒和幸、「雪に願うこと」の根岸吉太郎、そして「セーラー服と機関銃」「台風クラブ」などを撮った故・相米慎二 監督などは、にっかつロマンポルノをはじめとするピンク映画出身者たちである。

周防監督の話に戻ろう。僕が周防映画を初めて観たのは「ファンシイダンス」(1989)である。少女漫画が原作で修行僧たちの青春を描いたこの作品は、実に楽しいコメディであった。まだ若かった鈴木保奈美がすごく可愛かったことが印象に残っている。

そして大学の弱小相撲部を描いた「シコふんじゃった」(1991)、社交ダンスブームを巻き起こし後にハリウッドでリメイクもされた「Shall we ダンス?」(1996)と連続してキネマ旬報ベストテン第1位を獲得し、周防監督は一気に日本映画界の頂点に登りつめる。

周防監督が不幸だったのは「Shall we ダンス?」が米アカデミー外国語映画賞の日本代表候補になれなかったことである。当然日本の選考委員はこれを代表に選ぼうと考えていた。ところが不測の事態が起こる。

アカデミー賞の候補になるためには、それまでにテレビ放送されていないという条件がつく。ところが、日本から出品される前に映画に出資していた日本テレビが国内で放送してしまったのである。これで「Shall we ダンス?」はその資格を剥奪された。

その代わりに出品されたのが山田洋次監督の「学校II」で、当然歯牙にもかけられなかった。もしあの時、「Shall we ダンス?」が出品されていれば受賞できたのではないかと僕は今でも信じて疑わない。本当に惜しいことをした。

あれから10年以上経った。長い沈黙を経て周防監督が世に問うたのが満員電車での痴漢冤罪を題材にした「それでもボクはやってない」である。

確かに題材としては面白いし、よく取材してあり情報量は多い。しかし、ジャーナリスティックな価値は認めるとして、エンターテイメントとして観た場合どうだろう?

今までの周防映画と比較してみて、今回の新作に一番欠如しているのはユーモアのセンスだと僕は想う。ユーモアこそが従来の周防映画の最大の武器であった筈だ。

冤罪事件に対する監督の怒りは十分伝わってくる。しかしそればかりが全編に満ち溢れていて、何だか映画が息苦しいものになってしまっている。切羽詰っていて余裕がないのだ。傍聴席の人に映画のテーマをストレートに語らせたりするなど、脚本も練が足りず白けてしまう。

そういう訳で僕はこの映画を評価しない。選考委員が日本代表に選んだのも「Shall we ダンス?」の一件で、監督に対する同情票が集まったからではなかろうか?

ところで大阪の地下鉄御堂筋線には終日、女性専用車両がある。痴漢を防止する目的だということは理解できるのだが、女性専用車両があるのなら是非男性専用車両も作って欲しい。自分が痴漢冤罪の被害者になるのではなかろうかと、日ごろから戦々恐々としている男性諸君もいるのだから。

御堂筋線は10車両ある。女性はそのそれぞれに分乗することが出来るが、男性が選べるのは9車両だけである。その分、男の方が込み合った車両に乗らなければならない羽目になる。これは明らかな性差別である。男女乗車機会均等法を!

ついでに言わせて貰うと、東京都や大阪府には映画の入場料が1000円になるレディースデイはあるが、男が割引になるメンズデイはない。ところが地方都市にはメンズデイがあるのである!松竹系シネコンのMOVIXを例に挙げよう。大阪府内のMOVIXではメンズデイがないが、お隣兵庫県のMOVIX 六甲では木曜日が男性1000円均一なのである。性差別反対!東京や大阪の哀れな男たちにもメンズデイを!

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たまにはお昼にクラシック、そして大作曲家の知られざる素顔

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大阪市中央公会堂で行われた大阪フィルハーモニー交響楽団の「たまにはお昼にクラシック」に往ってきた。指揮とお話をされたのは船橋洋介さんである。コンサートマスターは梅沢和人さん。今回はオール・チャイコフスキー・プログラムであった。全席自由で入場料2,500円ということもあってか、大変盛況だった。

まず演奏されたのは弦楽セレナード、そして「くるみ割り人形」と続いた。アンコールは歌劇「エフゲニー・オネーギン」からポロネーズ。

チャイコフスキーの弦楽セレナードは先日いずみホールで行われた大フィルの「華麗なる弦楽の響き」でも聴いた(821席のいずみホールが半分も埋まっていなかった)。その時の解説文に、この曲は「モーツァルトに対する尊敬、彼の様式に対する意識的模倣である」と作曲者自身が語っていると書かれており、心底驚いた。この憂鬱な曲調がどうしてもモーツァルトに結びつかなかったのである。しかしそのつもりで聴いてみると、成る程とうなずける符丁を発見した。

曲はイ短調の序奏から始まる。人材派遣会社のCMでもおなじみの旋律だ。これを注意深く聴くと、実はドシラソファミレドと下行音階が基調となっていることが分かる。

僕がフルートのレッスンを受けた先生が、ある日こんなことを仰っていた。

「モーツァルトの音楽を特徴づけているのは、曲中に音階が何度も登場することなんだ」

例えば「フィガロの結婚」序曲。これは音階が上昇したり下降したりすることで曲が構成されている。

チャイコフスキーの弦楽セレナードに戻ると、例えば3楽章「エレジー=悲歌」。今度は上昇する音階が冒頭に登場する。4楽章のテーマはファミレドという音列が繰り返される。こういったところに、チャイコフスキーは密かにモーツァルトへのあこがれを忍ばせていたのである。

弦楽セレナードはチャイコフスキー40歳の作品。その数年前に彼は結婚し、その結婚生活はわずか3ヶ月で破綻。投身自殺を図る。だから曲を聴けば、彼がうつ状態の時に書かれたものだというのが分かる。逆に「くるみ割り人形」や「エフゲニー・オネーギン」の曲調は明るい。

チャイコフスキーは生涯12回のうつ病期を経験した。そしてそれは彼が同性愛者であったことと無関係ではあるまい。当時のロシアでは同性愛は許されないことであった。だから偽装結婚に踏み切ったのである。そのことを知っていれば何故、結婚が短期で破局したのか、そしてどうして自殺まで図らなければならなかったのかが理解できるだろう。彼の死についてもコレラが原因であることが疑問視され、砒素で自殺を強要されたという説さえある(現在この陰謀説に対しては否定的見解が主流らしいのだが)。

先日大阪クラシックで交響曲第六番「悲愴」を聴きながら、これはチャイコフスキーの遺書なのではなかろうかと僕には感じられた。彼は自ら「悲愴」初演の指揮をしたわずか9日後にコレラで亡くなっている。余りにも出来過ぎた話だ。陰謀説の真偽はともかく、やはり自殺だったのではなかろうか?そのように想えて仕方がない。

チャイコフスキー研究者の間では彼が同性愛者だったことはほぼ異論のない定説なのだが、その事実は滅多に言及されることはなく、プログラムの曲目解説にも書かれていない。今回のコンサートでも触れられなかった。いまだにタブー視されているのである。これと似たような事例が他にもある。

「モルダウ」で有名な交響詩「わが祖国」を作曲したスメタナはチェコの英雄的存在である。晩年のスメタナが聾唖になり、最後は正気を失って精神病院に入ったことは比較的知られている。しかし、その原因が梅毒であったことは余り語られない(梅毒第4期の典型的症状である)。

音詩「春初めてのカッコウを聞いて」や狂詩曲「ブリッグの定期市」を作曲したディーリアスは僕の大好きな作曲家だ。彼は晩年に全身麻痺となり失明するのだが、その原因がやはり梅毒だったという事実を初めて知ったのはケン・ラッセル監督の映画「夏の歌」だった。

これらの事実に一切触れず、大作曲家たちを神聖視することに果たして本当に意味があるのだろうか?僕はこれらのことを知った後にも、彼らに対する畏敬の念は些かも減じはしないし、むしろその人間的側面を知ることでより作品に対する理解を深めることが出来ると考えるのだが……。

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春野寿美礼サヨナラ公演〜秋のすみれ〜

春の野に

すみれ摘みにと

来しわれそ

野をなつかしみ

一夜寝にける  (万葉集 巻8-1424)

これが宝塚花組のトップスター、春野 寿美礼(はるのすみれ)さんの芸名由来である。なんと古典的で美しい響きであろうか。かつてタカラジェンヌの芸名は総て百人一首から取ったそうである。春野 寿美礼とはそういう宝塚歌劇の伝統を受け継ぐ、凛々しい男役である。

僕が春野さんの舞台を初めて観たのは恐らく1999年の「タンゴ・アルゼンチーノ」(作・演出:小池修一郎)であったろう。まだ3番手だった当時から歌が抜群に上手かったし、背も高く、きりりと立ち姿の美しい男役として目立っていた。

トップ就任のお披露目公演は「エリザベート」(2002)。演じた役はエリザベートに恋した死神のトート。妖しいまでの美しさ・歌唱力・ダンス力・演技力。全てを兼ね備え、バランスが取れた端正なトートであった。

そしてロイド=ウェバーの「オペラ座の怪人」のせいでブロードウェイに行きそびれた、隠れた傑作「ファントム」。宙組の和央ようかさんが演じた主人公エリックも良かったが、歌に関しては春野さんが圧倒していた(この役は来年、梅田芸術劇場で大沢たかお が演じる)。

その春野さんの退団が決まった。サヨナラ公演である「アデュー・マルセイユ」(作・演出:小池修一郎)とレビュー「ラブ・シンフォニー」(作・演出:中村一徳)に往ってきた。

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小池修一郎さんは「エリザベート」で一斉風靡し、菊田一夫演劇賞を何度も受賞している優れた演出家である。東の宮本亜門、西の小池修一郎と並び称される程の鬼才なのだが、こと自作のミュージカルについては当たり外れの落差が激しい。物語の前半で大風呂敷を広げて、後半で収集不能になるケースがしばしばある。

今回はコメディ・タッチで、なかなか小粋で上手くまとまった佳作に仕上がっていた。現在と過去が交差する場面、舞台転換の上手さに小池演出が光る。

物語の最後に主人公はヒロインと結ばれることもなく旅立ってゆくのだが、春野さんを花組の組子全員で見送る情景が「嗚呼、本当にさよならなんだなぁ」としみじみ実感させられて良かった。

しかしこの公演の白眉はなんと言っても「ラブ・シンフォニー」だろう。とにかく洗練されたショーで魅了された。舞台装置や衣装のセンスが素晴らしい。華やかな照明が織り成す壮大な交響楽。ジャズ・サンバ・フラメンコなど多彩な音楽・踊りで彩られた構成も良い。

宝塚のショーの歴代最高傑作は「ノバ・ボサ・ノバ」(作・演出:鴨川清作)、近年最大の収穫は雪組の「パッサージュ」(作・演出:荻田浩一)。それらに匹敵すると言ったら褒め過ぎだろうか?

また、宝塚の生徒たちのダンス力の向上には目を見張るものがある。回転に切れがあるし、跳躍は高い。例えばロケット(ラインダンス)ひとつをとっても、足が120度くらい上がり、全員がピタッと揃っている。鳳 蘭や麻美れいなどがトップを張っていた頃のVTRを見ると、確かに歌唱力は当時の方が上だと想うが、あの頃はダンスの動きが鈍くバラバラだし、ロケットもせいぜい足が90度くらいしか上がっていない。そして生徒のスタイルも断然現在の方が良くなっている。

かつて花組のトップスターだった大浦みずきは”ダンサー”として賞賛された。しかし、現在の生徒たちの平均水準から見ると、はっきり言って大したことはない。宝塚は着実に進化している。そのことを今回改めて実感した。

必見。

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京の仇を江戸で討つ!

本当は普門館まで全日本吹奏楽コンクールを聴きに往こうなどとは、毛頭考えていなかった。

普門館のある東京には大阪からの交通費が往復約25,000円掛かる。全日本吹奏楽コンクールの入場券は前半・後半の部と分かれており、各々なんと入場料2,500円!一日聴けば5,000円である。演奏するのは素人の中高生だぜ!?出演料を取るわけではないし、掛かるのは会場費と運営費くらいでしょ?暴利を貪っているとしか想えない。

ちなみにプロの吹奏楽団である大阪市音楽団の定期演奏会(ザ・シンフォニーホール)のチケットはS席が前売り料金2,500円、一番安いC席は1,000円である。

コンクール前半の部の演奏は午前9時から始まる。東京駅や羽田空港からの普門館へのアクセスは非常に悪いので、新幹線を利用しようが飛行機であろうが、その日の始発に大阪を発っても、どうしても間に合わない。つまり前日から宿泊するしかない。そうこう考えると、どうしても経費は4万円近く掛かるのである。だったら後日発売される金賞団体集のDVDを買った方が断然安上がりだ。

丸ちゃん(丸谷明夫 先生)/淀工(大阪府立淀川工科高等学校)が演奏する「ダフニスとクロエ」は是非、生演奏で聴きたい。でも普門館に往くのは大変だ……という訳で京都で行われた関西吹奏楽コンクールを選んだわけだ。

その顛末は「玉砕!関西吹奏楽コンクール〜京都頂上作戦」に書いた。討ち死にである。しかし徹夜しないと入場できないというチケット販売システムは今時、あまりにも理不尽である。これでは死んでも死に切れない。義憤を覚え常軌を逸した僕は、普門館という大きな壁に果敢に立ち向かう決意をした。気分はもう赤穂浪士である。

まず最初に行ったことは戦況分析である。発売される前売り券は前半・後半それぞれ2,700枚。関西の前半50枚、後半20枚に比べたら楽勝だ。

僕は今まで、数々のチケット争奪戦を勝ち抜いてきた。例えば1998年12月20日、東京の四季劇場[春]のこけら落とし「ライオンキング」初日。小渕首相(当時)や皇太子ご夫妻も来賓として招かれた場に僕もいた。三谷幸喜さんのミュージカル「オケピ!」(初演&再演)や宝塚歌劇団の「エリザベート」「ファントム」など、5分でチケットが完売する人気公演の修羅場もくぐり抜けてきた。こちらには蓄積されたノウハウがある。

対する今回の競争相手は初心な高校生たち。宝塚ファン、四季ファンら百戦錬磨の戦士たちとは違う。勝算は我にあり!

前半・後半と同時購入は出来ないので優先順位も決めなければならない。淀工は前半。お、宇畑知樹 先生率いる埼玉の伊奈学園も前半だ。スパークの大傑作「宇宙の音楽」をやる福岡の精華女子(マーチングの華)もいる。前半勝負と結論が出た。

午前10時、チケット発売開始。サクサクっと繋がって、あっさり前半の手続きが終了。後半の作業に移る。今度は途中、回線が混雑していて焦る。しかしなんとか確保した。そして引き続きどれくらいで完売するのか、ウォッチングに移行。

電波時計は10時06分を示していた。この時点で前半の部は既に予定枚数終了。そして10時07分、後半の部も売り切れた。決戦は、かくして瞬く間に終結した。

……という訳で、普門館に往ってきます。レポートをお楽しみに。

後半の部で一番注目されるのは福岡工業大学附属城東高等学校かな。沖縄の中学校を初の全国大会金賞に導いた屋比久勲 先生が平成2年から育ててきた吹奏楽部であるが、その屋比久先生が今年3月に退官。4月から鹿児島情報高等学校に移ってしまわれた。指導者が変わっても全国大会金賞の牙城を守れるのか?今年が正念場であろう。

そして関西代表、明浄学院高等学校。大阪の女子高である。今年で全国大会出場6回目。まだ金賞を受賞したことはない。今年の自由曲は「科戸の鵲巣(しなとのじゃくそう)」。昨年、創価学会関西が一般の部で観客の度肝を抜く名演を披露し、金賞を受賞した曲である。僕はこれを大阪府大会で聴いて腰を抜かした。チャレンジャーである明浄が遂に悲願の金に輝くのか?固唾を呑んで見守りたい。

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大阪市音楽団〜青春の吹奏楽 70`s ヒットパレード

飯森範親/大阪市音楽団(市音)によるいずみホールでのコンサートに往ってきた。70年代にしばしば演奏された名曲(つまり吹奏楽の懐メロ)を集大成したプログラムである。

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実際に今回演奏されたものの内、「吹奏楽のための民話」は僕が中学生の時、吹奏楽部で演奏した(その頃は嫌々ながらチューバを吹かされていた)し、「シンフォニア・ノビリッシマ」は社会人になってから参加したアマチュア・バンドで演奏した(高校よりフルートに華麗なる転向)。ホルストの「吹奏楽のための第1組曲」はないが、「第2組曲」は吹いたことがある。

ちなみに「70`s ヒットパレード」と銘打ちながら、演奏されたJ.スェアリンジェン/「インヴィクタ序曲」は1981年に作曲された曲である。スェアリンジェンは80年代、中学生の間で一世を風靡した作曲家。彼が流行りはじめた頃、僕は既に高校生になっており演ったことはない。しかし「インヴィクタ」のリズムって、バーンズの「アルヴァマー序曲」(名曲中の名曲!!)そっくりなんだよね。A-B-Aの三部形式というところも似ている。「アルヴァマー」は高校一年生の時、吹奏楽コンクールで吹いた。僕にいわせれば「インヴィクタ」は所詮、アルヴァマーもどきに過ぎない。

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コンサートに先立って、リハーサルの見学会があったのでそちらも参加した。ブログ「シェフ飯森の窓」によると、飯森さんが吹奏楽の指揮をするには実に15年ぶりだそうである。

例えばマクベス/「マスク」の中間部、静かなコラール風のところで指揮者と奏者の間で以下のようなやり取りがあった。

「ここは和音の変化を聴かせたいので、カンマ(息を吸うこと)なしでお願いします」

「ではチェンジブレス(長いフレーズが一息で吹けないとき、2人以上の奏者が息継ぎをする位置を変えて、つながって聴こえるようにすること)でもいいですか?」

成る程、これがプロの仕事場なんだとワクワクした。このような指示も飛んだ。

「ここのmpは、もっと落としてpにして下さい。そしてその後のクレッシェンドをさらに強調して下さい。では〜小節目からもう一度お願いします」

つまり飯森さんの指揮の特徴は音の強弱やテンポの緩急に変化をつけた、非常にメリハリのある解釈であり、躍動感があった。

僕は1970年代に朝比奈隆が大阪市音楽団と録音した「マスク」を持っている。飯森さんはメトロノーム換算で朝比奈よりもテンポが30くらい速いんじゃないかという驚異的な体感速度で振り、全く別の曲に聴こえた。颯爽とした飯森さんの解釈を知ってしまうと朝比奈のそれはいささか鈍重に聴こえる。

正直に告白しよう。このメリハリがあってこそ、今回初めてチャンス/「朝鮮民謡の主題による変奏曲」が名曲だと理解出来た。

コーディル/「吹奏楽のための民話」は、リハーサルで飯森さんが「室内楽的に、コンパクトにいきたいのです」と仰っていた。その通りの小気味好い演奏で、曲の新たな側面に光が当てられた印象を受けた(この曲だけ、指揮棒なしというスタイルだった)。

ホルストの第1組曲は2005年にフレデリック・フェネルによる新しい校訂譜が出版されたそうで、飯森さんはありとあらゆる楽譜を比較検討した結果、フェネル版を採択されたそうだ。指揮者の真摯なこだわりを感じた。

ネリベル/「交響的断章」はズシリと腹にくる低音が重厚で、マクベス同様に巨大な音のピラミッドを堪能した。飯森さんは現代音楽のエキスパートだから、こういう曲をさせるとさすがに上手い。

さらに圧倒的名演だったのが吹奏楽の金字塔、リード/「アルメニアン・ダンス パートI」である。僕は今まで、フレデリック・フェネル、丸谷明夫(淀工の丸ちゃん)、佐渡 裕、山下一史、秋山和慶、そしてアルフレッド・リード自作自演など、錚々たる指揮者の演奏を聴いてきたが、今宵の飯森/市音コンビが最高だった。特に5曲目のアルメニア舞曲「行け、行け」が文字通りイケイケ!で大興奮。史上最速の演奏だった。市音の奏者たちのスーパー・プレイがあってこそのこのテンポであろう。いずみホールに集った観客もみな熱狂した。

アンコールは定番のスーザ/「星条旗よ永遠なれ」。これも誰よりも速いテンポで快調に飛ばし、驚くべきことにフィナーレでは飯森さんが腕をグルグル廻して、さらに加速した。こんな「星条旗」は聴いたことがない!!リハーサルでもこんなことしてなかったのに……。呆気にとられる内に、前代未聞のセンセーショナルな演奏会は終了した。

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最後に市音の方々にお願いしたい。飯森さんを、今度は定期演奏会の指揮者として招聘して欲しい。それから少なくとも「マスク」と「アルメニアン・ダンス」は、是非とも飯森さんの指揮で再録音しようよ!とにかく圧巻だったんだから。

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大阪センチュリー交響楽団のこれから

これは「在阪オケ問題を考える」(←未読の方はクリックしてお読み下さい)という記事の続きである。

公的援助が縮小され、企業からの支援も次々に打ち切りとなり崖っぷちに追い込まれた在阪の4つのオーケストラ。今後どういう姿であるべきなのか、地元に密着した文化的貢献とは具体的に何なのか?それについて大阪センチュリー交響楽団を例に私見を述べたいと想う。

センチュリーは大阪府文化振興財団が運営している。その予算のうち約4億5000万円をの文化振興基金からの補助金で賄っている。つまりセンチュリーは大阪ではなく大阪府全体に対して貢献しなければならない使命があるのである。

だったら、ザ・シンフォニーホールばかりで演奏会をしていたのでは駄目だ。京都特別演奏会とか東京特別演奏会もむしろ要らない。そんなことする暇があったら、大阪府内の様々なホール(例えば、枚方市民会館・八尾市文化会館・河内長野ラブリーホール・狭山市SAYAKAホール・岸和田市波切ホール など)でもっと演奏会をしたらどうだろう?各々少なくとも年1回は行うべきだろう。

そしてその際に、さらにオケ内でいくつかの小編成アンサンブル・チームを作り、手分けして地元の小中学校の体育館でミニ・コンサートを開くのである。これは、実際に札幌交響楽団が数年前から始めた手法である。

小中学校でのコンサートでは、予め希望者を募り、地元の人々も招待したら良いだろう。そうすれば、大植英次さんが御堂筋で始めた大阪クラシックに対抗しうる企画をもっと大きな規模で展開出来るだろう。これこそが府民に対する真の貢献である。

もうひとつ、一風変わった思いつきがある。

劇団四季は大阪や京都の専用劇場におけるミュージカル公演を、生演奏ではなく録音によるカラオケ上演で今まで行ってきた。現在、大阪四季劇場で上演中の「オペラ座の怪人」も勿論カラオケである。ところが、「オペラ座の怪人」を四季が東京で上演するときはオーケストラ・ピットにオケが入り生演奏をするのである。現在東京で上演中の「ライオンキング」や「ウィキッド」も当然生オケである。

大阪でミュージカル「アイーダ」が日本初演された時、僕は「そろそろ大阪でも生演奏を導入して欲しい。日本初演がカラオケ上演なんて恥ずかしいではないか」という旨のメールを劇団宛に送った。劇団からの返信内容をそのまま掲載する。

『アイーダ』大阪公演の演奏はテープで行います。
これは、ディズニーとの協議の上で決定したことであり、その理由としましては、大阪での長期公演においては、ディズニーの求めるオーケストラの水準を保つことが難しいことが挙げられ、高水準の録音テープでの上演がその水準をクリアするものであると認められているからです。
長期公演の演奏を高水準に保つためには、オーケストラ団員の確保、その住居の維持など様々な問題が発生します。地域によって、その問題の大小が大きく違ってまいりますために、地域差が生じることは避けられないものです。これらを鑑み、版権元との合議の上で、これまでのすべての公演も行われてきています。

つまり「大阪では東京レベルのミュージシャンの確保は難しい」という話だ。大阪の文化水準が侮辱されたのである

まあ、これが現実に即していない話であることは大阪在住の音楽家なら誰でも分かることだろう。要するにコスト削減のための苦し紛れのエクスキューズに過ぎない。

だから関西に住むミュージカル・ファンは(東京まで往かない限り)ロイド=ウェバーの大傑作「オペラ座の怪人」を一度も生演奏で観劇したことがないという事態が、初演以来20年近くも続いている。これは文化的に非常に不幸なことではないだろうか?

そこでセンチュリーに提案したい。月に一回程度でもいいから、ボランティアで大阪四季劇場のオーケストラ・ピットに入り、生演奏で「オペラ座の怪人」を観劇することの醍醐味を市民に味わってもらうという企画はどうだろう?センチュリーの技量ならば東京の四季オーケストラよりもはるかに高水準の演奏を披露できるだろう。そして劇団四季に大阪の文化力を見せつけてやろうではないか。生演奏で大好きな「オペラ座の怪人」が観られるのならば、僕は何度でも劇場に足を運ぶだろう。

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

評価:A-

テレビ東京で放送された「新世紀エヴァンゲリオン」は質の高い画期的アニメーションであった。途中までは。

問題は監督の庵野秀明である。回を追うごとに混乱していく製作現場の中で、恐らく庵野は精神的極限状態にいたり、(「地獄の黙示録」のカーツ大佐の如く)自分が神にでもなったかのような錯覚に陥ったのであろう。奢り高ぶった彼はテレビ・シリーズ最終回「世界の中心でアイを叫んだけもの」で、エヴァの世界を解体し、混沌のまま無責任に放置した。それは単なる独りよがりでしかなかった。

製作進行がオン・エアに間に合わず、彩色や動画に回す時間すらなかっただろうというお家の事情は理解できる。しかしあれは酷すぎた。ファンに対する背信行為である。

テレビの25・26話をリメイクした劇場映画「THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に」も製作されはしたが、納得のいく結末だったとはお世辞にも言えない。結局、大風呂敷を広げすぎた物語は破綻し、「新世紀エヴァンゲリオン」は未完に終わったのである。

何か勘違いをした庵野はその後、惨めな迷走を続ける。実写映画「式日」「キューティーハニー」などはことごとく失敗。特に「キューティーハニー」は、最低の映画を選ぶゴールデン・ラズベリー賞(ラジー賞)が日本にあれば確実に受賞できたであろう。

庵野が次に作ったテレビアニメ「彼氏彼女の事情」は「世界の中心でアイを叫んだけもの」同様に独善的で意味不明な展開をし、視聴率は低迷。アニメファンからもそっぽを向かれた。

10年かかって庵野は漸く自分の過ちに気付き、オレにはもう「エヴァ」しか残っていないという現実を悟ったのだろう。彼は「エヴァ」に帰還し、新劇場版に取り組むことになった。是非今度こそ前回の愚を繰り返すことなく、最後まで真摯に取り組んで欲しい。

さて、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」について語ろう。

いや、殆ど完璧な出来なんだ。宇多田ヒカルの歌さえなければ。最後のアレが「エヴァ」の世界観を粉々にぶち壊しちゃうんだよ。だから評価にマイナス付き。

いや、あんな代物を流すくらいならテレビ同様に「Fly Me to the Moon」で良かったんじゃないの?「月」は重要なモチーフだし。それかオープニングの主題歌「残酷な天使のテーゼ」も好きだったのに。

GAINAXに是非お願いしたいのは、新劇場版のDVDを出す時に、エンディングで宇多田ヒカルの歌が流れない別バージョンに切り替えられるようにして欲しいということである。

さて、今回は序章に過ぎないので、テレビ版の第1話から6話までをほぼ忠実に再現する。台詞は全く一緒だし、ご丁寧に各々の場面の構図までそっくりそのままである。

では何が違うかというと、細部のクオリティの高さである。今回はCGを大胆に取り入れ、それでいてセル画との違和感を感じさせない繊細な作業が行われている。特に変わったのは最大の山場、ヤシマ作戦。シト(使徒)ラミエルが進化していたので驚いた!テレビ版では単なるダイアモンド型の八面体だったのに、今回は華麗にメタモルフォーゼ(変態)するんだよね。その神々しいまでの美しさに見惚れた。

登場するシトの順番が入れ替わっていたり、カヲルくんが早々と出てきたりと、今後テレビ版とは違った展開を見せてくれそうな予感あり。期待に胸が膨らむ。

そうそう、最後に褒めておきたいのは「杉原トウジ」の声を担当した関智一。トウジは大阪出身という設定なのだが関は東京出身で、テレビ版でその喋る言葉は明らかにエセ関西弁であった。ところが、新劇場版ではちゃんと関西弁に聴こえるではないか!別人が喋っているのかと想ったくらいである。関も恐らくこの十数年、関西のアニメファンから散々文句を言われて精進したんだろうなぁ。トウジの関西弁も明らかに進化していた。

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一筋縄ではいかぬ男、児玉 宏〜名曲コンサート

これは、今、飛躍の時。〜児玉 宏/大阪シンフォニカー 定期と併せてお読みいただきたい。

低料金で良い音楽を!をモットーに、大阪シンフォニカー交響楽団が続けている「名曲コンサート(第48回)」に往った。指揮は来年度から音楽監督に就任することが発表された児玉 宏さんである。

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「名曲コンサート」と銘打ちながら児玉さんの投げてくるのは予想をはるかに超えるくせ球である。モーツァルトとプーランクの2台のピアノのための協奏曲という、滅多に演奏されない曲を中心に持ってきて、それをシューベルトの「未完成」とプロコフィエフの「古典交響曲」という小交響曲ではさむという凝った構成となっている。ちなみに来年、児玉さんが振る「名曲コンサート」ではグノー/交響曲第2番が演奏される予定である。これ、生で聴いたことあります??

シューベルトは速めのテンポで進められ、贅肉を削ぎ落として引き締まった解釈であった。弦が歌う箇所でも決してタメたりすることはなく、曲の骨格がはっきり見えてくる。素晴らしい!この特徴はプロコフィエフも同様で、特に4楽章の鮮やかな快速球にはスカッとした。シンフォニカーも好演。

協奏曲についてはどうしても独奏者の解釈に左右されるので、児玉さんの特徴が出ているとは言い難いが、ビブラートが控えめで延ばした音もあっさり減衰するモーツァルトもなかなか良かったし、続けて聴くとプーランクの曲はモーツァルトへのオマージュなんだなというのがよく分かった。巧みなプログラム構成の妙である。

それにしても児玉さん、今回は全てスコアを見ながら振っておられたが、先日のブルックナーでは暗譜だった。さすがブルックナー指揮者、命懸けてるな。

最後に、大変面白い児玉語録が掲載されているブログ「ふーじーの見た空」をご紹介しておく。こちらからどうぞ。

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20世紀の調性音楽〜ガンバ/大フィル 定期

ラモン・ガンバ/大阪フィルハーモニー交響楽団 による定期演奏会を聴きに往った。

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20世紀に生まれた4つの作品が演奏され、そのいずれもが調性音楽であるというプログラム構成が見事であった。

20世紀にクラシック音楽(本当はクラシック古典的という意味なので変なのだが、純音楽という呼び方も嫌らしいし…)が袋小路に入り、聴衆からそっぽを向かれたのは、シェーンベルクが発明した十二音技法から発展して多くの作曲家たちが無調性へと驀進したせいだと僕は考えている。それは進化ではなく音楽の破壊行為だった。一体今、ペンデレツキやべリオ、ブーレーズの書いた雑音(音楽とはあえて呼ばない)を好んで聴く人がどれだけいるだろう?クラシック音楽にとって20世紀は草木も生えぬ不毛な時代だった。

そんな中で調性音楽を守ろうとした、例えばウィーン生まれのエーリッヒ・ウォルフガング・コルンゴルドなどは時代遅れの烙印を押され、失意のうちにハリウッドに去り映画音楽作曲家になった(「ロビン・フッドの冒険」でアカデミー賞を受賞)。「三文オペラ」で有名になったドイツのクルト・ワイルはブロードウェイに渡りミュージカルの作曲家になった。

このようにして20世紀にクラシック音楽は衰退し、替わって映画音楽やミュージカルが華やかな黄金時代を迎えるのである。人々は漸くその過ちに気付き、現在調性音楽の復権が次第に進みつつある。

さて演奏会の話である。まずはアダムスの「首席は踊る」。最小単位の音の変化を執拗に繰り返すミニマル・ミュージックの手法で書かれている。スティーブ・ライヒやフィリップ・グラスの作品を彷彿とさせる面白い曲だった。ミニマル・ミュージックというのは単調な繰り返しを聴いているうちに感覚が麻痺してきて、次第にそれが快感となってくるのだから不思議だ。音の麻薬効果と言い換えても良いかも知れない。宮崎駿監督のアニメーションで有名な、久石譲さんもミニマル・ミュージック語法をしばしば映画の中に取り込んでいる。

続いてコープランド作曲、20世紀に生まれた最高のクラリネット協奏曲。レナード・バーンスタインや「スターウォーズ」「ハリー・ポッター」のジョン・ウイリアムズもコープランドから多大な影響を受けている。この協奏曲はジャズ奏者ベニー・グッドマンのために書かれた。伴奏は弦楽器とピアノとハープのみ。指揮者の目の前にピアノとハープが配置され、一見異様な風景だった。

独奏のマーティン・フロストはスウェーデン生まれのカリスマ的若手クラリネット奏者で、右足を前に出した姿勢がスタイリッシュ。時折コンサートマスター長原幸太さんのほうに身を乗り出して音楽で対話しているようでもあり、素敵だった。特に弱音のコントロールが見事で、まろやかな美音を奏でていた。

アンコールでフロストは「ベニー・グッドマンに捧げます」と言って、自作の「カデンツァ」を披露してくれた。鳴り止まぬ拍手に突如、彼は歩きながらバッハの「平均率」を吹き始めた。それに乗って秋津さんと近藤さんのチェロがグノーの「アベマリア」の旋律を弾き始める。さらに長原さんと梅沢さんのヴァイオリン、そして第2ヴァイオリンとヴィオラのふたりも加わり、妙なるハーモニーがホールに広がっていく。なかなか粋な演出だった。

演奏会後半最初はブリテンの「ソワレ・ミュージカル」。ロッシーニのパロディで、ストラヴィンスキーの新古典主義作品を彷彿とさせるような明快な曲だった。秋月さんのトランペットが光っていた。

ラモン・ガンバはまるで指揮台の上で踊っているかのように生気に満ち溢れていた。そして、このコンサートのハイライトはなんと言ってもレスピーギの「ローマの祭」だろう。この近代オーケストレーションの語法を極めたド派手な交響詩を大フィルは余すところなく表現して見せた。僕は大植さんの「悲愴」の時に彼らが火の玉となって燃え上がったと表現したが、今回の「ローマの祭」では大爆発を起こした。爆演と言えばしばしばアンサンブルが乱れて空中分解することを指すこともあるが、今回は良い意味で一糸乱れぬ爆演だった。いいぞ、大フィル!その調子でイケイケ!たまにはシンフォニカーに浮気したりもするけれど、これからも皆さんを応援してますからね。

大満足の一夜だった。帰りに秋月さんとか長原さんがタキシード姿のままロビーに立って、にこやかに聴衆の見送りをされていたのには驚いた。ヴィオラの岩井さんとかは時々見かけていたが、コンサートマスターがわざわざ出てこられたのには初めて遭遇した。「星空コンサート」や「大阪クラシック」などを経て、楽員たちの意識も次第に変わりつつあるのかもしれない。素晴らしいことである。

ついでに厚かましいお願いだけれど、開演前のロビーコンサートも企画して頂けると嬉しいなぁ。

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今、飛躍の時。〜児玉 宏/大阪シンフォニカー交響楽団 定期

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クラシック音楽に長年親しんできて、気がついた法則がある。

それはブルックナー指揮者はマーラーが苦手で、またその逆も真なりということである。

ブルックナーを得意とした指揮者、フルトベングラー・クナッパーツブッシュ・シューリヒト・ベーム・ヨッフム・チェリビダッケ・ヴァント・朝比奈らはマーラーのレコーディングを余り残していない。またマーラーを心底愛した、ワルター・クレンペラー・バルビローリ・バーンスタイン・シノーポリらもブルックナーには無関心であった(現役ではラトルも)。ブルックナーとマーラーの交響曲全集を両方レコーディングした指揮者はショルティとハイティンク、そしてインバルくらいだろう。これは極めてまれなケースだ。

マーラーは誇大妄想の癖があり、また躁鬱を繰り返しながらその感情のゆれを原動力に作曲した。いわば主観的音楽である。ここでアーノンクールの名言を引用しよう。

マーラーの場合は、どうも「自分だけのこと」を語ろうとしているように思えてならない。「僕は、僕は、僕は……!」とね。

一方、ブルックナーは人間的情感を排した客観的音楽である。聖フローリアン教会のオルガン奏者でもあった彼は神に奉仕する為に作曲した(教会のパイプオルガンの下に彼は今でも埋葬されている)。ブルックナーの交響曲の特徴である全休止(ゼネラル・パウゼ)は、教会の残響効果を計算したものであった。

大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督である大植英次さんは師のバーンスタイン同様にマーラーを得意とし、熱い演奏を繰り広げる。しかしことブルックナーに関しては、朝比奈のオーケストラであった大フィルが十八番とするので大植さんも定期で取り上げてはいるが、どうも苦手のように見受けられる。

昨年、大植さんのブルックナー/交響曲第七番を聴いた直後に、大阪シンフォニカー交響楽団定期演奏会の招待券を職場の上司から戴いた。

「え〜、またブルックナーの七番かぁ。それに指揮者の児玉 宏って誰?クイズ番組『アタック25』の司会者?あ、あれは児玉 清か」と全く乗り気では無かった。しかしまあタダだし、感想を報告しないと悪いからとしぶしぶザ・シンフォニーホールに足を運んだ。

聴いて腰を抜かした。す、すごい!天の高みへとひたすら昇っていく崇高なるブルックナー。鳥肌が立った。朝比奈・ヴァント亡き後、スクロヴァチェフスキーに勝るとも劣らない天才的ブルックナー指揮者がここにいた。

児玉 宏さんはミュンヘン在住でドイツで四半世紀以上活躍されている指揮者だそうである。コンサート指揮者としての日本デビューは2004年。だから日本では殆ど知られていない。大植さんが大フィルの音楽監督に決まったとき「大植英次って誰、それ?」と多くの人が疑問を抱いたのと同じ状況である。

その児玉 宏さんが今月シンフォニカーの定期でブルックナー/交響曲第五番を取り上げるということで、今回は自腹を切って喜び勇んで駆けつけた。

まず演奏されたのはラインベルガー/オルガン協奏曲第一番である。全く聞いたことのない作曲家であるが、解説を読むと19世紀ドイツで活躍した教会のオルガン奏者だそうである。成る程、ブルックナーと似た経歴だ。まあ曲そのものは、知られてないのは致し方ないという印象だったが、ラインベルガーからブルックナーへというプログラム構成の巧みさには感心した。そこには物語が感じられた。

ブルックナーの五番は素晴らしいの一言。繊細な弦の弱音から強烈な金管の咆哮へ。ダイナミックスの変化が壮絶で、緊張感を保ちながらも音楽は豊かに、悠久の時を流れてゆく。

ほぼ完璧な演奏だったのだが、ただ一言だけ苦言を呈するとするならばシンフォニカーの金管セクションにやや粗が目立ったことか。所々アインザッツ(音の出始めの瞬間)に乱れが見受けられた。翌日大フィルの定期を続けて聴いたのだが、金管の上手さに関しては現時点で大フィルに軍配が上がるかな。

まあ、それよりなにより狂喜乱舞したのは2008年4月より児玉 宏さんがシンフォニカーの音楽監督・首席指揮者に就任することが発表されたのだ。楽団事務局が楽員にアンケートで新しい指揮者の希望を尋ねたところ、一番多くの支持を集めたのが児玉さんだったらしい。

そして来年度の定期演奏会のラインアップが凄い!こちらをクリックして欲しい。なんと魅力的で変化に富んだ内容だろう。新音楽監督の意気込みがひしひしと伝わってくるではないか。さらに児玉さんの所信表明を読んで涙が出るくらい感動した。シンフォニカーに革命が起こる…そんな予感さえする。翌日、迷うことなく僕は来年度のシンフォニカー定期会員を申し込んだ。

最後に、大阪シンフォニカー交響楽団ファゴット奏者の方のブログを紹介しておく。児玉語録が面白い。こちらからどうぞ。

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大阪市庁舎に響き渡る「新世界より」〜大阪クラシック2007《最終日》

9月8日土曜日。いよいよ大阪クラシックも大詰めだ。

まず第7公演:三菱東京UFJ銀行でイベール/木管五重奏曲のための3つの小品、プーランク/六重奏曲 を聴く。

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いゃ〜、いいねぇ。軽妙洒脱。朝日の差し込む部屋、カフェ・オ・レの香りを愉しみながらクロックムッシュを食べる。そんな状況下で、こういう洗練されたフランス音楽を聴いたら最高だろうなぁ、などど夢想する。普段滅多に演奏されない曲を聴ける、これも大阪クラシックの魅力である。

プーランクと言えば、彼のピアノ協奏曲はラフマニノフと並んで20世紀最高の名曲であると僕は信じて疑わない。是非大フィルの定期でも取り上げて欲しい。ついでに言えば、20世紀最高のヴァイオリン協奏曲は、ウィーン生まれで後にハリウッドで活躍した作曲家コルンゴルドのね(ヤシャ・ハイフェッツが初演)。これも大フィルで聴きたいな。ソリストは大植さんと親しいヒラリー・ハーンではどうだろう?彼女の伴奏で大植さんはドイツ・グラモフォンにデビューを果たしている。

閑話休題。ただ、今回のプーランクで残念だったのは電子ピアノだったことと(会場が銀行だから仕方ないが)、奏者の技量にばらつきがあったことである。

クラリネットのブルックス・トーン君とファゴットの畦内雅人さんは大フィルの首席奏者なので見事なものだった。フルートの南部靖佳さんも上手かった。しかしトラ(阪神タイガースじゃありません、エキストラ)のオーボエとホルンは少々力量が劣るように聴こえた。最終公演「新世界より」が間近だったので、それに出演する大フィルのメンバーたちはリハーサルの都合上こちらに参加することが出来なかったのだろう。室内楽はバランスが重要だなということを痛感した。

アンコール曲、「ハッピーバースデー変奏曲( HAPPY BIRTHDAY TO YOU - Theme and Variations )」は愉快なアレンジ( W.R.Brophy編 )でとても良かった。

さて、銀行を後にし、大阪クラシック最終公演のある大阪市役所シティホールへと向かう。開演までまだ1時間半くらいあるが、既に100人くらいの人々が並んでいる。

暫くすると場内に入れてくれた。中にはスターバックスコーヒーの屋台が入っており、店員さんたちがにこやかにアイスコーヒーを無料で配ってくれた。とってもありがたい。今回の大阪クラシック、スタバの貢献度は非常に高い。感謝しています。……でもね、正直言うともう来年からはスタバの店内でコンサートをして欲しくないんだよね。余りにも凄い数の聴衆が押し寄せるので、最早スタバの店内では狭すぎる。

新聞報道によると今年大阪クラシックを聴きに来た人々は延べ約2万8千人。昨年を6千人も上回ったそうである。無料で気軽にというのが基本的なコンセプトだが、今年の印象ではむしろ有料公演の方が席を確保出来るので安心だった。500円くらい安いものだからもっと有料公演を増やして欲しいくらいだけれど、なかなかそうもいかないんだろうなぁ。

シティホールには所狭しとパイプ椅子が置かれていた。昨年の大阪クラシックでは、報道写真を見ると最終公演に立ち見客を入れていたようだったが、今年は一切そういうことはしていなかった。2階は報道関係者用に空けられていたが、あそこに立ち見を入れてあげればいいのにと想った。

新聞によるとチケットを持ってこの会場に入れた聴衆はたった530人だったそうである!前売りが即日完売もむべなるかな。大阪市主催だから市役所で幕を閉じるという意義は分かる。しかし、これを聴きたい人は沢山いるのだから、もっと収容人数の大きいところですればいいのに。例えばシティホールでは開会式をすることにしてとかさ。

いよいよ大植英次さんが登場し、演奏が始まった。気宇壮大な「新世界」が目の前に広がってゆく。果てしない平原、そこを蒸気の力で力強く駆け抜けてゆく大陸横断鉄道。西の空を真っ赤に染め上げて地平線に悠々と沈んでゆく夕日。やがて訪れる”マジックアワー”。そこに僕は新大陸アメリカが見えた。

交響曲第九番「新世界より」はチェコのドヴォルザークが作曲したものだが、その描かれている世界は紛れもなくアメリカである。異邦人の見たアメリカ…そこは大植さんの師:レナード・バーンスタイン(レニー)の祖国であり、レニーも手兵ニューヨーク・フィルとこの曲をレコーディングし、今でも決定的名盤として名を轟かせている。

まだ十代だった大植さんはアメリカのタングルウッド音楽祭でレニーに出会い、エリーフィルやミネソタ管弦楽団などアメリカのオーケストラの音楽監督を歴任した。そういった万感の想いがこの日の演奏に込められているように感じられた。

またこの曲は大フィルにとっても特別なシンフォニーである。1947年、朝比奈 隆が中心となり関西交響楽団が設立された。これが大フィルの前身である。4月26日、戦災に焼け残っていた朝日会館で関西交響楽団は第1回定期演奏会を行った。演奏されたのは「リエンツィ」序曲、そして「新世界より」他。

4楽章冒頭部。一気呵成の加速を聴いていると、僕はいつも映画「ジョーズ」のテーマを想い出す。そして金管の勇壮な第1主題が登場。指揮台の大植さんは仁王立ちだ!大植さんがいつもより、ずっと大きく見えた。

音楽は大河の如く滔々と流れ、大伽藍を築くかのような堂々たる風格でフィナーレを迎えた。

割れんばかりの拍手、そして指揮台を埋め尽くすかのような花・花・花。みんな大植さんばかりに花束を手渡す。え、コンサートマスターへは誰もあげないの?手持ち無沙汰そうな長原幸太さんがちょっと気の毒。でも仕方ないか、今夜の主役はなんてったって大植さんだもの。

指揮台の大植さんは満面の笑みだ。昨年のテレビ報道を見ると、最終公演で大植さんは号泣していた。今年は泣かないのかな?と様子を覗っていると、来ました!大植さんの男泣き。聴衆の温かい拍手が優しくそれを包み込む。

アンコールはまず「ラデツキー行進曲」、大植さんが客席を振り返り、聴衆の手拍子を見事に合わせる。そして「夕やけこやけ」「七つの子」「ふるさと」を全員で大合唱。曲目の裏に歌詞を印刷したものが予め配られていた。そして大植さんがはっぴを着込んで「星空コンサート」でもお馴染みの「八木節」(外山雄三/管弦楽のためのラプソディ より)。7日間にわたり全60公演行われた大阪クラシックは熱狂のうちに幕を閉じた。

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日本の曲で終わるというのは素敵だな。でもね、大植さん。「八木節」も良いけれどここは大阪。是非一度、「大阪俗謡による幻想曲」を大植さんの指揮で聴いてみたいのです。大フィルのホルン奏者だった大栗 裕が作曲して朝比奈 隆が初演した曲だし、これも祭りの音楽。きっと大いに盛り上がることでしょう。

ま、いずれにせよ来年の大阪クラシックも期待しています。ありがとう、大植さん!そしてありがとう、大フィルの仲間たち!

余談:今回の「新世界より」は1楽章、提示部の繰り返しが行われなかった。恐らくこれが定期演奏会だったら大植さんは楽譜の指定どおり反復しただろう。でもまあ、今回はお祭りだし、いいんじゃないのと僕も想う。

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宮川彬良&大阪市音楽Dahhhhhhn!

「大阪クラシック」や淀工の西成コンサートなど旬のネタを書くのが必死で、レポートが遅れてしまった。9月1日(土)にザ・シンフォニーホールで行われた宮川彬良&大阪市音楽Dahhhhhhn!演奏会の話をしよう。(大阪クラシック最終日のことは次回のおたのしみ)

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日本一上手いプロの吹奏楽団=大阪市音楽団(市音)と、作曲・編曲・指揮・ピアノ・爆笑トークと何でもこなす宮川彬良は2週にわたり、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、大好評を博した。放送が終わるやいなや、このコンサートも補助席・立見席ともすべて完売するという超人気ぶり。当日の会場も熱気が溢れんばかりだった。

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アキラの凄いところは、そのファン層の幅の広さである。NHK教育テレビの幼児向け音楽番組「クインテット」(大人が観ても十分面白い)に出演していることもあり、小学生くらいの子供たちも多いし、白髪の老夫婦もちらほら見受けられる。

まず冒頭、アキラの作曲した「Fun,Fun,Fantastico!」から始まった。なんと華やかで心踊る音楽だろう!まるでミュージカルの序曲か、ディズニーランドのエレクトリカルパレードを彷彿とさせる。一気に、めくるめくアキラ・ワールドに引き込まれる。

そして、グレン・ミラーなど往年のビッグバンド・ジャズ風味で都会的にアレンジされた「竹内まりやメドレー」や「私のお気に入り」。

サティの「ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)」はカーペンターズが歌って有名になったバート・バカラック作曲「遥かなる影(Close to You)」風にお洒落に始まる。途中テンポ・アップして軽快な行進曲になり、マツケンサンバのリズムが出てきたり、音楽がメリーゴーランド風になったりと、これでもか!のてんこ盛り。英語で言えばToo Much。サービス精神旺盛でやり過ぎなくらいだけれど、そこがアキラのアレンジの魅力なんだ。

第1部の最後はアキラのお父さん、宮川 泰作曲「ゲバゲバ90分」。最近、発泡酒のCMに使用された能天気なマーチ。くすだまも割れて大いに盛り上がった。

第2部はサキソフォン奏者、平原まことさんがゲストで登場し、アキラのピアノ伴奏でソロを聴かせて下さった。特に面白かったのは「あんたがたどこさ」。歌詞の後半、

せんば山には狸がおってさ 

それを猟師が鉄砲で撃ってさ 

煮てさ 焼いてさ 食ってさ 

それを木の葉でちょいと隠(かぶ)せ

アキラの説によると最後二行の間にはもう一行、省略があるはずだと言うのである。木の葉でかぶせたそれとは何か?平原さんがSaxでそれを過剰なくらいに表現してくれた。さすが関西人、コテコテである。場内が笑いの渦に包まれ、特に子供たちは大はしゃぎだった。

第3部ではまことさんと市音が合体してまずアキラ・パパ作曲「宇宙戦艦ヤマト」組曲。う〜ん、けだし名曲。そしてアキラ入魂の「ブラック・ジャック」全3楽章のお披露目。これは手塚治虫の漫画にアキラが触発され作曲した”命の交響曲”。第1楽章が本格的なソナタ形式で書かれるなど、アキラのイメージを覆すシリアスな傑作であった。第3楽章のテーマがそれぞれ1楽章のテーマと関連があるなど、大変緻密な構成になっており、深い感銘を受けた。

そしてお待ちかね!アキラ作曲「マツケン・サンバ II」。まことさんがマツケンの衣装で登場。会場のテンションは最高潮に!ミラーボールもキラキラ回転した。どうやらアキラは前日にあった市音の「たそがれコンサート」に飛び入り参加して、これを振ったらしい。往きたかったぁ!その日僕は大フィルの「ベートーベン・チクルス」で、やっぱりこのザ・シンフォニーホールにいたからなぁ……。

アンコールはアキラ作曲「Yaramaika行進曲」。浜松地方の「やってみようじゃないか」という意味の方言「やらまいか」から生まれた、明るく楽しいマーチ。

いやはや盛り沢山で、フレンチのフルコースを平らげたような、幸福な満腹感。アキラ最高!そして大阪市音楽Dahhhhhhn最高!このコンビはこれからも定期的に演奏会を開いてゆくそうである。次回が大いに愉しみだ。

 

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燃え上がる「悲愴」!〜大阪クラシック2007 《6日目》

大阪クラシック6日目(金)。ザ・シンフォニーホールで19時30分より大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会である。「あやむ屋」で焼き鳥とビールを一杯引っ掛けて、ほろ酔い気分で会場に到着。

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まずは大植さんがピアノの弾き振りでモーツァルト/ピアノ協奏曲第21番より第2楽章。映画「短くも美しく燃え」(1967)で使用されて有名になった楽章、ってことは小学生くらいから知ってはいたが、実際にその映画を観たことはない。どうやらスエーデン映画らしいのだが。戦火の中、軍から脱走した士官とサーカスの踊り子の愛の逃避行。その果てに……。

え?大植さんのピアノの腕前?まあいいじゃない、ご愛嬌ということで。だって、大阪クラシックはお祭りなんだから。

続いてメイン・ディッシュのチャイコフスキー/交響曲第六番「悲愴」が演奏される前に、大植さんが曲目解説をして下さった。3楽章、ベートーベンの「運命」の主題をホルンが吹くところを例示し、4楽章では第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが冒頭部分を別々に演奏。分けて聴くとなんだか現代音楽みたいな摩訶不思議な旋律を奏でているのだが、それが重なると……あれま、びっくり!あの悲痛なテーマとなるのだった。「このような種を仕込むことで、音に厚みをもたせるというマジックが生み出されるのです」と大植さん。成る程、実に分かり易い。

大植さんが昨年の定期で振ったチャイコフスキー/交響曲第五番は4楽章、序奏が終わり主部に入ってからの凄まじい加速に腰を抜かした。恐らく史上最速ではなかろうか?今回の「悲愴」は比較的ゆっくりと始まり、夢見るような第2主題はたっぷりと歌われるのだが、展開部になってからの劇的変化がいやはや、凄まじかった。激情を叩きつけるような嵐の音楽。大フィルが火の玉のように燃え上がる!!太鼓の強打も腹にズシンと強烈に響く。こんな壮絶な「悲愴」は聴いたことがない。大植さん、ワレリー・ゲルギエフを超えたんじゃなかろうか?前へ前へとズンズン突き進む3楽章も同様の名演であった。3楽章が終わって思わず拍手をした聴衆が何人か居られたが、そうしたくなる気持ちが痛いほどよく分かった。

そして4楽章アダージョ。ヴァイオリン平原に寂しく木枯らしが吹き荒び、哀切なる歌を歌う。それは今生への告別の歌。やがてその哀しみは諦念へと移ろってゆく。そして静かに訪れる死の受容。大植さんの「悲愴」を聴きながら、僕はマーラーの交響曲第九番や「大地の歌」を連想した。

チャイコフスキーは生涯に12回のうつ病期を経験したという。これは躁うつ状態を繰り返し、それが作品に色濃く影響しているマーラーとよく似ている(マーラーはフロイトの精神分析を自ら受けたこともある)。チャイコフスキーとマーラーは繋がっている。そのことに今回初めて気付かされた。

大フィルの底力を見せ付けた圧倒的名演であった。音楽は一瞬で消えてなくなる儚いもの。この歴史的演奏会に立ち会えた僕は最高に幸せ者である。一期一会という言葉を深く心に噛み締めた。

大植さんは今年2月の定期で本当はマーラーの九番を振るはずだったが、急病で無念の降板。この幻のチケットを僕は持っていた。大植さん、是非いつかまたこの曲も聴かせて下さいね。何時まででも待っています。

余談;この演奏会で唯一残念だったのは拍手のフライング。あ、3楽章のはいいのです。あれは自然な気持ちの表出だから。僕が問題にしているのは4楽章ね。

どうして指揮者が手を下ろすまで待つことが出来ないのだろう?音楽はそこまで続いているのに。音の余韻を味わうということを知らないのだろうか?先日の「田園」の時もそうだったし、大阪クラシック最終公演「新世界」でも、すべてをぶち壊す無神経な拍手があった。これだけ続くと、これはもう悪質と言う他あるまい。

この拍手という名の暴力に対して、大フィルの事務局はロビーに掲示して注意を呼びかけるなど、啓蒙活動を行ったほうが良いのではなかろうか?

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大阪クラシック2007 《5日目》

大阪クラシック5日目(木)。この日は予め開催日を見越して2ヶ月前から夏休みを取っていた。

第1公演:カフェ・ド・ラ・ペに野津臣貴博さんのフルートを聴きに往く。前日は無伴奏ソロだったが、今回はピアノ伴奏つき。

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まずノブロ/メロディー。ノブロという作曲家はこの曲しか知られておらず、その人となりは不詳らしい。そしてプロコフィエフ/フルート・ソナタ。この初演を聴いたダヴィッド・オイストラフはプロコフィエフに依頼してヴァイオリン・ソナタに作り直してもらい、そちらの方が有名になってしまったとか。初めて聴いたけれどいい曲でした。

第2公演:淀屋橋に移動して明治安田生命大阪御堂筋ビルで行われたヴァイオリンとヴィオラのデュオ。ちょうどお昼時でOLなどが立ち寄って耳を傾けていた。演奏されたのはパガニーニと同時代に生きたイタリアの作曲家ロッラの作品。ここで大阪クラシックのプロデューサー、大植英次さん登場。大植さんもロッラは聴いたことがないと仰っていた。

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上の写真左がヴァイオリンの鈴木玲子さん、右がヴィオラの川元靖子さん。鈴木さんはなんと、この大阪クラシックにソロやアンサンブルなど8公演に出演。最終公演の「新世界」も弾いていたので計9回!大フィルNo.1のハリキリ娘である。ちなみに最多出演は岩井英樹さん(ヴィオラ)の10回らしい。このふたりに大阪クラシック功労賞を差し上げたい!リハーサルのやりくりとか大変だったろうな。

さて、中之島倶楽部でオムライスを食べて本町のスターバックスコーヒーに移動。第3公演までまだ1時間くらいあるのにもう良い席は埋まっている。暫く店内をウロウロして、立ち去る人を目ざとく発見。なんとか座ることが出来た。

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ドヴォルザーク/三重奏曲が終わっても、席を立つ人は殆どいない。皆1時間後の第5公演を続けて聴くようだ。結局僕も計3時間、スタバに居座った。

第5公演はヴァイオリン2本とコントラバスでJ.C.バッハやテレマンのトリオ・ソナタを聴かせて貰った。

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感心したのはちゃんとノンビブラートによるピリオド奏法で演奏されたことである。虚飾のないpure tone。真っ直ぐな響きが心地よく耳をくすぐる。やっぱりバロックにビブラートはいらない。力武千幸さん、横山恵理さん、そして松村洋介さん、素敵なひと時をありがとう。あなた方のように原典に誠実であろうとする奏者がもっと増えて、大フィルの意識改革が進むことを願っています。

さて、カフェ・ド・ラ・ペに舞い戻って第7公演:ブラームス/ホルン三重奏。大植さんもやって来られた。

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写真中央、先端にじょうごが付いたホースがとぐろを巻き、床に置かれているのがお分かりいただけるだろうか?ホルンの村上哲さんはあれにホルンのマウスピースを差し込んで「アメイジング・グレイス」を演奏して下さった。朴訥で案外良い音がした。

ブラームスも聴き応えがあったが、それに輪をかけて素晴らしかったのはアンコールで演奏されたケクラン/4つの小品より第2曲。これは隠れた名曲だった。また、クライスラー/愛の喜び は村上さんも「恐らくこの編成(ホルン・ヴァイオリン・ピアノ)でクライスラーをやるのは世界で初めてでしょう」と仰っていたが、大変面白く、貴重な体験だった。こうして大阪クラシック三昧の一日は更けていった。

以下余談である。朝の陽光差し込むカフォ・ド・ラ・ペ。くつろぎながら演奏が始まるのを待っていると、どうやら大フィルのコンサートマスター:長原幸太さん(26)のファンらしき女性の会話が聞こえて来た。彼のヴァイオリンとどのようにして出会い、その音色が如何に素晴らしいかを熱く語っておられる……。ふと気付くといつの間にか話題が変わり、姪御さんが出た関西吹奏楽コンクールを聴きに京都へ往った話になっている。

「でもね、当日券は20枚しか出なかったそうなんですよ。わざわざ往ったのに会場内に入れなくて、仕方なしに京都見物をされて帰られた方のブログを読みました」……も、もしかすると、それって僕の書いた玉砕!関西吹奏楽コンクール〜京都頂上作戦のことなのでは!?思わずカミングアウトしようかという衝動に駆られたが、そのウズウズする気持ちを懸命に堪えたのだった。

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大阪クラシック2007 《4日目》

大阪クラシック3日目は淀工を聴くために西成に往ったので、参戦していない。4日目(水)は仕事がOFFだったので朝から突撃した。(ここで念のため断っておくが、奏者が演奏中の写真は全てリハーサル時のものである。本番中に撮るような無作法はしていない)

第1公演:オカムラ大阪ショールーム(心斎橋)でヴァイオリンとコントラバスのデュオ。

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第2公演:カフェ・ド・ラ・ペ(難波)でピアノ三重奏。椅子が沢山設置され、天井も高く心地よい空間だった。ここのコーヒーや紅茶も美味しかった。お店のスタッフは親切で感じが良い。来年も是非大阪クラシックはこの会場でやって欲しい。

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第3公演のスターバックスコーヒーは初日の混雑(すし詰め)に閉口したので諦めて、カフェ・ド・ラ・ペにそのまま留まり第4公演のフォーレ/ピアノ四重奏を聴く。

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この曲はヴァイオリンの今城朋子さんがやりたいと言い出して、ピアノの奈良田朋子さんも弾いてみて涙が流れるくらい気に入ったそうだ。特に第3楽章アダージョは自分の葬式で流して欲しいと切望するほど。フランス的エスプリに満ちた美しい曲だった。

今城さんとチェロの近藤浩志さんの組み合わせは昨年の大阪クラシックの時、ブルックス・トーン君のクラリネットでモーツァルトのクラリネット五重奏を聴いている。近藤さんは大フィルの主席だから上手いのは当然だが、今城さんも大変才能あるヴァイオリニストだ。若手のホープだね。これからも期待しています。

フォーレを最後まで聴いたので、弁護士会館のC.P.E.バッハ(大バッハの次男)には間に合わず、到着すると既に1楽章の途中だった。

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しかし残る楽章は、榎田雅祥さんによる天駆けるフルートの華麗な音色を堪能した。特にテンポの速い3楽章は超絶技巧で圧巻だった。やっぱりC.P.E.は最高!ただし、榎田さんはバロック・フルート=フラウト・トラヴェルソも演奏される方なので、できればトラヴェルソで聴きたかったな。ビブラートを掛けた現代奏法によるC.P.E.というのは些か残念だった(バロック弦同様、トラヴェルソはビブラートなしで吹く)。弁護士会館1Fエントランスは、音が遠くまで響いてなかなか良かった。リハーサルの合間を縫って大植英次さんが来られていた。

続いて第7公演:高島屋大阪店(難波)での野津臣貴博さんの無伴奏フルート。ドビュッシー/パンの笛、ジョリヴェ/5つの呪文 など珍しい曲を聴かせて貰えて愉しめた。

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最後に第9公演を聴きに大阪市中央公会堂へ。大植さんとコンサートマスターの長原幸太さんという人気者が出演するだけに早々と長蛇の列。並んでる間にスタバが新発売のフラペチーノの試食を配ってくれたので有難かった。

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J.S.バッハのヴァイオリン協奏曲に引き続きモーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」で大植さんは、指揮台・指揮棒なしで時折奏者に近付いたり、その楽譜を覗き込んだりして指揮されていた。

アンコールではヴィヴァルディの「四季」より春を全楽章演奏してくれた。大植さんがチェンバロの弾き振り。第2楽章では犬の鳴き声を模した音をヴィオラの岩井さんが弾くのだが、大植さんがその楽譜を取り上げて移動、それを岩井さんが弾きながら追っかけたり、接近した岩井さんから長原さんが逃げるなどのパフォーマンスがあり、会場は笑いの渦に包まれた。さらに長原さんのソロでバッハ「サラバンド」のおまけ付きというサービス精神旺盛な内容で大満足。チケット代500円の元は充分取らせて貰った。

僕の隣に座ったおばちゃんたちが、「今年、幸太君が出演するコンサートはほとんど有料なのよ。嫌になっちゃう」とこぼしていたのが笑えた(彼の出た大阪クラシック8公演中、7つが有料)。本当のファンなら500円くらい、せこいこと言うなよ。まあそこが、大阪らしいのだけれど。

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淀工の西成「たそがれコンサート」

世間が「大阪クラシック」で浮かれているのを尻目に、9月4日火曜日、僕は南海線・萩ノ茶屋駅に降り立った。毎年、西成労働福祉センター主催であいりん(愛隣)地区の人々のために行われている「たそがれコンサート」に潜入するためである。演奏するのは丸谷明夫先生(丸ちゃん)指揮による大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部(淀工)の生徒たちである。

丸ちゃんは平成2年以来、毎年西成のコンサートを振ってきた。今年で実に18回目だそうである。

あいりん地区とは大阪市南部に位置し日雇い労働者が多い場所で、炊き出しも行われている。現場の労働者や近隣住人には"釜ヶ崎(かまがさき)"=略して"釜"という通称が定着している。

淀工が往き始めた平成2年には5日間にわたり「西成暴動(第22次暴動)」が発生している。近隣商店が破壊され、駅が放火で全焼した。これは現在のところ、日本で発生した最後の暴動である。

DVD「淀工吹奏楽日記 丸ちゃんと愉快な仲間たち」で西成のコンサートの模様が収録されており、僕は初めてこの行事のことを知った。兎に角カルチャーショックだったのは、「たそがれコンサート」の行われる三角公園(正式名称:萩之茶屋南公園)に沢山のござが敷いてあり、労働者の皆さんがそこで酒を引っ掛けながら、声援とも野次ともつかぬ声を張り上げていたことである。

丸ちゃんがDVDのインタビューで、「毎年洗礼を受けに往かせてもらっています」とコメントしていたのも非常に印象的だった。

さて、駅から5分ほど歩いて三角公園に着いた。開演までまだあと30分ほどある。公園の中は煙草と汗が混じりあい、独特な臭いが漂っている。そして野良犬が数匹歩き回っている。考えてみたら野良犬を見かけるのは30年ぶりくらいだろうか?

公園の角に両備バスがエンジンを掛けたまま停まっている。近付くと「淀川工科高等学校 御一行様」と書かれているのが見えた。全ての窓はカーテンで閉ざされ、中は息を潜めたようにひっそりと静まり返っている。

DVDで丸ちゃんが語っていたのだが、西成に往くようになった当初は「お前らだけクーラーの掛かった涼しいところにいやがって!こっちは暑いんじゃ!」とバスを揺らされる騒動があったそうである。

開演15分くらい前になり、バスから生徒たちが小走りに降りてきてステージのセッティングを始めた。淀工の出向井先生らしき背の高い男性が、ステージ下から生徒と何やら話しているのも見える。

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やがて丸ちゃん登場。盛大な拍手と歓声で迎えられる。ニコニコした表情で「こんばんは!今年もやって参りました」と丸ちゃんが言うやいな、再びやんややんやの大喝采。

まず北京市の招待公演で披露した「オリンピック・ファンファーレ」で華々しく始まり、淀工十八番の「カーペンターズ・フォーエバー」(真島 俊夫 編)に突入。そして「ジャパニーズ・グラフィティVI」(UFO〜魅せられて〜シクラメンのかほり〜襟裳岬)、「いずみたくヒット曲メドレー」(見上げてごらん夜の星を〜いい湯だな〜ふれあい)等が演奏された。

演奏中に「よっ、日本一!」などと掛け声が上がる。そうさ、淀工は文字通り日本一さと僕も心の中で呟く。立ち上がって踊りだす人もいる。

曲の合間に、8月26日京都会館で行われた関西吹奏楽コンクールで今年も代表に選ばれ、10月に普門館で行われる全国大会に出場することが紹介される。西成に来ているメンバーを見ると、サマーコンサートで「ダフニスとクロエ」を演奏していた生徒たちがちらほらいる。ということはコンクール・メンバーの星組も参加しているということだ。関西大会が終わってたった8日くらいで彼らはここまで仕上げてきた。僕は君たちの演奏を聴きに京都まで往ったのだけれど、結局会場には入れなかったんだ。想い出しただけで悔しさで胸が一杯になる。

恒例の楽器紹介もあった。「千の風になって」では歌詞が生徒たちによって掲げられ、観客は声を張り上げるようにして歌った。

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ここで小休憩。主催者側からござを提供してくれたお店への謝辞などが述べられた。後で知ったのだが、このござは持ち帰り自由だとのことで、演奏会が終わるとあっという間に消えてなくなった。

後半、まず「青い山脈」、そして真島 俊夫 編曲による「あの日聞いた歌」(故郷-浜辺の歌-椰子の実-赤とんぼ-春の小川-花)が軽快なテンポで続く。メロディと一緒に、愉しげに歌っている人々も多い。他にも「中村八大メドレー」(帰ろかな〜こんにちは赤ちゃん〜幼なじみ〜遠くに行きたい)「上を向いて歩こう」等が披露された。

丸ちゃんが夏の全国高校野球選手権大会に出場した唯一の県立高校の佐賀北が優勝したことに触れる。「うちも公立で、少ない予算でやりくりしていますので勇気をもらいました」そして淀工の生徒が甲子園でファンファーレや入場行進曲を演奏したことを紹介。割れんばかりの拍手を浴びた。そのファンファーレ、山田耕作 作曲の「大会行進曲」、そして「栄冠はきみに輝く」が続けて演奏される。

他に、「ジャパニーズ・グラフティIV」(お嫁においで〜サライ)、数名の生徒が前に出てパフォーマンスしながらの「明日があるさ」「幸せなら手を叩こう」などが披露された。丸ちゃんが「今は生きていること自体が幸せです」と言ったのが印象的だった。

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「最後に我々の国歌を演奏します」と始まったのは勿論「六甲おろし」。公園内は興奮の坩堝と化した。

演奏が終わり、人々が拍手をしながらステージ下へと駆け寄ってゆく。西成の人々と堅く握手をする丸ちゃん。「来年も、また来ます!」とにこやかに言う。

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「淀工の生徒さんたちが退場されますので道を空けてください」とのアナウンスに、観衆の群れは二手に分かれ、花道を作った。その間を淀工の生徒たちが通ってゆく。温かい拍手とともに「ありがとう!」の声があちらこちらから掛けられる。生徒たちは会釈し、笑顔でそれに応える。感動的な光景であった。音楽はひとの心に灯をともし、その表情を明るくする。そんなことを改めて考えさせられた。

ここにひとりの偉大な教育者がいる。18年……誰にでも出来ることではない。淀工の「たそがれコンサート」は、部活動というものが学校教育の一環であるという真の姿を示してくれた。全日本吹奏楽コンクールで20回金賞を受賞したという栄光だけが淀工の全てではない。この「たそがれコンサート」にこそ、その真髄があるのだと僕は確信して疑わない。

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大阪クラシック2007 《2日目》

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月曜日。仕事を早めに切り上げ、そごう心斎橋本店14Fのそごう劇場へ。大フィルのメンバーは大阪クラシックに無給で参加しているので、基本的に入場料を取らないが、今回は有料500円の公演。箱代(劇場使用料)ということだろう。あって無きが如し。

演奏されたのはフンメルの七重奏曲。珍しい曲だ。フンメルはベートーベンと同時代の人でメンデルスゾーンの先生だったそうだ。またピアノの名手でもあり、ショパンに多大な影響を与えたとか。

曲が始まる前に音楽監督の大植英次さんが登場。昔この曲のピアノ・パートを弾いたことがあるのだけれど、凄く難しかったと仰っていた。

ロマン派的色彩の濃い美しい曲だった。メンデルスゾーンやシューマンを彷彿とさせた。また、水面に映る陽光のようにきらきら煌めくピアノの音色が素敵だった。

ピアノは浅川晶子さん。大フィルのオーボエ奏者、浅川和宏さんの奥様とのこと。美人で大層上手かった。

アンコールはホルンの池田重一さんが晶子さんの伴奏で「蛍の光」による変奏曲。「蛍の光」の旋律が鳴り響くと同時に、大植さんがさようならと手を振り始めたので会場が笑いで包まれた。曲が終わり、池田さんが照れながら新しく出たCDの宣伝をし、ロビーでも売っていますと言うと、すかさず大植さんが「買ってくださぁ〜い!」と声を張り上げたので、またまた大爆笑。ついでなので、僕も池田さんのCDをご紹介しておく。こちらをクリック。余談だが、池田さんは宮川彬良とアンサンブル・ベガのメンバーでもある(他に大フィルではチェロの近藤さん、コントラバスの新さんもベガのメンバー)。

さて、演奏が終わると速攻で次の会場であるオカムラ大阪ショールームへ徒歩で向かう。こちらでは金井さん、田本さん、そしてブルックス・トーン君によるクラリネット三重奏。大植さんも文字通り駆けつけた。

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まず磯部周平「3本のクラリネットのための5つの小品」。磯部さんはNHK交響楽団のクラリネット首席奏者で、金井さんの恩師でもあるそうだ。愉しく分かり易い掌の音楽だった。

ここで金井さんからメンバー紹介。ブルックス・トーン君はお父さんがアメリカ人でお母さんが日本人。最近日本人ピアニスト鷲見真里さんと結婚。鷲見さんとブルックス君は大阪クラシックでも共演とのこと。なんとその夫婦共演した昨日スタバのコンサートは僕もいたのだが、何しろすし詰め状態で新妻の顔なんか全く見えなかった。

続いてモーツァルト「ディベルティメント第2番」。通常のB♭管から音の低いF管(アルト・クラリネット)に持ち変えての演奏。モーツァルトの時代にはバセット・ホルンで演奏された。

演奏が終わって、金井さんが「5楽章でミスをしたのでリベンジさせて下さい」と、5楽章途中から演奏。今度は難なく終わり大喝采。アンコールにこたえてもう一度5楽章を、さらにテンポを上げ超特急で完璧に吹き切った。

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お次は第9公演の大阪市中央公会堂。風格のある歴史的建造物である。こちらも500円の有料公演。コンサートマスターの長原幸太さん率いる弦楽セクション中心にオーボエとファゴットが加わり、指揮者なしでまずヘンデルの合奏協奏曲。そして名手、橋爪伴之さんのトランペットでネルーダのトランペット協奏曲。トランペットの朗々とした響きが心地よくホールに響き渡る至福の時間。

そして最後に弦楽のみのブリテン「シンプル・シンフォニー」。20世紀イギリスの作曲家ブリテンで演奏されるのは専ら「青少年のための管弦楽入門」ばかりで、これも滅多に演奏される機会はない。大フィル弦楽セクションの底力をまざまざと見せつける名演だった。2楽章の鮮烈なピチカート、3楽章の悲痛な哀歌。そして炎のような4楽章。圧巻である。

音楽家が人々に聴いて欲しいと想っても、こういった曲は知名度が低いのでなかなか商業ベースに乗せることは難しいのかも知れない。今回の大阪クラシックではフンメルの七重奏曲といい、採算を度外視したコンサートだからこそ組めるプログラムというのもあるんだなとしみじみと感じた。素敵な曲を紹介してくれた大フィルのメンバーたちに感謝!

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熱狂の日!大阪クラシック2007 開幕

大植英次プロデュース「大阪クラシック~御堂筋にあふれる音楽~」が開幕した。

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まずオープニングは大阪弁護士会館で大阪音楽大学管弦楽団と大フィルの共演。勿論、指揮は大植さんだ。大阪の關市長も最前列で聴かれていた。大植さんから赤いネクタイが贈られると、「これを着用して午後の世界陸上閉会式に臨みます」と市長が高らかに宣言し、会場からやんややんやの喝采を浴びていた。

昨年のオープニングは相愛学園オーケストラと大フィルの共演だったのだけれど、正直、相愛の学生さんの方が大阪音大より上手かな?という気がした。それと、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より、昨年のコープランド「市民のためのファンファーレ」の方が開幕に相応しい。

でも、「ハンガリー舞曲第5番」は大植さんらしくアッチェルランドの加速が凄かったし、スメタナ「売られた花嫁」の颯爽としたドライブ感も心地よく、なにより音楽を奏でることの歓びに満ちた大植さんの表情が良かった。聴いているこちらまで幸福な気持ちになる。大植さんはまるで太陽みたいな人だ。

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昼食を串カツのだるまでとり、もう第2会場には間に合わないので第3会場の本町スターバックス コーヒーへ。イタリアの作曲家ダンツィのファゴット四重奏を聴く。間近で聴くファゴットの音色はまろやかで心が和む。しかし!全曲聴いていたら「兵士の物語」に遅れるので断腸の想いで1楽章が終わると次の会場、三菱東京UFJ銀行へと移動。

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ストラヴィンスキー「兵士の物語」は変わった楽器編成なので滅多に聴く機会がない。それを大植さんの指揮、大フィルのトップ・プレーヤー達の演奏で聴ける。しかも無料!これぞ今年の目玉商品である。いやもう、素晴らしかった。1時間強全く飽きませんでした。立ち見は辛かったけど……。ヴァイオリンの長原幸太さんの人気もあるとは想うが、この曲目でこれだけの人が集まるんだから立派なものだ。

しかし、予定時間を軽々とオーヴァーしていたので石井博和さんのコントラバス・パフォーマンスが聴けなくて残念。昨年の石井さんのミニ・コンサートは最高に愉しかった!特にコントラバス・ヴィオラ・ピアノ・ソプラノという変則的な編成で石井さん自ら編曲された「天空の城ラピュタ」の主題歌”君をのせて”には感動した。

…ということで、スタバに戻ってブルックス・トーン君のクラリネット。しかしまあ、途方もない人・人・人の波!スタバの狭い店内にどれだけ人が入れるのかギネスに挑戦しているのかと目を疑った。全く奏者に近づけず、身動きも出来ない棒立ち状態で遠くから聞こえるクラの音に耳を傾けた。大植さんがやってきて、なにやら師匠のバーンスタインについて語っておられたが、内容は全く聞き取れなかった。

疲労困憊して再び三菱東京UFJ銀行へ。今度は大フィルの女子六楽房によるブラームスの弦楽六重奏曲第1番。「兵士の物語」の時とは違って、今度は聴きに来た人々全員が座れたようだ。僕も漸くここで一息つけた。

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演奏が終わったのが18時半。難波・高島屋の 「鼎泰豐」(ディン・タイ・フォン) の小籠包に舌鼓を打ち、新しいiMacでも見ようとLABI 1へ歩いて向かっていると、偶然なんばパークスでやっていた大阪クラシックにまたまた遭遇!奏者を取り囲む聴衆の中に大植さんの姿もあった。途中、服をちゃんと着替えて来られたようだ。

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上の写真中央に大植さんが坐っていらっしゃるのがお分かりいただけるだろうか?

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ガードマンの人が「アンコールあるのかな?遅くなるな」と不安そうに会話していた。ヴィオラの岩井さんが「もう一度、聴きたい曲はありますか?」とリクエストを尋ねると、大植さんがすかさず、「全部!」と叫んだ。ガードマンさんたちはさぞかし肝を冷やしたことだろう。

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続・21世紀のベートーヴェン像

これは「21世紀のベートーヴェン像」と併せて読んでいただけるとありがたい。

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団による、ベートーヴェン・チクルス第2弾を聴きに往った。演奏されたのは交響曲第四番、五番、六番。

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大植さんがザ・シンフォニーホールに登場するのは4月の定期演奏会以来である。本来は6月の定期も大植さんが指揮するはずだったが、まさかのハプニング。その顛末については「誰もいない指揮台」に書いた。

大植さんが登場し、盛大な拍手を浴びて深くお辞儀をする。……なかなか頭を上げない。恐らく6月のお詫びの意味を込めた一礼だったに違いない。

四番と六番「田園」は前日ボッセ/紀尾井シンフォニエッタ東京の演奏で聴いたばかりである。大植さんは第一、第二ヴァイオリンが前方左右で向かい合う対向配置をとるので、お互いが音楽の中で対話していることがよく分かり、それはとても良かったと想う。

ただ、両者を比べると、ボッセさんのテンポの方が明らかに軽快で、より若々しいベートーヴェンであった。それに対し大植さんはいささか鈍重な印象を抱いた。40名強の紀尾井シンフォニエッタ東京に対して約80名という大編成の大フィルはいささか機動力に欠けた

ボッセさんの第四交響曲を僕は疾風怒濤と表したが、舞い踊っているようでもあり、それは後の第七番を連想させた。一方、大植さんの場合、しなやかなベートーヴェン像だった。そしてその印象は「運命」「田園」でも同様だった。しかし大植さんの第四はテンポの問題もあり、残念ながら最後まで舞踏的雰囲気を感じさせてはくれなかった。

大植さんがベートーヴェンの指揮をするときは指揮棒を持たない。これは古楽器オーケストラの指揮者達も同様のスタイルである。実はベートーヴェンに時代に指揮棒を用いるという慣習はなかった。指揮棒を初めて導入し、40人程度が常識だったオーケストラの規模を現在の形まで拡大したのはメンデルスゾーンだと言われている。

対向配置を取り入れ、楽譜は最新の研究成果に基づくベーレンライター版を用い、そして指揮棒を用いないなど、大植さんはベートーヴェンが生きていた時代の演奏スタイルに一部では忠実であろうとしている。ところが一方で、ロマン派の時代に歪められたオーケストラの規模を正そうとはせず、初演当時ビブラート奏法は行われていなかったことが判明した現在でもなお、ピリオド奏法(ノンビブラート)を採用しようとはしない。そのあたり、どうしても中途半端という印象をぬぐい去ることは出来ず、僕は四番や六番を聴きながら違和感を感じ続けた。

しかし、「運命」は掛け値なしの名演であった。たたみ掛けるリズム、迸る生命力。特に第4楽章は運命に打ち勝った者の歓喜の歌を輝かしく奏で、圧倒的推進力をもってコーダへとなだれ込む。

ベートーヴェン・チクルスを2夜体験して、聴き応えがあったのは一番、二番、そして五番。その他の交響曲の解釈には多々疑問を感じた。

さて、お次は”ダンス・ミュージック”である第七番と軽やかな”小交響曲”である第八番だ。さて大植さん、今度はどんなベートーヴェン像を提供してくれるのだろう?

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