22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語
評価:A
映画の公式ページはこちら。大分県臼杵市でロケされた「なごり雪」に続く大林宣彦監督大分三部作第二弾。今回は「なごり雪」「22才の別れ」を作詞・作曲した伊勢正三さんの出身地、大分県津久見市が舞台となり、映画の最後には津久見のお隣・臼杵も登場する。
映画「なごり雪」(2002)完成直後から大林監督は「次は正やん(伊勢正三)の古里で『22才の別れ』を撮りたい」と仰っていた。駄洒落が好きな大林さんである。ぼくは監督お得意の冗談だろうと軽く聞き流していたのだが、映画が本当にクランクインしたと聞いて大いに驚いた。
映画の予告編を観た時は、「かつての恋人の忘れ形見である娘と、再び恋に落ちる男の話しかぁ…。おいおい、それって大林監督の『はるか、ノスタルジイ』のまんま焼き直しじゃないか!?」と不安を抱いた。
そんな中、本編を観ることになったのだが、こんどはその主人公が嘗て恋した”葉子”(ようこ。ちなみに『はるか、ノスタルジイ』のヒロインは”遥子”と書いて”ようこ”と読む)を演じる中村 美玲の鬘が「さびしんぼう」の富田靖子のそれと同じであるのが気になって仕方ない…すると、葉子の自転車のチェーンが外れていて、そこを通りがかった主人公が彼女を助ける場面が登場して目がくらくらした。だって「さびしんぼう」(1985)にそっくり同じ場面があるのだから。大林さんは遂に自己模倣に走るようになったのかと絶望感に襲われた。
ところが、である。そんな心配は杞憂に終わった。物語は「はるか、ノスタルジイ」のようには展開せず、驚くほど鮮やかな着地点に向けて怒涛の如く一気に収束していった。リメイク版「転校生 さよならあなた」の脚色は明らかに失敗しているのに、こちらのオリジナル・シナリオの完成度の高さには息を呑んだ。
「なごり雪」は、高度経済成長とバブルの時代をがむしゃらに突き進んできた日本の、この四半世紀の歩みを振り返り、その中で見捨てて来てしまったものに対する贖罪と、慟哭の映画であった。ところが、「22才の別れ」の底を流れるのはそんな絶望感ではなく、むしろ中年になった主人公が22才の自分を振り返り、その過ちを正して生き直そうとする再生の映画である。そこには希望が見える。
「転校生 さよならあなた」と同様に「22才の別れ」もカメラを斜めに傾けた構図が続く。そして主人公の心の不安定感に応じてその都度、その傾斜角度を変える(最大90°)。「さよならあなた」に於るこの手法には全く意味がないと感じられたのだが、今回は実に効果的に用いられていた。
「22才の別れ」は臼杵の街が11月初旬の夜、竹ぼんぼりに照らされ幻想的に浮かび上がる”うすき竹宵”の圧倒的映像美で締めくくられる。僕は2002年の11月に”うすき竹宵”に行った。その年”般若姫行列”に般若姫として輿に乗ったのは「なごり雪」のヒロインを演じた須藤温子さんだった。そんなことを懐かしく想い出した。
「22才の別れ」を観終えた直後の言い知れぬ幸福感に浸りながら、改めて自分は大林映画が好きで好きでどうしようもないんだなぁと痛感した。僕は「はるか、ノスタルジイ」の幻影を追って北は北海道の小樽から、南は「天国に一番近い島」のロケがされたニューカレドニアのウベア島にまで行ってしまうような男である。冷静に考えると、これは狂気の愛と言えるだろう。そんな自分を久しぶりに自覚して、なんだか嬉しくなった<おいおい。
そうそう、"A MOVIE"についても書いておかねばなるまい。"A MOVIE"というタイトルは大林監督の劇場映画デビュー作「ハウス」(1977)から「日本殉情伝 おかしなふたり ものぐるほしき人々の群」(1988)まで、映画の冒頭に必ず登場した。しかしそれ以降、大林監督はこれを封印していたのだが、「22才の別れ」(2006)と「さよならあなた」(2007)で久しぶりに復活したのである。これが何を意味するのかは分からない。しかし、「なごり雪」(2002)そして「理由」(2004)の絶望感から大林監督自身が立ち直り、前向きに生きていこうとされていることは肌で感じられるのだ。
以下は余談である。映画で重要な役割を演じる焼鳥屋の場面で、数秒間だけ臼杵の後藤市長がカメオ出演しているのに気がついた。”うすき竹宵”に行った日の昼間に、須藤温子さんと後藤市長のトークショーがあったので顔を覚えていたのである。ここのギャラリーを見て欲しい。一番下から4段目右、焼鳥屋のテーブル席に中年男性3人が坐っている写真があるだろう。写真右側が臼杵の後藤市長、写真中央が津久見の吉本市長である。左の人物は断定はできないが、googleのイメージ検索をした限り、大分の釘宮市長ではなかろうかと推定される。
伊勢正三さんが参加したフォークデュオ「風」が唄う「22才の別れ」を初めて聴いたのは恐らく1984年に日本テレビ系列で放送された倉本聡脚本によるドラマ「昨日、悲別で」のエンディング・テーマだったように記憶している。天宮良のデビュー作だったんじゃないかな。天宮演じる主人公は北海道の悲別という炭鉱の村からタップダンサーになることを夢見て上京する。赤坂のショーパブでバーテンダーとして働きながらショービジネス界進出のチャンスを伺う。店内のショーではミュージカル「キャッツ」等が披露された。「メモリー」という曲を初めて知ったのもこのドラマだったような気がする。結局最後に主人公は東京での夢に破れ、帰郷する。他に石田えりや斉藤慶子、布施博などが出演していた。
またこのドラマで「ねずみ」を演じたのが今村ねずみ。彼はドラマに登場する実在のショーパブ「Tap Tips」(タップチップス)のメンバーと、後にTHE CONVOYを結成する。同じくTap Tipsから巣立った天宮良はトライアスロンの特技を活かして後に大林宣彦監督の映画「風の歌が聴きたい」(1998)に主演することになる。
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