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2007年7月 7日 (土)

チェンバロとフォルテピアノ

今年の春から日本テレマン協会のマンスリーコンサートに通っている。場所は大正時代に建てられたお洒落な洋館、大阪倶楽部4階ホールである。

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今月のプログラムはチェンバロ(中野振一郎)とフォルテピアノ(高田泰治)がメインで、一部の曲ではコレギウム・ムジクム・テレマンによる弦楽合奏(ガット弦、ノン・ビブラート奏法)が加わった。

フォルテピアノをご存知だろうか?いわばピアノの原型である(上写真の右側)。J.S.バッハ(大バッハ)も晩年にフォルテピアノを演奏したとされ、その後次第に普及してモーツァルトの時代には完全にチェンバロに取って代わった。ピアノという名称も実はピアノフォルテを省略したもので、pfと表記されるのはそのためだ。弱い音(ピアノ)も強い音(フォルテ)も表現できることに由来する。

中野振一郎先生(1964年、京都生まれ)の演奏を初めて聴いたのは昨年の「くらぶさん倶楽部」である。これは先生のお弟子さん(先生曰く「お姫様」)たち7人の、いわば発表会であり、2日間にわたりバッハのチェンバロ協奏曲が演奏され、3台のチェンバロのための協奏曲では2台のチェンバロに加え中野先生がフォルテピアノで参加して演奏された。最初の出会いがそんな形だったのでどうしても「中野先生」という呼び方がしっくりくる。「中野氏」じゃよそよそしいし、「中野さん」にもどうも違和感が付きまとうので、ここは敬愛の念を込めて先生と呼ばせていただく。今回フォルテピアノを担当された高田泰治さんも中野先生の高弟(弟子の中でも特に優れた者)にあたる。高田さんは「くらぶさん倶楽部」には参加していない。

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僕は岡山という地方都市で育ったので、チェンバロの生演奏を聴く機会は全くなかった。「くらぶさん倶楽部」で初体験した感想はなんて華麗な音がするんだ!ということに尽きるだろう。チェンバロからピアノへの移行は音量という点では一歩前進したが、もしかしたら音色的には鍵盤楽器としての退化だったのではなかろうかという気さえした。チェンバロが弦をはじいて音を出す仕組みなのに対して、(フォルテ)ピアノは弦を叩いて音が出る。両者はそういう意味で全く美意識が異なった楽器であり、今回その共演というのは真に興味深いものであった。

「世界の9人のチェンバリスト」に選ばれたこともある中野先生は超絶技巧の持ち主である。タッチの一音一音が短く研ぎ澄まされ、目も眩むようなテンポで耳を駆け抜ける。曖昧さは皆無であり印象は鮮やか。チェンバロ界の貴公子の異名に嘘はない。少なくとも日本に中野先生を超えるチェンバロの鬼才はいないだろう。これだけの実力者の演奏がマンスリーコンサートだと前売り2500円(当日2800円)で聴けるのだから浪速はパラダイスである。曲が終わり配置換えをする合間の中野先生の関西弁トークも面白い。特に延原さんが指揮するときの二人の掛け合いは、まるで漫才みたいだ。

今回のコンサートは大バッハとその息子たち、そして弟子(クレプス)による2台の鍵盤の為の協奏曲およびソナタが演奏され、合間にヴィヴァルディの「調和の霊感」が挿まれた。全6曲というなんとも贅沢なプログラムである。

表情豊かに切れ味鋭い刃のような音を放つ中野先生のチェンバロに対して高田さんのフォルテピアノはあくまで淡々と進む。両者のタッチの違いが些か気になったが、丁々発止と渡り合う鍵盤の対話がスリリングで、聴き応え十分の内容であった。

特に気に入ったのが大バッハの長男、ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハの曲であった。この人は性格的に自由奔放で過剰な人だったらしく、その不安定な感情表出があからさまに曲自体に滲み出しているところが面白かった。中野先生は瞬発力に富む曲を書いた次男のC.P.E.バッハが一番のお気に入りらしいのだが、どうしてどうして、先生の奔放で天駆ける鍵盤捌きはW.F.バッハにも相応しいものであった。

アンコールは中野先生と高田さんがなんと!1台のチェンバロで連弾をしてくれた。そこには師弟愛も垣間見られ、なかなか微笑ましい光景だった。

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今回のプログラムの曲が含まれた中野先生&高田さんによるデュオCDも発売された。上の写真は会場で貰ったお二人のサイン(先生が左)。

次回のマンスリーは8月9日(木)。ヴィヴァルディの「四季」とか大バッハのブランデンブルク協奏曲第5番など非常にポピュラーな曲目である。恐らくブランデンブルクは1楽章にチェンバロの長いカデンツァのあるバージョンが演奏されるものと思われる。中野先生の超絶技巧が堪能できるだろう。バロック・コンサートに行ったことのない貴方、これを機会に古楽デビューされてみては?きっと驚きと新たな発見に満ちたひと時を体験できるだろう。詳細・お問い合わせはこちらからどうぞ。

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