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2007年7月25日 (水)

転校生 さよならあなた

評価:C+  (オリジナル版は

1982年(昭和57年)に公開された「転校生」を大林宣彦監督がセルフ・リメイクした。広島県尾道市から長野県長野市へ舞台を移し、季節も「夏の映画」から「秋から冬への物語」に様変わりした。

リメイク版はカメラを斜めに据えて、傾いた画面が冒頭から続く。僕がこの手法を初体験したのはジュリアン・デュヴィヴィエ監督の「舞踏会の手帳」(1937年、フランス)である。小林正樹監督も「人間の條件」(1959-61)「切腹」(1962)等で愛用した。この表現法は不安感を煽る場面に効果的である。しかし「さよならあなた」の場合、どういう意図でこの演出が選択されたのか理解に苦しむ。大林監督は嘗て映像の魔術師と呼ばれたが、これじゃあただの映像によるお遊び受け取られても仕方ないのではなかろうか?

オリジナル版の脚本は剣持 亘さん(故人)だが、リメイク版は剣持さん以外に大林監督をはじめ、4人の名前がクレジットされている。ややこしいので以後1982年版を「転校生」、2007年版を「さよならあなた」と表記する。

「転校生」の持ち味は陽光煌めく、カラッとした明るさだったと僕は思う。ところが、特に後半が大幅に改稿された「さよならあなた」は全く雰囲気が変わり、秋風が吹き込む、なんだかもの寂しい物語になってしまった(以下ネタバレあり)

はっきり言うが、ヒロインが難病で死んでしまうという新しい展開は、「転校生」の物語に相応しくないし、僕は「さよならあなた」の改変は全くの蛇足であったと断じざるを得ない。今振り返ってみれば剣持さんの書いた「転校生」のシナリオは完璧であり、そこから何を引いても、何を足しても駄目だったのである。

最近の大林監督は自分でシナリオを書き、學草太郎というペンネームで音楽まで自ら手がけるようになった。まるで自主映画のような撮り方である。他者に委ねるという姿勢がなくなると、映画から客観性が失われ個人の想いばかり垂れ流す代物に陥る。それが今の大林映画だ。説明的台詞が多く、くどい。爺さんの説教を聞かされているみたいだ。晩年の黒澤映画がそうだった。黒澤監督の全盛期は橋本忍など錚々たる脚本家チームがいて、3人くらいで旅館に籠もって喧々諤々の議論を交わしながらシナリオを練っていった。だからハリウッドも真似するような面白い話が出来た。しかし「夢」「八月の狂詩曲」「まあだだよ」の3作品は黒澤さん一人が執筆して、緊張感のない退屈な映画となった。映画作家が単独で自分の好きなように撮ったのでは駄目なのだ。強権のプロデューサーと大喧嘩するとかいったがあってはじめて名作は生まれるのである。「さよならあなた」に関与した脚本家は総勢5人だが、結局撮影台本は大林監督がやりたい放題に書き直しているからこんなことになってしまう。

僕の夢はいつか、大林監督のライフワークである檀一雄 原作「花筺」と福永武彦 原作「草の花」の映画版を観ることである。しかし大林さん、その際は是非脚本は他者に委ねて、音楽は久石譲さんとのコンビを復活させてください。心からお願いします。

気を取り直して少しだけ褒めておく。「さよならあなた」には25年前の「転校生」を愛する観客への目配せがあちらこちらに垣間見られ、それは何だか嬉しかった。例えば「転校生」で小林聡美演じる斉藤一美の両親役だった宍戸錠と入江若葉は「さよならあなた」にも登場する(入江は一美の祖母役!)し、「さよならあなた」で尾道からやってくる吉野アケミの実家は「転校生」で斉藤一夫(尾美としのり)の住む家としてロケされた場所だったりする。

さらに、「さよならあなた」でアケミから一夫に掛ってくる携帯電話の着メロがシューマンの「トロイメライ」で、テレビから流れてくる音楽がバッハの「G線上のアリア」やチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」だったりするのだが、これらは全て「転校生」で使用された音楽である。また「さよならあなた」で先生役の石田ひかりは一番好きなピアノ曲を問われてこう答える。「シューマンのノヴェレッテよ」。……なにを隠そう、これは尾道で撮られた映画「ふたり」のピアノの発表会の場面で、彼女が弾いた曲なのである。

「転校生」を初めて観たのが1983年、僕が高校二年生の夏。日本テレビで最初のオン・エアの日であった。甚く感動した僕は、その夏に公開された「時をかける少女」を映画館に観にいった。映画「ふたり」が公開されたのは1991年。無論映画館に駆けつけたが、その前の年、90分に短縮されたバージョンがNHKで放送され、それも僕はリアルタイムで観ている。「転校生」から四半世紀、「ふたり」から16年。思えば遠くへ来たもんだ。僕の古里、岡山からは隣の県だから尾道へは何十回も旅をした。ロケ地巡りもした。そこでは沢山の人々との出会いがあった。あの人達は、今はどうしているだろう?大林映画と共に生きてきた。そういう実感が僕にはある。だから大林さん、こんな悪口を書かなくても済むような良い映画をまた撮ってくださいよ。

今でも、わが生涯最愛の映画は大林監督の「はるか、ノスタルジイ」(石田ひかり主演)である。

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