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2007年6月15日 (金)

誰もいない指揮台

昨日、大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に行った。人気者の大植さんだから2日間ある定演でも補助席および立ち見が出る盛況ぶりだ。

しかし、開演の午後7時を過ぎてもまだ誰もステージ上に現れない。やがておもむろに大フィルの小野寺事務局長がひとり歩み出た。

「皆様にお知らせします。本日指揮をする予定だった大植英次はリハーサル中に体調を崩し、しばらく安静にして回復するのを待っておりましたが残念ながら医師から指揮台に立つのは不可能との診断を受けました」

会場がどよめく。結局、プログラム前半フォーレの「レクイエム」は合唱指揮者がタクトを振った。死んだマグロが横たわったような演奏だった。ただしこの場合、ブルペンで肩慣らしの投球練習も十分出来ないまま、急遽マウンドに立つよう指示されたリリーフ・ピッチャーみたいなものだから指揮者を責めるつもりは毛頭ない。透明感ある合唱は良かった。

休憩時間。一階ロビーの様子を見ると、チケット払い戻しを求める人々がカウンターに殺到している。後半は聴衆がだいぶ減るのかなと想ったが、実際には9割以上客席は埋まっていた。立ち見の人も帰らない。…ということは、払い戻しを受けた上で最後まで聴いて帰るちゃっかり者も相当数いるのだなと驚いた。

後半のブラームス作曲交響曲第四番は指揮者なし、首席コンサートマスターの長原幸太さん(26)がリードして演奏すると小野寺事務局長からアナウンスされていた。

僕がこの緊急事態で思い出したのはウィーン・フィルのコンサートマスターだったヴィリー・ボスコフスキーのことである。大指揮者クレメンス・クラウスの急死を受けて、1955年のニューイヤーコンサートはバイオリンを持ったままのボスコフスキーが指揮台に上がった。そして以後25年間の長きに渡りこのスタイルは定着した。

聴衆は皆固唾を呑んでステージを見守った。結局、長原さんはいつものコンサートマスターの定位置に坐って大きな身振りで演奏し、必要に応じて弓を振って音の出だしのタイミングを指示した。

室内オーケストラでは指揮者なしというケースもあるが、約90名の大編成では異例である。聴いているこちらも最初から最後までハラハラ緊張した。いくつかの箇所ではアンサンブルが乱れることもあったが、結果的には大変な熱演だった。期せずして大フィルの機動力の高さを観客に見せつける結果となった。一楽章が終わって拍手が起こったのも納得のいく充実した内容であった。そして全楽章が終わるとやんややんやの大喝采。大フルの奏者たちも皆一様に安堵と満足感に溢れた表情をしていた。ブラボー!お疲れ様、今日の貴方たちは本当に素晴らしかった。滅多に体験できない記憶に残る一夜をありがとう。"Show must go on"という英語の格言を思い出した。That's entertainment !

ホールを後にする時、ロビーを覗くとまたまた払い戻しを求める人々でごった返していた。あれだけの内容を最後まで聴かせて貰った上に、ずうずうしくも返金を求める大阪人のえげつなさに些か辟易した。しかし一方、午後6時に開場する時点で大植さんの降板は決まっていたわけだから、開演ぎりぎりまでその事実を伏せて払い戻しを極力防ごうとした楽団事務局の姑息なやり方に問題があったのも確かである。まあ、どっちもどっちだなという気がした。日付変わって本日は定期2日目。大植さんは復帰が無理そうなので、昨日同様の演奏形式で行うとの発表があったのはようやく午後5時半になってからのことである。大阪市内の病院に入院されているわけだから、もっと早い段階でその判断は出来ていたであろうに。

大植さんは今年の2月の定期演奏会もキャンセルされている。原因は首を痛めてドイツの病院に入院していたためだ。大フィルに電話でどうして首を痛めたのか尋ねたところ「指揮者特有の持病です」とのことだった。

昨年お亡くなりになった指揮者の岩城宏之さんも棒の振りすぎで首を痛め、頸椎後縦靱帯骨化症の手術を受けている。その経緯は岩城さんの著書に詳しく書かれている。

今回も大植さんは持病が再発したのかと心配したのだが、報道によると「めまい」だそうだ。ハードなスケジュールが祟ったのだろうか。大植さんは大フィルの音楽監督に加え、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーの首席指揮者、さらにバルセロナ交響楽団の常任指揮者兼アーティスティック・アドヴァイザーも兼務している。是非ここは仕事量を減らし、ゆっくり静養してからまた元気な姿を見せて欲しい。

最後に余談だが、現在大フィルには長原さんと梅沢さんというふたりのコンサートマスターがいる。昨日はなんとふたりとも演奏していた。やっぱり音楽監督が振るということで気合が入っていたのだろう。ところが、秋山和慶さんが振った3月の定期と井上道義さんが振った5月の定期にはふたりの姿はなく、客演のコンサートマスターだった。客演指揮者の人たちがちょっと気の毒。

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コメント

トラックバックありがとうございました。

払い戻し、どれくらいの人がやったのか、実数を知りたいですね(笑)。2日目も行きましたが、今日は終演後の払い戻しはありませんでした。

それでも、ほぼ満席でした。まあ、複雑な気持ちもしますね。

投稿: ぐすたふ | 2007年6月15日 (金) 23時32分

ぐすたふさん、コメントありがとうございます。

2月の定期、大植さんがマーラーの9番をやる予定だったときのキャンセルは、事前に通知があったので、僕も払い戻しをしました。指揮者交代となったその当日は客席が半分も埋まらなかったと聞いています。

今回2日目もほぼ満席だったということは、それだけ長原さんの弾き振りに注目が集まったということでもあるのでしょうね。そして傾聴に値する白熱した演奏だったと想います。

投稿: 雅哉 | 2007年6月15日 (金) 23時57分

トラックバック、確認いたしました。
ありがとうございます。
当方の稚拙な記事、恐縮です。

何かと物議をかもしてる今回の定期、
大阪フィルは連日の公演が続いておりましたので
オケの疲労を心配しておりましたが
大植氏が倒れるとは思ってもおらず・・でした。

同じく終演後になっての、
払い戻しの長い列には閉口いたしました。

何はともあれ、とても素晴らしい公演でしたね。
大阪フィルに感謝です。
監督の回復を祈りつつ、
これからも応援していきましょう!

投稿: ばよりん弾き | 2007年6月16日 (土) 23時53分

ばよりん弾き様、コメントありがとうございます!

大植さんの降板、もし首の持病が再発したのなら8月のベートーベン・チクルスとか青少年のためのコンサートさえ危ういのではないかと危惧したのですが、原因が「めまい」ということなら過労のためと思われますので、十分な休養をとって頂ければ大丈夫ではないかとひとまずホッとしているところです。

帯状疱疹などを発症され1年ほど休養されていた小澤征爾さんも復帰され、仕事量を減らして随分元気になられたようにお見受けします。大植さんも大阪は減らさず(笑)、ドイツやスペインでのお仕事の方を調整されて、また元気なお姿を拝見したいと心から願っております。

投稿: 雅哉 | 2007年6月17日 (日) 01時02分

 あのスーパーマンのような大植さんでもダウンすることがあるんですね。
 私は,大植さんと同い年ですが,とてもあんなスケジュールをこなす体力はありません。
 初めてお会いしたのは,広報の仕事で大フィルにインタヴューに伺った時ですが,ほとんど独りで1時間以上喋りっぱなし。
 2度目は,ライオンズ・クラブの会食にお招きした時で,食事なんかそっちのけで,喋りながらテーブルを回る回る。
 3度目は,コンサートの後で,楽団員の方々と会食した時で,やはり各テーブルを飛び回っていました。
 彼は,クラシックの普及に使命をかけていて,「忙しい時に『会ってほしい』と言われて断るのが一流で,超一流は必ず会う」というのが持論ですが,(3回も会っておりながら演奏は1回しか聴いていない私がいうのもなんですが)年齢を考えると,演奏以外のサービスは大概にして,演奏へのエネルギーを蓄えた方がいいのではないかと思ってしまいます。

投稿: 浅井 隆彦 | 2007年6月24日 (日) 18時05分

浅井さん、大植さんに関する大変面白いエピソードを教えて下さって、ありがとうございました。

今度は8月末に青少年のためのコンサート、そしてベートーベン・チクルス第2弾が続き、9月に入ると大阪クラシックという1週間ぶっ通しの一大イベントが控えています。是非その時こそは万全の体調で臨んで下さることを願ってやみません。我々は大植音楽監督の復帰を心待ちにしております。

投稿: 雅哉 | 2007年6月27日 (水) 01時22分

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» 大植氏,心配・・・・ [**♪* 今日もいい日 *♪**]
マエストロ大植英次氏が昨夜の大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会をキャンセルされたそうな。 6月14日の時事通信によれば ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大植英次氏がめまいで休演=大阪フィル  14日夜に大阪市のザ・シンフォ... [続きを読む]

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