古楽器によるハイドン&日本テレマン協会
大阪では屈指の音響の良さを誇るいずみホールで延原武春/テレマン室内管弦楽団・合唱団によるハイドンのオラトリオ「四季」を聴いた。クラシカル楽器(古楽器)でこの曲が演奏されるのは日本初だそうである。
古楽演奏の中心地といえばオランダとベルギーである。リコーダー奏者で、後に18世紀オーケストラを創設するフランス・ブリュッヘン、オルガン奏者で後にアムステルダム・バロック・オーケストラを創設するトン・コープマンは共にオランダ生まれ。チェンバロ奏者のグスタフ・レオンハルトやバロック・チェロ奏者のアンナー・ビルスマもオランダ。古楽器アンサンブルで有名なラ・プティット・バンドの中心人物であるクイケン3兄弟(ヴィオラ・ダ・ガンバ、バロック・ヴァイオリン、フラウト・トラヴェルソ)はベルギー生まれである。
でその次に世界的に名を成したのがイギリス。デイヴィッド・マンロウ(故人)率いるロンドン古楽コンソート、クリストファー・ホグウッド率いるエンシェント室内管弦楽団、トレヴァー・ピノック率いるイングリッシュ・コンソート、ジョン・エリオット・ガーディナー率いるイングリッシュ・バロック・ソロイスツ、ロジャー・ノリントン率いるロンドン・クラシカル・プレイヤーズなどが有名である。
そして第4の勢力として台頭してきたのが日本なのである。最早、古楽の世界で知らぬ人のいないバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の音楽監督、鈴木雅明さんはオランダに留学してトン・コープマンに師事した。BCJのメンバーで、今世紀に入ってオーケストラ・リベラ・クラシカ(OLC)を結成した鈴木秀美さん(雅明さんの弟)もオランダでビルスマにバロック・チェロを学んだ。秀美さんは嘗て18世紀オーケストラやラ・プティット・バンドのメンバーだったこともある。BCJとOLCのコンサート・マスターである若松夏美さんはオランダに留学しバロック・ヴァイオリンをシギスヴァルト・クイケンに師事。彼女は現在も18世紀オーケストラのメンバー(18世紀オーケストラには3人の日本人が在籍している)。ラ・プティット・バンドのコンサート・マスターであり、時々BCJにも参加している寺神戸 亮さんもクイケンに師事している。フラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)の第一人者である有田正広さんはベルギーとオランダに留学した過去を持つ。
僕は当初、モダン・ヴァイオリンとバロック・ヴァイオリンの相違が分からなかった。だって例えばかの有名な弦楽器製作者アントニオ・ストラディバリは17〜18世紀の人。それなのにストラディバリウスがモダン楽器と呼ばれるのは如何に??
その疑問が氷解したのは鈴木秀美さんの著書、「『古楽器』よ、さらば!」「ガット・カフェ」を読んだお陰である(鈴木さんはエッセイストとしても非凡な才能を持っていらっしゃる)。まずモダン楽器は湿気に強いスチール弦を張っているが、これが普及しだしたのは1950年頃からだそうで、それまではガット弦(羊の腸)だったこと。当然弾く弓も異なり、両者は明らかに音色が異なる。そしてのべつ幕なしに弦楽器奏者がビブラートをかけだしたのも20世紀以降のことで、それまではノン・ビブラート奏法が基本であったこと。鈴木雅明さんなんかは、延々とビブラートで弾く弦楽四重奏などは気持ち悪くて聴くに堪えないと仰っているようだ。フルートも現代のベーム式が登場する以前のフラウト・トラヴェルソはビブラートをかけずに吹いたのである。
あと驚くべき事実が判明したのは、なんとストラディバリが生きていた時代はバイオリンを首に固定する「顎あて」がなかったそうである。つまり現代のストラディバリウスに付いている「顎あて」は後世の人が勝手にくっ付けて改造したものなのである!チェロを床に固定するエンドピンもバロック・チェロには存在しない。だからバロック・チェロ奏者は両足でチェロを挟んで宙に浮いた状態で演奏するのである。
日本テレマン協会は1963年、当時大阪音楽大学の学生だった延原武春さんらがバロック音楽の啓蒙・普及を目指して結成したテレマン・アンサンブルに端を発する。もともとはモダン楽器による演奏団体だったのだが’83年、ビルスマとの共演を機にバロック楽器による演奏を始め、’90年よりバロック・ヴァイオリンの第一人者であるイギリスのサイモン・スタンデイジがミュージック・アドヴァイザーに就任、その指導を受けて現在に至る。
だから日本テレマン協会の方が’90年に結成されたBCJよりも歴史が長いのだが、BCJの方が断然知名度が高く、実は僕も2年前大阪に住むようになるまでは日本テレマン協会のことは全く知らなかった。初めてその名前を聞いたのがザ・シンフォニーホールで20年以上続いている年末恒例行事「第九deクリスマス」。日本テレマン協会?なんやねん、それ?状態であった。
この原因は延原さんがあまりレコーディングに積極的でないことが大きいだろう。一方BCJは当初よりCDを沢山出しており、それによって世界的評価が高まったという経緯がある。延原さんは東京に演奏旅行するのも「めんどくさい」と言うような人なので、東京発でないと芸術的認知・評価をしてもらえない日本の実情ではこれは致し方ないのかもしれない(BCJは神戸で産声を上げたが、現在では精力的に東京で定期演奏会を行っている)。
テレマンの特徴はフットワークの軽さである。オリジナル楽器原理主義者とも言うべきBCJの鈴木兄弟に対して、延原さんは適宜モダンとバロック楽器を使い分ける。たまにシンフォニエッタ・テレマンという名称でシャンソンやジャズを演奏したりもする。
さて今回のハイドンである。まず演奏者の面々を見て驚いたのは大阪フィルハーモニー交響楽団のヴィオラ奏者、上野博孝さんが弾いていらっしゃったことである。調べてみると上野さんは以前テレマンのメンバーで、しかもヴィオラではなくヴァイオリンを弾かれていた事実が判明した。しかもサイモン・スタンデイジの弟子だったそうだ。テレマン室内管弦楽団の現コンサートマスター、中山裕一さんのインタビュー記事(2003/10/21)に詳細が書かれていた。
延原さんの指揮は、いつもテンポが速めで小気味好い。実に爽快なハイドンであった。古楽器の鄙びた響き、そしてすっきりとして素直なノン・ビブラート奏法はこの、のどかな田園風景を描くオラトリオに相応しい。
今回ハイドンの「四季」を初めて聴いて、ベートーベンの交響曲第六番「田園」を彷彿とさせるものを感じた。鳥の囀りが聴こえたり、農民たちの踊りや雷雨の場面があるなど両者に共通点は多い。また「四季」終曲の楽天的なまでの明るさは第九「合唱」に通じるところがある。考えてみればベートーベンはハイドンの弟子だった。交響曲第一番や二番はハイドンの影響が色濃い。ベートーベンは第三交響曲「英雄」で独自性を打ち出し、新たな地平を切り開いたわけだが、実はその人生の終極にはハイドン的世界に帰結していったのではなかろうか?今回僕にはそう想われた。
日本テレマン協会に関してはチェンバロの貴公子にして鬼才、中野振一郎さんのことも語らねばならないが、それはまた別の話。
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