大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部(通称:淀工)のサマーコンサートを聴きに行った。所は淀工のお膝元モリカンこと、守口市市民会館(さつきホールもりぐち)である。淀工のコンサートといえば毎年1月にフェスティバルホールで行われるグリーンコンサート(通称:グリコン)が有名である。フェスティバルホールは2700人の収容人数を誇るところだが、淀工は土日の2日間、計4公演全てを満席にするという超人気者である。サマーコンサートも週末に4公演あるのだが、補助席が出た上に、立ち見まであるという盛況ぶりであった。
吹奏楽の世界において淀工というのはアマチュア・バンドの輝ける星である。とどかぬ憧れであり、永遠の目標と言い換えても良い。全日本吹奏楽コンクールで全国大会に29回勝ち進み、20回金賞受賞という記録は高校の部では前人未踏の記録である。この吹奏楽部を40年以上にわたり指導してこられたのが丸谷明夫先生である。普通科の公立高校であれば必ず教師の移動がある。淀工がこれだけ全国一の吹奏楽名門校となれたのは、工業高校という特殊性もあるだろう(所詮は素人高校生である。吹奏楽の顧問が代わって地に落ちた、嘗ての「名門校」はそこらじゅうごろごろ転がっている。要は指導者次第なのだ)。丸谷先生に吹奏楽の指導を受けたOBは既に1600人を超えているという。
稲本 渡さんという淀工出身のクラリネット奏者がいる。このひと、なんと現在オーストリアの音楽大学に留学中である。
先日なにわ《オーケストラル》ウインズという、プロのオーケストラ奏者が集まって吹奏楽曲を演奏するという大阪恒例のイベントを聴きに行ったのだが、そこで指揮をされた丸谷明夫先生が九州交響楽団のオーボエ奏者、徳山奈美さんを「うちの吹奏楽部出身なんです」と紹介されていた。
淀工がコンクールで演奏する「ダフニスとクロエ」や「スペイン狂詩曲」などを吹奏楽用に編曲した立田浩介さんも淀工のOB(トロンボーン)だそうである。
また、今回のサマーコンサートではOBの演奏があり、丸谷先生は「この子はいま立命館大学在学中です」「この子は関西外国語大学に行っています」「彼女は今、中学校で音楽を教えています」等とメンバー紹介をされていた。一体、淀工は本当に工業高校なのか!?……要するに丸谷先生の指導を受けたいがために、音楽のために他のすべてを捨てて淀工に入学した生徒が沢山いるということなのだろう。
クラシック音楽界では、桐朋学園大学の斉藤秀雄という有名な先生(故人)がいて、斉藤先生の門下生としては作曲家の山本直純、指揮者の小澤征爾、秋山和慶、大植英次、ビオラ奏者の今井信子、チェロの堤剛といった錚々たる音楽家を輩出し、サイトウ・キネン・オーケストラは世界的に高い評価を受けている(日本人の弦楽器奏者の実力は恐らく今、ユダヤ人に次いで2番目位である。ここまでのレベルに引き上げたのはチェリストでもあった斉藤秀雄の功績を置いてない)。言ってみれば丸谷先生は「吹奏楽界の斉藤秀雄」なのである。
正直に告白しよう。実は中・高校の吹奏楽部時代を岡山で過ごした僕は丸谷先生のお名前を、昨年の9月まで知らなかった。きっかけは「淀工吹奏楽日記〜丸ちゃんと愉快な仲間たち」という2枚組みのDVDが発売され、吹奏楽名門校の秘密を知りたいと購入したことである。13年間におよぶ密着取材、全55話収録時間7時間37分という長大なドキュメンタリーなのだが、あまりに面白すぎて一気呵成に観た。そして丸谷先生(以下親しみを込めて”丸ちゃん”と呼ばせて頂く)の人となりに心打たれ魅了された。
そして12月、今度は淀工がコンクール全国大会に出場した時の演奏を記録したDVD「淀工・青春の軌跡 1986〜2005」が出て、すぐさま予約購入。その名演の数々に圧倒され、丸ちゃんは指揮者としての才能も桁外れだということを思い知らさせた。凄いなと感嘆したのは同じ金賞でも1986の演奏と2000年に入ってからのそれが明らかに違うことである。淀工は進化している。昔のものは粗さはあるが若々しい勢いが魅力のバンドだった。ところが、近年の「ダフニスとクロエ」や「スペイン狂詩曲」を聴くと、粗さが影を潜め繊細緻密でフランス音楽がよく似合うバンドに変貌しているのである!「ダフニスとクロエ」なんかオリジナルのオーケストラ版よりも良いんじゃなかろうかとさえ想った。恐るべし、丸ちゃん。
また、淀工が最も輝くのはマーチを演奏している時である。きびきびと引き締まったテンポ、強弱がはっきりしてメリハリのある音楽の豊かな表情。恐らくプロの指揮者も含めて丸ちゃんはマーチを振らせたら世界一だろう。マーチを指揮する時の丸ちゃんの顔も本当に幸せそうだ。
なにわ《オーケストラル》ウインズにも参加しているNHK交響楽団クラリネット奏者、アッキーこと加藤明久さんは月刊誌「バンド・ジャーナル」に連載を持っている。NHK交響楽団は昨年初めて吹奏楽コンサートを行ったのだが、それを指揮した山下一史さんを加藤さんはエッセイで徹底批判し、話題になった。要旨はこうだ。
リハーサルでまだ時間が余っているのにマエストロは「マーチは明日にしましょう」とさっさと帰ってしまった。皆がっかりした。マーチを疎かにする奴は吹奏楽を振る資格がない。丸谷明夫がマーチのことをいかに熱く語っていたかを思い出し、実に情けなくなった。結局本番の「星条旗よ永遠なれ」ではテンポが揺れて一定せず、観客が手拍子も出来ないという体たらくだった。
加藤さんのなにわ《オーケストラル》ウインズでの面白いエピソードが掲載されているので、オーボエ奏者かせっちさんのブログを紹介しておく。こちらをクリック。
さて、そろそろ本題に入ろうか。僕が初めて淀工の演奏を生で聴いたのが今年のグリコン。そして今回、丸ちゃんの指揮で聴くのは既に5回目である。淀工のサマーコンサートはグリコン同様、2回の休憩を挟んで3部構成になっている。第1部がコンクール・メンバー候補(と思われる)50人程度の少数精鋭による演奏。2部がOB演奏。3部が二・三年生100名以上による演奏で、新一年生は踊り(ヤングマン、幸せなら手をたたこう)や唄(明日があるさ、千の風になって)を担当する。
1部ではコンクール課題曲の指揮者体験コーナーがあった。会場から我こそはという人が手を挙げて、丸ちゃんが指名する。京都や滋賀の学校の先生、さらに東京からやって来たアマチュア吹奏楽団の指導者らが指揮台に上がった。そして次に演奏されたのが今年淀工がコンクール自由曲に選ぶであろう「ダフニスとクロエ」。実は淀工は近年のコンクール自由曲で「ダフニス」「スペイン狂詩曲」「大阪俗謡による幻想曲」の3曲をローテーションで演奏しており、今年4巡目が来るとしたら「ダフニス」の順番なのである。ちなみに淀工は「大阪俗謡」で過去5回金賞を受賞している。
繰り返し同じ曲を取り上げることについては当然一部から批判の声が上がっている。「もう飽いた」「そこまでして金賞が取りたいか」等々。しかし、プロではなくて所詮はアマチュアである。目新しい新曲に次々と挑戦するのではなく、一曲一曲を丹念に時間を掛けて練り上げる、そういう団体もあって良いのではないかと僕は考える。それに本来コンクールはお客さんに聴かせるためにあるのではない。学校教育の場でもあるのだから。そう考えると何故3曲ローテーションなのかというのも見えてくるだろう。高校生活は3年間である。一人の生徒が同じ曲を何度もコンクールのために練習する必要がないように配慮されているのではなかろうか?そして現役を指導しに来るOBも同じ曲の経験があれば、それが大きな財産になるではないか。丸ちゃんはそこまで考えているのだろう。
で、肝心の「ダフニス」の出来の方だが大方8割程度とみた。現時点で既に全国大会出場のレベルには達しているが、DVDに収録されている過去の神がかった演奏の境域にはまだまだ遠い。しかし本番まで2ヶ月もある。それまでに丸ちゃんは当たり前のように完璧に仕上げて来るに違いない。今回物足りなく感じたもうひとつの要因は「ダフニス」の指揮が出向井誉之先生だったこともあるだろう。グリコンの「吹奏楽のための木挽歌」も出向井先生だったのだけれど、引き締まった丸ちゃんに比べると出向井先生は手綱が緩いというかテンポ感が悪い気がする。そして音楽表現が良く言えば端正、悪く言えば淡泊で表情が乏しいのだ。アマチュアといえど、指揮者の違いは如実に演奏に表れるのである。
3部ではオリンピックの曲が演奏された。実は淀工は今年の7月に北京五輪のプレイベントで日本代表として中国に招待演奏に行くことが決まっている(コンクール直前なのだが)。今回披露されたのはTHE OLYMPICS:A CENTENNIAL CELEBRATIONという曲でメドレーになっている。まずアイーダ・トランペットが登場しアルノー作曲「オリンピックのテーマ」から華々しく始まる。そしてジョン・ウイリアムズ作曲のロサンゼルス五輪のファンファーレとテーマ、さらにアトランタ五輪のために書かれた「サモン・ザ・ヒーロー」へと続く。五輪のために書かれた名曲揃いなので聴き応えがあった。それに丸ちゃんがジョン・ウイリアムズを振るのも初めてじゃないかな?ジョンの公式ファンクラブに入っていたこともある僕としてはとても嬉しかった。
淀工名物「ザ・ヒットパレード」は必ず最初「パラダイス銀河」から始まる。そこでクラリネットが客席に降りてきて演奏するのも恒例となっている(DVD「淀工・青春の軌跡」にも収録されている)。それを予め知っていたので僕は通路脇の席を確保していた。予定通りクラの子が至近距離で吹いてくれた。しかし……う、うるさい(笑)。余りに近すぎるのも考え物だなと反省した。
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