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2007年5月19日 (土)

オペラ座の怪人

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ミュージカル「オペラ座の怪人」を僕が初めて観たのは今はなき大阪MBS劇場。1995年のことである。怪人役は山口祐一郎やまゆう)さん、ヒロインのクリスチーヌは井料瑠美さんだった。兎に角、ロイド=ウェバーの音楽の素晴らしさ、舞台装置の凄さに圧倒され、観終わった直後は放心状態だった。ふたりとも今では劇団四季を退団しているが、やまゆうのトート(ウィーン・ミュージカル「エリザベート」の死神)を観たことのある人には理解してもらえるだろう、自己陶酔型で朗々と歌い上げるあの歌唱はオペラ座の怪人にピッタリだった。一方、歌の方は若干問題はあるが、怪人の催眠術に掛って夢遊病患者みたいになる井料さんの演技も今にして想えば絶妙だった。

その後、四季の「オペラ座」は名古屋ミュージカル劇場(怪人:村 俊英、クリスティーヌ:井上智恵)と東京の赤坂ミュージカル劇場(今井清隆井料瑠美)で観た。今井さんはオペラ座の怪人を演じるためだけに四季に入団し、東京公演が終わるとさっさと辞めてしまった。天晴れである。

四季はけったいな劇団である。東京公演では生のオーケストラ伴奏がつくが、地方では専用劇場でも録音テープ(つまりカラオケ)一本やりなのだ。少なくとも「オペラ座の怪人」は生演奏で聴きたいものだ。だって世界広しといえど、一体どこでオペラをカラオケ上演している劇場があるだろうか!?

せめて大阪くらいはオーケストラを入れて欲しいと劇団に要望したことがある。返答はこうだった。

「大阪では恒常的に演奏するミュージシャンの確保が難しいので現状では不可能です」

こんな馬鹿げた話はない。大阪には4つのオーケストラがある(大阪フィル、センチュリー、シンフォニカー、関西フィル)。各々の団員は非番の時にエキストラのアルバイトをしているし、音大を卒業しても仕事のない音楽家が関西には沢山いる。宝塚歌劇団は宝塚大劇場と東京宝塚劇場の両方でオーケストラを持っているし、東宝が梅田芸術劇場で公演するときも生オーケストラの伴奏である。四季だけが出来ない筈はない。

つまり四季の回答は苦し紛れの言い逃れであり、その核心はミュージシャンを雇うとコストが掛り採算が取れないということなのだろう。経営のことを考えると仕方ないのかもしれないが、大変残念なことである。ただ、劇団が本当に「ミュージカルはカラオケ上演でも構わない」と信じているのであれば、東京だけ生演奏という中途半端な態度はやめて欲しい。

ただね、東京公演を観劇して想ったのは、四季の場合必ずしも生演奏の方が良いわけじゃないんだなぁ。まずオーケストラが下手くそ。ミスが目立つ。それからコストを抑えるため必要最低限の楽団員しか雇ってないので非常に音が薄っぺら。これではオペラ座にいるという雰囲気が全く出ない。だから破綻のない録音の方がむしろ良いかもしれないというのが実は正直な感想である。

その後「オペラ座の怪人」が初演されたロンドンで観なければという想いが募り、意を決してウエストエンドのハー・マジェスティ劇場へ飛んだ。そのついでにパリに寄って、ミュージカルの舞台となったパリ・オペラ座(ガルニエ)にも足を運んだ。

「プロデューサーズ」がトニー賞を獲った年、どうしてもオリジナル・キャスト(ネイサン・レイン、マシュー・ブロデリック)で観たいと2001年にブロードウェイに飛んだときにも「オペラ座の怪人」を観た。

ウエストエンドとブロードウェイのオーケストラはさすがに音に厚みがあって上手かった。それから劇中で使用する火薬の量が日本と全然違うのにも驚かされた。たぶん消防法の関係だろう、日本の怪人が放つ火の玉はまるで線香花火みたいに貧相なのだが、本場では大迫力だった。

劇団四季で初演時にオペラ座の怪人を演じたのは市村正親さんである。初演キャストはオリジナルの演出をしたハロルド・プリンスが自ら選んだ。実は市村さんは劇団の浅利慶太氏からラウル役でオーディションを受けるように事前に指示されていたそうである。しかしオーディション後、プリンスに「イチ(市村さんの愛称)、あした怪人役でオーディションを受けなおしてみないか」と言われ、見事に大役を勝ち得たそうだ。

僕が初めて「オペラ座の怪人」を観劇した時は既に市村さんは四季を退団されていた。いつか幻の市村ファントム(怪人)が観たいと夢見ていたのだが、市村さんの30周年記念リサイタル「オモチャ箱」(神戸オリエンタル劇場)で遂に念願の「オペラ座の怪人メドレー」を目の当たりにすることが出来た。すっくと立つ市村ファントムを前にして目が潤んで視界がぼやけるのをどうすることも出来なかった。2003年のことである。

映画版についても触れておこう。当初はオリジナル・キャストのマイケル・クロフォードサラ・ブライトマンで映画化すると発表された。しかしロイド=ウェバーサラの離婚のごたごたで頓挫。その後ウェバーは怪人役をジョン・トラヴォルタでいこうと計画する。しかしこれはミュージカル・ファンから大ブーイングを喰らってうやむやとなり、アントニオ・バンデラスヒュー・ジャックマンらが候補に挙がっては消えた。結局、最終的にジェラルド・バトラーで映画化された。バトラーも悪くはなかったが歌が余り上手くないので僕はヒュー・ジャックマンで観たかったな。ジャックマンは映画撮影時にブロードウェイでミュージカル「ボーイ・フロム・オズ」に出演中で、スケジュールの都合がつかなかったそうだ。映画自体も格調が高くないというか、やっぱり舞台版のほうが僕は好きだなぁ。ただ「マスカレード」の場面は豪華絢爛で良かったし、クリスティーヌ役のエミー・ロッサムが素晴らしい歌唱力で感銘を受けた。

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さてつい先日、大阪に帰ってきた「オペラ座の怪人」を観に行った。キャストは以下の通り。

怪人:高井 治、クリスティーヌ:苫田亜沙子、ラウル:鈴木涼太、ほか

相変わらずカラオケ上演というのが腹に据えかねるが、パフォーマンスは充実していた。特に良かったのがクリスティーヌの苫田さん。丸顔で幼い感じのビジュアルは余りこの役に似合っていると想わないが、とにかく抜群の歌唱力。これぞ怪人が惚れ込む「天使の歌声」。映画版のエミー・ロッサムに引けをとらない。苫田さんは大阪出身だそうで、これからの活躍に期待したい。

ラウルの鈴木さんの歌い方には引っ掛かるものがあるが、まあ背が高くて映えるので及第点だろう。なんといってもラウルは貴公子。見た目が全てだから。

高井さんの歌は声量があって聴き応えがある。ただ個人的に怪人役は高井さんのようなバリトンではなくテノールの方が僕は好みだなぁ。というのはハロルド・プリンスが選んだオリジナル・キャストのマイケル・クロフォードにしても市村正親さんにしても音域がテノールだから。怪人はそちらの方がしっくりくる(ちなみに僕がロンドンで観劇した時の怪人役はバリトンだった)。

多少の不満も述べたが、それでも久しぶりの観劇(ブロードウェイ以来6年ぶり)に満足し、楽しい一夜を過ごしたことは確かである。

余談だが「オペラ座の怪人」という作品がお好きな方には宝塚歌劇版「ファントム」もお勧めしたい。こちらはブロードウェイ・ミュージカル「ナイン」「グランドホテル」「タイタニック」で有名なモーリー・イェストンの作曲でロイド=ウェバー版の突然の出現でブロードウェイ上演までたどり着けなかったという気の毒な作品なのだが、どうしてどうしてウェバー版に引けをとらない大傑作である。ウェバー版がクリスティーヌをファーザー・コンプレックスとして描いているのに対し、イェストン版は怪人(エリック)をマザー・コンプレックスとして描いている相違点も興味深い。宝塚版はDVDで入手可能だし、この「ファントム」は来年1月に大沢たかお主演で梅田芸術劇場で上演されることが決まっている。彼が果たして歌えるのかどうかは未知数だがこちらがカラオケということはありえないし、今から愉しみである。

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コメント

こんにちは。とても興味深く読ませていただきました~。ハロルド・プリンスは山口さんをラウル役にと最初に配役を決めたらしいですね。英語が堪能ならば、ブロードウェイやウエストエンドでもラウル役で出演させたいと言ったとか言わなかったとか。市村さんのラウルっていうのは全然想像つきませんが、ちょっと観てみたいような。。その場合の怪人って誰だったんだろう?と知る由もありませんが。
あ、私も怪人はテノールが好きです。

投稿: はさみ | 2008年6月25日 (水) 00時04分

はさみさん、コメントありがとうございます。

山口さんは兎に角、歌唱力がありますからね〜。僕は山口さんの怪人しか観ていませんが、ラウルも観たかったです。

怪人はエキセントリックな役ですから、テノールのキンキン声が似合いますよね。バリトンだと落ち着いた感じになってしまうので。

投稿: 雅哉 | 2008年6月25日 (水) 00時49分

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