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2007年5月

バベル

評価:C-

「バベルの塔」は旧約聖書の「創世記」に登場、メソポタミアのバビロンにあったとされる。有名なブリューゲルの絵はこちらを見て欲しい。

もともと人々は同じ1つの言葉を話していた。人間は石の代わりにレンガを、漆喰の代わりにアスファルトを手に入れた。技術の進歩は人間を傲慢にし、天まで届く塔を建てて有名になろうとした。神はこの塔を見て激怒した。言葉が同じことが原因であると考え、人々に違う言葉を話させるようにした。このため、彼らは混乱(バラル)し、世界各地へ散っていった。

映画「バベル」はモロッコ、メキシコ、北米、日本が舞台となり、それぞれの言語が入り乱れてカオスを形成する。聾唖の女子高生も登場する。つまり、この映画の主題は一言で言えばディスコミュニケーション(意思の疎通が成り立たないこと。和製英語。communication gap)である。実は中身はそれだけなので、たいそう退屈な映画である。

菊池凛子がアカデミー助演女優賞にノミネートされて話題になったが、すっぽんぽんで体当たりしたことの勇気は評価できるが、それだけ。僕には演技力がどうこうというレベルではない気がした。

アカデミー作曲賞を受賞した音楽もなんだかなぁ。心に響かない。

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトウ監督の前作「21グラム」は見知らぬ他人同士が心臓移植で結びつくという話だが今回孤独で彷徨う人々を結びつけるのはライフル銃である。……だから何なんだ?

この監督、正直そんなに才能ある人と想えないんだよね。同じメキシコ出身の御三家なら、アルフォンソ・キュアロン(「リトル・プリンセス」「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」「トゥモロー・ワールド」)やギレルモ・デル・トロ(「ヘルボーイ」「パンズ・ラビリンス」)の映画のほうが断然面白い。

「バベル」みたいな詰まらないものを観るよりは、広瀬勇人が作曲した吹奏楽作品「バベルの塔」を聴いた方が余程有意義な時間をすごせるだろう。大阪市音楽団によるライブCDが発売されている。また、楽譜も出版されたようだ

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大阪、再発見。

今年の本屋大賞で「一瞬の風になれ」と競り合って僅差で2位となり、山本周五郎賞を受賞した「夜は短し歩けよ乙女」を読んだ。奇想に満ちた青春小説で、すごく面白かった。これを書いた森見登美彦は1979年生まれなのでまだ二十代の若い作家である。主人公は京都の大学生なのだが、文中に和服の女性が織田作之助全集を読んでいる場面が出てくる。ちょっと興味が湧いたので織田作之助の本を図書館から借りてみた。

大正2年に大阪の天王寺に生まれた織田作之助の代表作はなんといっても「夫婦善哉」だろう。昭和30年に森繁久弥主演で映画になり、これは日本映画史上に輝く不朽の名作となっている。大阪ミナミの法善寺横町が舞台となっており、今でも営業している「自由軒」のライスカレーが登場。今回初めて知ったのだが、織田作之助は結核で33歳の若さで亡くなったそうだ。「夫婦善哉」は弱冠27歳の作品とか。これには驚いた。

吹奏楽の世界では淀工(大阪府立淀川工科高等学校)の演奏で有名な「大阪俗謡による幻想曲」という名曲がある。淀工は全日本吹奏楽コンクールで過去5回これを取り上げ、すべて金賞を受賞している。作曲をした大栗 裕も大阪生まれで、かつては大阪フィルハーモニー交響楽団のホルン奏者だった。この大栗が昭和32年にオペラ「夫婦善哉」なるものを発表している。織田作之助の描く世界に共感するものを感じたのだろう。

今年の7月12日に大阪フィルハーモニー交響楽団が「関西の作曲家によるコンサート」という面白い企画をしている。詳細はこちら。滅多に聴けない大栗 裕や貴志康一の作品が取り上げられている。大阪府吹田市に生まれた貴志康一は28歳の若さで心臓麻痺で亡くなった人で、彼がベルリンフィルを振ってレコーディングもされた交響組曲「日本スケッチ」は最近吹奏楽用に編曲され、大阪市音楽団のライブCDが出ている。

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ブラックブック

評価:B+

「ロボコップ」「トータル・リコール」「氷の微笑」「スターシップ・トゥルーパーズ」「インビジブル」などで一斉風靡したポール・バーホーベン監督といえば、暴力的で下品な映画を撮るエロおやじという印象が強い。

とにかく彼は豪快な人だ。「ショーガール」ではハリウッドの最低な映画を選ぶゴールデン・ラズベリー賞(ラジー賞)で10部門ノミネート、6部門制覇(後に1990年代最悪作品賞という特別賞も受賞)という偉業を達成した。授賞式に出席する候補者が皆無な中、最悪監督賞を受賞したバーホーベンは意気揚々と現れ、トロフィーを高々と掲げ雄たけびを上げたことは今や伝説となっている。

そのバーホーベンが実に23年ぶりに故国オランダに戻って撮ったのが「ブラックブック」である。ナチスドイツを題材にした映画であり、アカデミー外国映画賞のオランダ代表に選ばれた。最終選考の9作品には残ったが、惜しくもノミネート入りは逃した。物語だけ聞くとあの暴れん坊の不良おやじが文芸映画を撮ったのか!?と驚愕し、すわ路線変更かと懼れたのだが、映画を観るとそれは単なる杞憂だった。

ナチスの戦争犯罪を告発しようというような意志は彼には毛頭なく、もうまるでヒッチコック映画みたいなハラハラどきどきのサスペンス仕立てになっている。そしてヒロインに対しては情け容赦なく、サディスティックなまでに苛めまくる。迫害されるユダヤ人のヒロインを汚物まみれにしたり、ゲロ吐かせたりして喜ぶ映画監督が、世界広しといえど果たしてバーホーベン以外にいるだろうか?ケレン味たっぷりで悪趣味なバーホーベン節は健在で、映画館でニヤニヤしっぱなしだった。いやはや天晴れ。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。

しかしこういう映画に眉をひそめる「良識ある人々」というのは当然いる筈であり、これは「観客を選ぶ映画」と言えるだろう。これを代表に決めたオランダの人々に対して快哉を叫びたい。

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君はいい人、中井貴一

今回のタイトルはブロードウェイ・ミュージカル「君はいい人、チャーリー・ブラウン」にあやかった。これは1999年のトニー賞で、クリスティン・チェナウェス(「ウィキッド」)とロジャー・バート(「プロデューサーズ」)が各々助演賞を受賞した作品で、日本ではチャーリー・ブラウン役が小堺一機さんで上演された。ルーシーを演じた土居裕子さんの歌が絶品だったのと、市村正親さんのスヌーピー(!?)がとっても可笑しかったのが印象に残っている。また再演が観たい。

閑話休題。さて、「コンフィダント・絆」に出演中の堀内敬子さんがブログをされていることが分かった。こちらからどうぞ。このブログを読んで興味深かったのは、堀内さんが中井貴一さんから何度も差し入れをもらっている事である。中井さんって、とってもまめで兄貴肌のいい人なんだなぁと感心した。他の共演者から差し入れがあった形跡がないところがまた可笑しい。特に東京公演中の4月14日の記事では銀座久兵衛のバラ寿司をもらっていて、とても羨ましかった。

久兵衛はザガットサーベイ東京版で寿司部門第一位になるような超有名店である。大阪にも支店があって帝国ホテル大阪に入っている。夜は庶民の手の届くような値段では食べられないが、ランチであればにぎり鮨が4200円(+サービス料)でいただける。一度だけ行ったことがあるが、味は絶品。久兵衛のバラ寿司かぁ、僕も一度食べてみたい。中井貴一、おぬしもやるな。太っ腹な男め。

食べ物の話しついでだが、堀内さんが大阪初日にキョードー大阪からもらった堂島ロールは僕も食べたことがある。頬っぺが落っこちる美味しさでお薦めだ。フェスティバルホール近くにある「モン シュシュ」というお店で売っている。一方、大阪でバームクーヘンなら梅田阪神デパートB1Fの「クラブハリエ」。どちらのお店も毎日長蛇の列だ。「モン シュシュ」は夕方以降が比較的空いているのでねらい目。但し、あんまり遅く行くと品切れで閉店してしまうので要注意。

そうそう、前回の記事で三谷幸喜さんが堀内さんのコメディエンヌとしての資質を見出したのが、川平慈英さんと共演したミュージカル「I LOVE YOU 愛の果ては?」なのではなかろうかという僕の推論を書いたのだが、それを裏付けるような発言を堀内さんがFMでされているのを発見した。こちらにその内容が掲載されている。川平さんが堀内さんと三谷さんをめぐり合わせたキューピットだったんだ。中井さんに負けず劣らずいい人だなぁ。

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コンフィダント・絆

シアターBRAVA!で、三谷幸喜の新作「コンフィダント・絆」大阪公演を観劇。

僕にとっての三谷作品(舞台)ベスト5は 1. 笑の大学(映画版は駄作) 2. 彦馬がゆく 3. オケピ! 4. 君となら 5. 十二人の優しい日本人 である。「コンフィダント」はこの一角に食い込む傑作であった。実に幸福な気持ちで劇場を去ることが出来た。「笑の大学」は英語に翻訳され、(「The Last Laugh」というタイトルで)来年ロンドンの劇場街ウエストエンドでの上演が決まっているが、是非この新作も世界に持っていくべきである。三谷さんは将来必ずやブロードウェイに進出し、トニー賞を受賞すべき人であると僕は信じて疑わない。

コメディとして観客をただ笑わせるだけではなく、最後は生きることの困難さ・哀しみをしみじみと感じさせる構成は「笑の大学」を彷彿とさせる。しかしその中に仄かな希望の光を差し込ませることを忘れないのは喜劇作家・三谷幸喜の独壇場である。

「十二人の優しい日本人」「彦馬がゆく」「オケピ!」あるいはテレビ作品「王様のレストラン」「合言葉は勇気」「新選組!」などでも明らかなように、今まで三谷さんが描いてきたものは”みんなで一丸となって何事かを成し遂げる”というチーム・プレイであった。しかし、「コンフィダント・絆」ではチームの崩壊・別離を描いているという点で三谷さんの新境地と言えるだろう。

あるアトリエに集うスーラ、ゴーギャン、ゴッホという誰もが知っている画家の中に(ゴーギャンに妻を寝取られた男)シュフネッケルという今では忘れ去られた人物を加えたところにこの作劇の妙味がある。アトリエの窓から望むエッフェル塔が建設中というのも、東京タワーが建設中の時代を背景とした映画「三丁目の夕日」に対抗しているようで可笑しい。

スーラを演じた中井貴一さんは成城大学在学中に名優・佐田啓二(「君の名は」「喜びも悲しみも幾年月」)の息子として、親の七光りでデビューした。デビュー当時の彼は誠実なことだけが取り柄の平凡な役者にしかみえなかった。しかし今や彼のことを「佐田啓二の息子」と呼ぶ人は誰もいない。本当にいい役者になった。真面目そうに見えて、実は嫉妬深くて色々と秘密もあるという屈折したキャラクターを中井さんは見事に演じ切っていた。

生活力がなくてまるで駄々っ子みたいなゴッホを演じた生瀬勝久さんも流石だったが、なんと言っても出色だったのは一見粗野でありながら、ゴッホの面倒をみずにはいられないゴーギャンを演じた寺脇康文さんだろう。彼の役作りは明らかに「炎の人ゴッホ」でゴーギャンを演じた、アンソニー・クインを意識したものだった(三谷さんは朝日新聞のコラムで「炎の人ゴッホ」について言及している)。お茶目で憎めないゴーギャンがそこにいた。

この舞台で紅一点のヒロインを演じた堀内敬子さんも素晴らしかった。僕が彼女を最初に観たのは劇団四季のミュージカル「夢から醒めた夢」のマコ役である。当時から歌が上手で可愛い娘だった。ロイド=ウェバーの「アスペクツ・オブ・ラブ」のジェニー役も可憐で素敵だった。四季を退団した後、ミュージカル「I LOVE YOU 愛の果ては?」に出演している彼女を観て、今度はコメディエンヌとしての意外な才能を発見した。僕は三谷さんが「有頂天ホテル」や「十二人の優しい日本人」と立て続けに彼女を起用したのも、「I LOVE YOU 愛の果ては?」を観劇されたことが契機だったのではなかろうかと推測している。今回の役は彼女を念頭に置いた三谷さんの明らかな当て書きで、堀内さんの軽やかでチャーミングな個性が最大限に生かされていた。ご丁寧に歌まで用意されていて彼女の美声もたっぷり堪能できた。毎日同じ役で舞台に立っているのに、堀内さんはここぞというところで何度でも涙を流すことが出来る。女優としての天賦の才能をもった人なんだなぁと感心した。

音楽を担当した荻野清子さんによるピアノの生演奏があったのも良かった。ミュージカルをカラオケで上演して平然としている劇団四季には、三谷さんの爪の垢でも煎じて呑んでもらいたいものだ。

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映画と旅

想えば今まで僕が旅してきたところの多くは映画と結びついた場所だった。

中学生の時「サウンド・オブ・ミュージック」を観て、どうしても映画がロケされたオーストリアのザルツブルクに往ってみたくなった。それが実現したのは10年後の大学卒業旅行だった。

ウィーンの共同墓地では「第三の男」のラストシーンを思い浮かべながら並木道を歩いた(このとき映画に登場するプラター遊園地の大観覧車に乗る時間がなかったことは今でも心残りだ)。

そのヨーロッパ旅行ではついでにローマを訪れ、オードリー・ヘップバーンの真似をしてアイスクリームを食べながらスペイン広場の階段を下りてみたり、「真実の口」に手を突っ込んだりもした。

ニューカレドニアでのバカンスはウベア島で過ごした。もちろん大林宣彦監督の「天国に一番近い島」の影響である。その時ホテル滞在客の9割は日本人だった。

国内に目を向けるとやはり旅に一番結びついているのは大林映画だ。「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」の広島県尾道市は無論のこと、「廃市」の舞台となった福岡県柳川市。「なごり雪」の大分県臼杵市を訪ねたのは11月の竹宵の日で、それはそれは幻想的で美しかった。

でもやっぱり大林映画といえば我が最愛の映画「はるか、ノスタルジイ」の北海道小樽市にとどめを刺す。もう3度くらいは小樽を訪ねたが、映画で重要な役割を果たす”はるかの丘”詣でを欠かしたことは一度もない。

宮崎 駿さんのアニメーションも僕にとっては旅と結びついている。「もののけ姫」を観て、「シシ神の森」の原風景となった鹿児島県屋久島を旅した時の顛末は大昔のエッセイに書いた(HP「はるか、キネマ」に掲載)ので、ここでは繰り返さない。屋久島同様、宮崎さんがロケハンをした東北地方の白神山地も後に訪ねた(屋久島も白神山地も今では世界遺産に登録されている)。

「天空の城ラピュタ」を初めて観たのは映画公開当時だから1986年。もう20年も経ってしまった。ラピュタを観た直後くらいから、僕は無性に尾瀬湿原に旅したくなった。別に映画に尾瀬が出てくるわけではない。でも何故だか僕にとってはラピュタに広がる草原の原風景は尾瀬湿原であるように想えて仕方なかったのだ。僕は自分の心の赴くままに尾瀬へと旅立った。

後に「魔女の宅急便」製作中の宮崎さんの仕事机の前に尾瀬のポスターが貼ってあったという記事を読んで、あながち僕の直感も見当違いではなかったんだなという確信を抱いた。

黄色いニッコウキスゲが咲き乱れ、短い夏を謳歌する尾瀬で湿原に張りめぐらされた木道を歩いているとこんな情景に出会った。小学生くらいの女の子がお母さんと手を繋いで歩いてくる。女の子は〜あるこう あるこう わたしは元気 歩くの大好き どんどん行こうと「となりのトトロ」の歌を口ずさんでいた。すると木道を反対側から歩いてきた中年の女性が、突如女の子に和して一緒にその続きを歌いはじめたのである!なんとも麗しく、感動的な瞬間であった。

〜カントリー・ロード この道 ずっとゆけば あの街に 続いている 気がする カントリー・ロード〜これは「耳をすませば」のために宮崎 駿さんが書いた歌詞だが、僕が尾瀬の木道を歩いていて歌いたくなるのはこの曲である。

先日、新作映画「崖の上のポニョ」の製作準備をしている宮崎さんを追ったNHKのドキュメンタリー番組が放送された。宮崎さんは考想を練るために瀬戸内海の旅館に籠もるのだが、その映像を観た瞬間僕は「あっ、鞆の浦だ!」と想わず叫んだ。広島県福山市鞆の浦には僕が大学生の時に、大林監督の映画「おかしなふたり」のロケ見学で訪れたことがあったのである。大林さんの「野ゆき山ゆき海べゆき」もここが舞台になっている。調べてみると確かに宮崎さんが新作の霊感を得たのが鞆の浦だったことが判明した。宮崎さんが大林さんと一緒に鞆の浦の町並みを保存しようと運動しているという事実も知った。その記事はこちら

東京都三鷹市のジブリ美術館を訪れた時の体験も触れたいのだが、それはまた別の話。

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大阪人気質

大阪に棲むようになって2年経った。この間に関西人って面白いなと想う新しい発見がいろいろあった。

関西ではエスカレーターは右に人が並び、左側は急いでいる人のために空ける習慣がある。どうもこれは関東では逆らしい。どうして東西でこのような逆転が起こるのだろう?非常に興味深い。また、この「エスカレーター右並びのルール」は難波あたり(ミナミ)ではきちんと守られているのだが、梅田(キタ)のJR大阪駅ではあっさり破られてグチャグチャになっている。つまりここでは大阪に棲んでいない人々が多々集まってくるので、このルールが無視されるということなのだろう。ところが梅田のエスカレーターでも夜の9時を回ると、次第にこの「右並びルール」が守られ始める。つまりこの時間帯には「よそもん」が殆どいなくなるためと想われる。

キタの人たちとミナミの人たちがお互いに敬遠しあっているという実態もだんだん判ってきた。ミナミの人はキタの人を「上品ぶっている」と毛嫌いしているし、キタの人はミナミが「物騒で何が起こるかわからない地域」と信じ込み、なるべく近寄らないようにしているようだ。大阪生まれなのに新今宮(通天閣のあるあたり)に一度も足を踏み入れたことがないという人が沢山いる。まるでニューヨークのハーレムやブルックリンみたいな扱いだ(ニューヨークに旅行した時、タクシーでブルックリンのステーキ店に行こうとしたら数台に乗車拒否された)。新今宮や天王寺にホームレスが多いのは確かだが、夜中であろうと僕自身が歩いていて身の危険を感じたことは一度もない。

大阪に来て一番驚いたのは日常会話の中で平気でお金(ゼニ)の話が飛び出してくることである。「儲かりまっか?」「ぼちぼちでんな」というのはここでは挨拶代わりである。そういう話題ははしたないと幼い頃から教わって育ってきた地方出身者にとってはカルチャーショックだった。ほんま、浪速は商人(あきんど)の町でんなぁ。

麺類(うどんやラーメン)を食べる時に、若い女性を含めてほとんどの人がご飯とセットで頼むのも大阪ならではである。先日、大学生の女の子と話をしていて、ご飯に一番合うおかずは何かという話題になった。そうしたら彼女が即座に「焼きそば!」と答えたのには腰を抜かした。

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オペラ座の怪人

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ミュージカル「オペラ座の怪人」を僕が初めて観たのは今はなき大阪MBS劇場。1995年のことである。怪人役は山口祐一郎やまゆう)さん、ヒロインのクリスチーヌは井料瑠美さんだった。兎に角、ロイド=ウェバーの音楽の素晴らしさ、舞台装置の凄さに圧倒され、観終わった直後は放心状態だった。ふたりとも今では劇団四季を退団しているが、やまゆうのトート(ウィーン・ミュージカル「エリザベート」の死神)を観たことのある人には理解してもらえるだろう、自己陶酔型で朗々と歌い上げるあの歌唱はオペラ座の怪人にピッタリだった。一方、歌の方は若干問題はあるが、怪人の催眠術に掛って夢遊病患者みたいになる井料さんの演技も今にして想えば絶妙だった。

その後、四季の「オペラ座」は名古屋ミュージカル劇場(怪人:村 俊英、クリスティーヌ:井上智恵)と東京の赤坂ミュージカル劇場(今井清隆井料瑠美)で観た。今井さんはオペラ座の怪人を演じるためだけに四季に入団し、東京公演が終わるとさっさと辞めてしまった。天晴れである。

四季はけったいな劇団である。東京公演では生のオーケストラ伴奏がつくが、地方では専用劇場でも録音テープ(つまりカラオケ)一本やりなのだ。少なくとも「オペラ座の怪人」は生演奏で聴きたいものだ。だって世界広しといえど、一体どこでオペラをカラオケ上演している劇場があるだろうか!?

せめて大阪くらいはオーケストラを入れて欲しいと劇団に要望したことがある。返答はこうだった。

「大阪では恒常的に演奏するミュージシャンの確保が難しいので現状では不可能です」

こんな馬鹿げた話はない。大阪には4つのオーケストラがある(大阪フィル、センチュリー、シンフォニカー、関西フィル)。各々の団員は非番の時にエキストラのアルバイトをしているし、音大を卒業しても仕事のない音楽家が関西には沢山いる。宝塚歌劇団は宝塚大劇場と東京宝塚劇場の両方でオーケストラを持っているし、東宝が梅田芸術劇場で公演するときも生オーケストラの伴奏である。四季だけが出来ない筈はない。

つまり四季の回答は苦し紛れの言い逃れであり、その核心はミュージシャンを雇うとコストが掛り採算が取れないということなのだろう。経営のことを考えると仕方ないのかもしれないが、大変残念なことである。ただ、劇団が本当に「ミュージカルはカラオケ上演でも構わない」と信じているのであれば、東京だけ生演奏という中途半端な態度はやめて欲しい。

ただね、東京公演を観劇して想ったのは、四季の場合必ずしも生演奏の方が良いわけじゃないんだなぁ。まずオーケストラが下手くそ。ミスが目立つ。それからコストを抑えるため必要最低限の楽団員しか雇ってないので非常に音が薄っぺら。これではオペラ座にいるという雰囲気が全く出ない。だから破綻のない録音の方がむしろ良いかもしれないというのが実は正直な感想である。

その後「オペラ座の怪人」が初演されたロンドンで観なければという想いが募り、意を決してウエストエンドのハー・マジェスティ劇場へ飛んだ。そのついでにパリに寄って、ミュージカルの舞台となったパリ・オペラ座(ガルニエ)にも足を運んだ。

「プロデューサーズ」がトニー賞を獲った年、どうしてもオリジナル・キャスト(ネイサン・レイン、マシュー・ブロデリック)で観たいと2001年にブロードウェイに飛んだときにも「オペラ座の怪人」を観た。

ウエストエンドとブロードウェイのオーケストラはさすがに音に厚みがあって上手かった。それから劇中で使用する火薬の量が日本と全然違うのにも驚かされた。たぶん消防法の関係だろう、日本の怪人が放つ火の玉はまるで線香花火みたいに貧相なのだが、本場では大迫力だった。

劇団四季で初演時にオペラ座の怪人を演じたのは市村正親さんである。初演キャストはオリジナルの演出をしたハロルド・プリンスが自ら選んだ。実は市村さんは劇団の浅利慶太氏からラウル役でオーディションを受けるように事前に指示されていたそうである。しかしオーディション後、プリンスに「イチ(市村さんの愛称)、あした怪人役でオーディションを受けなおしてみないか」と言われ、見事に大役を勝ち得たそうだ。

僕が初めて「オペラ座の怪人」を観劇した時は既に市村さんは四季を退団されていた。いつか幻の市村ファントム(怪人)が観たいと夢見ていたのだが、市村さんの30周年記念リサイタル「オモチャ箱」(神戸オリエンタル劇場)で遂に念願の「オペラ座の怪人メドレー」を目の当たりにすることが出来た。すっくと立つ市村ファントムを前にして目が潤んで視界がぼやけるのをどうすることも出来なかった。2003年のことである。

映画版についても触れておこう。当初はオリジナル・キャストのマイケル・クロフォードサラ・ブライトマンで映画化すると発表された。しかしロイド=ウェバーサラの離婚のごたごたで頓挫。その後ウェバーは怪人役をジョン・トラヴォルタでいこうと計画する。しかしこれはミュージカル・ファンから大ブーイングを喰らってうやむやとなり、アントニオ・バンデラスヒュー・ジャックマンらが候補に挙がっては消えた。結局、最終的にジェラルド・バトラーで映画化された。バトラーも悪くはなかったが歌が余り上手くないので僕はヒュー・ジャックマンで観たかったな。ジャックマンは映画撮影時にブロードウェイでミュージカル「ボーイ・フロム・オズ」に出演中で、スケジュールの都合がつかなかったそうだ。映画自体も格調が高くないというか、やっぱり舞台版のほうが僕は好きだなぁ。ただ「マスカレード」の場面は豪華絢爛で良かったし、クリスティーヌ役のエミー・ロッサムが素晴らしい歌唱力で感銘を受けた。

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さてつい先日、大阪に帰ってきた「オペラ座の怪人」を観に行った。キャストは以下の通り。

怪人:高井 治、クリスティーヌ:苫田亜沙子、ラウル:鈴木涼太、ほか

相変わらずカラオケ上演というのが腹に据えかねるが、パフォーマンスは充実していた。特に良かったのがクリスティーヌの苫田さん。丸顔で幼い感じのビジュアルは余りこの役に似合っていると想わないが、とにかく抜群の歌唱力。これぞ怪人が惚れ込む「天使の歌声」。映画版のエミー・ロッサムに引けをとらない。苫田さんは大阪出身だそうで、これからの活躍に期待したい。

ラウルの鈴木さんの歌い方には引っ掛かるものがあるが、まあ背が高くて映えるので及第点だろう。なんといってもラウルは貴公子。見た目が全てだから。

高井さんの歌は声量があって聴き応えがある。ただ個人的に怪人役は高井さんのようなバリトンではなくテノールの方が僕は好みだなぁ。というのはハロルド・プリンスが選んだオリジナル・キャストのマイケル・クロフォードにしても市村正親さんにしても音域がテノールだから。怪人はそちらの方がしっくりくる(ちなみに僕がロンドンで観劇した時の怪人役はバリトンだった)。

多少の不満も述べたが、それでも久しぶりの観劇(ブロードウェイ以来6年ぶり)に満足し、楽しい一夜を過ごしたことは確かである。

余談だが「オペラ座の怪人」という作品がお好きな方には宝塚歌劇版「ファントム」もお勧めしたい。こちらはブロードウェイ・ミュージカル「ナイン」「グランドホテル」「タイタニック」で有名なモーリー・イェストンの作曲でロイド=ウェバー版の突然の出現でブロードウェイ上演までたどり着けなかったという気の毒な作品なのだが、どうしてどうしてウェバー版に引けをとらない大傑作である。ウェバー版がクリスティーヌをファーザー・コンプレックスとして描いているのに対し、イェストン版は怪人(エリック)をマザー・コンプレックスとして描いている相違点も興味深い。宝塚版はDVDで入手可能だし、この「ファントム」は来年1月に大沢たかお主演で梅田芸術劇場で上演されることが決まっている。彼が果たして歌えるのかどうかは未知数だがこちらがカラオケということはありえないし、今から愉しみである。

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ホリデイ

評価:B

これはロマンティック・コメディでは久々の快作。

ロマンティック・コメディは実はなかなか作り手にとって困難なジャンルである。結末は見えている(必ずハッピー・エンディング)ので、ありきたりで一本調子なパターンに陥りやすい。洒落た会話は必要不可欠だし、演出や演技が洗練されているかそのセンスが問われる。僕が名作だと想う過去の作品を列挙してみよう。

「ある夜の出来事」(1934) 「街角 桃色の店」(1940) 「レディ・イヴ」(1941) 「教授と美女」(1942) 「天国は待ってくれるHeaven Can Wait」(1943) 「ローマの休日」(1953) 「麗しのサブリナ」(1954)「カイロの紫のバラ」(1985) 「恋人たちの予感」(1989) 「めぐり逢えたら」(1993) 「世界中がアイ・ラブ・ユー」(1996) 「ベスト・フレンズ・ウェディング」(1997) 「恋に落ちたシェイクスピア」(1998) 「キューティ・ブロンド」(2001) 「猟奇的な彼女」(2001) 「マイ・リトル・ブライド」(2004) ……。

こうやって眺めてみると面白い点にいくつか気付く。まずハリウッド映画では1960年代や70年代にはロマンティック・コメディが少ないこと。時代がベトナム戦争の泥沼に突入し、アメリカン・ニューシネマの旋風が吹き荒れていたことと無縁ではないだろう。それから日本映画はこのジャンルが苦手なんだなぁ。青春映画とか恋愛映画はあるけれど、日本人の気質として大人の恋が笑いとは結びつきにくい。それはヨーロッパの映画にも同じことが言える。一方、韓国人には意外と笑いのセンスがある。

さて本題。映画「ホリディ」はキャメロン・ディアスが久しぶりに(実に1998年の「メリーに首ったけ」以来初めて)キュートに撮られた映画である。キャメロン、君はもうとっくの昔に終わったと想っていた。ゴメン。

野獣:ジャック・ブラックがこういう恋愛ものに出ているというだけで可笑しい。ハリウッドの脚本家という柄にもない役で、モリコーネの「ニュー・シネマ・パラダイス」を鳴らしながらオープン・カーで登場した場面では、もう全然似合ってなくて笑い転げて悶絶しそうになった。最高!

ジュード・ロウはもうこういう作品には定石。眼鏡を掛けても格好いいんだ、これが。伊達男は憎いねぇ。

ケイト・ウンスレットはプールで華麗な泳ぎを披露してくれるんだけれど、彼女のクロールが上手いので吃驚した。「タイタニック」でもこれくらい泳いでくれていれば、レオは凍死せずに済んだのに…と遠い目をした。

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華麗なる恋の舞台で

評価:B+

オフィシャル・ページはこちら

なんと言ってもこれはアネット・ベニングのための映画である。大女優の貫禄。素晴らしい。文句なし。彼女は本作でアカデミー主演女優賞にノミネートされたが結局、辛気臭い「ミリオンダラー・ベイビー」のヒラリー・スワンクが受賞した。これは明らかなミス・ジャッジ。アネットこそ受賞すべきだった。軽やかなコメディなので過小評価されたのであろう。喜劇より悲劇の方が偉いなんて誰が決めたんだ??実に愚かしい。<コメディではオスカーは受賞できない>というジンクスは、そろそろ蹴散らかされるべきである。

本作は舞台女優が主人公のいわばバックステージものなのだが、思い起こせば監督のイシュトヴァン・サボーが故国ハンガリーで撮った出世作「メフィスト」(1981、アカデミー外国語映画賞受賞)も劇場が舞台であった。こういうのを撮らせるとこの人、まさに水を得た魚だな。

アネットが新人女優を苛めるのも、全く陰湿ではなく痛快である。実に清々しく、かつ華やかな女性映画だ。

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ブラッド・ダイアモンド

評価:A

あたかも「インディー・ジョーンズ」のようなジェットコースタームービーを彷彿とさせるハラハラドキドキのエンターテイメントに、「紛争ダイヤ」という重厚な社会派テーマを包み込み、実に見応えのある映画に仕上がっている。エドワード・ズウィック監督は「ラストサムライ」でも感心したが、異国を舞台とした武骨な物語にその真髄を発揮する。「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」を撮った巨匠デビッド・リーンに似た匂いを彼のフィルムは放っている。

レオナルド・ディカプリオを僕が初めて観たのは「ギルバート・グレイプ」(1993)である。その時彼はまだ十代だったが、実に繊細で傷つきやすい青年を瑞々しく演じ、鮮烈な印象を覚えた。これでアカデミー助演男優賞にノミネートされたのは必定であったと想う。

しかしその後の彼は、童顔である自分をいかに克服し大人の役者に脱皮するかという苦悩の日々であったような気がする。「アビエーター」のハワード・ヒューズ役なんか全く似合っていなくて痛々しいほどだった。

今回のレオは一味違った。肉体改造に見事成功し、逞しく変貌した。そこには男らしい大人の役者の姿があった。

ジェニファー・コネリーについても一言。彼女は美少女の代名詞のような娘だった。「ラビリンス 魔王の迷宮」(1986)に時めいたのはもう、はるか昔になりにけり。映画デビューした「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984)の時はまだ13歳だぜ!?成長して消えてゆく子役が多い中(例えば「ペーパー・ムーン」でアカデミー助演女優賞を受賞したテイタム・オニール、弱冠10歳)、よくぞ生存競争に勝ち抜き、いい女になったものだと感慨ひとしおである。

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はじめの一歩

さあ、今日からブログをはじめてみようかな。馴れないので初めは試行錯誤だと思うけれど、しばらく辛抱してお付き合いください。

この日誌はエンピツに書いていたエンターテイメント日誌 <Cinema Paradiso>を引き継ぐものです。前は殆ど映画の話ばかりだったけれど、これからはもっと様々なことを語っていきたいな。

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