2024年12月30日 (月)

2024年映画ベスト30+個人賞+今年はテレビドラマも!

毎年恒例、映画ベストを発表しよう。2024年に劇場で初公開された作品及び、Netflix, Amazon Prime Video, Max(日本ではU-NEXTと提携)などインターネットで配信された作品を対象とする。また今回は連続テレビドラマ(Limited Series)も特別賞として取り上げる。

配信まで待てばいいかと高をくくって見逃した作品がいくつかある。『パスト ライブス/再会』『ナミビアの砂漠』『侍タイムスリッパー』『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』『悪は存在しない』『グラディエーター2』『ロボット・ドリームズ』などは後日適宜追加していくだろう。

個人賞については2020年にベルリン国際映画祭で男優賞・女優賞という区別が廃止され、主演俳優賞・助演俳優賞に置き換えられた。日本でも毎日映画コンクールで今年から演技賞が統合され、男女を問わず主演・助演それぞれ2人までを選ぶ方法となり、そのシステムを当ブログでも採用することに決めた。

それではいってみよう。

 1.デューン 砂の惑星PART 2
 2.チャレンジャーズ
 3.ルックバック
 4.哀れなるものたち
 5.オッペンハイマー
 6.夜明けのすべて
 7.関心領域
 8.ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
 9.マッドマックス:フュリオサ
 10.  落下の解剖学
 11.異人たち
 12.  カラーパープル(ミュージカル版)
 13.ブリッツ ロンドン大空襲(アップルTV+配信)
 14.陪審員2番(ワーナー・ブラザース → Max → U-NEXT配信)
 15.エイリアン:ロムルス
 16.ジョン・ウィリアムズ/伝説の映画音楽
   (ドキュメンタリー/ディズニープラス配信)
 17.ボーはおそれている
 18.ラストマイル
 19.ミッシング
 20.あんのこと
 21.アメリカン・フィクション(Amazon プライム・ビデオ配信)
 22.シビル・ウォー アメリカ最後の日
 23.憐れみの3章
 24.カラオケ行こ!
 25.瞳をとじて
 26.オーメン・ザ・ファースト
 27.デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション
 28.ジム・ヘンソン:アイディアマン
   (ドキュメンタリー/ディズニープラス配信)
 29.マリウポリの20日間(ドキュメンタリー/NHKで放送)
 30.Cloud クラウド
 31.18x2君へと続く道
 32.あのコはだぁれ?

特別賞(テレビドラマ部門)『ディスクレーマー 夏の沈黙』(アップルTV+)/『海に眠るダイヤモンド』(TBS)/『虎に翼』(NHK)/『地面師たち』(Netflix)/『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』(テレビ東京)

監督賞:ドゥニ・ヴィルヌーヴ(デューン 砂の惑星PART 2)/アルフォンソ・キュアロン(ディスクレーマー 夏の沈黙)
主演俳優賞(映画):エマ・ストーン(哀れなるものたち、憐れみの3章)/河合優実(あんのこと、ルックバック)
主演俳優賞(Limited Series):ケイト・ブランシェット(ディスクレーマー 夏の沈黙)/豊川悦司(地面師たち)
助演俳優賞(映画):ジェシー・プレスモン(シビル・ウォー アメリカ最後の日)/マーク・ラファロ(哀れなるものたち)
助演俳優賞(Limited Series) :杉咲花(海に眠るダイヤモンド)/ピエール瀧(地面師たち)
脚本賞(オリジナル):野木亜紀子(ラストマイル、海に眠るダイヤモンド)
脚色賞(原作あり):トニー・マクナマラ(哀れなるものたち)
撮影賞:グリーグ・フレイザー(デューン 砂の惑星PART 2)/エマニュエル・ルベツキ、ブリュノ・デルボネル(ディスクレーマー 夏の沈黙)
作曲賞:ルドウィグ・ゴランソン(オッペンハイマー)
編集賞:マルコ・コスタ(チャレンジャーズ)
歌曲賞:幾田りら feat. ano「青春謳歌」(デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション)
美術賞:ショーナ・ヒース 、ジェームズ・プライス哀れなるものたち)
衣装デザイン賞:ホリー・ワディントン(哀れなるものたち)
音響賞:デューン 砂の惑星PART 2
視覚効果賞:デューン 砂の惑星PART 2
流行語大賞:ピエール瀧「もうええでしょう!」(地面師たち)

2024年はなんといっても河合優実の年だった。新たな才能の出現に震えた。

テレビドラマにおいては向田邦子賞受賞の二人、野木亜紀子(獣になれない私たち)と吉田恵里香(恋せぬふたり)が『海に眠るダイヤモンド』と『虎に翼』で大いに気を吐いた。最高傑作と言っても過言ではない。そして2025年、本家本元・向田邦子の『阿修羅のごとく』が是枝裕和監督の手でNetflexオリジナル・ドラマとして蘇る……感無量。

『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』で2度アカデミー作品賞・監督賞を受賞した巨匠クリント・イーストウッドの新作『陪審員2番』が劇場公開されず、12月20日に配信スルー(北米はMax、日本はU-NEXTで見放題)となったことに全世界の映画ファンは衝撃を受けた。紛れもなく堂々たる傑作だが、地味だし、低予算なので、仮に劇場公開したところで採算が取れる可能性はほとんどない。時代を象徴する事件だった。

『チャレンジャーズ』はキレッキレの編集とトレント・レズナー&アッティカスによる斬新な「テクノ」ミュージックが圧倒的に素晴らしい。僕は昔からテニスってとても「映画的」なスポーツだと思っていた。対戦する選手の表情の切返し(カットバック)、飛び散る汗、ラケットに弾き返されるボールの軌跡、左右に振られる観客の首の動き。そこにはリズムが生まれる。加えて本作は「ボール目線」という信じがたいショットもインサートされ、興奮はクライマックスへ。途轍もない体験だった。これが映画だ!

『異人たち』は山田太一の小説『異人たちとの夏』をイギリスを舞台に置き換えて翻案したものだが、大林宣彦監督版を上回る出来だったと思う。

『カラーパープル』はスピルバーグ監督版(1985)よりリメイク版に軍配を上げる。85年版の上映時間が2時間34分なのに対し、2023年版は2時間21分。通常ミュージカル化したら長くなるはずなのに、なんという手際の良さ。お見事。

ピクサーの『インサイド・ヘッド2』は期待外れ。物語として詰まらない。

『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』前章・後章については、原作と異なるラストに僕は納得いかなかったのだが、後日発表されたアニメシリーズ版(全18話)の方が断然いい!オープニングでano×幾田りらが歌う新曲「SHINSEKAIより」もいい!!作詞・作曲は『デデデデ』の原作者・浅野いにお。大した才能だ。

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2024年12月13日 (金)

柳家喬太郎 なにわ独演会 2024

9月23日(月・祝)ドーンセンターホール@大阪市へ。昼夜通しで柳家喬太郎の落語を聴く。

昼の部

 ・ 柳家喬太郎:母恋いくらげ
 ・ 神田茜:初恋エンマ
 ・ 柳家喬太郎:居残り佐平次

夜の部

 ・ 柳家喬太郎:ウルトラのつる
 ・ 神田茜:あのころの夢
 ・ 柳家喬太郎:おせつ徳三郎

神田茜の創作講談は心底退屈だった。とにかく物語としてつまらない。時間の無駄。

喬太郎の新作『母恋いくらげ』は桂春蝶で2回聴いたことがあるが、本人が演じるのにめぐり逢うのはこれが初めてかも。あと『極道のつる』は知っているけど『ウルトラのつる』はお初だった。

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2024年12月12日 (木)

桂 二葉 独演会@兵庫芸文

9月1日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

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 ・ 桂 九寿玉:看板のピン
 ・ 桂 二葉:天狗刺し
 ・ 桂 三実:早口言葉が邪魔をする
 ・ 桂 二葉:まめだ
 ・ 桂 二葉:佐々木裁き

語り手が女性なので、やはり二葉は『まめだ』とか『佐々木裁き』など子どもを演じさせるとしっくりくる。『天狗刺し』の主人公=アホも、なんだか可愛らしい。愛嬌がある。

彼女は2021年『天狗刺し』でNHK新人落語大賞を女性として初めて受賞。さらに翌22年には関西で「第17回繁昌亭大賞」を女性初、かつ入門から12年目という最少キャリアで受賞した。いま一番聴くべき若手噺家である。

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柳家喬太郎独演会@兵庫芸文 2024

5月18日兵庫県立芸術文化センターへ。柳家喬太郎の独演会を昼・夜通しで聴く。

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昼席

 ・柳家吉緑:猫と金魚
 ・柳家喬太郎:花筏
 ・ダーク広和:マジック【タバリのロープ】
 ・柳家喬太郎:すみれ荘二〇一号

夜席

 ・柳家吉緑:壺算
 ・柳家喬太郎:同棲したい
 ・ダーク広和:マジック【日本セイロ】
 ・柳家喬太郎:おせつ徳三郎

芸能生活35周年ということで【喬太郎飴】が配布された。

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これ劇場(兵庫芸文)が用意したというのが何だか愉快だ。

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2024年9月 4日 (水)

史上初の快挙「オペラ座の怪人」全日本吹奏楽コンクールへ!〜梅田隆司/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部

台風の影響で延期になった関西吹奏楽コンクール高等学校の部Aが無観客で9月3日(火)に開催された。そして梅田隆司/大阪桐蔭高等学校が代表に選出され、全国大会への切符を手に入れた。彼らが今年自由曲に選んだのがアンドルー・ロイド・ウェバーが作曲したミュージカル『オペラ座の怪人』である。

念のため「吹奏楽コンクールデータベース」で確認した(裏を取った)のだが、実は昨年度まで『オペラ座の怪人』で全国大会に進出した団体は(中学、高校、大学、職場・一般の部合わせても)皆無である。いや、それどころか『オペラ座の怪人』のみならず、『キャッツ』『ジーザス・クライスト・スーパースター』『ウーマン・イン・ホワイト』などロイド・ウェバー作品すべてが一度も全国大会で演奏されたことがない。

一方でクロード=ミシェル・シェーンベルクが作曲したミュージカル『ミス・サイゴン』(宍倉晃 編曲)は2002年に大滝実/埼玉栄高等学校が全国大会で金賞に輝き、一大センセーションを巻き起こしたのは記憶に新しい。あれは衝撃的だった。

また2013年と21年に宇畑知樹/埼玉県立伊奈学園総合高等学校が同じシェーンベルクのミュージカル『レ・ミゼラブル』(森田一浩 編曲)で全国金を受賞しているし、2017年にはアラン・メンケン作曲ミュージカル『ノートルダムの鐘』(森田一浩 編曲)でもてっぺんを取った。

ロイド・ウェバーが紡ぐ旋律はプッチーニのオペラみたいにキャッチーで耳に残るのだが、器楽演奏としては難易度が低く、コンクールに向かない。どうしても全国大会に選ばれる学校の自由曲はラヴェルの『ダフニスとクロエ』とか、レスピーギ『ローマの祭り』(グレード5〜6)、吹奏楽オリジナル曲ならピーター・グレイアム『ハリソンの夢』(グレード7)といった、技術的に超難しい楽曲に偏りがちである。

だから『オペラ座の怪人』で全国進出を果たすのは画期的事件だし、ここまできたら是非頂点に上り詰めてほしいと願わずにはいられない。

僕はミュージカル『オペラ座の怪人』が死ぬほど好きで、ブロードウェイ(NY)、ウエストエンド(ロンドン)のみならず、ラスベガスにまで行って観劇している(ラスベガス版は2012年に閉幕)。

 ・ オペラ座の怪人 2007.05.19
 ・ ラスベガス便りその1 《オペラ座の怪人》 2009.01.02

大阪桐蔭が演奏する『オペラ座の怪人』は、『指輪物語』で名高いオランダの作曲家ヨハン・デ・メイの編曲で聴いたことがある。また2024年定期演奏会での演奏は郷間幹男によるもの(歌付き)だった。

 ・ 「吹奏楽の神様」屋比久勲登場!~大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2014@ザ・シンフォニーホール
 ・  大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2024(「サウンド・オブ・ミュージック」「オペラ座の怪人」のおもひでぽろぽろ)

また建部知弘による編曲版も素晴らしい。今回梅田先生は誰の編曲を採用したのだろう?興味津々である。

ただ気がかりなのは楽曲の著作権(二次使用権)の問題だ。関西大会の高校Aライブ配信では大阪桐蔭の自由曲が配信不可だった。つまり二次使用が認められなかったわけだ。だから全国大会での演奏が、DVD・Blu-rayで発売される際に収録されるかビミョーである。

ミュージカル作品の中で版権問題が一番厳しいことで有名なのがレナード・バーンスタインの『ウエスト・サイド物語』である。日本で初演したのは宝塚歌劇団だが、その公演がテレビで放送されたり、ビデオやDVD、Blu-rayで発売されたことは一切ない。つまり映像による二次使用は認められていない。宝塚歌劇が上演する他の海外ミュージカル(『エリザベート』『ロミオ&ジュリエット』『ファントム』等)と比較すると雲泥の差だ。まぁさすがにロイド・ウェバーの場合、そこまで厳しくはないと思うのだが……。

なおこれを機会に作品を観てみたいという方、ジョエル・シューマッカー監督による映画版(2004)は余りお勧めしない。如何にもB級ホラーの匂いがプンプンするのだ。エミー・ロッサム演じるヒロイン・クリスティーヌは良い。しかしジェラルド・バトラーの怪人とパトリック・ウィルソンのラウル子爵がいただけない。カルロッタ役のミニー・ドライヴァーも✕。ロイド・ウエバーが書き下ろした新曲もお粗末極まりない。因みに当初怪人役はヒュー・ジャックマンが予定されていたのだが映画の撮影と、ブロードウェイ・デビュー『ザ・ボーイ・フロム・オズ』出演が重なったため、ヒューは舞台を選び、見事トニー賞でミュージカル主演男優賞を受賞した。彼が『オペラ座の怪人』に出ていたら、もっとマシな作品になっただろうに。なお、舞台のプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュは再映画化したいと考えているようなので、そちらに期待したい。

というわけで、映像として観るのなら断然『オペラ座の怪人 25周年記念公演 in ロンドン』の方が遥かに素晴らしい!ラミン・カリムルーも、シエラ・ボーゲスも文句なしだ。

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全日本吹奏楽コンクール 高等学校の部は2024年10月20日(日)に宇都宮市文化会館で開催される。刮目して待て。

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2024年6月15日 (土)

映画「オッペンハイマー」と、湯川秀樹が詠んだ短歌

109シネマズ大阪エキスポシティのIMAXレーザー/GTで『オッペンハイマー』を鑑賞。公式サイトはこちら

評価:A+

Oppenheimer

「原爆の父」を描く、ジャンルとしては伝記映画に属する。

本作のややこしさは時間軸をいじくっているとことにある(クリストファー・ノーラン監督の作品ではいつものことだが)。大きく分けて2つの柱がある。

 ①〈核分裂(fission)/カラー〉1954年米ソ冷戦と赤狩りの時代、オッペンハイマーがソ連のスパイ容疑をかけられたことに対する聴聞会(非公開/狭い部屋)と彼の回想。主観。
 ②〈核融合(fusion)/白黒〉1959年アイゼンハワー大統領時代、ルイス・ストローズが商務大臣に任命される前にその資格を問う公聴会(公開/広い部屋)とストローズの回想。客観。

ストローズがオッペンハイマーと初めて会うのは1947年なので、白黒パートは全て原爆投下(第二次世界大戦終結)後の出来事である。つまり白黒パートの方が基本的にカラー・パートより後の時代なのでそこがさらに混乱のもとになる。

なお原爆は核分裂(fission)を原理とする爆弾であり、水爆は核融合(fusion)反応を主体とする(核分裂反応も併用している)。だからカラー・パートは原爆が生み出されるまでの話で、白黒パートでは水爆をどう扱うかが議論される。

現代の物理学は、〈相対性理論〉と〈量子論〉という2大理論を土台にしている。時空の理論である〈一般相対性理論〉は、主にマクロ(巨視的)な世界を扱い、〈量子論〉は原子や素粒子(原子をさらに分解した最小単位)など、ミクロな世界を支配する法則についての理論である。ミクロな時空では、一般相対性理論が役立たない

アインシュタインは空間と時間が時空間の持つ二つの様相であり、エネルギーと質量もまた同じ実体がもつ2つの面にすぎないと考えた。だからエネルギーが質量に変わったり、質量がエネルギーに変わったりする過程が、必ず存在する筈だ。そこからE=mc2という有名な公式が導き出された(:エネルギー、m:質量、c:光速度)。そして質量をエネルギーに変換することで、核兵器や原子力発電の開発に繋がった。

時空間は曲がる」。これが、〈一般相対性理論〉を支えている発想である。地球が太陽の周りを回るのは、太陽の周りの時空間が太陽の質量により屈曲しているからである。地球は傾いた空間を真っ直ぐに進んでいるのであって、その姿は漏斗(ろうと)の内側で回転する小さな玉によく似ている。

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一方、〈量子論〉を基礎づける三つの考え方は粒性・不確定性・相関性(関係性)である。エネルギーは有限な寸法をもつ「小箱」から成り立っている。量子とはエネルギーの入った「小箱」のことであり、それが持つエネルギーはE=hvで表せる(:エネルギー、:プランク定数、:振動数)。

自然の奥底には「粒性」という性質があり、物質と光の「粒性」が、量子力学の核心を成す。その粒子は急に消えたり現れたりする(不確定性)。言い換えるなら世界を構成するあらゆる物質が粒子であるとともに、波の性質を備えていると考える(ここでの波とは確率の波である)。つまり量子は一見矛盾した2つの特徴(粒/波)を同時に持っている。

粒状の量子が間断なく引き起こす事象(相互作用)は散発的であり、それぞれたがいに独立している。量子たちは、いつ、どこに現れるのか?未来は誰にも予見できない。そこには根源的な不確定性がある。事物の運動は絶えず偶然に左右され、あらゆる変数はつねに「振動」している。極小のスケールにあっては、すべてがつねに震えており、世界には「ゆらぎ」が偏在する。静止した石も原子は絶え間なく振動している。世界とは絶え間ない「ゆらぎ」である よって自然の根底には、確率の法則が潜んでいる。ひとたび相互作用を終えるなり、粒子は「確率の雲」のなかへ溶け込んでゆく。

 ・ 【増補改訂版】時間は存在しない/現実は目に映る姿とは異なる〜現代物理学を読む 2019.11.18

『オッペンハイマー』で話題になるアインシュタインの発言「神はサイコロを振らない」は、観測される現象が偶然や確率に支配されることもある、とする量子力学の曖昧さを批判したもので、「そこには必ず物理の法則があり、決定されるべき数式がある筈だ」という立場から、彼は〝神″をその比喩として用いた。

僕が認識した範囲で本作にノーベル物理学賞受賞者は9名登場する。アルベルト・アインシュタイン/ニールス・ボーア/イシドール・イザーク・ラビ/アーネスト・ローレンス/ルイス・ウォルター・アルヴァレス/エンリコ・フェルミ/リチャード・P・ファインマン/ハンス・ベーテ/ヴェルナー・ハイゼンベルク ら。うちハイゼンベルクのみナチス・ドイツ側で、アインシュタインを除き残る7名はマンハッタン計画に関わった。

マンハッタン計画に参加した学者のうち、オッペンハイマー兄弟/イシドール・イザーク・ラビ/レオ・シラード/エドワード・テラー/リチャード・P・ファインマン/ハンス・ベーテ がユダヤ人。またエンリコ・フェルミはローマ生まれのイタリア人だが、妻がユダヤ人であったため迫害を恐れアメリカに亡命した(ムッソリーニ政権下のイタリアでユダヤ人がどういう目にあったかについては映画『ライフ・イズ・ビューティフル』に詳しい)。

マンハッタン計画が世界最高の叡智を結集したものであり、日本・ドイツ・イタリアの三国が束になっても敵いっこないし、ユダヤ人であるということを理由にアインシュタインら天才たちを放逐したドイツがいかに愚の骨頂であったか、よく分かるだろう。

物理学者で中間子の存在を理論的に予言し、1949年に日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹はたくさんの短歌を残した。原爆投下について詠ったものがいくつかあるので、最後にご紹介しよう。

天地(あめつち)のわかれし時に成りしとふ
原子ふたたび砕けちる今

(とふ:読み「とう」、意味「という」)

この星に人絶えはてし後の世の
永夜清宵(えいやせいしょう)何の所為ぞや

(永夜:秋や冬に夜が長く感じられること)(何の所為ぞや:何のためにあるのだろうか)

まがつびよふたたびここにくるなかれ
平和をいのる人のみぞここは

(禍津日神:まがつひのかみー黄泉の穢れから生まれた神で、災厄を司るとされている) これは広島の平和記念公園で詠まれた。

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2024年6月10日 (月)

石原さとみの熱い叫びを聴け! 映画「ミッシング」(+上坂あゆ美の短歌)

評価:A

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映画公式サイトはこちら。

石原さとみは熱い女(ひと)だ。7年前に「変わりたい、自分を壊してほしい、私を変えてくれる人は誰か」と沢山映画を観て吉田恵輔監督に白羽の矢を立て、出演を直談判した。しかし「すみません、苦手です。僕の作品にあなたは華やか過ぎる」と断られた。しかし彼女は諦めなかった。

僕が本作で感じたのは、監督の直感が正しかったということだ。

ボディソープで洗ってわざと髪を痛め、半分茶髪、根っこの方は黒髪が生えているボサボサの状態で撮影に臨んでも、彼女の美しさ、内面から溢れてくる輝きは覆い隠すことが出来なかった。映画を観ている途中に「(物語の舞台となる)沼津のようなド田舎に石原さとみはいね〜よ!」と思った。

僕には土地勘がある。大学生の時に沼津駅で下車し、沼津港から千鳥観光汽船に乗り西伊豆の戸田まで旅をしたことがあるのだ。福永武彦が書いた大好きな小説『草の花』の旅を追体験したかったからである(今回調べてみると、この航路は2014年に定期便が廃止されたらしい)。

歌人・上坂あゆ美(1991年静岡県沼津市生まれ)が故郷について詠んだ短歌をいくつか思い出した。

・ 撫でながら母の寝息をたしかめる ひかりは沼津に止まってくれない
・ 沼津市で熱量があるものすべてダサいと定義していた青春
・ 富士山が見えるのが北という教師 見える範囲に閉じ込められて
・ あぜ道を走るラベンダー色の自転車 あの子はきっと東京に行く

閉塞感がひしひしと感じられる。上坂本人も高校卒業後に上京した。そして石原さとみは正に「ラベンダー色の自転車」に乗る少女だと思った。ハイカラで眩しくて灰色の沼津の風景には全く馴染まない。

それでも彼女の熱演は高く評価したい。やっと代表作と言える作品に出会えて本当に良かったね。

映画の出来も素晴らしかった。吉田恵輔監督作品の系譜の中では『空白』に近い味わいだが、より深化している。僕は本作の方が好きだ。

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2024年5月24日 (金)

段田安則の「リア王」

4月20日(土)ブロードウェイ・ミュージカル『カム フロム アウェイ』に゙続き、大阪に新たに出来たSkyシアターMBSで『リア王』を観劇した。

Dandadan

翻訳:松岡和子、演出:ショーン・ホームズ、美術・衣装:ポール・ウィルス。出演は...

段田安則、小池徹平、上白石萌歌、江口のりこ、田畑智子、玉置玲央、入野自由、前原滉、盛隆二、平田敦子、高橋克実、浅野和之  ほか。

因みに段田安則と浅野和之はかつて野田秀樹が主催していた「夢の遊眠社」で活躍した仲間である。

段田は2022年にもショーン・ホームズとタッグを組んだ『セールスマンの死』で読売演劇大賞 最優秀男優賞を受賞している。

ポスターでリア王の顔は傷だらけ、泥まみれになっているが実際の舞台ではこれほど汚いメイクではなかった。コピー機やウォーターサーバーがあるオフィスみたいな舞台装置に登場人物はスーツにネクタイ姿、つまり現代を舞台にした「読み替え」演出だ。

実はヨーロッパの歌劇場ではオペラの「読み替え」演出が当たり前のことになっており、例えばかつてのジャン=ピエール・ポネルとか、『ラ・ボエーム』『トゥーランドット』で名高いフランコ・ゼフィレッリのような、台本に書かれた時代に合わせた衣装や舞台装置による演出は現在、殆ど見かけない(アメリカのメトロポリタン歌劇場なら、まだたまにある)。多分「読み替え」演出の先駆者と言えるのは1976年バイロイト音楽祭におけるパトリス・シェローによる楽劇『ニーベルングの指環』あたりではないだろうか?ピエール・ブーレーズが指揮したあれだ。

「読み替え」には当初、違和感を覚えたし世間では賛否両論ある。しかしもう慣れた。結局、この手法の肝は「21世紀の現代において古典を上演する意義を考えろ!」ということなのだろう。1600年代初頭に初演されたシェイクスピア劇を、当時のまま再現することに果たして意味はあるのだろうか?そういうことだ。

段田は無論のことだが、底意地が悪い長女ゴリネル(江口のりこ )と次女リーガン(田畑智子)、そして清純なコーディリア(上白石萌歌)の三姉妹が出色の出来。大満足。

考えてみれば今までミュージカル『ロミオ&ジュリエット』やブリテンのオペラ『夏の夜の夢』、ヴェルディの『オテロ(オリジナルは『オセロー』)』など観劇してきたが、シェイクスピアのストレート・プレイを観るのはこれが初めてかも。『ハムレット』もオペラ化されているし(アンブロワーズ・トマ/ブレット・ディーン )、『十二夜』は色々なヴァージョンでミュージカル化されている(例えば原田諒が作・演出した宝塚歌劇団『ピガール狂騒曲』)。しかし『リア王』は聞いたことがない。そういったアレンジには向いていないのかも。

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2024年5月23日 (木)

ブロードウェイ・ミュージカル「カム フロム アウェイ」@SkyシアターMBS(大阪)

4月6日(土)JR大阪駅・西口に直結、新しく出来たばかりのSkyシアターMBSへ。ミュージカル『カム フロム アウェイ』を観劇した。

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1,289席の中規模劇場である。梅田芸術劇場メインホールが1,905席、その地下にあるシアター・ドラマシティが898席なのでちょうど中間ということになる。因みに座席が狭くて古くで僕が大嫌いな森ノ宮ピロティホールは1,030席。SkyシアターMBSは観易く、いいハコだった。

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2001年9月11日ニューヨークが混迷した同時多発テロの裏で、カナダにある小さな町・ニューファンドランドで起きた驚くべき実話を基にしている。100分というコンパクトな上演時間で途中休憩なし、ノン・ストップ。2017年のトニー賞において本作でミュージカル演出賞に輝いたクリストファー・アシュリーが日本版も引き続き担当した。この年、トニー賞でミュージカル作品賞など総なめにしたのが『ディア・エヴァン・ハンセン』なのだが、作品の内容にせよ、音楽にせよ、僕は本作のほうが断然好き。因みにイギリスのローレンス・オリヴィエ賞ではミュージカル作品賞・楽曲賞・振付賞・音響賞を受賞した。

登場人物は100人近く。しかし出演者はたった12名。

安蘭けい、石川禅、浦井健治、加藤和樹、咲妃みゆ、シルビア・グラブ、田代万里生、橋本さとし、濱田めぐみ、森公美子、柚希礼音、吉原光夫

このメンツ、theatergoer(観劇好き、芝居好き)なら分かると思うけど超豪華キャストである。主役を張れる人たちばかり。〝日本ミュージカル界のアベンジャーズ”と評されたのもむべなるかな。おまけに僕が観劇した日は安蘭けいと柚希礼音という元・宝塚歌劇団男役トップスターによるアフタートークもあったので超オトクであった。昔から安蘭けいは話術が巧みなので場内が爆笑の渦に包まれたことは言うまでもない。

展開はスピーディだし、内容的にも深く文句なし。再演があれば是非また観たい。

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2024年4月 2日 (火)

デューン 砂の惑星PART2

評価:A+

IMAXで鑑賞。

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パート2まで観て判ったのは1965年に出版された原作小説が後のSF作品に多大な影響を与えた、ということだ。女性だけの教団ベネ・ゲセリットが企てる「人類改良血統計画」は『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する秘密結社ゼーレによる「人類補完計画」を彷彿とさせるし、巨大なサンドワーム(砂虫)や惑星アラキスの生態系は明らかに『風の谷のナウシカ』の王蟲や腐海に繋がっている。主人公ポールの母が砂漠の民フレメンの教母になり、説く内容は『ナウシカ』の大ババが語る「その者、青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。失われし大地との絆を結び、ついに人々を青き清浄の地へ導かん」に一致する。また『スター・ウォーズ』の舞台となる砂漠の惑星タトゥイーンも然り。

一方、砂漠の美しさや戦闘シーンの迫力はデヴィッド・リーン監督『アラビアのロレンス』(1962)以来のスケール感ではないかと驚嘆した。よくよく考えると本作と『アラビアのロレンス』の物語構造は似ている。よそ者であるイギリスの陸軍将校ロレンスが、オスマン帝国からのアラブ独立闘争を率いて英雄になっていく姿が、『砂の惑星』のポールがフレメンを率いて戦う姿に重なる。また『アラビアのロレンス』でアンソニー・クイン演じるアウダ・アブ・タイが本作ではフレメンの部族長スティルガーに該当するし、だったらオマー・シャリフ演じるシャリーフ・アリは?と考えた時、ゼンデイヤ演じるチャニではないか?と奇抜な発想が湧いた。ロレンスは砂漠の英雄になるが、そこには常に迷いがあり虚無感が漂うし、それはポールも同様。

こうした創作物のバトンがすごく面白いな、と思った。

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