フォード vs フェラーリ

評価:A

Ford

米アカデミー賞では作品賞、音響編集賞、録音賞、編集賞の4部門にノミネートされている。公式サイトはこちら

男臭い映画である。劇中の会話にも登場するハリウッド・スター、スティーブ・マックィーンが主演した映画「栄光のル・マン」「ブリット」「大脱走」などを思い出した。あとジョン・フランケンハイマー監督の「グラン・プリ」ね。つまり1960−70年台の匂いがするということ。ちょっと今では見かけないタイプだ。

また、カー・デザイナーのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)とレーサーのケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)の果てしない殴り合いは「静かなる男」(1952)におけるジョン・ウェインとヴィクター・マクラグレンのそれを彷彿とさせる(E.T.がビール片手にテレビで見ていた映画)。つまり、ジョン・フォード的世界でもある。マイルズの奥さんも男勝りで、西部劇に出てきそうな感じだしね。

脚本・監督を務めたジェームズ・マンゴールド監督の腕は確かである。切れのある編集も素晴らしいし、なにより迫力満点の音響演出に痺れる。レースの渦中に放り込まれたような興奮をたっぷり味わえる。

ただ気になったのは、「この映画を女性が観て、果たして面白いと感じるだろうか??」ということ。考えてみればスティーブ・マックィーンのカー・アクションやジョン・フォードの西部劇に心底惚れ込んでいるのは、男ばかりだしね。このプンプン漂ってくる男の体臭が「好き♡」というマニアもいるだろうが、生理的に受け付けない人も多いのでは?

| | コメント (2)

「パラサイト 半地下の家族」と黒澤映画

今から16年前の2004年、僕はポン・ジュノ監督「殺人の追憶」のレビューで、次のように評した。

処女作「ほえる犬は噛まない」についても言及し、褒めそやしている。その後しばしばポン・ジュノは〈韓国の黒澤明〉と呼ばれるようになるが、世界で最初に言い出したのは僕だと確信している(もっと早く言及した人がいれば、ご一報ください)。因みに監督のもとには黒澤映画のリメイクの依頼も来たという(本人談)。

最新作「パラサイト 半地下の家族」は米アカデミー賞で国際長編映画賞(昨年までは外国語映画賞)受賞は500%確実と言われており、他に作品賞(本賞)、監督賞、脚本賞、美術賞、編集賞の6部門にノミネートされている。

Parasite

評価:A+

公式サイトはこちら

2013年にポン・ジュノが英語で撮った「スノーピアサー」は地球が氷に閉ざされた近未来(2031年)に生き残ったわずかの人類が永久機関によって動き続ける列車内部に暮らしているという設定だ。貧困層は最後尾に住み奴隷扱いを受け、少数の富裕層は前方車両で優雅に暮らし別世界を築いている。公開当時僕が書いたレビューはこちら。「スノーピアサー」は水平方向に貧富の差が描かれていたわけだが、これが「パラサイト」では垂直方向に変換されている。実は垂直方向の差異で格差社会を描くという手法は黒澤明監督「天国と地獄」(1963)で既に行われている。

山崎努演じる誘拐犯・竹内は捕まり、三船敏郎演じる大手製靴会社の常務・権藤と刑務所の面会室で対峙する。竹内は言う。「私の住んでいたところは、冬は寒くて眠れない、夏は暑くて眠れない。そんな場所から見上げると、あなたの家は天国みたいに見えましたよ。するとだんだんあなたが憎くなってきて、しまいにはあなたを憎むことが生きがいみたいになったんです」竹内が逮捕される場面の、売春婦や麻薬中毒者がたむろする阿片窟のような横浜市黄金町が〈地獄〉として描かれ、高台にある権藤の家が〈天国〉のメタファーとなっている。

「パラサイト」で半地下に住むキム一家は、裕福なパク一家が住む高台の豪邸に一人ずつ寄生していく。しかしソン・ガンホ演じる家長は次第に弱者が強者に対して感じる憎悪・怨恨、つまりニーチェが言うことろのルサンチマンをパク社長に対して募らせていく。それは朝鮮半島の思考様式、(ハン)にも通じていると言えるだろう(について詳しくは韓国映画「風の丘を越えて/西便制」をご覧あれ)。そして蓄積されたのストレスで火病(ファビョン)に罹る。その切っ掛けとなるのが、映像では直接描くことの出来ない〈臭い〉であることが天才ポン・ジュノの独創性だと思った。

Kaze

高台に住むパク社長一家を韓国併合時代(1910-1945)の日本人(朝鮮総督府)、半地下の家族を当時の朝鮮人民に見立てる(置き換える)ことも可能だろう。支配者に対する被支配者の(≒ルサンチマン)は未だに尾を引き、徴用工や従軍慰安婦問題が燻ぶり続けている。こういった多様な解釈を許すという意味においても、奥深い作品である。

また新海誠監督「天気の子」の主人公も東京で半地下に住み、そこが大雨で浸水するという描写が共通しているという点でシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)を感じた。

参考文献:
1.ニーチェ、中山元(訳)「道徳の系譜学」(光文社古典新訳文庫)2009 ←ルサンチマンについて。
2.西尾幹二、呉善花「日韓 悲劇の深層」(祥伝社新書)2015 ←恨(ハン)と火病(ファビョン)について。
3.呉善花「韓国を蝕む儒教の怨念 〜反日は永遠に終わらない〜」(小学館新書)2019

| | コメント (0)

格差社会は悪なのか?

カンヌ国際映画祭で連続してパルム・ドール(最高賞)を受賞した「万引き家族」(日本)と「パラサイト 半地下の家族」(韓国)、そして「バーニング 劇場版」(韓国)、「アス Us」(アメリカ)、「ジョーカー」(アメリカ)が同時多発的に格差社会を描いているということで話題になっている。

左翼ジャーナリズムや、自らを「市民」と名乗り、デモ行進を実行するプロ市民/活動家たち(現在では「リベラル」という便利な言葉/隠れ蓑がある)はトランプ大統領(共和党)や安倍総理が大嫌いなので、彼らのせいで「格差が広がっている」と煽る(民主党・オバマ大統領政権の頃は好意的だった)。

しかし格差って、そんなに悪いことなのだろうか?

例えば朝日新聞社の言論サイト「論座」に掲載された、〈努力についての不都合な真実〉をお読み頂きたい。自分の給与が勤続12年でたった14万円だと嘆き、〈日本終わってますよね?〉とツイートした人に対して、事業家の堀江貴文氏が〈日本がおわってんじゃなくて「お前」がおわってんだよ 〉とリプライしたことについて次のように論じている(以下引用)。

 経済的成功者に、貧困問題を語らせると、たいていこういう結末になる。彼らが異口同音に言うのは「努力せよ。さすれば、貧困は解決せん」というシンプルなご託宣だ。(中略)
 だが、こういうロジックは、根本的に間違っていると思う。まず、努力すれば、たしかに、当該の人の給料が上がるかもしれない。競争力が増し、他人に勝って、よりよい地位を得て給料も増すからだ。しかし、その人が競争に勝つということは、逆に言えば、あらたに「競争に負ける」人も生み出すことでもある。

まことにもって奇妙な理屈である。勝者が生まれれば、同時に敗者も生まれる。当たり前のことだ。自由競争の基本であろう。例えば短距離走を考えてみよう。「競争に負ける」人を生み出してはいけないのだったら、この著者はどうすればいいというのだろう?みんなで仲良く並んで同時にゴールする?笑止千万である。この理論に従えば、東京オリンピック開催も止めたほうが良いということになる。プロ野球や高校野球、Jリーグも禁止ね。学校のテストで100点とったら「競争に負ける」人も出る。どうする?全員が同点だと意味ないし、いっそのことテストも入試も廃止か。じゃあ選別の方法は?

どうもこの人が言いたいのは、社会全体で経済発展して、みんなで生活水準を上げ、Win-Win(私も勝って、あなたも勝つ)関係になりましょうということのようだ。じゃあ仮に日本全体が底上げされたと仮定しよう。しかしその場合、必然的に「競争に負ける」国を生み出すだろう。果たして地球全体がWin-Winになる経済なんてあり得るの?

フランス革命前のフランスや、江戸時代の日本も格差社会だった。フランスの平民が貴族になることは出来なかったし、高等教育も受けられなかった。長屋に住む熊さん・八っつぁん(上方落語では喜六・清八)が武士になることも出来なかった。まして大坂の豪商・鴻池善右衛門(こうのいけぜんえもん)との経済格差は桁外れである。

経済格差があることは今も変わらない。しかしその頃と、21世紀の現代では厳然たる違いがある。それは〈自由〉と〈平等〉があることである。自分の意見を言うことも〈自由〉だし、職業を選ぶことも〈自由〉。たとえ貧乏な家庭に生まれても本人に才能や才覚があり、一生懸命勉強すれば一流大学に入学し、一流企業に就職することが出来る。奨学金制度だってある。学歴がなくても起業が成功し、大金持ちになるIT企業社長もいる。つまり機会(チャンス)は〈平等〉に与えられている。それを生かすも殺すも本人の努力と実力次第だ。

しかし左翼ジャーナリズム(自称リベラル)は今の日本やアメリカは〈平等〉じゃないと言う。貧富の差があるからだと。つまり彼らが主張する〈平等〉は意味が違う。意図的に履き違えている。経済的に、みな〈平等〉で格差のない社会〜それは共産主義国家の実現を意味する。つまりマルクス主義への回帰を未だに彼らは夢見ているのだ。

20世紀は社会主義国家建設という〈実験〉が世界的に幾つか行われ、ことごとく失敗した。ソビエト連邦や中国の文化大革命は理想的な世界、ユートピアを果たして生み出したか?労働党が政権を握った時代、イギリス国民は幸せになれたか?北朝鮮は地上の楽園か?答えは明白であろう。

マルクス主義が愚かで、致命的に間違えているのは〈人間の欲望〉を無視していることである。「他人より儲けて、いい暮らしがしたい」「社会的に高い地位に就いて、人々から尊敬されたい」という、格差を生み出そうとする欲望〉が社会を活性化し、経済を動かす。〈欲望〉という言葉が嫌だったら〈意欲〉や〈向上心〉でもいい。勉強して良い大学に行かなくても、仕事をサボるばっかりしても同じ給料がもらえるのならば、誰も勉強しないし働かない。そういう社会は衰退し、いずれ滅ぶだろう。格差のない社会は人をダメにする。努力が報われない世界を〈平等〉とは言えない。

現代日本には〈自由〉と〈平等〉がある。それに加え江戸時代と比較すると、社会福祉社会保障制度システム)が進化した。経済格差はあるが最低限の生活が保証されているということである。敗者(loser)でも生きていける。

1756年の飢饉では岩手と宮城の両県で合計約5万人の死者を出している。1784年東北地方を中心に発生した天明の大飢饉では津軽藩だけで10万人以上の餓死者を出した。人口動態統計によると1950年(昭和25年)の餓死者数は9,119人。 これが2017年「食糧の不足」による死亡者数は22人である。この中には一人暮らしの老人も含まれるわけで、生活保護制度のある現在は貧困による死者は事実上いないと言っていいだろう。

読者にいま一度問う。格差社会ですか?

追伸:ポン・ジュノ監督の大傑作「パラサイト 半地下の家族」のレビューは近々掲載予定です。

| | コメント (0)

「武満徹を探す三日間の旅@フェニーチェ堺」体験記

2019年12月27日〜29日、フェニーチェ堺で「武満徹のミニフェスティバル3日間」を体験した。

En5rzasu4aabqoh

オーケストラ作品を含め、意外と関西では武満徹(1930-96)の音楽を聴く機会が少ない。それは武満が東京の人だからである。関西出身の作曲家なら、例えば大栗裕や大澤壽人、貴志康一、西村朗の音楽は、たとえ採算が取れなかろうと(客を呼べなくても)大阪のオーケストラは(自分たちの使命として)頑張ってプログラムに入れるのだが、黛敏郎や三善晃、矢代秋雄らは完全無視である。知らん顔。

しかし、生前の武満と親しかった尾高忠明が大阪フィルハーモニー交響楽団のシェフに就任してから次第に状況が変わりつつある。僕がどうしても聴きたい武満の管弦楽曲は「ノヴェンバー・ステップス」「夢の時 Dreamtime」「ウォーター・ドリーミング」そして「系図 Family Tree ー若い人たちのための音楽詩ー」なんだよね〜。あ、「系図」の語り(詩の朗読)は作曲家の指示通り10代の女の子でお願いします(故・岩城宏之は吉行和子を起用した)。大フィルさんよろしく〜。

オーケストラですらそんな有様だから、まして武満の室内楽・器楽曲が関西で演奏されるのは皆無に等しい。だから今回のフェスはとてもありがたかった!

DAY1:杉山洋一(作曲家・指揮者)プロデュース「室内楽名品選」

  • ヴァレリア(ピッコロ2、エレクトリック・オルガン、ギター、Vn、Vc)
  • サクリファイス(フルート、リュート、ヴィブラフォン)
  • 遮られない休息 I,II,III(ピアノ)
  • ユーカリプス II(フルート、オーボエ、ハープ)
  • 環(リング)(フルート、リュート、テルツギター)
  • 悲歌(ヴァイオリン、ピアノ)
  • スタンザ I(ソプラノ、ヴィブラフォン、ギター、ハープ、ピアノ&チェレスタ)

演奏は荒井英治(ヴァイオリン)、吉野直子(ハープ)、黒田亜樹(ピアノ)、近藤孝憲(フルート)、山田岳(ギター)、高本一郎(リュート)、海野幹雄(チェロ)、松井亜希(ソプラノ)ほか。

杉山洋一自身レコードでは聴いたことがあったけれど、実演に接するのは今回初めてという曲が幾つかあるそう。「初期作品には書き方がいい加減なものもあります」と。

「サクリファイス(生贄)」はフルートの吹き方がまるで尺八みたいで、風に穂をなびかせるススキヶ原の光景が目に浮かんだ。

「ユーカリプス II」はフルートのフラッター(Flutter-tonguing)やオーボエの重音奏法など特殊技法のオン・パレード。しっかりゲンダイオンガクしている。でも聴いていて不快じゃない。

「環(リング)」は奏者が手にはめた指輪を叩いたり、フルートのカバードキーを(息を吹かずに)叩いたりと面白かった。

「悲歌」は元々、大島渚監督の映画「儀式」のために書かれたもので、原曲はヴァイオリン独奏と弦楽合奏という編成。

トークの中で荒井は世界のオーケストラから選りすぐったトップ・プレイヤーで構成されたスーパーワールド・チェンバーオーケストラと共演し、武満の「ノスタルジア」を弾いた時を回想し、「ゴッホの油絵みたいに脂ぎった演奏で、濃いめでアルバン・ベルク〈抒情組曲〉のような感じだった」と。日本のオーケストラが奏でる武満とは感触が違ったそう。

1969年に発表された「スタンザ I」は翌年の大阪万博で鉄鋼館ースペース・シアターのために書かれたオーケストラ曲「クロシング」の原型となった。これもそうだが、武満の作品にはしばしば途中で沈黙が訪れる。僕は行間に語らせる音楽だと思った。

DAY2:小味渕彦之(音楽評論家)プロデュース/西岡茂樹指揮による「ソング名品選」

  • 混声合唱のための「うた」から
    小さな空/小さな部屋で/恋のかくれんぼ/うたうだけ
  • 混声合唱のための「風の馬」
  • 独唱
    小さな空/三月のうた/燃える秋/うたうだけ/明日ハ晴レカナ、曇リカナ
  • 混声合唱のための「うた」から
    翼/島へ/◯と△の歌/死んだ男の残したものは/さようなら/さくら

独唱は高山景子、林隆史、益田早織、川野貴之、西尾岳史、そして特別編成合唱団が歌った。ピアノ伴奏は岡本佐紀子。

そもそも武満が作曲家を志すきっかけとなったのが、終戦間近14歳の時に勤労動員先で見習士官からこっそりレコードを聴かせてもらったシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」(戦争中は敵性音楽だから禁止されていた) 。ジャン・ルノアールが1923年に作詞・作曲し、リュシエンヌ・ボワイエが歌った

「小さな空」は心に染み入るノスタルジィがある。合唱版も独唱もそれぞれ味わい深い。「小さな部屋で」は寂しくて、温かい。

独唱用の楽譜で、武満自身が手がけたピアノ譜があるのは「うたうだけ」と「燃える秋」のみ。「うたうだけ」はとってもJazzyで、映画主題歌「燃える秋」はしっとり。なお武満は生涯に約100本の映画音楽を書いている。

「さようなら」はラジオ番組『私の歌』のために書かれた24歳の作品。

〈うた〉の魅力を堪能した。

DAY3:武満真樹プロデュース「武満徹の友人たちトーク&ライブ」

武満徹の娘・真樹が司会を務め、荘村清志(ギター)、coba(アコーディオン)が演奏。

  • フォリス(ギター独奏)
  • 「ギターのための12の歌」から
    オーバー・ザ・レインボウ/失われた恋/ロンドンデリーの歌
  • 森のなかで(遺作/ギター独奏)
  • 「ギターのための12の歌」から
    早春賦/シークレット・ラブ/ミッシェル
  • 映画「他人の顔」からワルツ(アコーディオン独奏)
  • 死んだ男の残したものは/翼(ギター&アコーディオン)

アンコールは、

  • トオルさんへのトリビュート(coba)
    小さな空+リベルタンゴ(by ピアソラ)etc.
  • 映画「ヒロシマという名の少年」(荘村清志)

生前武満は「演奏者の顔が見えないと、曲が書けない」と語っていたという。

遺作「森のなかで」は浅間山の裾野にある長野県・御代田町の別荘で作曲された。

「ギターのための12の歌」は珠玉の美しさ。

cobaの奏でる「他人の顔」ワルツは先鋭的かつ劇的。

ある日cobaに(それまで面識がなかった)武満から直接電話が掛かってきて、1993年に武満がプロデュースする八ヶ岳高原音楽祭にギターの渡辺香津美らと出演することになった。そして武満が膀胱がんと闘っていた95年9月、ビョークのワールド・ツアーに参加していたcobaはこれが最後になるかも知れないと、イタリア公演だけ抜けさせてもらって八ヶ岳高原音楽祭に駆けつけた(武満は96年2月に亡くなった)。

武満家では朝食時に食卓で父親がDJよろしくいろいろ選曲してCDを掛けていた。しかし娘から「朝っぱらからわけのわからない現代音楽は嫌よ」と釘を差されていたという。そしてある日のこと「これならいいだろう」とcobaが小林靖宏を名乗っていた頃のアルバム「風のナヴィガトーレ」から〈プシュケ〉を掛けた。ここで会場でもcobaが〈プシュケ〉全曲を弾いた。朝の風がよく似合う、爽やかな楽曲だった。

荘村は武満とよく、新宿三丁目のゴールデン街に飲みに行った。行きつけのバーには大体ギターが置いてあり、武満のリクエストでバリオス作曲「郷愁のショーロ 」を弾いた(会場でも演奏)。バーに井上陽水が居合わせてビートルズを歌ったりもした。武満は荘村の伴奏でビートルズの「ハニー・パイ」を歌ったという。荘村が酔いつぶれ、手を引っ張って立ち上がらそうとした武満を投げ飛ばしてしまい、顔に傷を負わせてしまったエピソードも披露。

Takemitsu

最後はとってもIntimate Concetとなった。

| | コメント (0)

古楽最前線!オペラ「ピグマリオン」

12月14日(土)いずみホールへ。〈古楽最前線〉を体感する。

Izumi_20200110105801

  • リュリ:音楽悲劇「アティス」より
    序曲、花の女神のニンフたちのエール、メヌエット、ガヴォット
  • コレッリ:歌と踊り「ラ・フォリア」
  • リュリ:コメディ・バレ「町人貴族」より
    トルコ人の儀式の音楽、イタリア人のエール
  • リュリ:音楽悲劇「アルミード」より
    第2幕 第2場の音楽、パサカーユ
        (休憩)
  • ラモー:オペラ「ピグマリオン」全曲

第1部で17世紀における〈オペラ・バレエの歴史〉をたどり、第2部で18世紀のオペラ「ピグマリオン」(日本語字幕付き)をたっぷり味わうという構成。スタッフは寺神戸亮(指揮・ヴァイオリン/プロデューサー)、岩田達宗(演出)、小㞍健太(振付)。管弦楽はレ・ボレアード、そして特別編成の合唱団。独唱はクレマン・ドビューヴル、鈴木美紀子、波多野睦美、佐藤裕希恵。バロックダンスは松本更紗(パリ市立高等音楽院古楽専攻
/ヴィオラ・ダ・ガンバ科卒業)、コンテンポラリーダンスが酒井はな、中川賢。

何より第1部は松本更紗のバロックダンスが優雅で美しく、魅了された。

また途中、岩田達宗と寺神戸亮による解説があり、バロックダンスには下図のような記譜法(notation)があることを初めて知った。

Notation

舞踏譜にはダンスのステップ、踊るときの空間指示、音楽と動きの関わりが平面に書き表されており、現代でも再現出来るというわけ。シャーロック・ホームズ・シリーズの短編小説「踊る人形」を思い出した。

第2部の「ピグマリオン」は1748年にパリの劇場(王立アカデミー)で初演された。純粋に「歌劇」というよりは、「歌劇」と「舞踏」が半々といった印象。成る程、ヴェルディのオペラ(シチリア島の夕べの祈り、アイーダ、オテロ)にも大々的なバレエ・シーンが有るが、この伝統の名残なんだなと理解した。特に最後は祝祭的だなと思った。

ギリシャ神話に登場する「ピグマリオン」といえば、ミュージカル「マイ・フェア・レディ」である。原作となったジョージ・バーナード・ショーの戯曲が「ピグマリオン」で、イライザ・ヒギンズ・ドゥーリトル・ピカリング・フレディーなど登場人物の名前もそのまま。この戯曲は1938年にイギリスで映画化されている。(共同)監督・主演は「風と共に去りぬ」のアシュレー役で有名なレスリー・ハワード(第二次世界大戦中、搭乗していた旅客機がドイツ空軍に誤射され死亡)。なんと編集を担当しているのがデイヴィッド・リーン。後に映画監督となり、「戦場にかける橋」「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」などを撮った。

| | コメント (0)

ネルソンス/ウィーン・フィル「ニューイヤー・コンサート2020」とベートーヴェン交響曲全集

元旦に宿泊中だった群馬県の法師温泉 長寿館でウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート2020」をTV鑑賞した。

New

今年の指揮者はアンドリス・ネルソンス。ラトビア出身の41歳。昨年亡くなったマリス・ヤンソンス(ロイヤル・コンセルトヘボウ管及びバイエルン放送交響楽団の首席指揮者を務め、ニューイヤー・コンサートに3回登壇)も同郷だ。

ラトビアはバルト三国のひとつで、バルト海を挟んで向かい側にスウェーデンがある。ラトビアの隣国がエストニアで、その対岸にフィンランドが位置する。エストニアといえばヤルヴィ親子が有名で(父ネーメ、長男パーヴォ、次男クリスチャン)、ネルソンスはパパ・ヤルヴィやヤンソンスから指揮法を学んでいる。なお、パーヴォは現在NHK交響楽団の首席指揮者を務めている。

第二次世界大戦後から1970年代までベルリン・フィルやウィーン・フィルを支配していたのはヘルベルト・フォン・カラヤン(ザルツブルク@オーストリア出身)やカール・ベーム(グラーツ@オーストリア出身)だった。しかしカラヤンの死後ベルリン・フィルのシェフを務めたのはクラウディオ・アバド(イタリア)、サイモン・ラトル(イギリス)であり、昨年からキリル・ペトレンコ(ロシア)が芸術監督に就任した。

最近のベルリン・フィル定期演奏会に登壇した主な指揮者たちを列挙してみよう。クルレンツィス(ギリシャ)、フルシャ(チェコ)、ウルバンスキ(チェコ)、アダム&イヴァンのフィッシャー兄弟(ハンガリー)、パーヴォ・ヤルヴィ(エストニア)、ゲルギエフ(ロシア)、ハーディング(イギリス)、メータ(インド)、ドゥダメル(ベネズエラ)といったところ。ドイツ人はティーレマンくらいしかいない。

ウィーン・フィル「ニューイヤー・コンサート」に目を転じると、近年登壇した戦後生まれのドイツ・オーストリア系指揮者はティーレマンとウェルザー=メスト(リンツ@オーストリア出身)のみ。この地域の人材不足が深刻化している。

どうしてオーストリアやドイツの音楽教育は衰退・地盤沈下を起こしているのか?まず、子供の人権に対する社会の意識変化が挙げられるだろう。現代では子供の意見・自主性を無視して無理矢理、音楽のスパルタ教育を受けさせることが難しくなった。しかし音楽のプロを目指すなら3,4歳くらいからの徹底した幼児教育が必須である。その点で、1989年ベルリンの壁崩壊まで鉄のカーテンに閉ざされていた東欧諸国(バルト三国・ハンガリー・チェコ・ポーランド・ルーマニア)やロシアには未だに古くからの音楽教育の伝統が残っていた(ドゥダメルは言うまでもなくエル・システマの申し子である)。

ドイツ・オーストリア圏では優秀なピアニストも壊滅状態である。現在ドイツの芸術大学でピアノ科教授を務める河村尚子の証言をお読み頂きたい(→こちらの記事 )。自由な気風の西側諸国ではピアノを学ぶ学生が年々減っており、ドイツの音楽大学で勉強しているドイツ人は全体の10%くらいしかいない。代わって東欧の人たちやアジア人が多いという

もう一つ。ナチス・ドイツによるホロコーストの影響も無視できないだろう。アドルフ・ヒトラーが政権を握ると、ユダヤ系の音楽家たちはドイツ・オーストリアから去った。指揮者で言えばブルーノ・ワルター(ドイツ)、オットー・クレンペラー(ドイツ)、ジョージ・セル(ハンガリーに生まれ、ドイツで活躍)らである。いくら戦争が終わったとはいえ、悪夢のような記憶しかない土地へ戻る気にはなれないだろう。

さて、2020年はベートーヴェン生誕250年という記念の年である。それに向けて昨年末、ウィーン・フィルは交響曲全集のCDをドイツ・グラモフォンからリリースした。その大役に抜擢されたのがネルソンスである。日本では音楽之友社から出版されている雑誌「レコード芸術」誌において、レコード・アカデミー大賞銅賞を受賞した。つまり年間ディスクのベスト3に選出されたということ。

Nel

これまで誇り高く頑迷なウィーン・フィルがベートーヴェン交響曲全集の録音で白羽の矢を立てた指揮者を振り返ってみよう。

  • ハンス・シュミット=イッセルシュテット(1965−69)
  • カール・ベーム(1970−72)
  • レナード・バーンスタイン(1977−79)
  • クラウディオ・アバド(1985−88)
  • サイモン・ラトル(2002)
  • クリスティアン・ティーレマン(2008−10)

ベートーヴェンのシンフォニーが彼らにとって「勝負曲」であることが、よくお分かりただけるだろう。ネルソンスに対して全幅の信頼を寄せていることが、うかがい知れる。

古楽器復興運動の最先端で戦っていたアーノンクールがモダン・オーケストラの指揮に進出して以降、世界のオーケストラは分断され、楽員たちは混乱し、大いに悩み続けて来た。

つまりティーレマンを代表とする〈守旧派〉が主張するように、古典派音楽に於いてカラヤンやベームが生きていた20世紀の演奏スタイルをそのまま踏襲しても構わないのか、それともメトロノーム記号を遵守した高速演奏で、弦楽器はノン・ヴィブラートで弾くなどピリオド・アプローチ(古楽器奏法)を学ぶべきか?

ウィーン・フィルはアーノンクールと良好な関係を築きつつ、頑なにピリオド・アプローチを拒み続けて来た。ノン・ヴィブラートで弾いたら彼らの持ち味が損なわれ、オケの個性が失われてしまうからである。

では、今回彼らがタッグを組むことを熱望したネルソンスはどうか?僕は聴いてみて「20世紀の巨匠たちのような、どっしりと重厚なスタイルでもなく、かといって潤いがなく〈タッタカタ!〉と進む古楽器オケの有り様でもない、第三の道」だと感じられた。それは2019年8月23日にキリル・ペトレンコがベルリン・フィルの首席指揮者就任演奏会で振ったベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」で提示した、〈20世紀の演奏様式とピリオド・アプローチの融合・ハイブリッド〉に通じるものがある。時代は成熟し、Next Stageに入ったのだ(2000年頃に録音されたアバド/ベルリン・フィルのベートーヴェン交響曲全集は発展途上というか迷いがあり、未成熟・中途半端な印象を拭えない)。

ネルソンスのベートーヴェンは弾力があって動的。ゴムボールが跳ねて坂を転がり落ちる感じ。ピリオド・アプローチのような硬さはなく、ふわっと柔らかい響きがする。リズムはサクサクして小気味好い。〈生きる歓び〉が感じられる。

例えば明るく伸びやかな交響曲第3番「英雄」。軽やかに歌う。従来から言われているようなナポレオンの気宇壮大なイメージとは全然違う。第2楽章も重くならず、ゆったりとしているが余り葬送行進曲という感じじゃない。〈透明な哀しみ〉がある。

交響曲第5番「運命」も〈苦悩を乗り越えて勝利へ!〉というコンセプトから遠く離れて、明朗で端正な世界が広がってゆく。

あと驚いたのが交響曲第6番「田園」や第7番で、第1楽章(ソナタ形式)提示部の繰り返しをしなかったこと!スコアに書かれた繰り返しを省略するのはカラヤン・ベーム時代は普通のことだったが、1970年代に入り、カルロス・クライバーやクラウディオ・アバド、リッカルド・ムーティら(当時の)若手指揮者たちがこぞって繰り返しを敢行するようになった(それに対して音楽評論家たちはことごとく苦言を呈した)。そして80年代以降、アーノンクール、ノリントン、ブリュッヘン、ガーディナーら古楽オーケストラの指揮者(=原理主義者)たちがベートーヴェン演奏になだれ込み、楽譜に記載されたリピート記号を遵守することが正しい作法、デフォルトとなった。だから却ってネルソンス/ウィーン・フィルの姿勢は挑発的というか、新鮮に感じられる。

En0qlciuuaaeqc9

「ニューイヤー・コンサート2020」で感じ取ったのは、ネルソンスとウィーン・フィルの抜群の相性の良さである。相思相愛。楽員たちが正に〈水を得た魚〉のように、嬉々としてピチピチ飛び跳ねている。ふっくらとウインナ・ワルツを歌い、エレガント。馥郁たる香りが立ち込め、陶然となった。間違いなく、これから何度もネルソンスは再登板することになるだろう。

あと「郵便馬車のギャロップ」でネルソンスがトランペットを吹いたのだが、これが意外にもめちゃくちゃ上手くて呆気にとられた。調べてみると彼は音楽家としてのキャリアをラトビア国立歌劇場管弦楽団の首席トランペット奏者としてスタートさせ、後に指揮者に転向したらしい。どうりで。そもそもニューイヤー・コンサートはその創始者クレメンス・クラウス(ウィーン生まれ)が亡くなり、急遽当時コンサートマスターだったウィリー・ボスコフスキー(ウィーン生まれ)がヴァイオリンを持ったまま指揮台に上がった。ボスコフスキーが病に倒れた後登場したロリン・マゼールもそのスタイルを踏襲し、指揮台でヴァイオリンを奏でた。ネルソンスのトランペットはその伝統を想起させるものだった。Good job !

それと、ボスコフスキーやマゼールの時代、テレビ中継で挿入されるウィーン国立歌劇場バレエ団(当時)のダンスは、いかにも田舎の〈芋にーちゃん〉と〈芋ねーちゃん〉が踊ってます、という体(てい)だったのだが、組織体制の変更でウィーン国立バレエ団となった現在は衣装や振付が洗練され、隔世の感がある。これは2010年にフランスの天才ダンサー、マニュエル・ルグリが当団の芸術監督に就任したことと決して無関係ではあるまい。ルグリ恐るべし!

| | コメント (0)

2019年映画ベスト30+α & 個人賞発表!

2019年に劇場で初公開された作品及び、Netflix, Huluなどインターネットで配信された映画を対象とする。ただし、「ザ・クラウン」「ゲーム・オブ・スローンズ」「ストレンジャー・シングス」「侍女の物語(The Handmaid's Tale)」など連続ドラマは除外する。また広島国際映画祭で鑑賞した大林宣彦監督「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」は2020年公開なので来年に繰り越す。

タイトルをクリックすれば過去に僕が書いたレビューに飛ぶ。なお、今年劇場公開されたアイルランドのアニメーション映画「ブレッドウィナー」はすでに昨年、「生きのびるために」という邦題でNetflixから配信されているので、昨年のベストに入れた。

  1. 天気の子
  2. 蜜蜂と遠雷
  3. ファースト・マン
  4. アメリカン・アニマルズ
  5. メリー・ポピンズ リターンズ
  6. 海獣の子供
  7. マリッジ・ストーリー
  8. ロケットマン
  9. アイリッシュマン
  10. ビール・ストリートの恋人たち
  11. ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
  12. スパイダーマン:スパイダーバース
  13. ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー
  14. バーニング 劇場版
  15. アナと雪の女王2
  16. サスぺリア(リメイク版)
  17. メアリーの総て
  18. 女王陛下のお気に入り
  19. コードギアス 復活のルルーシュ
  20. ホイットニー〜オールウェイズ・ラブ・ユー
  21. ふたりの女王 メアリーとエリザベス
  22. クリード 炎の宿敵
  23. 僕たちのラストステージ
  24. アス Us
  25. スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け
  26. バイス
  27. グリーンブック
  28. トイ・ストーリー4
  29. ブラック・クランズマン
  30. ゴジラ キング・オブ・モンスターズ
  31. 愛がなんだ
  32. ドクター・スリープ
  33. ジョーカー
  34. 閉鎖病棟 ーそれぞれの朝ー
  35. 楽園

監督賞:石川慶(蜜蜂と遠雷)
脚本賞:ノア・バームバック(マリッジ・ストーリー)
脚色賞(原作あり):石川慶(蜜蜂と遠雷)
主演女優賞:松岡茉優(蜜蜂と遠雷)
助演女優賞:ローラ・ダーン(マリッジ・ストーリー)
主演男優賞:アダム・ドライヴァー(マリッジ・ストーリー)
助演男優賞:ジョー・ペシ(アイリッシュマン)
撮影賞:ピオトル・ニエミイスキ(蜜蜂と遠雷)
美術賞:滝口比呂志 (天気の子)
衣装デザイン賞:ジュリアン・デイ(ロケットマン)
作曲賞:野田洋次郎 RADWIMPS(天気の子)
歌曲賞:“大丈夫” 野田洋次郎 RADWIMPS(天気の子)
編集賞:石川慶(蜜蜂と遠雷)
視覚効果賞:「
スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」
録音賞:久連石由文(蜜蜂と遠雷)
音響編集賞:「
スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」

特別賞:ジョン・カーニー(Amazonプライム・ビデオ「モダン・ラブ〜今日もNYの片隅で〜」第1話”私の特別なドアマン”の脚本・演出に対して)

松岡茉優は、なんと!2年連続主演女優賞受賞である。

| | コメント (4)

大林宣彦監督「海辺の映画館ーキネマの玉手箱 Labyrinth of Cinema」

11月24日(日)広島国際映画祭2019で大林宣彦監督「海辺の映画館 キネマの玉手箱」を鑑賞。

Emnnsp8u8aakvgp

評価:A-

上映時間179分、ほぼ3時間。途中、休憩(Intermission)が挟まれる仕様になっているのだが、映画祭では一気に上映された。

Umi2

英題は"Labyrinth of Cinema"。

Umi1

元々、英題は"Arabesque"にしようと監督は考えておられたようだが、〈アラベスク〉だとイスラム文化を連想させるので、現在の米国と中東諸国のギクシャクした関係を考慮するなら望ましくないと渉外担当者から意見されたそう(赤川次郎×大林宣彦  対談「三十年後の“ふたり”」小説新潮11月号より)。

尾道の映画館〈瀬戸内キネマ〉 で戦争映画のオールナイト興行を観ていた若者3人が銀幕の中にさまよい込み、戊辰戦争・日中戦争・沖縄戦・広島への原爆投下を体験するという物語。

〈瀬戸内キネマ〉が登場するのは大林監督がテレビ〈火曜サスペンス劇場〉枠で撮った「麗猫伝説」(1983)、「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群」(1988)に続き、3作目である。 「麗猫伝説」では撮影所の名称だったが、「おかしなふたり」から映画館の名前になった。映画は通常1巻が10−15分程度のフィルムを2台の映写機で切り替えながら上映する。しかし〈瀬戸内キネマ〉には1台の映写機しかなく、「流し込み上映」をする。詳しくはこちら。これはアカデミー外国語映画賞を受賞したイタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」も同様である。

〈大林映画はピアノ映画である〉と看破したのは映画評論家の故・石上三登志氏である(「野ゆき山ゆき海べゆき」「彼のオートバイ、彼女の島」でナレーションを担当)。僕はそれに〈大林映画は海の映画である〉を加えたい。監督の古里・尾道でロケされた一連の作品は勿論のこと、京都で撮られた「姉妹坂」にも、九州で撮られた「なごり雪」「22才の別れ」「花筐/HANAGATAMI」にも海は登場する。

若者3人の名前は馬場鞠男、鳥井鳳助 、団茂 。馬場毬男(ばばまりお)は大林監督が大好きなイタリア映画ホラー界の巨匠マリオ・バーヴァ(血塗られた墓標、白い肌に狂う鞭、モデル殺人事件!)のもじりであり、鳥井鳳助 (とりいほうすけ)↔フランス・ヌーベルバーグのフランソワ・トリュフォー(大人は判ってくれない、恋のエチュード)、団茂(だんしげる)↔アメリカのドン・シーゲル(ダーティハリー、ラスト・シューティスト)といった具合。「HOUSE ハウス」(1977)で劇場用映画デビューする際に、「ホラー映画を撮る時は馬場鞠男、恋愛映画なら鳥井鳳助 、アクション映画なら団茂というペンネームを用いよう」という計画が当初あったそうだ。大林宣彦少年をモデルにした内藤忠司監督の映画「マヌケ先生」(2001)で厚木拓郎くんが演じた役名が馬場毬男で、今回も厚木くんが同役で出演している。

「海辺の映画館 キネマの玉手箱」の回想シーンとしてふんだんに「マヌケ先生」の映像が引用されていたので驚いた。毬男少年は尾道でジョン・フォード(駅馬車、黄色いリボン)によく似た映画監督に出会うのだが、その謎めいたアメリカ人を大林監督が怪演している。また「海辺の映画館」でも怪しいピアニストとして即興的にショパン「別れの曲」などを弾く。大林監督がヒッチコックみたいに自身の映画に出演するのはYMOの高橋幸宏主演「四月の魚(Poisson d'avril /ポアソン・ダブリル)」(1986)以来かな?高橋幸宏も久しぶりに「海辺の映画館」に登場。「異人たちとの夏」(1988)の友情出演が最後だから、もう30年以上経っている。

とにかくぶっ飛んでる。クレイジーだ。そういう意味で劇場デビュー作「HOUSE ハウス」や、16mmの自主映画「EMOTION=伝説の午後・いつか見たドラキュラ 」(1966)への原点回帰を感じさせる。 「海辺の映画館」には中原中也の詩が多数引用されるのだが、

お太鼓叩(たた)いて 笛吹いて
あどけない子が 日曜日
畳の上で 遊びます

という詩「六月の雨」は「いつか見たドラキュラ」にも登場する。

主人公が武士の時代にタイムスリップしたり、はたまた最後は宇宙船まで登場するという奇想天外な構成は、橋本忍(原作・脚本・監督)の「幻の湖」(1982)を彷彿とさせる。

Maboro

東宝創立50周年記念作品でありながら、主人公がトルコ嬢(現在のソープランド嬢)だったり、戦国時代に飛んで織田信長に会ったり、最後はスペースシャトルが出てきたりといった内容に観客が全くついて行けず、公開から2週間と5日(東京地区)で打ち切られることとなり長い間本当に「幻の作品」になった曰く付きのトンデモ映画である。しかし1996年にニッチな雑誌「映画秘宝」(2020年に休刊が決まった)で取り上げられてからはむしろカルトになり、今では容易に観ることが出来る(Amazon Prime Videoでも有料配信中)。「海辺の映画館」は間違いなく「幻の湖」に似ている。ただし誤解のないよう強調しておきたいのだが、僕は「幻の湖」が嫌いじゃない。ゲラゲラ笑いながら愉しく鑑賞した。

大林映画は〈共時的〉である。過去も現在も未来も、〈いま・ここ〉にある。

「我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。」(by フェデリコ・フェリーニ)

詳しくは下記事で論じた。

映画鑑賞前に、せっかく広島に来たのだからと映画にも登場する〈桜隊〉慰霊碑にお参りした。

Emnndmwuwaarp2

広島で被爆したこの移動劇団に所属していたのが園井恵子。岩手県出身で宝塚歌劇団では男役として活躍した。退団後に映画「無法松の一生」で吉岡夫人を演じた。その後東京で苦楽座に参加、苦楽座は解散後〈桜隊〉に再編された。新藤兼人監督(広島市出身)「さくら隊散る」という映画もある。関係者の証言と劇映画パートが渾然一体となっており、どちらかというとドキュメンタリー・パートの方に比重が大きい(2:1くらい)。「海辺の映画館」の前に「さくら隊散る」を観ておけば、より立体的に作品を味わうことが出来るだろう。「海辺の映画館」で園井を演じた常盤貴子も同じ日の朝、この慰霊碑を訪ねたそう(トークショーの模様はこちらをご覧ください)。

そもそも「海辺の映画館」の出発点に新藤兼人の遺稿シナリオ「ヒロシマ」がある。「(原爆投下の瞬間)一秒、二秒、三秒の間に何がおこったかをわたしは描きたい。五分後、十分後に何がおこったか描きたい。それを二時間の長さで描きたい。一個の原爆でどんなことがおこるか」と新藤は書き残している。「ピカ、ドンの二秒間に人々の物語がある」と大林監督。

Emnnejqueaefcb5_20191220180701

上の写真は平和記念公園にて。真ん中に原爆ドームが写っているの、分かりますか?

「僕たちは歴史の過去を変えることは決して出来ないが、映画で歴史の未来を変えることは出来るかも知れない。映画を見た人、一人一人が一人一人の努力でもって平和を導いてけば、きっと世界の平和をたぐり寄せることが出来る。きっと平和な世の中を実現することが出来る。これが僕の考えるハッピーエンド」大林監督の言葉である。その信念と執念が、異常なほどの熱量を孕み、「海辺の映画館」に満ち溢れ、煮えたぎっている。

ただ映画の中で描かれる、沖縄戦で日本軍の兵隊が沖縄の住民を虐殺するエピソードが引っ掛った。初めて耳にする話だが、これは果たして根拠のある事実なのだろうか?大林監督「この空の花 長岡花火物語」での、韓国のいわゆる従軍慰安婦に対する言及同様の違和感を覚えた(彼女たちについて気の毒だとは思うが、日本軍が強制連行したという証拠は一切見つかっていないわけで、日本人が謝罪する必要はないだろうというのが僕の意見である。朝鮮戦争やベトナム戦争において韓国軍も慰安所を公認していたわけだし)。歴史的見解の相違だ。

上映当日、大林監督に「ヒロシマ平和映画賞」が授与されたのだが、「ハウス HOUSE」で映画デビューした女優の松原愛さんが花束を手渡した。後で松原さんのお話を伺うことが出来たのだが、彼女は「ハウス HOUSE」映画版で(7人の少女のうち)ガリ役だったが、その前にプロモーション(メディアミックス)として放送されたラジオドラマ版ではマック役だったと。詳しくはこちら

「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」はアスミック・エースの配給で2020年4月に劇場公開が予定されている。

| | コメント (0)

スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け

評価:A-

Rise

公式サイトはこちら

1978年夏「エピソード4/新たなる希望」を劇場で観て、初めて映画の醍醐味を味わった時、僕は小学校6年生だった。その映画館「テアトル岡山」は既になく、今は駐車場になっている。

あれから41年、遂に9部作のサーガが完結した。感無量だ。エピソード7から9までの製作を、ルーカス・フィルムを買収したディズニーが発表した時は「最後までジョン・ウィリアムズが元気でいてくれるかな?」ということがとても心配だったのだが、全てのオーケストラ・スコアを無事に完成させてくれて、ホッとしている。現在87歳の巨匠の筆は衰えることがなかった。華麗に鳴り響く彼の音楽にどっぷり浸かっているだけで、至福の時を過ごすことが出来た。

「フォースの覚醒」はJ・J・エイブラムス監督が、「君たちはこういう場面を見たかったんだろう?」と旧三部作のいいとこ取り、ベスト盤のような仕上がりだったが、続く「最後のジェダイ」でライアン・ジョンソン監督が「スカイウォーカー家とか血筋なんて関係ねーよ、名も無き若者たちでもフォースの力を得られるんだ!」と従来のお約束をぶち壊し、フォースの民主化を推し進めて革新的な作品になったため、喧々囂々(けんけんごうごう)たる議論が渦巻いた。また当初「スカイウォーカーの夜明け」を監督する予定だった「ジュラシック・ワールド」のコリン・トレヴォロウが降板するなどゴタゴタが続き、事態を収拾すべくJ・Jが再登板となったわけだが、なんだか懐かしい顔ぶれと既視感のあるシーンが次々と登場し、往年のファンには大満足の仕上がりになっていると思った。

例えば「帝国の逆襲」でルークが惑星ダゴバへ行き、修行を積む場面でヨーダがフォースの力で沼に沈んだXウィングを引き上げるが、そのシーンへのオマージュが「スカイウォーカーの夜明け」にもあり、そこでご丁寧にヨーダのテーマが高鳴り、音楽もそのまま再現されている。

「最後のジェダイ」で大不評だったアジア系のローズが、今回ほとんど目立たない存在になったのも、マーケティングを踏まえた賢い選択/チューニングだ。「エピソード1/ファントム・メナス」で徹底的に叩かれたジャー・ジャー・ビンクスが、エピソード2&3で表舞台から引っ込んでしまったことを彷彿とさせた。

しかし同時に、「これでいいのか?」という思いを拭い去ることが出来なかった。エンドアに行くことになれば、当然「あれ」が出てくるだろうと予想されるし、パルパティーンがレイを挑発する場面では「ダークサイドに落ちずに皇帝をやっつけるには『ジェダイの帰還』のクライマックス・シーンを応用すれば良いのではないか」と大方先が読めてしまう。全てがノスタルジックで予定調和。何の驚きも発見もなかった。ファンからの批判を恐れるあまり今回のJ・Jは安全運転に終止し、冒険心が足りなかったような気がする。

ただ一方で、「このシリーズはむしろ変わらないことに価値があるんじゃないか?」と僕の心の内で囁く声があるのも確かだ。というわけで肯定したいような、したくないような、複雑な心持ちになった。

| | コメント (0)

バーニング 劇場版

評価:A

Burning

村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を原作とする韓国映画。公式サイトはこちら

韓国映画は今まで一度も、米アカデミー賞の外国語映画賞(次回から国際長編映画賞に名称が変わる)にノミネートされたことがないのだが、恐らく本作が史上初のノミネーションを勝ち取るのでは?と思っていたので、落選は意外だった。しかしポン・ジュノ監督「パラサイト 半地下の家族」がその雪辱を果たしてくれるだろう。ノミネートどころか200%受賞確実、そして監督賞候補にも躍り出るだろうから。

〈持たざる者が(金や女など)全てを持つ者に対して抱く嫉妬心、ルサンチマン〉と、〈書くべき物語を持っていなかった主人公が、小説を書き始めるまで〉という縦と横の軸が本作にはある。そこを押さえておかないとラストシーンは意味不明だろう。つまり主人公が書き始めた小説の中身(内なる衝動、怒り)が、その後の場面に描かれているのである。

格差社会をテーマにしている点で、本作はカンヌ国際映画祭のパルム・ドール(最高賞)を受賞した是枝裕和監督「万引き家族」や「パラサイト」、そしてジョーダン・ピール監督「Us アス」と共通している。これが現代社会の潮流なのだろうか?

| | コメント (0)

«「ターミネーター:ニュー・フェイト」のにおける抹殺計画の杜撰さ