【アフォリズムを創造する】その2「EU及びグローバリズムという病」

上記事も併せてお読みください。

EUやグローバリズム(世界の一体化を進める思想)は、国家や地域などの境界を超えて繋がろうという動きである。そこには挫折したアナーキズム(無政府主義)の亡霊が彷徨っている。アナキストたちはジョン・レノンの夢を見る。

ジョン・レノン"Imagine"の歌詞は次の通り。

Imagine there's no countries 国なんかないって想像してごらん
It isn't hard to do       そんなに難しくはないだろう? 
Nothing to kill or die for   殺す理由も死ぬ理由もなく
And no religion too      宗教だってない
Imagine all the people    想像してごらん みんなが
Living life in peace       平和に暮らしている姿を

You may say I'm a dreamer   君は僕のことを夢想家って言うかもね
But I'm not the only one          でも僕一人だけじゃないよ
I hope someday you'll join us   何時か君も僕らの仲間になって欲しい
And the world will be as one  そして世界は一つになるんだ

この思想の根底にはキリスト教の説く隣人愛人間の平等がある。しかしニーチェは「それは弱者を甘やかし、人間から生命力を奪う教えである」と真っ向から否定した。ここでよく言われるのが、「ニーチェは民主主義を否定した」という誤解である。「わが闘争」を読めば判るが、ヒトラーもニーチェの思想を自分の都合のいいように曲解している。

ニーチェはファシズムに利用されたが、それは彼の意図したことではない。ニーチェは貴族・平民といった身分制度(社会階級)を肯定していないし、ましてや議会制民主主義を否定していない。

ニーチェが主張する「人間は平等ではない」という思想は能力生命力の差異の話である。優秀な人間もいればそうでないのもいる。働き者もいれば怠け者もいる。彼らを対等に扱うのは間違いだ。その誤謬に気が付かなかったために共産主義国家は失敗した。

例えばアインシュタインのような天才と、凡人は対等だろうか?毎日8時間働く真面目な人と、週2日のアルバイターの稼ぎ/生活水準は同じでいいのか?

人間が平等であるべきなのは力を発揮する「機会」においてのみである。どんな家庭環境に生まれようが、優秀ならば最高の教育を受けるチャンスが与えられるべきだし(学業の自由)、肌の色や人種で職業選択の自由が奪われるべきではない。しかし能力や仕事量で社会的地位や財産に差が出るのは当然である。それは差別ではなく、本人が有する力の差異だ。

努力は必ずしも報われない。人は(能力や容姿において)平等じゃないからだ。時には夢を諦めることも肝心である。

EUが抱える問題は「財政破綻した怠け者のギリシャ人を勤勉なドイツ人が助ける必要があるのか?」ということに集約されるだろう。故にイギリスは脱退を決めた。隣人愛なんかクソ喰らえ。またアメリカ合衆国でトランプ大統領(共和党)を支持したブルーカラーの人たちの叫びは「アメリカに生まれ真面目に働く俺達を蔑ろにして、不法移民を大切に扱う民主党なんか許せねぇ!」ということに尽きる。欧米は深く病み、分断されている。その根底にキリスト教の思想がある。

シリア難民をどれだけ受け入れるのか?というヨーロッパ各国の苦悩も隣人愛博愛に関連している。特にドイツはナチスという負の遺産・罪悪感があるだけに断り切れないのだ。僕がここで不思議に思うのは、サウジアラビア・エジプト・イランなどシリア周辺諸国での難民受け入れはどうなってるの??ということ。イスラム圏の問題はイスラム諸国で解決すべきだろう。ヨーロッパが貧乏くじを引く道理はない。

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ループする物語〜アニメーション映画「打ち上げ花火、横から見るか?下から見るか?」

評価:A

映画公式サイトはこちら

Fire

先ずはこちらからご一読を。

結論から言えばアニメ版は岩井俊二(監督)の実写オリジナル版を超えることが出来なかったし、「〈物語〉シリーズ」の渡辺明夫がキャラクターデザインを担当したなずなはたしかにエロくて魅力的だが、奥菜恵の神々しいまでの輝きには到底敵わない。そして虚淵玄(脚本)新房昭之(監督)「魔法少女まどか☆マギカ」ほどの衝撃もない。それでも僕はこの作品が好きだ。愛おしい。

それにしてもアニメ版のポスターを見たときからなずなが「〈物語〉シリーズ」のツンデレ女子・戦場ヶ原ひたぎによく似ているなぁと想っていたのだが、クラス担任の三浦先生が想定外の巨乳で、「〈物語〉シリーズ」の羽川翼そっくりだったから驚いた。ちなみに三浦先生の声を担当する花澤香菜は、新海誠監督「君の名は。」でも先生役だったが、「〈物語〉シリーズ」ではロリ系美少女・千石撫子を担当している。そのギャップが凄い。また三浦先生の彼氏を演じる櫻井孝宏は「〈物語〉シリーズ」で怪異の専門家・忍野メメの声を当てている。

オリジナル版(45分)で時間を逆戻りするのは1回。しかしアニメ版(90分)は岩井のアイディアで「もしも玉」というガジェット(小道具・仕掛け)を新たに登場させ、主人公・典道は何度も時間を遡行する。

映画史的に言えば、時間ループのアイディアを発明したのは押井守監督「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」(1984)である。SF小説で有名なのはケン・グリムウッドの「リプレイ」だが、こちらの出版は1987年。「ビューティフル・ドリーマー」の方が先なのだ。実写映画ではビル・マーレイ主演「恋はデジャ・ブ Groundhog Day」(1993)が名作中の名作。「ビューティフル・ドリーマー」以降、アニメで時間ループものは一つの確固としたジャンルとなり、京都アニメーション制作の「涼宮ハルヒの憂鬱」の"エンドレスエイト"では何と同一エピソードが計8回もTV放送された!また「魔法少女まどか☆マギカ」も同ジャンルと言えるだろう。

そして「ループもの」の原点に遡ると、哲学者フリードリヒ・ニーチェが「ツァラトゥストラはかく語りき」で提示した永劫回帰(えいごうかいき)の思想に辿り着くというのが僕の考えである。永劫回帰するには超人的な意思を要するが、「打ち上げ花火」で意思する者は言うまでもなく典道である(「まどマギ」の場合は暁美ほむら)。

今回新機軸だなと想ったのは、「ループもの」は基本的にいつも同じ時刻に戻るのだが、「打ち上げ花火」はだんだん戻る時刻がズレていく。「三百六十五歩のマーチ」みたいに《三歩進んで 二歩さがる》感じ。つまり厳密に言えば「ループ」ではなく「らせん」構造に近い。それを典道が通う中学校の螺旋階段が象徴している。(ところで途中から風力発電の風車が逆回転してる??)

あと「モテキ」「バクマン。」の大根仁監督が書いたシナリオが優れているなと感心したのはオリジナル版で典道なずなが乗れなかった電車に、ふたりを乗せてあげたこと。それにより、元から裏設定としてあった宮沢賢治「銀河鉄道の夜」との関係がより鮮明になった。

映画前半はオリジナル版を忠実になぞり、特に駆け落ちしようとしたなずなを母親が無理やり連れ戻す場面はアングルもカット割りも完璧に一致している。ところが後半から本作は大胆にジャンプし、全く違った世界に辿り着くのだ。そこが賛否の別れるところだろう(僕は○)。

新房監督は相変わらずスタイリッシュ。画面を横断・縦断する直線、斜線、円・楕円・長方形・菱形など幾何学模様が横溢している(そもそも花火や灯台の光源、そして「もしも玉」は球体だしね)。またなずなの目をクローズアップした演出がアニメ独特の表現法で、ミステリアスな雰囲気を醸し出すことに成功している(目も球体だ)。

最後に、

上記事で僕はアニメーション映画が大ヒットする(化ける)か否かを決めるのは女性率が3割を超えるラインにあると自説を披露した。では「打ち上げ花火、横から見るか?下から見るか?」公開初日はどうだったか?僕の目算では男性率9割5部!劇場版「まどマギ」と同じ水準。女子の支持を全く得られていない。う〜ん、これはちょっと厳しいかも……。

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当ブログはアニメーション映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を全身全霊で応援します!

岩井俊二(脚本・監督)「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」はフジテレビ「If もしも」シリーズの一つとして1993年8月19日に放送された。そして岩井監督はテレビドラマとしては異例の日本映画監督協会新人賞に選ばれた。僕は再構成され劇場公開されたバージョンを95年に岡山のミニシアター「シネマ・クレール」で観た。その時の衝撃は鮮烈に憶えているのだが、同時上映で別の岩井映画を観た筈なのに、全く記憶から吹き飛んでいた。調べてみると「undo」らしい……「undo」?何それ??……出演者の欄を見ると山口智子と豊川悦司とある。そこで朧気にトヨエツが山口をロープで縛る画面が浮かび上がってきた。そうか、確かに観たっけ……。

それくらい「打ち上げ花火」に打ちのめされ、後は夢うつつ(トランス状態)だったということだ。

その後、岩井俊二を最新作「リップヴァンウィンクルの花嫁」まで追いかけてきたが、未だに「打ち上げ花火」を超える作品にめぐり逢えていない。唯一無二、紛れもなく彼の最高傑作である。

僕にとって「打ち上げ花火」は聖なる映画だ。奥菜恵が眩いばかりの閃光を発したのは後にも先にもこれしかない。それは「LOVE LETTER」の酒井美紀、「花とアリス」の蒼井優にも言えること。岩井俊二は少女が最高に輝く瞬間を捉え、フィルムに永遠に封印する能力に長けた映画作家である。「20世紀ノスタルジア」の原将人監督が「広末涼子は女優菩薩である」と絶賛しているのを聞いて笑っちゃったのだが、「打ち上げ花火」の奥菜恵(限定)にも同じことが言えるだろう(人のことは笑えない)。

REMEDIOSの歌「Forever Friends」も忘れ難い。プールの水面に浮かび上がった奥菜恵が最初は深刻な表情をしているのだが、ふっと笑顔になる。その瞬間にこの曲が掛かるのだ。冴え渡る岩井演出。そしてオキメグは水の煌めきの中に消えてゆく。まるで人魚セイレーンウンディーネ水の精)のように。岩井俊二が「ウォーレスの人魚」という小説(映画「ACRI」原作)を書いているのは決して偶然ではない。

この時オキメグは主人公の少年に「今度会えるの2学期だね。楽しみだね」と言う(しかしその日は来ない)。これは新海誠のアニメ映画「秒速5センチメートル」(2007)で明里が踏切で言う「隆貴くん、来年も一緒に桜、見れるといいね」に呼応する(しかしその日はやはり来ない)。「秒速5センチメートル」には岩井映画へのオマージュが散りばめられていて、図書館の場面なんか、もろに「LOVE LETTER」である。近年、岩井と新海は急接近し、岩井のアニメ「花とアリス殺人事件」にはspecial thanksとして新海が、また「君の名は。」には岩井の名前がエンドロールでクレジットされている。

月日は流れ2010年、テレビ東京でドラマ「モテキ」が放送された。脚本・監督は大根仁。その第2話で森山未來と満島ひかりが「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の聖地巡礼をする。当然「Forever Friends」も流れる。ロケ地の千葉県飯岡町まで行きキャメラを持ちはしゃぐ満島を見ながら僕は腹を抱えて笑い転げ、「君は僕だ!」と画面に向かって叫んだ。大林宣彦監督「尾道三部作」のロケ地巡りをした自分自身の姿が彼女に重なったのである。この回を見たスタッフから岩井監督に話が伝わり、後に岩井監督と大根監督の対談が実現。ふたりは意気投合し、「打ち上げ花火」アニメーション化の企画が持ち上がった時に岩井監督はシナリオライターとして大根を指名した。そのアニメ版は今年8月18日に公開される。公式サイトはこちら

Fire

「君の名は。」を大ヒットさせた敏腕プロデューサー川村元気はアニメ「化物語」「魔法少女まどか☆マギカ」を観て、 新房昭之監督と是非いつか組みたいと考えていたという。しかし手ぶらで会いに行くわけには行かないので「打ち上げ花火」アニメ化というアイディアを携えて懇請すると、快諾を得た。それにしても岩井俊二大根仁新房昭之という3人の鬼才が一同に会すとは壮観である。その仕掛け人川村元気に対し、快哉を叫びたい(川村と大根は既に「モテキ」「バクマン。」で組んでいる)。

岩井版の上映時間は45分。今回の尺は少なくとも倍以上になる筈であり、大根仁の腕の見せ所である。どうも予告編を見るとオリジナル版では時間を遡行しパラレルワールド(並行世界)に入り込むのが1回なのに対し、アニメ版ではそれが繰り返されるようだ。もしかしたら映画「恋はデジャ・ブ(原題:Groundhog Day)」みたいな感じかも!?

世紀の大傑作「まどマギ」については上記事で語り尽くしたのでもう十分だろう。ついでに新房監督の〈物語〉シリーズについても触れておこう。「化物語」から始まる〈物語〉シリーズの原作は西尾維新。「化」は現在、Amazonのプライム・ビデオやNetflixで観ることが出来るので、是非お勧めしたい。ただ物語の順番としては劇場公開された「傷物語」の方が先なので、「傷」からが良いかも。「傷物語」→「化物語」→「偽物語」→「猫物語(黒)」の順で観るのがベスト。新房演出の真骨頂は画面に交錯する縦と横(と斜め)の直線。そして円・楕円・四角形・菱形などシンボリックな記号の横溢である。スタイリッシュなのだ。

〈物語〉シリーズは一言で評すならハーレムの話である。主人公の阿良々木暦はモテモテ男子で、メガネっ娘・巨乳・ツンデレ・ボーイッシュ(百合系)・ロリ少女・(文字通りの)妹など、ありとあらゆるタイプの女子から愛される。ヲタクの夢がここでは実体化している。まぁそんな内容だから女性ファンが皆無に等しい作品でもある(逆ハーレムの少女漫画「王家の紋章」が男子に人気がないのと同じこと)。

アニメ版「打ち上げ花火」製作発表では広瀬すずが声を当てた「なずなはエロい」という発言が相次いだが、〈物語〉シリーズも相当エロい。エロスを描かせると新房昭之の右に出るものはいないだろう。因みにアニメ版「打ち上げ花火」のキャラクターデザインは〈物語〉シリーズの渡辺明夫。そして「化物語」のツンデレ女子・戦場ヶ原ひたぎなずなの容姿はよく似ている。

なお新房昭之は2002-4年に南澤十八という秘密のペンネームで「アンバランス」など5作品のアダルト・アニメ(18禁)を演出している。そして2004年に監督した「月詠」からアニメーション制作会社シャフトに拠点を移した。

最後に。アニメ版で「Forever Friends」が流れなかった嫌だなぁと思っていたら、どうやらDAOKOがカヴァーして歌っているようだ(岩井俊二が飯岡町で撮ったMVはこちら)。またREMEDIOSの「Forever Friends」は伴奏がギターとトライアングル以外シンセサイザーなのだが、今回のアニメ版は本物の弦楽器が演奏している。音に厚みが増した。至れり尽くせりだ。川村プロデューサー、本当にありがとう!そしてどうか、映画が大ヒットしますように。

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萩原麻未のラヴェル:ピアノ協奏曲

8月13日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

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萩原麻未(ピアノ)、パスカル・ロフェ/兵庫芸術文化センター管弦楽団で、

  • ラヴェル:組曲「クープランの墓」
  • ラヴェル:ピアノ協奏曲
  • ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」

「クープランの墓」は流れるような演奏で、軽妙洒脱。繊細で柔らかい響きが魅力的だった。

萩原は2010年にジュネーヴ国際コンクール(ピアノ部門)で日本人として初めて優勝。そのファイナルで弾いたのがラヴェルのピアノ協奏曲であり、指揮もパスカル・ロフェだった。ピアノには靄がかかったような幻想性があり、「これが聴きたかったんだ!」と大満足。

ソリストのアンコールは彼女が日仏を飛ぶエア・フランスに乗っていた時に聴いたという、Relaxation Musicを即興演奏で。弱音の美しさが際立っていた。

「展覧会の絵」は1990年4月17日(火)に倉敷市民会館で聴いた、ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団(他にベートーヴェン:交響曲第5番)の演奏があまりにも鮮烈で、その後何度もこの曲を生で聴いたが、どれももの足りない。今回もどうしても27年前の衝撃と比べてしまい、全く愉しめなかった。最高のものを知っていることはある意味不幸である。

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【アフォリズムを創造する】その1「資本主義 vs. 共産主義」

「アフォリズム Aphorism」の語源はギリシャ語で、人間についての真理や戒め、恋愛や人間関係についての教訓、人間の愚かしさや可笑しさ、人生の不思議や矛盾などを端的な言葉で表現したものをいう。日本語に訳すと金言、警句、格言、座右の銘といった言葉になる(ロバート・ハリス「アフォリズム」より)。ニーチェの多くの著書(「喜ばしき知恵」「善悪の彼岸」など)はアフォリズム集の形態で書かれている。

これから僕が考案したアフォリズムを少しずつご披露していこうと想う。今回のお題は「資本主義 vs. 共産主義」である。

人間の喜び、生きる原動力となるのは自身の欲望を満たすことにある。欲望を満たすためなら何の規制もなく、ある程度放任されている資本主義はそういう意味で人間の本性に適っている。一方、そこに計画経済の観念を持ち込み、労働者の平等を謳い、個人の欲望を規制するマルクス(共産)主義は人間の自由意志に反する。故に20世紀に世界規模で展開された社会主義国家という壮大な実験はことごとく失敗した。

共産主義はブルジョワジー(資本家、雇用者)とプロレタリアート(労働者、被雇用者)との対立軸を土台に生まれた。その本質は抑圧されている弱者=被雇用者こそが正義であり、強者=雇用者はだという価値の転倒にある。ニーチェがキリスト教を徹底批判した思想=ルサンチマン(ローマ帝国への怨恨、妬み)がマルクス主義の根底にもあった。ルサンチマン(ロマノフ朝への怒り)を原動力としてロシア革命が成立したのである。歴史は繰り返される。

旧約聖書に描かれるユダヤ人はエジプトで奴隷として扱われ、虐げられていた(出エジプト記)。やがてモーセに率いられ「約束の地」を目指すが、その行程は灼熱の荒野を歩くという過酷な旅であった。イエスが生まれた時にエルサレム地方を統治していたヘロデはローマ皇帝に従属することを約束して「ユダヤの王」となる。そしてヘロデの死後、ローマ皇帝はユダヤを属州にする。

キリスト教のルサンチマン(強者=支配者への怨恨、嫉妬)はやがて、奇妙な方向に進む。その攻撃性が自分自身に向かうのだ。それが原罪(人間は生まれながらに罪を負っている)であり、禁欲自己犠牲を美徳とする考え方である。鞭身派去勢派(スコプツィ)が極端な例だろう。マルクス主義者たちにも同様なことが起こった。ソビエト連邦ではレフ・カメーネフら政治家が自己批判の後に粛清され、中国でも文化大革命の時代に多くの人々が紅衛兵により自己批判を強要された。これはカトリック教会における懺悔室の拡大公開版と言える。日本においても連合赤軍の自己批判・総括が次第にエスカレートし、暴力リンチ殺人に至った(連合赤軍事件)。内ゲバも同様の理屈である。

つまり「人間の疎外からの開放」を実現しようとしたマルクス主義は、外的な抑圧(ロシア皇帝/ブルジョワジー)からの解放というみかけのもとで、内的な支配隷属の強化を遂行していたのである。

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ブロードウェイ・ミュージカル「ピーターパン」(+昨年の大事故について)

8月12日(土)梅田芸術劇場へ。ブロードウェイ・ミュージカル「ピーターパン」を6歳の息子と一緒に観劇。

Peter

配役は、

  • ピーターパン:吉柳咲良(10代目)
  • ウェンディ:神田沙也加
  • タイガー・リリー:宮澤佐江
  • ダーリング夫人:入絵加奈子
  • フック船長/ダーリング氏:鶴見辰吾
    ほか

スタッフは今年から一新され、演出を担当するのは「ジャージー・ボーイズ」で読売演劇大賞 優秀賞を受賞した藤田俊太郎。

僕自身は「ピーターパン」を観るのが3回目である。

実は2016年8月17日もチケットを購入し、息子と梅芸に足を運んだのだが、舞台稽古のワイヤーアクション中にスタッフの操作ミスで9代目・唯月ふうかが高さ3メートルの宙吊りから逆さまの状態で床面に落下、眼窩底吹き抜け骨折で入院するという大事故があり、公演は中止・払い戻しとなった(新聞記事はこちら)。結局その日はキッズプラザ大阪に行った。幸いなことに唯月はその後舞台復帰し、「デス・ノート」「レ・ミゼラブル」などで元気な姿を見せている。あの時はもう2度と上演されないのではないか?と危惧していたのだが、本当に良かった。

今回の主演は昨年のホリプロスカウトキャラバンでグランプリに輝いた吉柳咲良(きりゅうさやか)。13歳、中学1年生だそう。ボーイッシュな可愛い娘で、ピーターパンにピッタリ!8代目・ピーターパンを演じた高畑充希とどこか似た雰囲気があり、もしかしたら将来ブレイクするかも!?

元AKB48の佐江ちゃんは初めて生で観た。フツーに上手だった。これならミュージカル界で生き残れるだろう。

本作の魅力は何といってもフライングだ。特にカーテンコールでピーターパンが客席側に飛び、上空から魔法の粉をふりかける場面は何度観てもジーンとする。息子も気に入った様子で、帰ってからもしきりにピーターパンの話をしていた。

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ブロードウェイ・ミュージカル「アニー」

8月11日(祝)シアター・ドラマシティへ。

6歳の息子とブロードウェイ・ミュージカル「アニー」を観劇。

Annie

キャストは

  • アニー:野村里桜
  • モリー:小金花奈
  • ウォーバックス:藤本隆宏
  • ハニガン:マルシア
  • グレース:彩乃かなみ
  • ルーズベルト大統領:園岡新太郎
    ほか

演出は山田和也。

「アニー」の起源は1924年に新聞「ニューヨーク・デイリー・ニューズ」に連載された漫画"Little Orphan Annie"である。ミュージカル版は1977年にブロードウェイで初演され、作品賞など7部門を受賞した。僕はジョン・ヒューストン監督による82年の映画版を封切り当時映画館で観ている。高校生だった。またディズニーによる99年テレビ映画版(「シカゴ」「イントゥ・ザ・ウッド」のロブ・マーシャル監督)は北米版DVDで所有している。オリジナル・キャストとしてアニーを演じたアンドレア・マッカードルはミュージカル「キャバレー」(ツアー・カンパニー)のサリー役で2度来日した(僕はどちらも観ている)。またロブ・マーシャル版「アニー」の"NYC"の場面で、特別ゲストとして歌っている。

舞台版を観るのは今回が初めて。興味深かったのは大富豪ウォーバックス氏がスキンヘッドじゃなかったこと。何故なら漫画がそういう設定なんだよね。

Warbucks

ジョン・ヒューストン版(アルバート・フィニー)もロブ・マーシャル版(ヴィクター・ガーバー)も原作を踏襲していた。ただ、日本人には馴染みのない漫画なので、拘る必要は全く無いだろう。寧ろカツラだと不自然だし。

驚いたのは生オーケストラの演奏だったこと。子供向けだから当然、カラオケだと思っていた(ホリプロ「ピーターパン」はカラオケ)。子役を含めキャストのレベルも高く、製作者の本気を感じた。

あと映画やTV版でカットされた楽曲がいくつか歌われるのだが、省かれるのも宜なるかなと想った。

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映画「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」

評価:A

Thefounder

原題は"The Founder"、創立者のことである。ファストフード「マクドナルド」チェーンを作り上げたセールスマン、レイ・クロックを主人公に据えた実話。公式サイトはこちら

兎に角、えげつない主人公が最高!マイケル・キートンのベスト・パフォーマンスでは?

これは映画によるアメリカ合衆国論であり、品質と効率の対峙であり、Winner(勝者)とLoser(負け犬)の物語でもある。

レイ・クロックはマクドナルド兄弟のアイディアを奪ったわけであり、そういう意味では悪者なのだが、どうも憎めないんだよね。彼のせいで別に兄弟が不幸になったわけではないし、多分彼と出会わなければ、兄弟にはこれだけのお金を稼ぐ才覚もなかっただろう。「マクドナルド」の名前も永遠に残った。レイのへこたれない、常にpositive thinkingの姿勢には惹かれるものがある。彼は言う。「アメリカのどこの町に行っても裁判所が掲揚するアメリカ国旗と教会の十字架がある。貴方達(マクドナルド兄弟のこと)が考案したゴールデンアーチもそんな存在にしたい」

つまりアメリカ人にとって資本(金)こそが神であり、フランチャイズ加盟店拡大は布教活動なんだね。

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尾瀬へ!

7月20日から25日にかけて、尾瀬に旅をした。尾瀬は新潟・群馬・福島の県境にある。3県のどこからでもアプローチ可能だ。

入山前日には「日本秘湯を守る会」の宿、梅田屋旅館@群馬県に泊まった。なにより温泉の泉質が素晴らしかった!

尾瀬といえば

夏が来れば 思い出す
はるかな尾瀬 遠い空
(中略)
水芭蕉の花が 咲いている
夢見て咲いている水のほとり

という、江間章子作詞、中田喜直作曲「夏の思い出」を想い出す人が多いだろう。1954年NHKラジオ歌謡で放送され、一躍有名になった。しかし水芭蕉が見頃なのは5月下旬から6月中旬まで。7月下旬はニッコウキスゲが花盛りだ。

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写真正面に見えるのが至仏山。背後には燧ヶ岳が聳えており、この二つの山に挟まれて広大な湿原・尾瀬ヶ原が広がっている。

僕が尾瀬に行くのはこれが6回目。その内訳は5月下旬に1回、盛夏に4回、紅葉の秋に1回。至仏山も燧ヶ岳にも登った。山小屋で旅人に訊ねても、ニッコウキスゲが咲き誇る7月下旬の尾瀬が一番好きという人が圧倒的に多い。水芭蕉ってね、何か地味なんよ。湿原に沢山咲いていても、直ぐに飽きてしまう。

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写真奥の白い草はワタスゲだ。ウグイスやカッコウの声が聞こえてくる。

僕にとって尾瀬はディーリアス音詩(tone poem)と密接に結びついている。特に「夏の夕べ Summer Evening」。そして「夏の歌 Song of Summer」「夏の庭園にて In a Summer Garden」などを聴くと否応なく尾瀬の風景が目の前に広がるのだ。

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2011年に東日本大震災及び福島原発事故が発生し、しばらく足が遠のいていた。実際、環境省の公表資料を見てみると2010年の総入山者数が34,7万人だったのに対し、11年には28,1万人に落ち込んでいる。15年には32,6万人にまで回復した。因みに尾瀬ヶ原には昔から東電小屋があるが、東京電力は未だ手放していなかった(→サイト「尾瀬と東京電力」へ)。

しかし6歳になる息子に「地上の楽園」尾瀬をどうしても見せたいと想い、漸く再訪する決意を固めた。

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鳩待峠から入山し、見晴にある弥四郎小屋で2泊した。上の写真は小屋の2階からの眺め。標高のせいか小屋で飲む生ビールの旨さは絶品だ。翌日は尾瀬沼へ向かって出発した。

見晴の標高が1,400mで尾瀬沼が1,660m。標高差約250mの長い上り坂となっている。途中、珍しく水芭蕉がまだ可憐に咲いている場所が一箇所だけあった。

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尾瀬沼では毎回、長蔵小屋に泊まっていた。明治23年(1890年)に建てられた、尾瀬で最も古い小屋だ。しかし今回は初めて尾瀬沼ヒュッテに宿泊。雑魚寝の長蔵小屋とは違い個室で、食事も翌日のお弁当(おにぎり)も美味しかった!風呂も快適。次回からもここを利用しよう。

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尾瀬沼近くの大江湿原。ここのニッコウキスゲの群生は尾瀬ヶ原の比ではない。10倍は下らないだろう。

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写真中央に紫色のヒオウギアヤメ(檜扇菖蒲)が見えるだろうか?

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息子も気に入ってくれたようで良かった。1日12Km(1万8千歩)歩くこともあり、自分の体力(足)にも自信を持ったようだ。

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最終日は早朝に山小屋を発ち、1時間半歩いて沼山峠に出た。バスを経て会津高原尾瀬口から新型特急リバティに乗り、帰途についた。

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「超絶のコンチェルト -めくるめく競演-」いずみシンフォニエッタ大阪 定期

7月15日(土)いずみホールへ。

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ロビー・コンサートを経て下野竜也/いずみシンフォニエッタ大阪で、

  • 尹 伊桑(イサン・ユン):クラリネット協奏曲
    独奏 上田希
  • 松本直祐樹:トロンボーン協奏曲 (初演)
    独奏 呉信一
  • ジョン・ウィリアムズ:オーボエ協奏曲
    独奏 古部賢一
  • HK・グルーバー:フランケンシュタイン!!【室内合奏版】
    シャンソニエ(バリトン) 宮本益光

尹 伊桑(1917-95)は日本統治下の朝鮮生まれ。父に音楽家になることを反対されたため、17歳の時に大阪市にある商業学校に入学した。その後、大阪音楽大学で作曲や音楽理論を学び、さらに東京で池内友次郎に対位法や作曲を師事した。帰国後、独立運動に身を投じ1944年には2ヶ月間投獄された。終戦後は北朝鮮に近づき、1967年に西ベルリンでKCIA(大韓民国中央情報部)により拉致されソウルに送還、スパイ容疑で死刑を宣告された。69年に大統領特赦で釈放されるも、韓国国内で尹の音楽は演奏を禁止された。苛烈な生涯である。彼のクラリネット協奏曲は重苦しい抑圧に対する叫びが込められていて、力強く不屈の闘志が感じられる。クラリネットの音だけではなく、奏者の声も活用される。個(ソロ)と社会(オーケストラ)の峻厳な対峙があり、苦悶や恐怖が描かれるが、やがてそれが限界突破し、笑いに転じる。不謹慎ではあるが僕は「面白い!」と気に入った。

松本直祐樹の曲で僕が連想したのは映画「砂の器」で哀しいお遍路の旅をする父子の姿であり、あるいは寺山修司が描く恐山の荒涼とした風景(例えば「田園に死す」)と、どこからともなく聞こえてくる鈴の音であった。

ジョン・ウィリアムズの協奏曲はオケが弦楽合奏のみ。第1楽章プレリュードはコープランドの楽曲やジョンが手掛けた映画「華麗なる週末(The Reivers)」を彷彿とさせ、第2楽章パストラーレはまるでトルーマン・カポーティの小説「草の竪琴(The Grass Harp)」を描写したみたい。あるいはジョンの楽曲で言えばスピルバーグの劇映画デビュー作「続・激突!カージャック(The Sugarland Express)」に近いかも。そして第3楽章「コメディア」は明らかに「E.T.」のハロウィンの場面や自転車での逃亡劇に繋がっている。穏やかで、どこか懐かしい、新世界の夢。いいねぇ。

「フランケンシュタイン!!」は歌付きの愉快な曲。ドラキュラ、フランケンシュタイン、スーパーマン、バットマン、狼男、ジョン・ウェインなどが飛び出す支離滅裂な言葉遊び。ティム・バートンの「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」とか、ピクサーの「トイ・ストーリー」を想い出した。あと挽肉パイが出てくるところは「スウィーニー・トッド」ね。グルーバーはオーストリアの作曲家だがアメリカ音楽のようでもあり、ラヴェルのオペラ「子供と魔法」のようでもあった。各奏者は10種類以上、30を超えるおもちゃ楽器を持ち替え、シャンソン歌手に対しては「鬱陶しいくらい」指示が楽譜に書き込まれているという。

ところでクリスマス・キャロル「きよしこの夜」はオーストリアで生まれた歌で作曲は小学校教師/教会オルガン奏者のフランツ・クサーヴァー・グルーバーなのだが、「フランケンシュタイン!!」の作曲家はもしかしてその子孫??

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